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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
47/341

10

 エンジンが唸りを上げて戦車が速度を上げる。妖獣人の人たちにエンジンルームを結界で覆ってくれるように頼んだり、ウタゲたちに苦情を申し込んでエンジンルームの遮音処理――戦闘室との境の隙間に籾殻を詰めた袋をぶち込む荒療治――した成果はそれなりにでている。

 騒音の問題はわたしたちにとって大きな問題で、エンジン音の大きいディーゼル車が走り回った日にはリュイナを筆頭に気分が悪くなって吐いて倒れる子が現れ、「そびえとせんしゃきらい!」の大合唱の末、こうしてエンジンルームには遮音結界を施し、結界が解けてしまったときのための遮音処理もして、当然全員分の耳栓も用意した。エンジンの他にも、大砲は勿論、銃の発砲音とかもかなり耳に来るから耳栓は必需品だ。

「さーて、一気に突っ切るよ。敵さんの度肝を抜いてあげよう。わたしたちに察知されてると知らずに、のんびり囲いを狭めてるだろうからね」

「姉さん、正面に人影が!」

「轢きなさい! 弾がもったいない!」

「でも、デカイよ!? ヤンコフスキ隊長よりもっと大きい!」

 ……ヤンコフスキって大きさの基準として役立つんだ。確かにニンゲンたちの中でも5本の指に入るほどに背が高くて、イギリス人からは「スウェーデン人」とあだ名が付けられたらしい。よくわからないけどスウェーデンという国の人は背が高いそうだ。

 でも、イギリスの兵士たちの中にはヤンコフスキより背の高い人がちらほらいるから、現状ではイギリス人の方がより高身長のように思える。

「あれは、トロール……真っ直ぐぶつかったら危ない」

 ケイトが照準器越しにそう教えると、アルアリスは逡巡しゅんじゅんする素振りを見せた。

「……よし、じゃあ足に機銃弾ぶち込んで、倒れたところを踏み越える。ケイト、当てれる? 一緒に撃つよ?」

「ん。まかせろ」

 ケイトもう一度が照準器を覗き込む。高速で走る戦車の機銃で精確に足を撃ち抜くのはかなり難しそうだけど、気負った感じはない。

「…………」

 どんなに揺れようが顔色ひとつ変えずに2発ずつ、3回の射撃で、「やった」と口にしただけだった。

「えー、嘘でしょ……やってって言ったのわたしだけど、人間業じゃないよあれ」

「姉さん、揺れに気を付けて」

 弟がそう言うと右の履帯の下からトロールの悲鳴が聞こえた。でも、流石は生命力と回復力の高いトロール、頭が潰せなかったのか通り過ぎたあとも生きていた。数秒後には今度こそ轢き殺されたけど。

 その後もごとごとぐちゃぐちゃと戦車が揺れたのは言うまでもなく下で何かが踏まれているんだろう。

「これは結構気分悪いね」

「ぼくが一番悲惨だよ姉さん! 結構ガッツリ人型だよこいつら、女の人いるし!」

「人じゃない。そう思いなさい。あんなドス黒いオーラまとった人なんてあれ、とにかくヤバそうだから断じて人じゃない。――と、どうかした? アトレイシアちゃん」

「あんまり油断できない。外を見てる。――ケイト、武器貸して」

 木の上から落ちてきたペスティスのサルをケイトのナイフで撃ち落とす。このナイフに取り付けられた鎖の「シャララッ」という音が聞いていて結構好き。

「感心だね。あんまり外の様子見たくないけど、わたしも車長らしくそうするとするかな」

「……見える?」

「発砲炎の光はね、発砲音より先に届くの。暗闇の方がよく見えるから問題ないよ」

 へぇ。……ん? 撃たれてからでは遅いんじゃないかな。まあいいか。

「……包囲して身動きできなくした敵を遠くから仕留めるために、何処かに砲があるかも」

「うん。いい読みだね。アトレイシアちゃんの言う通りだから榴弾用意して。――ケイトちゃん、砲塔右旋回。戦車、右に逸れて停車させて」

 アルアリスは突然口早にそう指示を出したけど、わたしにはそれらしいものは見えなかった。

「見えたの?」

「見えたよ。――2号車聞こえる? 2時方向の斜面に砲兵、片付けるから先に行って」

『2号車了解。突然道を逸れるからビビったぜ。それじゃお先に』

 言われた通り榴弾を装填すると同時に、ケイトが困った顔でアルアリスを見た。

「アルアリス、茂みが……」

 隠蔽されて、射撃姿勢に入った砲は厄介だ。目だけじゃなくて耳でも見付けづらい。いまこの場で敵の砲の位置を把握できているのはアルアリスだけだけど、大丈夫かな。

「大丈夫。ハンドル貸して。1発で合わせてあげるから。――はい撃って」

「ん」

「さ、道に戻って」

 まさかいまので当たったのかな。と、思ったとき遠くから爆発音が聞こえた。たぶん仕留めたんだろう。これは凄い。

 さっき、アルアリスは軽く辺りを見回した後、数秒間一箇所を睨んでいた。見回した時点で偶然目に入ったのか、地形だけを見て、あとは戦車兵としての経験上の目星で付けたのかはわからなかったけど、この人は外見の若さ割に多くの戦場を巡ってきたのかも知れない。

