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「こうしてみるとケイトはやっぱり、結構髪が長いんだな。他の子には珍しい髪色だし、白い肌との対比が……何というか、凄くいいと思うよ」
それにしても男、わたしに対してはもっとはにかめとか言うばかりだったのに、ケイトに対してはぐいぐい行く。
「髪は、母が髪を伸ばしていたから、真似している」
「そうだったのか。似合ってるよ。とても綺麗だ。他にも外見に特徴がある子もいるけど、みんな出身が違うのかな?」
ヤンコフスキ、なんて愛おしそうな目でケイトを見るんだろう。一体どんな感情を持っているのか知らないけど、ケイトに対する愛情ならわたしには勝るまい。わたしはなに対抗心を燃やしているんだ。
「わたしに違和感を覚えるのも無理はない。確かにわたしは、みんなとは生まれた国が離れているし、使っている言葉も違う。……もう着替える」
見せるだけ見せたからいいだろうとその場で着替え始めたケイトの姿を見ないように、ヤンコフスキは背中を向けた。
ケイトは喋りながら、初めて着るドレスに苦戦している。これもまた可愛い。ほんとは綺麗なドレスを着れて嬉しいんだろうけど、人前ではやっぱり恥ずかしいらしい。
「どうりで話し方の雰囲気が違うわけだ。まるで英語……そうだな、単語がはっきり聞こえる辺りとかは本場ブリテンの英語に似ている。ちょうど名前も英国人みたいでいいんじゃないか?」
「そうか? 実はわたしも、あの人たちはわたしと喋り方が似ている気がしていた」
「大佐からの評判もいいわけだな。アトレイシアもケイトと話しているときは同じ言語を使っているんじゃないか?」
「そうなんだ。ナフィルト語という西の方では広く使われている言語なんだが、この辺りではあまり使われない。わたしが初めて話しかけたときに、アトレイシアがナフィルト語で返してくれたのには驚いたな……」
あのときのケイトのことはいまでもよく憶えている。わたしの前に立って、「あなたのことが知りたい」って言うから、「みんなにわたしのこと調べてこいって言われでもしたの?」と返したら、いきなり抱きついてきてこっちの方が驚かされた。
ケイトが言うには、わたしの声はお母さんの声に似ているらしく、思わず抱き付きたくなったらしい。まだ目が見えない当時のケイトはいま以上に声や音に敏感で、何処か不安で自信なさげにしていた。
あんなにも弱々しかったのに、いまとなってはみんなから慕われる立派な子になって、やっぱりケイトは凄い。
……あれがなかったら、わたしは今頃どうしてるんだろう。きっと里を出るのが早まっていただろうけど、それでそのあとやっていけたかな。無理だろうな。
「ん。あのときケイトが来てくれなかったら、わたしはいまここにいない」
「わたしも、あのときのことは感謝している。――ヤンコフスキ、もういい」
ケイトもあのときを思い出しているのかちょっと恥ずかしそうで、嬉しそうで、いじらしい。
途中から着替えを手伝って、着慣れた服をぱっぱと着直したところでヤンコフスキはこちらを向き直った。
「二人が仲良くなったきっかけはそれか。……そうだな。わたしたちポーランド人の言語は使っている人が少なくて、何処にいっても通用しなかったよ。だからその点、ケイトの気持ちはわかるな。ちょっとした言葉でも嬉しいんだ」
気付けば、周囲で黄色い歓声をあげていた子たちは空気を読んで距離をおいていた。みんなヤンコフスキがケイトに対して特別な感情も抱いていることに気が付いている。あとで面白がるためにも邪魔はしない。
「ああ。魔術で言葉の意味が伝わって、会話ができても、孤独感は拭えない。だから、安心したし、悲しくもなった。それで仲良くなりたいと思ったんだ。わたしには、ずっと友達と言える存在がいなかったが、アトレイシアはそんなわたしの、初めての友達になってくれるんじゃないかと期待した」
「ずっと家から出られない日々だったらしいな」
「ああ。あの国の階級制度では、獣人は人権を制限されるほど下等に扱われていた……。昼間外を出歩いたらリンチされて、女の人は犯される。目の見えなかったわたしでは、逃げることともままならなかっただろうな……」
