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「うーん、何処だろう?」
「戦車を止めてくれ。静かにしていればわたしたちが先に見付けられる」
「うん。――エンジン止めて」
夜中にタナトス、もといペスティスの集団が移動中だと連絡があって、戦車に乗り込んで急行してきたものの、それらしいものが見当たらない。
戦車が停止して静かになると、わたしとケイトは砲塔上部左側の四角いハッチから頭を出して耳を立てた。周囲では他のキツネ亜人たちも耳をくるくると動かして索敵を始めている。
周囲は放棄された民家が数件立ち並ぶ、いかにもニンゲンの国の田舎の集落らしい場所だ。
「わかる?」
「左の方」
雑木林が見える。あの中を北に向かって進み、離れていく音がタナトスたちだと思うけど……。
「距離は1000もないが、離れていっている。背後を取ったようだ」
ケイトがそう伝えたそのとき、無線機が「ザザッ」といってヤンコフスキとつながった。
「こちらシェルバロフ隊長車」
『左手に見える林の中に北に伸びる道がある。敵部隊はその先だ。西寄りに獣人を先行させて敵を足止めするから、それまで戦車は気付かれないように距離を取って追跡し、こちらが指示したタイミングで敵集団に突入を開始すること』
「1号車了解。――エンジン再始動。戦車隊、前進再開」
わたしたちはいつぞや味方に向かって貴重な砲弾を撃ちまくった挙句、刃が立たずに逃げを打ったアル……アジフ? と、その弟の乗る戦車に乗っている。アルアジフは車長、弟は操縦手、ケイトは砲手でわたしは装填手と、わたしたちは前と変わらない。まあ、やれといわれても困る。
アルアジフは最初に乗っていた戦車が3人乗りで車長と砲手を兼任していて、この戦車に乗り換えた後も同じ編成を続けていたから、ようやく車長の役に専念できるようになった。砲手としての技量も十分に持っている彼女はその点名残惜しそうだけど、この戦車の性能を完全に引き出すには、やはり砲手はただ砲手でなくてはいけない。
「あなたと同じ戦車に乗れて嬉しいよ。前は断られちゃったからね」
「ん。この戦車に乗れたこと、わたしも嬉しい」
戦車はシャーマン・ファイアフライVC型、わたしがこの世界で初めて見付けた戦車で、巨大なストーンゴーレムだって一撃で撃破する強力な主砲が売りの、わたしのマイホーム有力候補だった戦車だ。
「このわたしと乗れたことより、この戦車に乗れたこと自体が嬉しいんじゃない?」
「……どっちも」
「それ、本当? それじゃあ仲良くしようね。わたしが車長であり友人として、二人のことしっかり理解してあげるから、あなたたちのこともいろいろ教えて?」
「……ん」
「ははっ、二人とも噂通りの静かさだね。でも、戦車の中じゃあもっと大きな声じゃないとわたしたちには伝わらないよ。もっと元気に声出していこう。ほらほら、ケイトちゃんも、二人とももっと喋ってしゃべって」
「がんばる」
「ああ。頑張る」
正直、改まって何か話せとなると難しい。基本的にわたしたちは話題を振られないかぎり人と会話をするタイプじゃない。ましてやほとんど話をしたことのない相手に対して話題を見付けようなんて、する気も起きない。
「姉さん、道が見えたよ」
「その道を左ね。そしたらみちなりでいいよ」
今日は星が綺麗で、ニンゲン目でも外がよく見える。わたしたちが操縦を習得するまでは夜間の操縦は星の光に頼るか、わたしたちの誰かが操縦手の背中におぶさるなんなり、なんとかして目の代わりになって指示を出すことになっているから、こういう晴れの日は嫌われている。ずっとこれでいいという声もある。
空が綺麗で自然も残っているということは、タナトスの侵食を受けていないということだ。タナトスが集団で居座っていると土地は枯れるし空は曇って日光がとどかなくなる。
わたしが数ヶ月前まで放浪していた東の地は、もう死んだだろうな。
そういえばこっちの方も去年来たっけ。雪が積もっていたから時期的にはもう少しあとかな。
「……ケイト、この戦車はどう?」
さて、喋れと言われて、結局、わたしが話題を振る相手はケイト。
「ん。そうだな、砲塔を後ろに向けて走るのは面白い。敵と出会ったら大変だ」
「砲塔前寄りで砲身が長い戦車ってこうするんだね。わたしのもといた部隊じゃ、たぶんこんな凄い大砲積んだ戦車なんてお目にかかれなかっただろうから、興奮しちゃうよ。この前撃ったときの快感といったらもう……」
アルアジフはうっとりとした顔で大砲の閉鎖機を撫で回した。変態だ。
里を出るときに、諦めて寝転んでいたわたしとケイトの直ぐ近くで戦車を撃破したのは、アルアジフの乗るこのファイアフライだったらしい。曰く、普段使っているものとは使い勝手が違ったけど、抜群の腕前でなんとかしてみせたとかなんとか。