「驚いた? 実はわたしも目には自身あるんだよ。それに一度使った砲で、静止目標に止まって撃つならどれだけ遠くたってほぼほぼ当てれるよ」

「凄い。カッコいい」

「そう言われると照れるな~。――さ、そろそろ左に曲がろうか。林の中は暗いから、轍を見失わないようにアトレイシアちゃんが目になってあげて」

「ん」「やった!」

 弟の口から喜びが溢れた。「操縦手ってなんて素晴らしいんだ」と自分の仕事に喜びを感じるようになれたみたいで何よりだ。

「スケベ」

「姉さん、これは役得ってものだよ。ぼくは悪くない」

「得だって思ってるやましい心はあるんだね。有罪」

「男の悲しい性ってもんさ……」

「おとうと、右」

 しばらくの間、ヘッドたちの残した轍の上をひた走った。

「あいつら、結構しつこく追いかけてくるね」

「撃とうか?」

 どうにもペスティスがぞろぞろついてきているらしい。戦車はあまり速度を出していないから、もとがニンゲンなら振り切れても、イヌとか足の速い動物は鈍間と煽ってきそう。

「待って。あっちに何かがいる。あれは……君たち獣人ちゃん? ちょっと、タナトスに襲いかかってるよあの子たち」

「ん……暗いから、大丈夫だろう」

「向こうも夜目の効きそうな連中いるんだけど……? あ、いや、でも勝ってる」

「ふふ、どうだニンゲン、わたしたちの力は」

 かろうじて聞こえたこの声はスズリカの声だろうか。何処から喋っているんだろう?

 ちらりと背後に視線を向けると、ちょうど砲塔の中に上半身を突っ込んだスズリカと目が合った。

「うわっ、いつの間に!?」

 隣のハッチから頭を出していたというのに、アルアリスはスズリカが声を発するまで存在に気がつかなかったらしい。

「なるほど、中はこうなっているのか。これは凄い。ごちゃごちゃして何もわからない」

「……スズリカ、走っている戦車に飛び乗るのは危ない」

「そうだよ困るよお姉さん。万が一轢いたらこっちはシャレにならないよ」

「……へぇ、こっちはこんな感じなのね」

「増えてるし!」

 意外なことに今度はリティアだ。はっきり言ってわたしとケイトとは仲が悪いから、わたしたちがいるとわかっている場所に顔を出すことなんてしたがらないのに、珍しい。

 それにリュイナとためを張るほどニンゲン嫌いだ。どういう気の吹き回しだろう。

「リティアか……どうかしたのか?」

「べつにどうもしないわよ。――スズリカさま、一通り片付け終わりました。戻ってください」

「うん。そうか、素晴らしい手際だ。――それじゃあ、二人ともしっかりな。あなたたちも、これからが本番だ。いざとなったらよろしく頼む」

「あ、ご丁寧にどうも。そちらも流れ弾にはくれぐれも気を付けてください」

「2リゼール先で集結して反転しよう」

 最後にそう言い残してスズリカたちは離れていった。

「2リゼールって?」

「……だいたい1600メートルくらいだな。いまの速度だと、えっと……ん、5分くらいか……?」

「計算速い! ……ちなみに二人が全力で走ったら何分?」

「それなら、2分くらいだな」

「ひー、やっぱり速い」

 その後、ケイトの言った通り5分ほどでヘッドたちと合流した。まあ体感だけど。

「おう、お嬢さん方、早速だけどよ、ノッポと無線がつながらねぇから、おれの指示で動いてくれよ」

「え、作戦あるの?」

 一応自分のところに上官相手に真顔で無礼極まりない問いを返すアルアリスに、ヘッドはげんなりした。

「作戦も何も戦車突っ込ませて蹂躙する以外ねぇよ」

「いや、あの程度の連中、わたしたちだけで十分だ。燃料も弾薬も節約した方がいいだろう?」

 透かさず獣人だけでの交戦を提案したスズリカ、どうにも手柄を独占したいらしい。まあ、燃料と弾薬は貴重だから、わたしたちだけで相手できるならそうした方がいいかな。

「大丈夫か? お前さんたちを怪我させるとヤンコフスキに怒られちまう」

「心配するな。ただ、一時いっとき3人を返してもらおう。奴らの体を鈍らせないようにな」

 スズリカいう3人はわたしと、ケイトとリュイナだ。二人は実力的にキツネ亜人の中でも優秀な方だし、ここはそうした方が安心だろう。

「わかった。火力がいるときは言ってくれよ。――お前ら、いってきな」

「いこう、アトレイシア」

「ん」

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