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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *       *


「では、ここはわたしが音頭を取るとしよう、第101特別混成戦闘隊の結成を祝して、乾杯!」

 太陽が沈み、夜の帳が下りた頃、ヘッドとヤンコフスキ、そしてレンカとスズリカが並んで盃を掲げ、大人たちの酒宴が始まった。

 なお、いまいま呼ばれなかったようにパートリッジが命名した部隊名はいまいち不評で、この先使われる予定はない。

「かんぱーい!」「わーい!」「おつかれさまーっ!」「いぇーい!」「やっふーっ!」

 獣人もニンゲンも地べたに座り込んで、思い思いに歓声を上げて喜ぶ。手にはそれぞれろ過した川の水が注がれたコップが、そしてわたしたちのためにタヌキ亜人の人たちが取ってきてくれた食材が、おいしく料理されて目の前に並べられてる。

 よかった。ちゃんとニンゲンの前に置かれた料理は配慮がされている。ちょっと視線をずらすとしっかり色味の違った料理並んでいるけど、獣人とニンゲンを意図的に混ぜているからしょうがない。

「「いただきまーす」」

 こう見ると、わたしたちは食文化ひとつ取ってもバラバラだ。ひとこと「いただきます」を言うわたしたちに対して、ヘッドたちエルンヴィア人は何も言わずに食事を始めた。

「…………」

 信心を持ち合わせているケイトは、口にも身振りにも出さず祈りを捧げたあとで、食事を始める。

「今日の食事は、見た目も美味しそうだ……」

「ん。たくさん食べよ」

 いま、この世界ではイーラ校正教会という教団が広く幅を利かせていて、異教徒を始め不信心者は社会的に抹消されるのが常だけど、ケイトは古い信仰をいまでも持ち続けている。かつてのケイトは獣人として差別されてきただけでなく、信仰の違いによって差別され、弾圧される環境に育っている。家に篭っていてニンゲンと接触することがなかったとはいえ、口に出して祈ることははばかられてきた。

 そしていまは獣人のみんなが一緒だ。残念なことに、獣人と一緒にいれば差別はされないけど、いま身近にいる獣人も獣人で宗教全般を嫌っている。ニンゲンたちに獣人は全て神に仇なすなどと言いがかりを付けられて、自分たちの信仰した神様もわたしたちを守ってはくれなかったと、みんな神だの宗教だのには懲り懲りだからだ。祈りの言葉を耳に入れれば嫌な顔をされる。

 だから、いまもケイトは祈りの言葉を口にすることなく祈りを捧げる。わたしがこういっては可哀想だけど、わたしも無神論者とまではいかないにせよ不信心だから、どうして周囲に嫌がられるような信仰心にこだわるのかわからない。神様とか、聞く話には凄いけど、日々の暮らしの中でそんなに大切なものなのかな。

「主よ、わたしたちを祝福し、また恩恵によって――」

 そんなケイトのことも獣人たちの事情にも無知なヤンコフスキたちポーランド人は、全体での乾杯が終わったところで揃ってお祈りをはじめた。もちろん、獣人たちからするとあまり気分の光景じゃない。

「祈ってるの?」

「うん? ああ、そうだよ」

「お祈りなんてしてなんに――わひっ!」

「こら、邪魔をするんじゃない」

 スズリカが即座に木の実を投げつけて釘を刺すと、その子は気まずそうにしながら言いかけた嫌味を木の実と一緒に噛んで飲み込んだ。

「……祈ったのはまずかったですか?」

 薄々は状況を察したらしいヤンコフスキも気まずそうにして、スズリカにそう訊ねると、スズリカは腸詰めに手を伸ばしながらそれに答えた。

「いや、続けてくれていい。こういうことはお互い口出しなしでいこう」

「……承知しました。配慮に感謝します」

 スズリカの取り成しで彼らは祈りを済ませ、ようやく食事を始めることができた。

「文化の違いで争うのも馬鹿げているからな。お互い文句を言われる筋合いはないし、あえて対立する必要もない。うん。割り切っていこう」

「そうですね。……その、最初はわかり合えずとも、ともに過ごす内に、いつしか時間が解決してくれるでしょう。我々の先に伸びる道は、それが容易なほどに、果てしなく長いですから」

