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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *       *


「レンカ様、ご報告が」

「うむ、何事だ?」

 親睦会の開催について、スズリカが他の族長たちに伝えにいくと言って、何故か同行を求められたわたしとケイト。話が終われば自由の身ということで、早速その場でごろごろすることにした。

 本当ならもっと早くケイトとだらだらできたのに、スズリカはやたらとわたしたちをこき使う。ここに至っては従者を侍らせて偉ぶりたいだけだし、いい加減にしてよ。

「――なるほど、わかった。下がってよい」

 報告に来たヤコアから耳打ちされた話によると、この土地の領主がわたしたちの主へお目通りを願いに来てるらしい。この距離だと念話か、何かしらの術を使わないとわたしたちには筒抜けだ。あの二人ならできるだろうけど、そこまでするような内容じゃないな。

 一緒にいるウタゲとマツリ、それとマルティナは聞こえていなかったみたいだけど、隠すことでもないからフウカ族長がさっさと教えた。同じタヌキなのにお年寄りのフウカの方が耳いいのかな。

「領主ですか、やっと重い腰を上げてくれましたね。正直その程度の人では構っている時間がもったいないですが、いいでしょう。ちょっと会ってあげてください」

「わたしが? ウタゲやパートリッジ殿ではなくて?」

「なに言ってるんですか。わたしたちの主は族長の皆さん、ひいてはそのリーダーであるあなたじゃないですか。パートリッジさんはただの軍人、わたしたちはただの助っ人のアドバイザー、政治首脳はあなたたち」

「種族の未来を担うとても重要な役割ですが、里で皆さんをまとめられていたあなたなら適任です。あなたの求心力にわたしたちのサポートが加われば鬼に金棒ですよ」

 里でもレンカには周囲の入れ知恵がかなりあったみたいだけど、求心力は確かにある人だ。いつも隠れているけど、キツネ亜人の力の象徴であるしっぽの数と長さも貫禄の一番。それがそのまま求心力になるから、やっぱりレンカが一番。

 ……まあ、本当はフウカの方が強いかも知れないけど、本来族長になる資格がないところをスズリカ同様頼み込まれて仕方なく名乗ってるだけだし、何なら族長としてやる気があるのレンカだけで他はみんな辞めたがってるから、その点踏まえてもレンカがまとめるのが理に適ってる。

「そうか、わかった。わたしが領主に会うとしよう」

「待てレンカ、領主の隣に見覚えのある顔がある。ここがあのハーベスの領地なら、間違いない」

 用足のためにこの場を離れていたスズリカが、戻ってきて早々にそう言ってレンカを制止した。

「ハーベス……ボーベット・ハーベスの一族の領地か。そうか、ならばハブラだな?」

「ああ。気を付けろ、あの男は一筋縄でいける相手ではないぞ。わたしが保証する」

 スズリカは胸を叩いて信頼感を演出した。いろいろと残念なところはあれスズリカの人物評は割とまともで、それほど誤りがない。つまりは強敵登場ってこと。

「ハブラって誰です? 高名な方ですか?」

 ウタゲとマツリは興味津々といった様子で、目を輝かせてスズリカを見つめた。

「ん? ああ、ハーベス家とは4年前に戦ったことがあってな、ハブラは当主ボーベット・ロムス・ハーベスの側近だった男で、かつては「鉄脚」と謳われた武芸家でもある。頭も回るし油断ならない男だ」

 ハーベス、いまの当主はアダーガドとかいったかな。その傍らにいて腕の立つ男……記憶にはあるけど名前は憶えていなかった。そうだ、ハブラだ。

「ふゃーっ、面白そうですよお姉さま、覗き見してみましょう!」

「そういう古いタイプの武人というのは拝んだことがないですからね。アトレイシアさん、いざとなったらお願いしますよ。我々喧嘩だけは自信がないので」

 ウタゲはそう言いながら、あえて中腰になり虚空に向かって拳を繰り出す様を見せて見事に弱さを誇示した。

 いや、なんでわたしが。覗き見ひとつでいざとなるようなことがあるのか。

「その男、わたしより強いから自信ない」

「えっ、そうなんですか?」

「アトレイシア、ハブラと戦ったことがあるのか?」

 意外そうな視線が集まって、ちょっと居心地が悪い。

「う、うん。去年、一度だけ。右足に義足を付けた小柄な男でしょ? 歳の割に凄く強かった」

「右足に義足……ああ、そいつだ。あの男、やはり残ったか。しかし、未だにアトレイシアすら上回るとは、あのとき足一本残してやったのはまずかったかな? 私怨に囚われるような奴ではないと思いたいが……」

