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遠巻きに観察できる程度の距離を取ってウタゲたちについていくと、椅子と机を用意するのに駆り出された子たちとばったり出くわした。
「あ、アトレイシアちゃん、なんだか凄そうなのが来たよ」
雑用組に混ざっていたリュイナは領主たちの来る方向を指差しながら、ひそひそ声でそうわたしに伝えると、「でもちっちゃかったね」と続いた声に「ねー」と返してにこにこ笑った。
「ん。背の低いおじさん?」
「そうそう。ほら、タローが怯えちゃって可愛いんだ」
足にしがみついているキツネのタローを見下ろして、頭を撫でてあげると、タローは落ち着いたついでにリュイナから離れてこっちに擦り寄ってきた。
「…………」
じっと見上げてくる視線からそっぽを向いて冷たくあしらうと、タローはしょげた様子でリュイナのもとに帰っていった。二度と寄ってこないで。
「タローくん、可愛くない?」
「うん」
「……またふられちゃったね、タローくん」
遠慮がなくてふしだらな人はお断り。わたしはケイトみたいな静かな人が好き。
そうこうしているうちに姿を現した二人の来訪者に、ウタゲが挨拶を始めると、話を聞いてやろうと、自然とみんな口を閉じて聞き耳を立てた。
「どうも初めましてアダーガド卿。わたしはウタゲ。皆を代表してのお目通り叶い誠に光栄です」
「……なんだお前は?」
ハブラひとりを護衛につけて現れたハーベス領主は、挨拶を聞き流して、代わりにいかにも下賤なものを見る目でウタゲを見下ろした。
背丈はごくごく標準的で、体付きはかなり引き締まっている。戦闘衣を着ているけど貴族らしく汚れのひとつもなく、鞘に控えめに装飾が施された剣は、ポメルから獣人のしっぽの毛らしいふさふさした飾りが垂れ下がっている。
武門の家系らしさは十二分だけど、今時こんなのに領主としての仕事が務まるのか怪しい。執務室より前線指揮所の方が似合いそうというか、それしかくらいしか似合わない。
「皆を代表し、領主様の応対を任せられた者です」
「つまりお前がここを率いているわけではないのだな。まあ、当然か。お前に用はない。指揮官を出せ」
「申し上げにくいのですが、それはできません」
「なんだと?」
「ああ、ご心配なく。わたしがここで話すことは私共全体の真意として受け取っていただいて構いません。では、ご用件をどうぞ」
ウタゲのわざとらしく事務的な態度に、わずかにアダーガドの眉がつり上がった。どうやらウタゲ、挨拶を無視された時点でこの領主が気に入らないらしく、無礼とも思える程度に身振り手振りが芝居がかってる。
「お前のような子供の言うことが? ふざけているのか? いいから指揮官を出せ、直ぐにだ。――おい、後ろの女、さっさとお前たちの主人をここに呼べ! それともまだこの俺を馬鹿にするつもりか!?」
「申し訳ありませんがそのようなご要望にはお応えできません。ご承知の上、お気を静めください」
ホロビもウタゲに倣って棒読みで返し、短気な領主の顔が紅潮するのが見て取れた。
「あなたを馬鹿にしたところでわたしたちになんの益があるというのですか。わたしたちはあなたと敵対するつもりはありませんよ。いまのところは。――さあ、立ち話もなんですからどうぞお掛けください」
ウタゲが用意された椅子に座るように領主に促すと、領主アダーガドは一瞬警戒した様子を見せながらも、何も言わずに勧められた椅子に腰掛けてウタゲを睨み付けた。
もうちょっと感情を抑えたらどうなの。プライド高くて面倒くさそうな人だけど、それでもどうしてこんなに早くから喧嘩腰なの。そっちからいきなり話をしに来たんだから、もうちょっとぐらい我慢すべきだと思う。