「ああ、その通りだ。生きている限りは長い付き合いになる。――ただ、ヤンコフスキ、貴様わたしが族長だからとそのようなかしこまった物言いをするのか?」

 スズリカは話題を変えて絡みに入った。彼女はお酒にはべらぼうに強くて、普段以上によく喋るようになる、典型的な酒飲みだけど、スイッチが入ると途端に泣き上戸になるから注意が必要。一言でいうと面倒くさい。

「何か問題でも?」

「大ありだ。ここでは貴様はわたしの上官ではないか。そんなことでは戦闘隊長としての示しがつかないぞ。そもそも貴様は大人なんだからわたしぐらいの相手には上から目線で接するものだろう? 呼び捨てで構わない、接し方を改めてくれないか?」

 部隊の体制をどうするか話し合った結果、軍人として最高位のヘッドが隊長になったけど、ヘッドは戦闘指揮に関しては専門外で能力に欠けるということで、ひとまずのところ戦闘時の部隊指揮者は経験豊富なヤンコフスキに任せられることになった。

 これはこれで「騎兵畑一筋で来たのに、突然戦車に歩兵まで扱えと言われても……」と嫌そうにする当人を「いざとなったら下士官の独断専行に任せ給え」と誰かさんが押し切ったわけだけど、早速杜撰(ずさん)さが露見している気がしないでもない。大丈夫なのかな。

「それでいいならそうするが……そうか、わかった」

「わたしのこともそうしてくれていいぞ。レンカと呼んでみろ、族長などという堅苦しい肩書は付けなくていいから「レンカ」と」

「あなたに関してはそちらが目上に当たるのでは?」

 このあとしばらくの間、ヤンコフスキは二人に絡まれ続けることになった。ヤンコフスキもお酒にかなり強いらしく、気に入られたらしい。

「アトレイシア……」

 和気あいあいと食事を楽しむ3人を眺めていると、ケイトがなにやら陰鬱な声でわたしを呼んだ。

「ん? なに?」

「ん……食事の前に祈ったり、こういう食べ物に躊躇したり……わたしは、ニンゲンかぶれっぽくないか……?」

 気になったんだ……いまさら。

 それをいうと、他にもお風呂入ったり石鹸で髪や体を洗ったり、髪を伸ばしておしゃれしたり、料理するとき加熱し過ぎて失敗したり、時々ふりっふりの付いた服こさえてみたり、どちらかと言えばニンゲンっぽいところは多い。かなり多い。

