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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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15

 さて、また視線を戻すと、ウタゲの舐めきった物言いにハーベス領主、アダーガドは怒り心頭だ。

「なんだと小娘ッ! 適当なことを言っていると貴様から駆除するぞ! 誰がタナトスなどにこの地を渡すものか!」

「アダーガド様」

「なんだ!?」

 見かねて口を挟んだハブラは、領主さまにがなられながらも、もう少し抑えるように身振りで伝えた。要件を口には出さなかったのは半ば諦めているからかも知れない。

「まあまあ、そう熱くならずに現実を見てください。あなたがここでなんと吠えようと未来は変わりませんよ」

「貴様ッ! 言わせておけば好き勝手言いおって、誰がお前たちの助けなどいるか!」

「アダーガド様、お抑えください」

「お前は黙っていろ! こいつだけはこの場で切り捨ててや――」

 激高したアダーガドが、とうとう腰に挿した剣を鞘から引き抜こうとする、その手を止めた。

「あら、流石はかつて武名を馳せたハーベス家の当主さまですわ」

 ウタゲの後ろで殺気を匂わせたホロビとオコリナがにこにこと笑っている。ウタゲに斬りかかろうものなら先に首が飛ぶのはアダーガドの方だろう。あの人たち怖いし。

「なんだ……? お前たちは?」

「この子を守る騎士さまってところね。やるなら相手になるわよー?」

「ふん……面白い」

 ちょっと声が震えていたような気もするけど、ビビっていては格好がつかないからアダーガドは剣を引き抜いた。本当にプライドだけは一丁前の男。

「これだけは訊いておいてやろう。……このおれとの、戦いを望むか?」

「あなたと敵対するつもりはないと言ったはずですよ。あなたがプライドばかりの人なのはわかりましたから、さっさと要求を飲んでください。そしたら仲良くしてあげますよ」

「……考えておいてやる。――戻るぞ」

 あ、帰るんだ。

 いきなり帰ると言い出したから、「腰抜け」「口ばかり」「みっともないやつ」と散々な批評が呟かれた。うん。あれはあんまり怖くない。

「はっ。――では、ウタゲ殿、この件はまた次の機会に持ち越させていただきますぞ」

「ええ。構いせんが、待っている間は好き勝手動かせてもらいますよ。タナトスは我々をのうのうとはさせてくれないので。……聞こえておいでですか? 領主様?」

「勝手にしろ!」

「御了承ありがとうございます。では、次に会う日までごきげんようです」

 こうして、領主アダーガド・ハーベスとお付き人のハブラは帰っていった。

「お姉さま、カッコ良かったです! サイン、サインください!」

 堂々たる姉の姿に感激してペンとインクを手に駆け出す準備を整えた双子の妹マツリ、双子なんだからもうちょっと対抗意識持ってもいいのになんでこんなに従属的なの。

「……大したことないですけど厄介な人ですね。くっそ面倒くさいです。ああいう人の相手」

 二人の姿が見えなくなったところでまた集まると、ウタゲが吐き捨てるようにアダーガドを酷評した。アダーガドはプライドばかりの男だということはよくわかったから、そんなニンゲンの相手をするのは誰だってバカバカしくて嫌だ。

「じゃあ、消してしまいましょうか?」

 ホロビが冗談めかして物騒なことをいうと、ウタゲはふっと鼻で笑ってホロビの方を振り返った。

「まだ生かしておきましょう。ああいう人は人望がないですから、放っておいても勝手に消えてくれます。――末莉、何処に書けばいいですか?」

「メモ帳に!」

 どんだけ姉のことが好きなんだろうこの人。

 わたしもケイトのサイン……は、恥ずかしいからやめよう。いや、でも、ほしいかも。

「あのハーベスのお子さんはそうかも知れませんけど、ハブラというお方はそうはいかないのではなくて?」

 オコリナが変化を解きながらそう訊ねると、そこだけが気掛かりとばかりに、ウタゲは眉間に人差し指を当てながら思案げな表情を浮かべた。

「ふむ、確かにそうですね……。ここはやはり……スズリカさん、誰か領主の屋敷に忍び込めそうな子いませんか?」

「忍び込む? ……皆できなくはないだろうが、そういう訓練はしたことがないからな……経験不足から下手を打つこともありえるぞ? それに、そういうことならフウカ族長に頼めば、術を用いていくらでも――」

「スズリカ族長、我らが族長はお休み中です」

「お目覚めは2日後、その間、眠りを妨げてはなりません」

「諦めくだされ!」

 妖獣人種タヌキ亜人の重役姉妹が順番に声を発すると、スズリカは「くそ、肝心なときに使えない人だ」と遠慮なしに難癖をつけた。

 オコリナじゃ駄目なのかな。さっきわたしの考えてること読まれたけど……んー、近くにいる人のしかわからないとかかも知れない。

「うーん、獣人の方々はそういうこと向いていると思ったのですが……あ、アトレイシアさん、少しいいですか?」

「ん?」

 面倒事のにおいしかしない。ちょっと他の子より付き合いが長いからって、わたしを頼られても困る。

「しばらくその……非合法な稼業をなさっていたとヘッド隊長から聞いたのですが、何処までできるんですか? そういうこと」

「わたしに、そういう仕事させたいの?」

「不本意ながら、そういうことになります」

「領主のアダーガドを調べて、危ないこと考えてたら殺せばいい?」

 物騒なことを言ってみると、ウタゲはあせあせしながら手を振って、それを否定した。

「ちょ、ちょっと屋敷に忍び込んで調べごとをしてもらいたいだけです。あの男、アダーガド・ハーベスとハブラさんの真意とわたしたちへの対応の内容、それと身の回りのことをできる限りで。でも、断っていただいても構いませんよ。誰かできないかダメ元で聞いてみようかなーっと思って一番それらしいあなたに訊ねてみただけですから、もう、そういうことは嫌なら無理強いしません」

