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「――ようやくこうして一堂に会することができましね。では、会議を始める前に自分たちの自己紹介を済ませましょうか」
日も高くなって寒さも和らいで、小春日和の空のもと、何処からか拝借してきた長テーブルを囲んで、何処からかかき集めた椅子に着席したのは各国軍の指揮者たちと、獣人族の族長一同と他1名、合わせて9人だ。
「そうだね。まずは我々が信頼関係を築いていかないと、何をするにもやりづらい。お嬢さん、お先にどうぞ」
話しているのはイギリス軍の指揮官だ。真っ先に口を開いたのが外見的にそこそこ浮いた得体の知れない少女だったのが気になった様子だけど、あえて取り上げることもなく向かいに座っていた別の少女に愛想笑いを振り撒く様子は紳士的。
「おや、儂かね? 儂のことをお嬢さんだなんて、嬉しいねぇ」
「……失礼、おいくつでしたかな? 年甲斐もなく抑えようのない好奇心が湧いたもので」
「わしゃこんなナリじゃが、もう数百年は生きておるよ。これだから、人ってものは見た目を信頼しちゃいけないねぇ」
「数百……?」
「おっと、儂はもう人をやめて妖怪じゃった。ま、わしゃ儂じゃしどっちでもええじゃろ。この世界ではの、100年、200年生きるくらいわけもないのじゃ。ほっほっほっ」
妖獣人種のタヌキ亜人族のフウカ族長は、すでに寿命を捨て去って怪異の類にまでなってる。純粋な妖獣人は寿命を引き伸ばしてでもある程度の期間生き続けるのが一般的だけど、寿命自体を取り払ってしまうのはごくごく限られた存在だけらしい。
この種の獣人にはレンカとホバーラという友人もいるけど、彼女たちも何年生きているかはわからない。あの種の人たちは自分たちの時間というものに無頓着で数えもしないから、みんな年齢不詳だ。ただ、レンカに限ってはわたしたちの族長、普通のキツネ亜人のスズリカと親友ということだし、歳の差もたいしてないんじゃないかな。
「ごもっともですな。いやはやわたしとしたことが、惑わされてしまいました。話の腰を折ってしまって申し訳ない」
「いいんじゃよ、わしゃ嬉しかったしの。儂は妖獣人種、タヌキ亜人族の族長をしておるフウカじゃ。よろしく頼むぞ。――ほれ、お前さんが次じゃ」
「え? わたし……? わたしは……普通の、タヌキ亜人族の、族長の、マルティナ……です。よ、よろしくお願いします」
続いてこの人は……なんなんだろう、よくわからない。自信なさげで頼りないとは思っていたけど、なんで族長なんだろう。
「うむ、では次はわたしが。わたしはキツネ亜人族族長のスズリカだ。武術家としていつだって手合わせ歓迎中だから、軍人という戦士として腕試しにくるようにあなた方の部下に伝えてほしい。よろしく頼む」
そしてわたしたちの族長は前の二人と言っていることの方向性がズレている気がしないでもない。いや、自己紹介だから何を言ってもいいんだけど。
「わたしは妖獣人種キツネ亜人族、族長のレンカだ。族長としても術師としてもまだまだ未熟の身だが、皆の明日のため何事であろうと誠心誠意務める所存だ。……そうだな、妖術で天候などを操るのが得意だから、天気を変えたいときは言ってくれ。なるべく希望を叶えよう。……我ら獣人族を先に済ませるならば次は――」
ぱさっ。
一枚の紙が翻り、3人のニンゲンの前に突き出された。
『おおかみあじんぞく ぞくちょう ちゃに』
「…………」
『よろしくおねがいします』
「えーっと……」
……ヘッドたちはそうか、読めないんだろう。「どうしたものかな」って3人の顔に出てる。
オオカミ亜人族の族長、チャニは声を発することができない。いつも腰に紙束を引っさげて、言いたいことは文章で伝える。