「そうかも」

「そうか……。アトレイシアは、わたしのそういうところ、気にならないか……?」

「大丈夫。わたし、ニンゲンとか獣人とか関係なく、ケイトのこと好き。だから気にならない」

「…………」

「…………?」

「その、訊いておいてなんだが……人の多いところでそう言われると、恥ずかしいな……」

 可愛い。かなり小声で話しているからそこまで気にしなくていいと思うけど、顔に出さなくても体の動きがぎこちなくなって可愛い。にやけちゃいそう。

「お、面白がらないでくれないか?」

 じゃれたい。じゃれよう。

「ケイト、ケイト」

「ん……アトレイシア、この場ではじゃれる相手を間違えているぞ……」

「こらっ。お前らがじゃれあっていてどうする、隣にいるニンゲンにじゃれないか」

 スズリカからもそう言われたから、一緒に料理を囲んでいるニンゲンに視線を向けると、これ見よがしに期待感満載の表情で見返された。

 名前は……誰だっけ。エルンヴィア人はウェーブ、ポーランド人はコヴァルスキと……ボンクだったかな。

「……混ざる? 撫でていいよ」

「勿論!」「よっしゃ」「指先が冷えて困ってたんだよ」

 わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。

 男の手がわたしの頭を撫でる、撫でる、撫でる。手が冷たい。温めてから出直して。

「わたしもまざるー!」

「ん!?」

 わたしたちに便乗してケイトに抱きつく子が現れてから、どさくさ紛れのスキンシップが増えていった。触る、撫でる、耳をいじって遊ぶ。ニンゲンたちは凄く楽しそう。

 発端になっておきながらこう言ってはなんだけど、触る、撫でるなどの肉体的スキンシップから入るのはいかがなものだろう。ニンゲン的に。

「何やってんだあいつら、あやかりてぇ」

「お主スケベジジイじゃの」

「ジジイじゃねぇよ幼女婆さん。おれはまだ30代だぜ? 息子だって毎晩ギンギン、老いぼれとは言わせられねぇぜ」

「幼女じゃないわい、少女じゃ少女。じゃが、女の子ときゃっきゃしたいならわしを撫で回してもいいんじゃよ? ほれ、身体はピチピチじゃ。ほれほれ」

「ちょ!? おい誰か、助けてくれ! この婆さん酔っ払ってやがる!」

「ふふふ、冗談じゃよ。この程度で慌てふためくとは、お主もまだまだ若いのぉ」

「とんでもねぇ婆さんだぜ。なんでおれだけこんな……」

 老人衆も楽しそうだ。でも、フウカ、あなた何故ここにいるの。タヌキ亜人はどっちもハブられているんだから、族長だけ便乗して飲んだくれるのはずるい。それにそもそも、あと2日は寝てるって話じゃなかったの。

 気になってよく見てみると、フウカの頭にはいかにも寝起きですとばかりに寝癖が残ってる。わざわざお酒飲むために起きてきたのこの人。

「まだまだいけるぞ!」

「こっちこそ、こんな度数の低い酒、水と同じだ!」

「なんだと? おい、芋酒はないか? 何でもいいからもっとキツイ酒を!」

「捨てられた民家に果実酒がありましたよ」

「それだ! 全部くれ!」

 他の呑兵衛たちは仲良く飲み比べを始めてるし、ここの大人たちはみんなお酒好きらしい。

 気付けば陽気なエルンヴィアの兵士たちに巻き込まれたのかオオカミ亜人たちも加わり、ついでにそこいらにいた非番なのかサボりなのかわからない英国人も加わり、宴は収拾がつかなくなってきてる。

「君たちも湿気てないで騒いだらどうだ?」

「く、くるなニンゲン! あっちいけ!」

「おお、この世界の阿呆な人間にいじめられたから怖いんだね。可哀想に、怖くないよ。こっちおいで」

「うるさいわね。こちとらニンゲンなんて嫌いよ」

「わたしたちは仕方なくここにいるだけだ! こっちくるな。いっそくたばれ!」

「おおぅ……悲しいこと言うなよ。よし、みんなでこの子たちを囲んでくすぐってやれ」

「ちょっと、何するのよ!? この、うらぎりもの~っ! やめてーッ!」

 ニンゲン大嫌い勢も巻き込めて大成功。獣人は誰しも頭すっからかんにして飲み食いできる催しがすきだからね、あれで実際まんざらでもない。

 今頃、このお祭り騒ぎの宴の喧騒を聞きながら、ウタゲとマツリは今晩消し飛ぶ食料品の補充のためにタヌキ亜人たちに頭を下げているだろう。彼女たちは力を合わせ、あらゆる手段を講じて戦闘団全員の食料をやりくりするご苦労な役を授かってしまった。今日はありがとう。明日もよろしく。

 まあ、わたしたちは許される範囲で勝手にそこいらの動物仕留めてお腹に入れちゃうけど。

 ……それにしても、お腹膨れた感じはしないけど、眠くなってきた。不思議だな、こんなに騒がしいのに……。

「アトレイシア、眠たいのか? ……なんだか、におうぞ」

「んー……ケイト、ケイト……」

 なぜだか体が火照って、頭がふわふわする。気分は、凄く幸せな気分。

「げ、アトレイシアのやつ、グラス間違えておれの酒飲んじゃってるぞ」

「何やってんだよお前。――おいお前、これ、ここの酒じゃないだろ」

 ニンゲンたちが言ってることがなんだかよくわからなくなってきた。

 そんなことよりケイト、気持ちいい……。もふもふ。もふもふ。もふもふ……。

「自前で持ってた酒を大事に取っておいたんだ。強すぎたかな?」

「こいつは、スピリタスで作った果実酒か? 子供が飲むにはきつすぎる」

「スピリタスってなんだ?」

「ふっ、説明しよう。それはだな、我が国の伝統的な酒で、度数が95から96ある強烈な酒だ。こうして果実を漬け込んで混成酒を作ったりすることが多いんだが、飲む時はそれを炭酸で割るくらいはしないと即効で潰れるぞ」

「そんな長ったらしい説明はいいから、コップの中身は?」

「おれは割らなくても飲める」

「お前回りくどいな。……アトレイシアちゃんよ、君は飲む時気付かなかったのか?」

「……くー」

「だめだわ」

 こうしてわたしは眠りに落ちた。

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