「恐縮ですが皆多忙の身故、今日は都合が取れないのです。それと聡明な領主様は何か勘違いなされているようですが、先程も申した通りここでは担当者であるわたしの意志が今後のあなた方、領主様との関係に反映されます。それ以外の人物へのご用件の取り付けは、たとえ対象が上位者であったとしても保証できません。もう一度言います。いまここで、ご用件をどうぞ」
机を挟んで向かい側に座ったウタゲが、自分の頭を飛び越えて喚いたアダーガドに遺憾の意を持って忠告すると、そんなことはお構いなしとアダーガドは更に語気を荒くした。
「なんと無礼な輩だ、お前のような小娘とお喋りをしに来たわけではないわッ! ままごとに付き合わせるな!」
早速机を叩いて軽く破壊する領主アダーガド。なんて粗暴な輩。こんなのが領主とか務まるのか。
「……どうにも、偉大な領主様は失礼な方のようですね。ふざけているように見えますか?」
ずっと上から見下すような視線を向ける領主に、早々に愛想を尽かしたウタゲは慇懃無礼……いや、慇懃さは半ば消え失せてただただ無礼の度を増した。気持ちはわかるけどこっちも人選間違ったんじゃないかな。
「ふん、真面目な顔をして人を馬鹿にする奴もいるさ。――なんだ?」
「領主様、これでは話が進みませぬぞ。ひとまずはこの方の意向に従われるべきかと思います」
ハブラがようやく口を開いてアダーガドに待ったをかけると、意外なことにアダーガドはいくらか落ち着きを取り戻しように見えた。先代からの側近の言葉くらいは素直に聞くらしい。いまさらウタゲと友好的な対話ができるかは怪しいものだけど。
「……仕方がない。そうしてやるか。――答えろ小娘、お前たちの目的はなんだ。このハーベスの領地に無断で入り込んでおいて、答えられぬとは言わせんぞ」
「目的も何も、タナトスから逃げていたらたまたまいいところにあなた様の領地があっただけですよ。無断でお邪魔させていただいたことはどうぞご容赦ください。やむを得ずの結果です」
「やむを得ずだと? 生憎だがここも奴らがきているのだ。逃げてきたならまた直ぐにでも逃げ出すことだな。そうしないなら俺の領地にいる以上、この地のために戦ってもらうしかない」
「すでに戦っているではありませんか。まさかご存知ありませんか?」
すでにしていることをやれと言われても困ると、無遠慮に呆れた顔をしたウタゲに、アダーガドはまたカチンときたように見える。それでもぐっと我慢して深呼吸すると、若干ながら声のトーンを落として話を続けた。
「お前たちはなんだ? その身なりも言語も覚えがない。聞いたこともない。確かに、あちこちでタナトスども追い払っているようだが、得体の知れない連中は奴等だけで十分だ」
確かに、向こうからしたら地上げ屋の相手をしているうちに浮浪者が居座り始めたようなものだから、説明がなければ納得いかないだろう。でも、「まったくだ」と同調した妖獣人のひとりが、周囲から視線を向けられてしどろもどろに弁解し始めた。「い、いや、わたしはべつにそんなこと思ってないけど……向こうからしたらな?」と、べつに自身がニンゲンたちを邪魔者として思っているわけではないと説明しようが問答無用、もみくちゃにされて悲鳴を上げた。
「結束を乱すような発言はだめーっ!」
「ぎゃーっ!」
平和だな。
視線を戻すと、ギャラリーがじゃれ合いを始めたことに気付く様子もないウタゲとアダーガドが殺伐とした感情をにじませてにこやかに笑い合っているのが見えた。
「つまり、出ていけと?」
「厄介事を2つも抱える余裕はない」
「なるほど。あなたたちがわたしたちの邪魔をしなければ、タナトスという厄介者は我々がなんとかしましょう。どうです、取引しませんか?」
やっと話が進展しそう。だからというわけじゃないけどタロー、鬱陶しいから擦り寄ってこないで。
邪魔者は鼻をひっぱたいて追っ払うと、またリュイナに泣き付いて、「アトレイシアちゃん。も、もうちょっと優しくしてあげて?」と哀れみを浮かべる後ろ盾をくっつけて帰ってきた。嫌だ。