 ん……まあ、いいか。今更善人になる気はないし。また泥棒みたいなことするのは気乗りしないし、面倒だけど、わたしは自分とケイトのためになるならなんだってやる。

「いいよ。やる」

「そうですか? 申し訳ありません。お願いします。それと、これは取ってつけた余談というか、少し訊き辛い質問なのですが……」

「ん?」

「アトレイシアさんって、その……殺しとか、そういうこともされていたんですか?」

「……知りたい?」

「いえ、もういいです。ごめんなさい」

 ウタゲは訊いてはいけないことを訊いてしまったと後ろめた気に目を背けてしまった。よし、無理に訊く気がないなら言わないでおこう。

 ハーベスの屋敷になら忍び込んだことあるけど、ザル警備だし罠もないからニンゲンの首ひとつ取って帰ってくるくらい楽勝……な、気がする。問題があるとすればハブラと、その手駒の武闘家たちかな。

「しかし、方向音痴のアトレイシアひとりで大丈夫か?」

「え」

 スズリカが、わたしとしてはいささか納得のいかない待ったをかけた。方向音痴だっていうけど、方向くらいわかる。

「ああ、そうでした。もうひとり頼めそうな人は……」

 わたしが方向音痴だってどうして広まっているんだろう。里にいた頃は道に迷うようなことはなかったはずなのに。……つまりもっと付き合いの長い誰かがそういうでまかせを? じゃあリュイナだな。たぶん。

「わたしがいこうか?」

「ふゃ! ケイトさん、いたんですか?」

 ケイトがまるで最初からそこにいたかのように音もなく現れた。意識したわけではないだろうけど、これならニンゲンの家に忍び込むことくらい造作もないはず。

 ホバーラに呼び出されてしばらく姿が見えなかったけど、何か試験にでも付き合っていたのかな。

「アトレイシアひとりを危険な目には遭わせたくない。わたしがいく」

「速攻で提案から宣言に変わりましたね。でも、ケイトさん、そういうことされたことないのでは?」

「……いく」

「あ、決定ですね。わかりました」

 このように、すでにこの双子ですらケイトの言うことを聞くようになった。ケイトの意志は天才の思考よりも尊い。

 これをリュイナは「ケイトちゃん拗ねると面倒くさいからね」という。本気で拗ねたケイトの姿を見たことがないわたしにはいまひとつピンと来ない話。

「では、明日の午後にでも出発してください。地図は用意しますから」

「明日でいいのか?」

「今日は101の皆さんで集まってお食事でしょう? それにその格好もなんとかしておかないと不用心ですしね。朝一で服を用意します。耳としっぽは、アトレイシアさんは術で見えなくできるのですよね? ケイトさんはどうなのですか?」

「わたしは……その手の術は使えないな……」

 2年間魔術の勉強を頑張ってたけど、まやかしの類の術はまったく身に付けていないらしい。

 妖術もそうだけど、魔術って習得するのに何年もかかるし、その中でも人によって得手不得手があるから仕方ない。独学だったらなおのこと。

「そうですか、ではアトレイシアさ――」

「わたし、自分にしか術使えない」

 わたしも生粋の妖獣人じゃないし、素質の方もあんまりだと思うから仕方ない。2年間勉強しようがなかったしなおのこと。

「じゃあ、レンカさんに頼めばいいのですかね?」

「いや、レンカが得意なのは天候を操る術だ。変化の術は幻術の類で、ホバーラとフウカ族長、他は……ホロビさんが得意だな。――ホロビさん、お願いできないか?」

「任せて! ……と、言いたいところだけど、明日の午後だと外せない別件があるから、ダブルブッキングになってしまうわね。ホバーラの予定を調整して、わたしの方からお願いしておくわ」

「ん。感謝する」

 目上の人が相手だろうとさん付けはしないケイトでも「ホロビさん」と呼んでしまう、ホロビのオーラはなんというか、できる人って感じ。

 でも、本当はホロビにさん付けしてる子はむしろ少ない。それなのになんでケイトはホロビに対してさん付けなんだろう。ホロビも呼び捨てでいいって言ってるのに。

「わかりました。では、そちらの方はそうするとして、服の方は……明日シェルバロフさんに頼んで、その辺の町で適当に見繕ってきてもらいましょう」

 新しい任務をもらえた。内容的にケイトと一緒なことを喜んでいいのか複雑だけど、何もなければ血を見るようなことじゃないし、楽しんじゃおう。

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