この世界ではイーラ校正教会の施しにより、口から声として発した言葉は相手が知らない言語でも内容が伝わることが常識になっている。でも、文章だとこの魔法の効果に含まれないから、口にして読み上げるか文章まるごと翻訳しないと伝わらない。
チャニの書いた文字は、この地域で読み書きができる人なら誰しも使うから、いままでは書いて見せて伝わらないなんてことはそうそうなかったんじゃないかな。
「なあちょっと、読めねぇから誰か声に出して呼んでくれねぇか?」
このことを察してはいるんだろうけど、遠慮ができないのがヘッドという男、もう少しやんわりと伝えることはできなかったのか……できないんだろう。
エルンヴィア公国軍の隊長を務める、このヘッドというみすぼらしい男は、察しがいいけど遠慮がなくてひたすら素直な男。
「…………!」
チャニは「読めない」と言われてショックだったのか、自分の書いた紙を見直して、見直せずに、誰かが何を言うより早く書き直すことを選んだ。
「おいちょっと待った悪かったよ謝るから、べつに君の書いた字が汚くて読めねぇって言ってるわけじゃねぇよ!」
ヘッドが慌てて制止するとチャニ族長は数秒間を置いてから状況を察したらしく、通訳を求めて振り返ったけど、いつも傍で支えている4人の同胞たちは全員他所へ駆り出されてここにはいない。
するとチャニはケイトの方を向いて、助けを求めるように口をパクパクと動かした。
どうやらこの二人、わたしが里にいない内に仲良くなったらしく、チャニは暇を見付けてはケイトに会いに来る。このことを知ったときはちょっとショックだったけど、もとはわたしがいなくなって落ち込んだケイトをチャニが慰めに来てくれたのが二人の交流の始まりで、元凶がわたしなのだからとやかく言えない。
それに話してみるとなかなか馬が合うもので、もうわたしとも友達のようなもの。
「……この子はチャニ、オオカミ亜人族の族長。わけあって声と視力を失くしている。その……仲良くしてあげてほしい……」
そろそろ眠たいのかケイトの声はいつも以上にゆったりだ。わたしまで眠くなってくる。
「……そうだな、その……」
そう言われても困惑が深まるばかりで、3人の返答は遅かった。
オオカミ亜人の人たちのことはよく知らないけど、わたしだってなんでこんなに弱々しい少女に族長などという重役を任せているのか疑問だ。私生活ですら自分ひとりでままならない非力な族長でいいのかな。
「も、もちろんだとも。お前さんみたいなやつを手酷く扱えるほど冷血にはなれねぇよ」
「よろしければ後ほどいろいろとお話を伺いたい。苦労も多いでしょう、多少なりとも助けにならせていただきたいところです」
「……ん。「ぜひ来てください」だそうだ」
キツネ亜人の中でも特に優れた聴力を持つケイトはチャニが書く文字を読む必要も、口の動きを見て内容を察する必要もない。少しくらい離れていようが、筋肉の動きか息の音なのか、声を出そうとする時に喉から発生する微かな音だけで言おうとしている言葉がわかる。
同じことがチャニにもできるみたいだから、二人は声に出すことなく会話ができる。はっきり言って妬ましい。いや、もっと近付けばわたしだって音くらい聞こえるから、どういうときに、何を言いたいときにどういう音が出るかさえ把握すればいい話だけど。
実際はキツネ亜人なら頑張れば誰でもできることなのかも知れない。ただわたしより先にケイトとそういうことされるのがこう……もやもやさせられる。
「それじゃあ、最後がわたし、ホバーラだ。技術者であり、術者であり、みんなに頼られる知恵者的なものだよ。よろしく」
ホバーラがそのハキハキとした口調でその場の雰囲気を取り戻すと、3人のニンゲンたちも気を取り直して、表情を引き締めて小さく数回首肯した。そして素早く目配せし、一番手は年長者に譲られた。




