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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「――タナトスの動向は?」

「我々を追跡し北上していた敵部隊は80キロ南方の、なんだったかな……そう、ロスナフトで停止していたが、2日前に半数ほどが南東に向け移動を始めたのを確認している」

 ケイトを寝かしつけて戻って来ると未だに話し合いが続いていた。もう警備に動員された同胞は仕留めた大蛇を枕に全滅しているからわたしも寝たい。いや、ごはん食べたい。これもみんなスズリカが見栄張ってわたしたちまで駆り出すからこんなことになるんだ。

 内心で愚痴をこぼしていると、寝ていたひとりが頭を上げて、ぼんやりとした顔のまま何かを投げた。コーニャいう名前の、4つ上のお姉さんだ。

「戦車や、装甲車は? いたのか?」

「数は多くはなかったが確認している。それよりも徒歩の集団の規模が大きすぎて、下手にかかればあの黒い津波に飲み込まれてしまうだろうな。まるでソ連軍だ」

 そう言ったパートリッジの座る椅子の足からヘビが落下した。この辺りはヘビが多いのかよく見かけるし、お昼はヘビか、ヘビが餌にしているらしい野ネズミかな。

 ヘビの頭には細い針が刺さっていた。どうやらあの人、普通の獣人だけどいくらか風の術が使えるのか、キツネ亜人の中でもなかなか腕が立つらしい。

 さて、そんなことは気にもとめずに議論は続く。

「わたしたちのやれる範囲のことをこなして、周辺の領主から信用を得る必要があります。いまは人間まで敵に回してはいられません。上手く交渉して土地の使用権を頂き、我々の拠点を拡充しましょう。土地といくらかの資源さえ頂ければ、わたしとホバーラさんで軍需物資の生産はなんとかします」

「やはりこの国のニンゲンとも協力関係を結ばないとな。しかしどうする、我らは彼らにまったく認知されていない。領地に上がり込んでいるのになんの接触もないじゃないか」

「どうやらこの領地も東部はタナトスに食われてますからね、他は相手にしていられないのでしょう。だったら相手をできるようにしてあげるまでです」

「付近に出没するタナトスを適当にあしらっていれば、向こうから出向いてきてくれます。後ろのことはわたしたちが取り持ちますから、パートリッジさんは前線で存分に戦果を上げてください。もちろん編成と指揮はお任せします」

「承知したよ。全力を持って務めよう」

「本職の方にこういうことを言うのは釈迦に説法というものかも知れませんが、タナトスという敵は未知の点が多いです。くれぐれも油断せず、慎重に戦ってくださいね」

「あんな不気味な連中、油断のしようがない。しかし、その「タナトス」という呼び方はなんとかならないかね? 敵に大仰な名前を付けると前線の兵士の士気に関わると思うよ」

「「それもそうですね」」

「そうか? 普通、敵が強そうだと張り切るものだろう? 嬉しくないか?」

「そりゃ貴女はそう思うかも知れませんが……」

 パートリッジは若干呆れたような顔でスズリカを見た。スズリカはいいんだ、生まれながらの戦闘民族だから。ニンゲンは軍隊にいるからといって、そういう人ばかりじゃない。強敵が相手となると物怖じもするだろう。

「何かいい呼び方があるなら伺いますが?」

「兵士たちは「ウォーキング・ペスティス」などと呼んでいるよ。彼らはペストやナチズムと同じだ。ほかっておいたら瞬く間に蔓延して、黒く醜い死体があふれる」

「言えていますが、ペストはペストで、兵士も近付きたがらなくなりそうですよ」

 ペストというものが何かは知らないけどウタゲたちの世界では好かれていないものらしい。思想か病気か、それとも危ない団体かな。

「すでにそれだよ。あの黒いガスに触れたら魂を吸い取られると信じ切っている。実際のところどうなのだね?」

「濃度によりますが、まず即死はしませんね」

「身体の力が抜けて、次第に思考も薄れていく。動けなくなる前に瘴気から離れれば問題はない」

「それで兵士たちを納得させることができれば良いのだがね」

「微妙な顔だな、死ぬと決まっているわけではないのに何が問題なんだ? 怖いなら接近して戦うのはわたしたちだけでやってもいいぞ」

 スズリカがカッコつけて嘲笑すると、パートリッジは一瞬むっとしたが、言い返さずにひとつ大きくため息をついた。

「君たちがその気なら大丈夫だろう。彼らも男だ、自分の身以上に大切なものがある」

「そうか。それで、自分たちはそのペストとやらで通したいのだな?」

「うむ。――ヤンコフスキ君、君もどうだね、神話の神の名を借りるよりよっぽど相応しいと思わないかね。ヨーロッパでは似たようなものだが、ペストの方が現実的でわかりやすいだろう?」

