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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「95年? 94年生まれのわたしとひとつしか変わらないじゃないか」

「え……大佐、28ですか? 冗談ですよね?」

 ウタゲとマツリのから少し離れたところで、ヤンコフスキたちの声が聞こえた。パートリッジとヘッド、先ほどの3人組で歩きながらの雑談に興じているらしい。

 ……よし、もっと近付こう。

「まさか。見ての通りもう50が近いよ。1年しか変わらないのにわたしの方はもう歳だ。少しショックだな……」

「その代わりにあなたは大佐で、最高指揮官です。パートリッジ司令」

「そそ、40間近で最前線にいるおれよりマシだろ。医者からも心配されてる」

「それもそうだが、しかし君、その服装と階級章は下士官のものではない気がするのだが、実際は将校ではないのかね?」

「それはわたしも気になっていたところだ。何か憶えていないのか?」

 すでにわたしは聞き耳を立てて盗み聞きする気満々だ。ケイトに「いいのか?」と言われたから「情報は大事」と返しておいた。たとえ味方の情報だろうと、いざというとき役に立つこともある。

「……ああそうさ、おれは、本当はあいつらの隊長さんじゃねぇ。もとは政治将校で佐官だ。それだけは憶えてるよ」

 少し迷う素振りを見せながら、ヘッドはそう打ち明けた。政治将校ってなんだろう。意外と位の高い人なのかな。

「やっぱり。じゃあこの話はやめよう」

「なんでだよ」

「お二人ばかり偉い様だと知れると、我々ポーランド人の肩身が狭くなる」

「いっそ君も、「実は佐官だ」とでも申告したらどうかね?」

「それを言うにはわたしは若輩者過ぎますよ、大佐。それにわたしは、ウタゲとマツリ、あの姉妹にも到底及びません」

「若輩だなどと言っても、君のような優秀で経験豊富な指揮官なら佐官も間近だったろう。いっこぐらいなんだ、謙遜し過ぎだよ。あの姉妹とだって畑違いで、比較になりはしないとも。彼女たちは科学者だろう? そもそもあの子たちはなんだね? まさかこの数日間、あんな子供の指示で動かされていたとは、わたしはなんとも複雑な心境だよ」

「あの二人は100年以上も未来の日本から、自力でこの世界に来たそうですよ。言うには自分たちは天才だとか」

 100年も未来とは想像しづらい話だ。子供を残せば孫の孫の孫が生まれてるくらいかな。

「天才? 奥ゆかしい日本人にしては大きく出たものだな。……まあ、采配は悪くなかった。守りやすく、逃げやすい地形に陣取り戦力の増強に努めることは正しい。しかし、幼すぎる。戦争ができるのかね? あの獣人たちもそうだ、見かけによらず年寄りもいたが基本的には若すぎるだろう」

「その点に関しちゃ一人前になるまでおれたちが支えてやるしかねぇな。ほんと、ガキばっかだよあいつらは。弱すぎるぜ」

「……鏡はご存知で? 顔にそんな大傷付けられといて言えたことか?」

「あ? 言っとくけどアトレイシアはマジでつえぇんだぞ、腕っ節の方はな。おれはメンタルのことを言ってんだ。アトレイシアの傍にはケイトがいるからまだいいし、族長どももそれらしくあろうとしてるからいいとしても、他の連中は歳相応のガキンチョばっかだよ。よくて半々ってとこだ」

 ケイトはわたしの精神の支え、ケイトがいればそこそこ安心、やっぱりそういうところはよくわかっている男がヘッドだ。否定できない。

「それでも戦う気構えはできているさ。司令、彼女たちとの協力は大きな戦力の増強に繋がります。それにわたしたちも彼女たちとともに戦いたいと思っている。彼女たちがわたしたちの戦う理由です。彼女たちを認めてあげられないでしょうか」

「いや、わたしはてっきり、ヘッド君の顔にそんな傷を付けたのはライオンか熊だと思っていたんだが……そんなことができるなら大したものだ。全員そうなら敵にはしたくない」

「彼女たちを前にしたとき、外見なんてなんのアテにもなりません。だから大丈夫だと思っていただきたい」

 ヤンコフスキはどうしてもわたしたちを認めてもらいたいらしい。どうしてヤンコフスキが獣人にここまで惚れ込んでいるかはよくわからないけど、好意を持ってくれているのは凄く嬉しい。

