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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 ヘッドは交換には応じないとかぶりを振った。ついでに人差し指もノンノンとでもいうように振って、アルアリスに向き直る。

「んなこと言われても困るぜ。君は偉大なるエルンヴィアの戦車兵だから、誇りを持ってエルンヴィアの戦車に乗り給え。これは間違いなく歩兵にこそ相応しい戦車だ、つまりおれのもの」

「けち」

「じゃあいいこと教えてやろうお嬢さん、向こうにもっと凄いのがあったが回収できなくってな、今度取りに戻る予定だからそれをやるよ」

「いいの? おじさん、それ約束だからね?」

 これがいくら頑丈と言っても、巨大なストーンゴーレムを一撃で粉砕してしまうあの大砲で撃たれたらただでは済まないだろう。これが最強の盾とすればあれはそれも超える剣だ。だけどひとつ問題がある。これだけは言っておかないと。

「ちょっといい?」

「あん? いいけどどうした?」

「もう一度言っておくことがある。……おじさん、いい?」

「なんだよ」

「あれはわたしの」

 ……言ったら口を開けて、「あーっ」て顔をされた。忘れてたのかこのおじさん。それともこの場はスルーしてもらえると思い込んででもいたの?

「い、いやー、おれたちも欲しいんでね。譲ってくれねぇかな?」

「あれはわたしの家」

「言いたいことはわかるよ。わかるけどさ、ああいう装備は喉から手が出るほど欲しいんだよこれが。な? ここには詳しくないがこれだけは確かだ。ここでは何が起こるかわかったもんじゃねぇ」

「いえ……」

 早く諦めてほしい。あれほどの好物件はそうそうお目にかかれないから譲りたくない。

 雨風をしのげて野生動物に襲われる心配もないのに金を払えと言われることもない。更にあの辺りは実りが多いし狩りもできる。避難民も粗方片付いただろうし、人気がなくなればタナトスも当分は来ないはず。

「ああもう家くらいおれがいつか一軒家買ってやるから勘弁してくれ。お前さんの住みたいところに望み通りの家買うなり建てるなり好きにしていいからよ。さあこれでどうだ?」

 困り果てたヘッドは破格の条件を提示してきた。一軒家、なんて素敵な響き。

「ほ、本当? わたしの望む通りの家を、本当にくれるの?」

「あ、ああ、男に二言はないぜ……」

 ケイトと一緒に住めないかな。余生をおくるのにピッタリの快適な家がいい。

「いよっ、見た目通りの太っ腹!」

 横から茶々が入ったが、確かにこの男は屈強な兵士というよりただ恰幅のいいおじさんにしか見えない。少し歳が行き過ぎてはいるけど、こういう体型は食べやすいところが多くてわたしは好き。それを言ってしまったら絶対に無駄な警戒をされるだろうから間違っても口には出さないけど。

「そういうことなら……いいよ」

「そうかい、だったらこれで交渉は成立だ」

 住み家をくれるというなら、それまでにこのおじさんが死んじゃわないように、これからも協力してもいいだろう。

「いやいやちょっとおじさん、その犯罪臭漂う子何処で拾ったの? 髪の毛銀色とかレアじゃない?」

「落とし物みたい言うなよ。こいつはな、この辺りの住人で、難民だよ。襲われてたから助けただけさ。わかったか?」

「要するにどさくさに紛れて拉致っちゃったの? やっるーぅ」

「保護と言ってくれよ保護と」

「ヘイ彼女! こっちに来ない? こっちの戦車はこの……その……静かだよぉー? きっとエンジンが違うんだろうね、時代は静かでエコロジーな魔力発動機だよ?」

「話し聞く気がねぇや……」

 向こうは魔法の力で動いているらしい。確かに向こうはブロブロ言わずに割と静かにしている。でも、左右に付いているボビンみたいなところが回転しながら金属が擦れる音を響かせていて、うるさいことに変わりない。

 こっちもわたしにはよくわからない力で動いているから魔法のようなものではあるし、何より音よりも気になるところがある。

「それ、毛が逆立つから嫌」

「えーっ……?」

 外に漏れ出た魔力で毛が逆立って気持ち悪いから近付きたくない。

 種族や年齢など個人で差はあるけど、微弱で目に見えない魔力でも体に触れるとなんとなくわかったりする。特にわたしたちの場合は相性が良ければ気分が良くなるし、相性が悪ければ毛が逆立ったりして気分が悪い。

 つまり、どうやらわたしは向こうの鉄の箱とは相性が悪い。だからこれ以上誘われても困るから中に引っ込むとしよう。

「むー、残念。にしても変わった子だね。何? おじさんこういうミステリアスで背徳感のある子気になっちゃうの?」

「よせよ妙な詮索は。人助けに理由はいらねぇだろ? こんなんだったのは偶然だ――」

 蓋を閉めると二人の会話はほとんど聞き取れなくなった。これ以上話を聞く気もないからいいけど、だからと言ってわたしがこの箱の中で何かできるわけもなく、どうにも退屈。いっそ寝ようにも揺れるしあまりにうるさいしで満足にはいかなさそう。