「確かに。言えています」

 格上の相手に恐縮気味のヤンコフスキは短く答えた。ウタゲが凄いというくらいだしパートリッジの階級はかなり高い部類なんだろう。

「ポーランドでは、ペストの被害は少なかったですけどね」

「それはまあ、きっとポーランドには神の御加護があったからだよ」

「いや、アルコールのおかげですよ」

「ウォッカは神聖なものだ。それによって人々が護られたのなら、それこそ神の御加護というものだよ。そう、ビールとか飲んでる国じゃ駄目なんだ」

「なるほど」

 宗教が絡みだして面倒くさくなったのか、話を引っ張っておいて、マツリは適当に相槌を打って流した。興味なさそうだよね、宗教。

「それでは君、我々はどうだというのだね?」

「そうですね……スコッチは惜しかったようですね。ウォッカが至高ですよ、やはり」

「いや、イギリスは衛生面終わっていますし。グレートブリテン島は伐採を繰り返して野生動物の住処が失われ、休日はキツネ狩りを楽しむ国じゃないですか、ネズミ湧きますよ。ポーランドは他国と比べるとネズミを食べてくれる野生動物が多かったのも、ペストを抑えるのに有効でしたよ」

 ……「キツネ狩り」?

 マツリに代わって口を開いたウタゲに容赦なく切り捨てられ、パートリッジは「英国に何か恨みでもあるのかね」と苦笑いした。ヤンコフスキをからかうつもりが、返って晒し者にされて少し不満気だ。

 キツネ狩りという言葉が気になるけど、それよりも、とにかくいまは話長いことが嫌だ。早く終わらないかな。

「ま、まあ、この話はおいおい時間のあるときに、ゆっくりとお話するとしましょう。さて、そろそろランチタイムかな? いい香りがするね。楽しみにしていたんだ」

 幸いにもパートリッジは、少し話を聞こうかと怖い顔をし始めたレンカとスズリカを上手くやり過ごした。

「そうじゃな、そろそろできあがったみたいじゃ。おぬしらニンゲンでも食べやすい料理を用意したから、たんと食べておくれ」

 そうだった、食事会があった。いっそ、わたしたちを隣で餓死させるつもりに違いない。仕返しにヘビを仕留めて見せつけながら食べてやろう。

 その後、食事会の始める前にウタゲとマツリは言った。発言というより演説に近い。

「皆さん、わたしたちの目的は異世界からのタナトス、もといペストの侵攻、侵食からこの世界を救うと同時に、この世界の人間に迫害され、一人類としての共存を拒絶された亜人たちを保護し、彼らの人権を回復するよう働きかけ、いずれは自由と自主を取り戻すことにあります。また、この世界の人間、その内の有力者の中に異種族の絶滅を企て、煽動を行った人がいます。可能であれば彼らにも報いを受けてもらわないといけません」

「この世界を相手に、軍事と政治、その両方でわたしたちは勝利する必要があります。非常に困難で、いまのわたしたちには途方もない夢のような話ですが、わたしたち全員の力の結集を持ってすれば不可能ではないと確信しています。皆さん、あなたたちがいま手にしている盃は、自らも全力を持って苦難の道をともにすることを誓う、とても重い意味を持った盃です。心して乾杯してください。――では、乾杯の音頭の方をレンカさんお願いします」

「……え? わたしがか? 何をいきなり」

 半ば寝かけていたレンガはきょとんとした顔のあとに、「そっちが言い出したんだから最後までやってくれないか」と苦情を付けた。

「いや、ぶっちゃけわたしたちただの一般人ですからね。そこまでするのはでしゃばりです」

「今更だな」

「「ふひひっ! まあ、こう言いつつ軍事も政治も影でわたしたちが牛耳る気マンマンですけどね! こんなこと元の世界に帰ったらできません!」」

 二人が楽しそうで何より。

「いっそこの集団の名称を稲荷坂戦闘団にしてくださっても結構ですよ!」

「いや、パートリッジ戦闘団だ」

「いやいや、レンカ戦闘団だよ」

「いやいやいや――」

 もうなんでもいいよ。

 その後、結局このときマツリが冗談で放った発言で、わたしたちは稲荷坂戦闘団になった。

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