「……わかった。それで、そう言う君はどうなんだね、あの子たちを兵士として……時に消耗品として、切り捨てる覚悟があるかね? 外見も、内面も、気にせずにだ」

「ありません。そういう判断はあなたに任せて、わたしはただ彼女たちと仲良くするつもりです。可愛いですからね」

 ヤンコフスキが臆面もなくそう言い放つと、パートリッジは一瞬呆気にとられたあと、面白いとばかりに大笑いした。

「はっはっは、君は優しい男だ、上に立つ人間にはあまりにも向かん。よし、わかった。任せなさい。そういう損な役はわたしが引き受けよう。わたしの指揮下に入り給え」

「はっ」

 この3人はいまのところ上手くいっているようだ。パートリッジは紳士で、ヤンコフスキも育ちがいい。きっともとは貴族で、社交性を身に付けているんだろう。

 ヘッドは無礼だけど、これでなかなか憎まれない男だし悪い印象は持たれていなさそうだ。むしろ知らぬ間にヤンコフスキと仲良くなっていたし、わたしと初めて会ったとき、記憶を失った部下たちとも親しげしていたから、人と接するのは相当上手い。

「……こっちの会話は平和だな」

「うん。大人の安心感があるね」

「パートリッジ司令官はわたしたちのリーダーになるにはいい器だ。頼りにしていいだろう」

 あのニンゲンは今日初めて見たけど、ケイトからの評価はいい感じ。わたしからすると多少癖の強そうな感じはするけど、確かに実力はありそう。

「戦車は騎兵科の君が管理し給え。時期的に、君もそういう時期からここに来ているだろう? いまは到底無理だが、いずれ騎兵隊は完全に機械化された機甲部隊になると思ってほしい」

「……はっ」

「不満そうだな。言いたいことがあるなら言ってもらっても構わんよ?」

「……わたしは馬上の戦いしか知りません。馬は残していただいきたく思います」

「ふぅん……わかった。この世界では純粋な騎兵もまだまだ重要な役割を持つだろう。その点も君の好きにし給え。でも、戦車の勉強も考えてくれ給えよ。何事も学があった方が自慢できるからね」

「はっ。ありがとうございます」

「それとこれはヘッド君、君にも言っておくが、わたしはエルンヴィア軍、ポーランド軍、そして獣人たちの一部から選出してひとつの戦闘部隊としようと思っている。獣人という特異な存在を活かすには、特別な部隊が必要だろう? 君の部隊は練度も高いし、彼女たちとの交流も活発で関係も良好、もとは厄介者を押し付ける程度の腹づもりだったが、いまはそれこそがベストだと思っている。どうかね? いい話だと思うが?」

「はっ、あいつらを厄介者とは素直なお口だこって。へいへい、わかりましたよ」

 果たしてヘッドは、ヤンコフスキと同じ意味合いの「はっ」を言うことが将来あるんだろうか。どうにも想像できない。

「言い方の割に嬉しそうで何よりだ」

「野郎ばっかじゃ華ってもんがねぇだろ? いまにあんたらの妬み節が聞けるぜ」

「彼女たちの「一部」と言っただろう? ……そうだな、キツネ亜人をこっちに――」

「ちょーっと待った、おいおいそりゃねぇだろ。あいつらはやめてくれよ、おれたちと一番仲がいいんだ。それにそっちじゃどうせ最前線に立たせる気はねぇだろ? 連れてくならタヌキ亜人に頼んでくれ。治癒術を使える妖獣人もいるし、何より人間に対して穏健派で摩擦は少ねぇ。あんたらがあいつらに慣れるにもちょうどいいだろ? な?」

 ヘッドはどうしてもキツネ亜人を手元に残してほしいのか、少し語気を荒くしながらパートリッジの言葉を遮り、無礼も承知とばかりに捲し立てた。わたしの養父になるとまで言っている手前、引き離されちゃ困るのかな。

「わかったわかった。冗談だから安心し給え。どうやら君は彼女たちのいい理解者のようだね。そうするとするよ」

「へっ、誰かさんみてぇに愛を持って接するだけじゃダメだからな。手始めに司令官殿ももっとあの子たちと接した方がいい。――アトレイシア、大佐殿に可愛さいっぱいの挨拶でもしてやってくれ」

「……え」

 どうして気付かれたんだろう。これでも気配を殺すことは得意なのに。

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