ケイトがさらりと、自分の目が見えなかったことを告白したから、ヤンコフスキは驚いてケイトの目を見つめた。
「目が? ケイト、盲目だったのか? ――あ、そういえばあの時も。言葉の綾かと思っていたな」
「ん。わたしはもともと目が見なかったんだ。生まれてくるために仕方がなかったんだが……」
ケイトは、本当は育ててくれた父親との血の繋がりはなく、ある日誰ぞと知れぬニンゲンに母親が無理矢理孕まされて、それで産まれたらしい。
更に、ケイト自身が言ったように、生まれてきたケイトは盲目だった。生まれてくる、血の繋がっていない子供のために父親は過酷な労働で命をすり減らし、死の瀬戸際をさまよい、母親がそんな夫を救うために、自分の声と、腹の中の子供の視力とを引き換えに夫を助けるという魔女の契約を飲んだ結果だ。
ずっと自分を守って、ニンゲンたちから隠し続けてくれた両親に対するケイトの感謝の念は強い。しかし、そこまでして懸命にケイトを育て、家族を守った両親は、ある日ニンゲンに殺され、ケイトはひとりになった。信仰のことといい、ケイトの過去の悲惨さは、わたしの知っているうちでは右に出る子はいない。それでも悲しみにも憎しみにも囚われずに日々を生きるケイトの姿を見ていると、心が洗われる。
「父と母には迷惑をかけてしまった。家ではわたしの面倒を見て、外に出てはニンゲンにいじめられる。それでも誰の悪口も言わない、善良な人だったのにな……」
「そんなにも非道い国があるのか。ここから西なら、まだ残っているんだろう?」
「大きな国だったはずだ。残っているだろう」
話している内に着替えを終え、ケイトが西の方角に視線を向けると、ヤンコフスキも忌々しげに西の空を睨んだ。あの空の下にケイトを苦しめた大地が広がっている。
「そんな国がいつまでも残っているのは気にくわないが、ペストで滅んでしまえなどとは言えないな。……くそっ」
ヤンコフスキは面白くなさそうだ。わたしたちが東から押し寄せるペスティスと戦っていることは、西の国からしたら好都合な話だ。わたしも、それは気にくわない。
しかし、べつにここで全てのペスティスを相手取るわけじゃないから、いつかは別の場所から滅ぼしにいってくれるだろう。ケイトを苦しめた故郷も痛い目に遭えばいいんだ。
それともまさか……南北に防衛線をひたすら伸ばしてペスティスをせき止めようだなどと馬鹿なことには……なるわけないだろう。
「わたしたちの頑張りが、あの空の下まで届いて、いつかわたしたちのことを見直してくれたら……いいな……」
ひとり、ケイトの目には憎しみはなかった。透き通るような、それでいて憂いを含んだ、そんな目で虚空を見上げていた。……あの瞳の奥に、何が映っているんだろう?
「……そうだな。いつか、必ずその時はくるさ。わたしたちならできる」
「そうしたら、父さんは、母さんは喜ぶだろうか? わたしのことを誇ってくれるだろうか? ……いや、死者に見返りを求めるのはよくなかったな。忘れてくれ」
ケイトは視線を落としながら、らしくないことを言ったと自虐的な微笑みを浮かべた。
「心配ない。きっと二人とも、天国からケイトを見守って、いつだって誇りに思ってくれているさ」
「……天国か、本当にあるんだろうか……? わたしは、そんなところより――」
「……ケイト?」
「アトレイシア、そろそろいこう」
「ん」
時間だ。長々と話したけど、ケイトはそこまでヤンコフスキのことを意識していないから、もう少し話していようなどと気を使うこともない。
「ユレック、帰ってきたらまた何か話そう」
「……ああ。待ってるよ」
ヤンコフスキにだってわかっているらしい。だから引き止めはしないんだろう。ヤンコフスキはケイトのそういうところにも惹かれている。自分がなんと言おうと、たとえ帰ってこれなかろうと構わず進み、そして散ってしまいそうな、健気で儚いケイトに惹かれている。そのことに、自分では気付かないふりをしているみたいだけど。
「ヤンコフスキ、みんな、いってくるね」
「ああ。頼んだよ。主の導きがあらんことを」
「「いってらっしゃーい」」