 スズリカは話しながら、嬉しそうに何度も頷いたあと、ふと憂い顔になった。敵に回せば相手をできる人は限られてくる、それなりに厄介な相手だ。

「「足一本残してやった」? スズリカさんも相手をしたことがあるんですか?」

「ボーベットを討ち取るとき邪魔してくれてな、殺すには惜しかったから自慢の足一本で済ませたんだ。狡賢そうな反面、義理堅く熱い漢で、足一本でも立ち上がって、いつかもう一度わたしの前に立ち塞がってくれるかもと思っていた」

 スズリカは常に強い敵を求めている。見込みのある相手なら生かしておいて、また自分に挑むチャンスを与えるとは聞いていたけど、ハブラもそのひとりだったらしい。

「実のところちょっと嬉しいが、まだわたしたちの正体を教えてはやれないな。いまのところは化かしておいた方がいいだろう。先代の敵でもあるからな、我々は」

 ちょっとどころじゃなく嬉しそうだったけど、いまはまだ顔を合わせられないとして、再考を促す。スズリカの表情は真剣でそれでいいだろうっていう安心感がある。

「確かに、そういった因縁もあることだし……獣人が前に出ては警戒されてしまうだろう。かといって端からニンゲンのフリをして騙してやろうでは、礼節に欠き、道理にも反するというものだ。ウタゲ、やはり今回は頼めないか?」

「ふむ、宿怨を抱いた相手との交渉は面倒くさそうですね。わかりました、そうします」

「オコリナとホロビを傍につける。何かあったら二人に言うといい」

 指名を受けて進み出てきた妖獣人キツネ亜人の二枚看板、オコリナとホロビがニンゲンに変化して上品に礼をすると、ウタゲも深々とお辞儀をして返した。

「オコリナですわ。お見知り置きくださいな」

「ホロビよ。荒事はわたしたちにお任せあそばせ」

 獣人らしくない、荒事には場違いな口ぶりで話す二人に、意外そうな顔のウタゲを見て、レンカは「心配するなと」肩を叩いた。

「妖獣人は文武両道、いくらハブラが達人といっても、お前に指一本触れることはできん」

「むしろオコリナさんがいるんだったら、わたしはいなくてもいいと思うのですが?」

「なに、向こうが二人なら、こっちが3人いると馬鹿をしにくくなるはずだ。オコリナに任せるにしても取り敢えず立っておいてくれ」 

 たぶんキツネ亜人で一番活発で、多忙なホロビは、立っているだけの仕事はつまらないから他の子に頼んでもらえないだろうかと思っているかも。

 でも、ホロビは性根ぐーたらなキツネ亜人としてはすこぶる都合のいいお姉さん。レンカにも「仕事を任せるならホロビ!」と、幻術が得意な一方で殴り合いも強く、頭もよくて雑務を手際よく片付けてくれて、掃除洗濯お裁縫、おやつの用意に子育てまでしてくれる万能っぷりに気のいい人柄と人望を備えて、みんな言うことを聞くこの人頼みの思考があるから、何かあったらホロビが面倒を見るのはいつものこと。

 ホロビの勤勉さははキツネ亜人としてどうかと思う。もうちょっとオコリナとか見習えばいいのに。

わたくしとしては、全てホロビがやってくださると嬉しいですわ。荒事は好きではありませんもの」

 そしてこの、そよ風に飛ばされそうなふわっふわな喋り方、いつも散歩してお茶飲んでばかりの、ぽあぽあのほほんとした優雅な日常を過ごす選りすぐりの暇人、なんちゃって獣人貴族のオコリナは今日も幸せそう。

「アトレイシアさん? 私だって、悩み事のひとつやふたつあるのでしてよ?」

 わ、思考を読まれた。こわい。

「……そうなの?」

「ええ。歳のせいか、ずっと身体が重たくて……あ、体重が増えているわけではありませんわよ?」

 確かに、オコリナは太っているわけじゃない。明らかに運動不足といっても、肉付きは筋肉の輪郭が判別しづらい程度。うん、決して太ってはいない。

 まあ、胸にくっついてる肉は絶対邪魔なんだと思うけど……い、いまの読まれたかな、取り敢えず頷いておこう。

 わたしが文句はないですという意志を表すと、オコリナはにこっと笑ってウタゲを促した。ここでだべり続けて、お客様を待たせてしまっては悪い。

「ところで、お話中に飲むお茶は何がいいかしら?」

「その辺はこっちで何とでもするから、早くいってくれ。――ウタゲ、一領主相手にあまり下手に出る必要はないからな、足元見て吹っ掛けろ」

「意図しているわけではありませんが、喧嘩を売るのは得意です。心配いりませんよ」

 それって何も信用できないじゃないか。

 ……眠る前に、やっぱりちょっと見ておこうかな。何が起きても大丈夫だろうけど、何かあったらと思うと気になるし、そうしよう。

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