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……わたしは何を、どうしたいんだろう? ニンゲンが嫌いで仕方がないのに「気が向いている間ここにいる」なんて言って、そしていままさに一緒に行動をともにしている。
助けられた恩は返したつもり。この世界のニンゲンではない分まだ心を許しているかも知れないけど、仲良くしようとは思えない。
ヘッドがいつか家をくれると言ったから協力しようとは思ったけど、だからと言って一緒に行動する必要もないじゃないか。
それなのに、なんでわたしはここに留まりたいと思っているんだろう?
答えが出ないままひとりで考え込んでいると、どうにも様子がおかしいと悟ったのかヘッドがわたしと一緒に乗っていた3人に近付いていった。ここからでは姿は見えないけど、声は聞き取れる。わたしは洞穴に入らず、少し離れた木の後ろにいた。
わたしが話したことはすでに全員に伝わっている。彼らがわたしと会話をした上で、様子がおかしいとなれば、口喧嘩したと思われても仕方ない。
「どうしたんだ? 3人で寄ってたかってセクハラでもしたのか? あやかりてぇなおい」
「そうではないですが、怒らせてしまったようです。しかも何故気分を害したがどうにもわからないので困っています」
「ああそうか、まあ女心は複雑だからな。年頃のガキにもなると精神異常者とどっこいだ」
「女心……? いえ、そのようなもので片付けていいものとは思えません。自分は……怖いです。普通じゃない」
「おいおい、大の大人が女の子相手に怯えた顔するなよ」
「サイレントの言うとおりです。あの子は普通じゃない。見てくださいよサイレントの首、一瞬でこれですよ。一歩間違えたら死にかねない位置です。ましてやあの暗がり、不安定な車内でこれほど正確に切るなんて、常人じゃ無理です」
「そのくせどうにも自暴自棄というか、情緒不安定というか……どうにも面倒で物騒な子供だ。どうしてあんなの拾ってきたんだ?」
特に何か考えたわけでもなく、思わず軽く首を薙いじゃったけど、やっぱりあれはやり過ぎだったかな? 口調はそうでもないけど、やっぱり怒っているのかな?
……どっちでもいいか。
「まあまあ、落ち着け。確かにあいつは普通じゃないな。最初見たときも飼い犬みたいに紐で杭に繋がれてやがった。どうせ盗みにでも入って捕まったんだろ」
やっぱり気付いてたのか。みすぼらしい見た目に反して鋭い男だ。でも、状況的には奴隷として繋がれている可能性も考えられないのか。むしろそっちの方が一般的だと思うけど。
「盗みねぇ、それじゃますますなんで連れてきたのか訊きたいね」
「そりゃあこの辺りに土地勘がある奴が要ると思ったんだよ。あいつは身内がいなさそうだから文句言われないだろうと思ってあいつにしたってわけさ。想像してみろ、あとからおふくろさんが出てきて「娘返さんとおっちゃんらしばくで」とか言われたら面倒だろ? つまりそういうことだよ」
「ほー。んで、本当は?」
「へっ、小娘が全て受け入れたような目をして生意気だったからしょっぴいた。ああいうのはもっと生かしてやらないと気が済まなねぇんだよな」
理屈がわからない。死んでもいいと思っているような相手なら助けずに、生きようと逃げ惑っていた人でも助けた方がいいんじゃないのかな。
「かっこいいおっさんだことで」
「へんっ、おれのことはほっとけ。それより今はあのガキだよ」
「ヘッドはどうしたいのですか?」
「わからねぇのか? なんとか懐柔すんだよ。あいつは強いし足手まといにもならねぇから味方にほしい。信頼し合えるな。そのためにも仲良くしてくれよ? 頼むぜ?」
「……努力はします」
「上手くやれよ。まあ、今からいっちょ手本見せてやるから、よーく見とけよ」
こっちに来るみたいだ。どうしよう。
「おーい、アトレイシア!」
「…………」
なんて話したらいいんだろう、何処まで話せばいいんだろう。わからない。
「おいおい唸るなよ。どうした、まだご機嫌斜めか? 不満があるなら話してくれるとこちらも楽だからよ、言ってみろよ」
迷っている内に目の前にまで来られてしまった。
自分が唸り声を上げていたことには言われて気が付いた。頭が回らない。何か、何か食べたい。もう何も考えたくない。
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
「あの人の、怪我」
「気にしなさんなあんな奴のことは」
サイレント、怪我させたわたしが言うのもなんだけど、怪我をした挙句「あんな奴」呼ばわりされるなんて可哀想。
「それよりアトレイシア、お前さんこそ心配だ。気に病むことはないさ。いいか? 君は不満を持って当然の状況にいるんだ。ただその……感覚が麻痺してだな、そうでもないように思えているだけさ」
「……どういうこと?」
「おれはお前さんと出会ってばかりで交わした言葉も少ないさ。そんなおれが知ったような口を利くようだけど、お前さんのこれまでの人生はそれはもう過酷だったんだろうな。まあ、きっと今もそうだ。お前さんは時代に翻弄され過ぎた。だからおれに振り回せれようが落ち着いていられる。流されることに慣れ過ぎたんだよ。わかるか?」
確かに、いいように言い包められて、流されてここに残っていると自分でもわかっているけど、その点については不思議と不満はない。そんな自分が不可解なだけ。
この男の言う通りそれが何故なのかわからなかったけれど、流されることに慣れ過ぎて受け入れてしまっているのかも。
「……ねえ、そんなにわたしって変? あなたたちの普通と違う?」
「なーに、流されやすい奴はいくらでもいるさ。でも、はっきり言ってお前さんは異常だね。あいつらが怯えるのもわかるよ。でも気にすることはないさ、悪いのは周囲の環境だ」
「そうなのかな……?」
いがみ合いばかりのこの世界が異常なら、その中で生きるわたしたちも他の世界から見たら異常なんだろうか。
いや、この男も多くの記憶を失っているから、ものさしにしているのは自身の持つ人としての本質、つまり色眼鏡なしに見てもこの世界は狂っているのか。きっとそうだ。
「ねえ、あなたも、怖い?」
「あったりまえだよ。こんなわけのわからねぇ状況で自分はどうなっちまうんだと思うのは当然、怖いに決まってるっての」
「そうじゃない」
「お前さんことは怖くないさ。おっと、理由は聞くなよ?」
わたしが言葉を返すより先に、ヘッドは手を突き出して待ったをかけた。
なんで? 他の連中はわたしのこと怖がってるし、その気持がわかるって言ったのにお前は違うの? どうして?