「取引だと?」
「ええ、わかりやすいように率直に言いましょうか……。要求は3つです。ひとつは我々に対し無期限、無償で領地への出入りと駐留を認めること。次に領民の財産を侵害しない限りのあらゆる活動の自由を認めること。最後に物資の援助を無期限でいただければタナトスはなんとかしてあげます」
「……それだけか?」
「ええ」
ウタゲの返事を聞いて、アダーガドは机を掴んでひっくり返した。行儀の悪い貴族さまだ。
「ふざけた要望だ。そもそも取引など持ちかけるとは、自分たちの立場がわかっていないようだな」
「そうですか?」
「そうだ。ここは俺の領地、奴らとの戦いの主導権は俺が持つ。余所者のお前たちは条件など付けずこの俺の言うことに従えばよい」
身の程をわきまえろと、言うだけ言ってふんぞり返ったアダーガドの顔を見上げて、ウタゲの肩が震えた。
「貴様ァ! 何か可笑しいッ!?」
「実力もないのに粋がるのも大概にした方がいいですよ。あなたなんかに全てを任せていたら、あなたの大切な領地は失われてしまうでしょう」
ウタゲはまたあからさまに領主を馬鹿にしてる。いいのかはさておき見てて気分はいいから続けてほしくはある。これはきっと高度な心理戦なんだ。あのアホそうな領主を焚き付けてボロを出させたあとで、有利な条件を取り付ける算段に違いない。
「うわーっ、度胸あるー!」
みんなは二人のやり取りを覗き見しながら舌を巻いてる。ウタゲはいつだってウタゲ、外見の割に度胸が凄い。
「感心するほどのくそ度胸、人に喧嘩を売ることに関しては天才だな。親からどんな躾受けてきたんだか。――あ、いや、わりぃ。悪気はないから、な?」
さっきの子がまた余計な言葉をこぼして、今度は双子の妹からの視線に勘付いて謝ったけど遅かった。ちょっとみんな、判定シビアじゃないかな。
「わたしたちは全てにおいて天才なのですよ? カクリナさんには罰として、あとでもふもふさせてもらいます」
「やめろよ。くすぐったい。――くすぐったいっての! 「あとで」って言っただろ!?」
「これは「もふもふ」には含まれません。まだ冬毛が生え揃っていないので」
「じゃあ触んな!」
ぎゃいぎゃいとは騒げないから、控えめにじゃれ合うマツリ。お相手の妖獣人はカクリナって名前で、普通の獣人の方にカトリナっていうそっくりさんがいる。評価は悪ガキ。
ウタゲとマツリってわたしたちと身長同じくらいで髪の色もニンゲンじゃ珍しい色だし、案外自然とじゃれ合えている気がする。特にマツリは積極的に頭の上から耳を生やしているし、スキンシップも積極的で親しみやすい。
ウタゲを目上に感じている子はいても、たぶんマツリのことはみんな同じ目線で見てるな。尊敬できる姉と親しみやすい妹でバランスがいい……気がする。
「でもウタゲお姉ちゃんの方、戦車に詳しくないじゃん。同じ天才さんなのにムラがあるよね」
「わ、わたしたちは科学者です。そして力を入れているのは軍事科学ではないのです」
「マツリちゃんは勉強サボって変な教養ばかり詰め込んだんだね……」
「やってることわたしと一緒だな! 特別にわたしの子分にしてやるよ。妖獣人だぞ、崇めろ」
「ちがわっ……ないかも知れませんが、ここで役立ててるからいいんですよ。別々のことを学んだあとでそれを共有し合えば、修得効率2倍です」
ここで何故かドヤァって顔してるのが面白い。マツリはウタゲより一回り面白く、一回り頼りない。それがマツリ。
「わたしの子分として働けば更に効率良くいろいろ教えてやるよ?」
「カクリナはちゃんと術の勉強したら?」
「やだよ。めんどくせー」
妖獣人でもただの獣人と大差ない思考の人はいるらしい。
あとで聞いた話だと、カクリナは魔女に憧れているらしく、毎日こっそり箒で空を飛ぶ練習をしているせいで、戦いではあんまり強くないんだとか。なんだこの可愛い人。