「「…………」」

 しばらくの間、無言の時間が続いた。喋るのは得意じゃないし、誰も喋らない空間は好きだけど、どうにも居心地が悪い。におうし揺れるしうるさいし、最悪だ。

「……誰か喋らないか? ほら、おれたち、まだお互いのことをあまり知らないじゃないか。いや、あまりなんてもんじゃない。全くだ。それにこっちに来てから何も食べてない。喋って気を紛らわせなきゃやってられないだろ? 喉もカラカラだ。でかいキャンプを見付けて何かお恵みがもらえるかもと近寄ってみれば、わけわからないままこっちが銃弾を恵んでやる側になって、アテが外れて気分は最悪、このままじゃノイローゼになるよ」

 沈黙に耐え切れなかったのか、さっきアル……なんたらと言い合ってたやつが堰を切ったように喋り出した。

 そうか、記憶の上ではこのニンゲンたちはわたしだけでなく、周囲の全員とほとんど初対面の状態なのか。たぶんわずかに残っている記憶だけで仲間として認識しているだけで、いざ雑談しようにも話題を見付けるのも手探りの状態だろう。それにわたしという異性にも配慮して話題を選ぼうなどと考えればそれこそいっそ黙り込みを決め込んだ方が楽というもの。わたしとしてはそれでも話をしようと言い出したこのニンゲンは凄い。

「まだ操縦に慣れてないんだ。お前ほど暇じゃないから話し掛けないでくれ」

「腹が減っている鬱憤を紛らわせたいのは同感だが、気分が乗らない。それに、ここはまだ安全じゃない。警戒すべきだろう」

「そんなこと言うなよ。周りに歩兵がくっついて警戒してくれてる。戦車の出る幕じゃないさ」

 ドライブはにべもなく断り、これまでほぼほぼ黙ってたもうひとりの男ももっともなことを言って閉口。そうはさせじと食らいついても首振って終わり。こいつらこの先大丈夫かな。

「くそ、ヘッドの読み通りの奴だな……。――ア、アトレイシア? あーっと、その……退屈か? 退屈だろう? おれはヒューベック、ヒューベック・パトラフスキだ」

 やっぱりわたしにすがるのか。取り敢えず、まだ呼びやすい名前だから呼ぶときはそれで呼ぶとしよう。ただ、お腹が空いたのはわたしも同じだけど、空腹感を共有していようがそんなことどうでもいい、あの目は大人が子供に向ける目じゃないから気に食わない。子供にすがるような大人は嫌いだ。

 でも、まあ、せっかく同じ場所にいるんだから教えておくことだけ言っておこうかな。

「うん。だから、いま言っておきたいことがある」

「おお、なんだ? 言ってくれ」

「さっきから話を聞いていたところ、たぶんあなたたちは記憶がない。全部じゃなくて、部分的に」

「……ああ、そうだ」

「まず、これだけははっきりさせておいてあげる。この世界はあなたたちの住んでいた世界じゃない。あなたたちは外の世界からここにきたの。記憶が曖昧じゃ未練も感じないかも知れないけど、帰れないと思っておいた方がいいよ」

 そう伝えると目の前にいる二人は揃って困惑したような顔で肩を落としたあと、顔を見合わせて力なく笑った。歳は離れているけど双子のようにそっくりな動作だ。

「だとよ」

「そんな気はしていた。荒唐無稽な状況だ、そのくらいじゃないと説明がつかない」

「どうしてこんな目に遭っているのか、できればそっちの説明も欲しいところだ。おれたちは何か悪いことでもしたか?」

「それをこの子供に訊いても仕方がないだろう」

「……ううん。ここはそういう世界なの」

 簡単に、わたしの知る限りでこの世界のことを教えることにした。タナトスの出現で外界との境界が不安定になって、ニンゲンたちを筆頭に、棲んでるものは誰しも滅びそうだと。騒音に負けてドライブの耳には届いていないだろう。

 もとはどんな世界にいたのか知らないけど、突然こんな別世界に放り出されて記憶まで失って、「この世界はもうじき滅ぶ」などと言われるこのニンゲンたちは掛ける言葉もないくらい哀れといえる。まあ、わたしにはどうでもいい話だけど。

「――なるほど、つまり、おれたちはただ巻き込まれただけの被害者か」

「うん」

「傍迷惑な世界だ。……サイレント、ヘッドに教えたらなんて言うかな?」

 見た目はこの中で一番年長らしく見える、さっきから反応が薄くて落ち着いた印象の男はサイレントと言うらしい。好感の持てる名前と、それに見合った第一印象。顔にはしわが、髪には白髪が目立つ。