「へへっ、「なんで?」って思ってるだろ? それが理由だよ。お前さんおれたちとどうやって接したらいいか、何処で関係を線引きすりゃいいかわからずにいる。そりゃ当然だ、会ったばっかで、お前さん曰く別世界の住人で、記憶障害者で年上の異性だからな。信頼していいのかなんてのもわかるわけねぇ。混乱もするし、挙句手を出しちゃったりするのも不思議じゃねぇさ。お前さん大人に酷い目に合わされてそうだしな」
……わたしと対照的に台詞が長い男だ。
「でもそのことで考えこんで、悩んだり、後悔したりできるお前はいいやつだとおれは確信してる。だから怖くない。これでいいか?」
「いいやつ」か、久しぶりにニンゲンに人としての内面を褒められた。
ニンゲンなんかに褒められても嬉しくない。いつもいつも、ニンゲンの口から出るのは建前上の称賛ばかりで、相手をおだてて利用したいなどという下心に満ちた汚い言葉ばかりだった。当然、この男もわたしを懐柔して利用したいからわたしのことを褒めたに過ぎない。
そのはずなのに、どうしてだろう。褒められたことが何故だか嬉しい。
「お前さん、人間関係でトラウマがあるんだろ? おれならその傷埋められるぜ? ほら、肩の力抜けよ。震えてんじゃねぇか。心配すんなよ、悪いようにはしねぇさ。おれたちは一緒に上手くやっていける。な?」
ヘッドはわたしの肩を撫でて力を抜かせると、手を取ってがっしりと握手をしてきた。
「へへっ、温かいだろ? 久しぶりに感じる人の手のぬくもりはどうだ? そんな目すんなよ。スマーイル、スマーイル、笑ってみろ。また肩が張ってきてるじゃねぇか。警戒するなって」
どうしれてだろう、さっきまで汗でベタついたりして嫌だったけど、だんだんと触られることが不快じゃなくなってきた。幻術にでも掛けられているみたいだ。
このニンゲンはわたしのことを何処まで見透かしているんだろう。まるでわたしの過去の全てを見透かしているように、わたしを惑わせて、わたしの中に入り込んでくる。ニンゲンのことを信用したらだめだ。こいつは詐欺師だと頭の中で警鐘がなってのに、それでも何故だか、この男のことをもっと知りたいとも思う。この男はこれまで出会ったニンゲンたちとは違う。わたしたちの味方にもなってくれる気がする。いや、なってくれる。
教えてしまおう。そもそも昔の記憶がないならわたしたちみたいな異種族に悪い印象もないはず、驚きはするだろうけどそういう世界だと言って聞かせればいい。
「……あなたに、ひとつ教えておくことがある」
「お、なんだよ改まって」
「わたしは――」
「ヘッド! この世界の住民を見付けました! 男が3人で――って、取り込み中でしたか?」
パーキーが割って入ってきた。凄く、凄く邪魔。
「このあほんだらのクソッタレ! せっかくのいいとこが台無しだよどうしてくれんだ? 空気ってもんを読めよこのバカ!」
ヘッドも惜しいところを逃したと思ったのか、遠慮なくパーキーに憤懣をぶちまけた。そうだ、言ってやれおじさん。
「まあいいから来てください、その子も一緒に。何処かガラの悪い連中ですが女の子を保護しているように見せれば懐柔できるかも」
「開き直りやがってこいつ! ――申し訳ねぇんだけどアトレイシア、あとでいいか? 今はこっちに付き合ってくれ」
「……ん」
仕方がない。伝える意思表示はしたからあとはいつでもいいだろう。