「口径が大きくなると、砲弾自体はそれ以上に大きくなるんだな」
「うん。あ、でもこの子の砲弾はね、強装弾って言って、通常の砲弾よりも発射剤の火薬の量が多いんだ。同じの口径の砲よりも砲弾のサイズが大きくて強力なんだよ。いやー、カッコいいなぁ」
もとの持ち主であるイギリス軍や物知りなマツリからあれこれと聞き込んだうんちくを語っては、自分のところの可愛らしい戦車とは違うと惚れ込んだ様子を見せる。アルアジフは大きくて強くてカッコいいものが大好きらしい。
「そうなのか。勉強になる。……この戦車は、まるでこの砲を積むためにあるような戦車なんだな」
「わかる? 実際そうなのかもね。マツリって子に色々聞いたけど、閉鎖機が横倒しに付けられているし、それにこの砲、撃ったとき後座長がギリギリなの。本当になんとか積み込むことができましたって感じ」
「……そういうのって、やっぱりよくないの?」
「ううん。こういうことはきっとよくある話だよ。戦争ってね、相手に負けないようにって色んな物がどんどん発達していくの。戦車も同じで、何処かの国がもっと強いのがいれば敵を楽に倒せるって言って凄い戦車作ると、他の国も強い戦車を作り始めるの。エルンヴィアみたいな貧乏くさい三流国家は戦車もショボいままだけどね」
ふーん。確かに、こっちのニンゲンも獣人に負けないようにあれこれと発明してみては、いまでもそれを振り回して得意そうにしてる。どの世界でもニンゲンってぶれない種族だ。
「それが、これなのか?」
「んー、この子はたぶん、元からあった弱い戦車なんだよ。新しく出てきた強い戦車と戦うために、頑張って強い砲載せてるの。いつかもっといい戦車ができあがるまで、自分より強い敵を相手に戦って、できあがったらお役御免で消えていく。そういう子かな」
「なんだか可哀想だね」
「でも、だからこそ、すっごく誇り高い戦車なんだよ。……まあ、わたしの勝手にそう思ってるだけ、だけどね。どう? この子のこと好きになった?」
「ん……そうだな。そう言われると、愛着が湧く」
わたしはアルアジフが戦車のことを「~子」と呼ぶことに、戦車に対するにじみ出る愛を感じずにはいられない。ちょっと微笑ましくて素敵。
「ありがとう、アルアジフ。わたしもこの戦車、ちょっと好きになった」
「うん。アルアリスだよ。さっきと会ったときとで2度も名乗ったはずだよわたし」
「…………? 聞いてなかった」
「それじゃなんのために耳がいいの!?」
……キツネ的には、獲物の音を聞き逃さないためかな。けして人の話を聞かずに盗み聞きはする、ただたちの悪い耳ではない……はず。
わたしに鋭いツッコミを入れたあと、アルアリスは楽しそうに笑った。
「二人ともいい子でよかった。キツネ亜人の子たちってヘッドやヤンコフスキ隊長とは喋るのに、わたしたちが近寄ると隠れちゃうんだよね。あの二人もっとわたしたちのこと紹介してくれればいいのに」
「そういうときは、食べ物をおいて帰れば、いつか話しかけてくれる」
「ええー、なんで野生動物を餌付けする感覚で接することから始まっちゃうかな……」
「……この世界で生き残るコツは、野生を捨てないこと。――ケイト」
「ん。……どっちだ?」
林の中に何かがいる。野生のモンスターか、潜んでいたタナトスか、なんにせよ友好的とは思わない方がいい。
すでに戦車は雑木林を北へと向かう道に乗っていた。左右は見通しが悪くて、目視じゃ状況確認もできない。
「え、何? いきなりどうしたの?」
「何かがわたしたちを囲もうとしてる。車両はいないみたいだけど、気を付けて」
『こちら2号車、リュイナが何かを察知した。警戒されたし』
後ろにいる車両からヘッドの声で無線が届いた。2号車は戦車ではなくて、わたしたちが平原で鹵獲した装甲車だ。タナトスの侵食を受けていたけど、装甲に穴が空いたついでに瘴気が流れ出てくれたのか、取り付いていたタナトスが離れてくれた珍しい過去を持っている代わりに、部品が劣化していて最初は故障が多かったり、いまも劣化した装甲板がどれだけの対弾性を残しているか信用できない。ただ「取り敢えず撃ってみたけど小銃弾なら抜けない」らしい。
「こちら1号車了解。――こちらシェルバロフ隊、現在敵部隊と思しき歩兵部隊に包囲されつつあり。本部、聞こえますか?」
このままじゃ先行している部隊と分断される。特に先行している獣人たちは前後で挟まれる形になるから危険だ。率いているスズリカが上手くやってくれるといいけど……。
『こちら本部、了解。正面を突破した後西に転進、先行部隊と合流してくれ』
「了解。――ケイト、砲塔を旋回させて。戦闘用意、全速前進! 2号車、我に続け!」