 こういう年季の入った外見で位は低い兵士がいる国は戦争をしている国だと、かつての友人が言っていた。何処に行っても、ニンゲンの世界は戦争ばかりってことだ。

「さあな? でも、最終的にはこうなるだろう。「そこに助けを求める声があれば、逃げずに戦うのが軍人だ」と」

「不思議と聞き覚えがあるなその言葉」

「おれの中に残った唯一の言葉だ。従軍手帳にも書いてある」

 サイレントはポケットから手帳を取り出して見せた。当然わたしには読めない言葉だった、口に出した言葉なら意味がわかるけど、文字にされたらわからない。

「ああ、ご丁寧に検閲されてる、いけ好かない手帳か。……アトレイシア? どうした、こんな言葉に感動でもしたか?」

「……べつに」

 このニンゲンたちも元の世界で戦争をしていたんだ。ニンゲンはわたしたちを下等な蛮族だと言っておいて、お前たちニンゲンの方こそ戦争してばかりの野蛮な種族じゃないか。

 助けを求められたから戦うなんて、争いに綺麗事を括り付けて自分たちを正当化したいだけ。口でどう言おうがニンゲンなんてそんなもの。卑怯者だ。

「これは、おれにとって……これが、祖国からの最後の言葉になる。ヘッドがなんと言おうと、おれは戦うぞ」

「勇ましいなアンタ。確かにおれの手帳にも同じこと書かれてるし、おれもやるよ。さっきのキャンプの住人のことは忘れるしかないがな」

 なんだか意気投合したような風だけど、わたしには二人のやり取りが茶番にしか見えない。ニンゲンはこうして上辺だけ繋がって、そして直ぐに互いを裏切るもの。これは価値のない茶番劇だ。

「まあ、どうせみんな戦いたがる。――アトレイシア、君の教えてくれたことに戸惑っていないと言えば嘘になるが、こんな環境でもおれたちはどうせ大丈夫だ」

 二人はわたしに感謝しているらしい。いらいらする。この世界のことは一応伝えておこうと思って気まぐれに教えただけで、べつにお前たちがどんな境遇にあろうと心配なんてしない。

「そうだな、心配や慰めはいらないから戦うおれたちを応援してくれ」

「……そう、わたしはこの世界がどうなろうと構わないし、勝手に頑張って」

「「え」」

 ここで「は?」と返さなかった辺りわたしはよく頑張っている。わたしはさっきからずっと苛ついてるんだ。何も話すんじゃなかった。

 タナトスが襲撃するのは町とか村に、さっきみたいな避難民のキャンプ地とか人が多いところばかりで、いまのところひとりで山奥にでも篭ったりすれば襲われることはない。つまり被害を受けるのは基本的に群れていて襲われやすいニンゲンばかりで、明日は我が身にせよ逃げ出してきたニンゲンを襲って暮らす側のわたしたちが自分一人で生きていくのは難しくない。だからこのニンゲンたちに戦ってもらう必要もないし、むしろ獲物が来なくなって迷惑する人もいれば、平穏を奪われる人もいるだろう。

「わたしはタナトスなんてどうでもいい。この世界のことも、わたし自身のこともどうでもいい。ただ生きるだけ生きて死ねればそれでいい。それだけ」

「どっ、どうした? そんなこと言うもんじゃない。べつにタナトスって連中は倒せない敵じゃないんだ、まだ希望はあるさ」

「そうだ。おれたちみたいに外の世界から飛ばされてきた強い味方がまだいるかも知れないし、とにかく諦めずに協力しあって戦うことが大事だ」

 この二人、どうやらわたしがタナトスの脅威に屈して自暴自棄になっていると勘違いしているらしい。違う、そうじゃない。

「……お前たちにはわからない。記憶を失ったお前たちには、失ったものを忘れたお前たちには、わからない」

「なんだ? 何でこんなことを言うんだ」

「さあ? 何か間違ったな。アトレイシア、おれたちは君の過去に何があったのか知らない。よかったら教えてくれないか?」

「…………」

 わたしはこの世界のニンゲンたちが何をしてきたかまでは伝えていない。だから彼らが困惑しているのは当然のことだ。

 でも、自分が感情のコントロールを失っていることもわかっている。わたしはやっぱりニンゲンというものが大嫌いらしい。これじゃあ自分を抑えられそうにない。

「君は何か背負い込んでいるものがあるな。その、タナトスの仕業か?」

「うるさい。タナトスなんてどうでもいいって言ってるんだからもうやめて。黙らないと次は加減してあげられない」

 サイレントの首筋に暗く線が浮かんだところで、二人は静かになった。

「なあ、喧嘩は他所でやってくれ。頭の後ろでドンパチやられたら困る」

 聞こえていたのか何か察したのか、それまで話に参加していなかったドライブから抗議を受けたけど、丁度終わったところだから無視しよう。

「……この先の何処かに去年冬越しに使った洞穴がある。そこにいくといい」

 そして、わたしのこの言葉を最後に、車内での会話はなくなった。

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