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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「……じゃあ、気が向いてる間ここにいる。それでいい? だから離して」

 ヘッドは手を離した。掴まれていたところがじっとりしていてますます滅入る。

「ああ、いいだろう。んで、戦車ばっか見つめてどうした? 惚れたのか?」

 自分でも言われて気付いたけど、わたしはさっきの……なんというか、鼻の長い戦車ばかり見ていた。あの大砲、煙突みたいでいいかも。

「いや、それは前に見付けたときからわたしの家にしようと思ってた。……その、大砲の先端に巻いておいた油紙を付け直しておいてほしい」

 うるさいのは勘弁だけど、一対一なら相手を一撃爆散させられる凄く強くてカッコいい家だと思う。ますます気に入った。

「ああ、さっき剥がしたあれか……やっておくよ」

「ん、お願い」

 わたしの声が届いたのか、近くにいた男がやってくれるらしい。いまは筒が下を向いてるから雨が染み込む心配はないけど、油紙だってその辺に放置されて失くなったら悲しい。

「ところでそいつは動けないのか? さっきから排ガスばかり吹かしてるように見えるじゃねぇか」

「車体が水の溜まったくぼみに落ちてる上に、腹が岩に乗っかっていて、どうにもダメです。ワイヤーで引っ張らないと出せません」

 あれ、動かせないんだ。家として使いたいから好き勝手動かされるのは嫌だしべつに構わないけど、でもちょっと残念な気もする。

「そりゃ残念だな。ワイヤー積んでないのか?」

「ないです」

「じゃあ砲弾を寄越しな。こっちの戦車に積んでどっかに隠しときゃいいだろ。それと燃料でもなんでも持っていけるもの全部こっちに積み込め」

「ではどうぞ。重たいですから気を付けて」

 男たちはあとから見付けたやつが使えないように、持っていけるものは根こそぎ持ち出すつもりらしい。隠し場所は憶えておこう、いつか家を守るときに役立つ。

 それにしても、弾は小さい方の大砲もそうだけど、どうにも変わった形をしてる。初めて見るわたしが受け取った印象は「先の尖った杭のような見た目だからよく刺さりそう」って感じ。

「……でけぇな。お前らよ、手分けして運び出せ」

「ヘッドは?」

「腰をいたわることにする。――よっこいしょ」

「ひでぇ碌でなしだぞこのおっさん、仕事押し付けた上にひとり高みの見物か」

「将校さまはこれだからいけ好かねぇんだ」

 兵士たちはまた文句を言いながらも笑いながら作業に取り掛かった。たぶん、このおじさんは人から愛されるタイプのおじさんだ。悪いニンゲンではないのかも知れない。

 でも、ニンゲンはニンゲン、好きにはなれない。触られたところが気になってイライラしてくる。べらべら喋ってうるさいし、煙草のにおいも嫌いだ。

 このニンゲンはわたしの正体を見たときどんな反応をするんだろう。少し興味があるけど、何故だか怖くもある。こういうニンゲンは昔会ったことがあるし、世話になったこともあるけど、結局上手くはいかなかった。

 このニンゲンは、わたしが異種族と知ってもいまと同じように接してくれるかな……いや、やっぱりどうでもいい。どうせニンゲンという存在自体がわたしたちの敵なんだ。わたしの正体を知って見下すような真似したら食料にしてしまえばいい。ただ、それだけ。

 積み込みが終わったところで、わたしは戦車の中に戻った。戦車が動き出し、風に乗って消えゆくタナトスたちの亡骸は早々に霧と樹木に遮られ見えなくなる。

 死んだタナトスの肉体が形を保ってるのはせいぜい数秒程度で、そよ風ひとつ吹けば崩れて灰のごとく散って何処かに飛んでいくほど脆い。腐って臭いにおいを撒き散らすことがないから片付けは楽だけど、そのせいで倒しても食べ物にならないのは残念なところ。

「重厚で落ち着くな。――お、道があるぞ」

「戦車からだ。そのまま進め」

 ヘッドが地面に降り、全員が警戒を強めたのがわかった。わたしはあまり気にしたことないけど、彼らにとってこういうときは危険なんだろう。

 わたしの目の前でも男がペリスコープに顔を押し付けて周囲を探っている。どうせなのでわたしも自分のところにあるそれで周りを見ていることにした。さっきよりも霧が濃くて、目で得られる情報は正直頼りない。

「くそっ、なんて深い霧だ。誰かが隠れてこの道を狙っていたら一方的に撃たれ――」

 配置をクビにされて砲を担当することになった男がそう言っている最中、「カンッ」という音と共に、軽くハンマーで殴られたような衝撃が車内を走った。

「うん? 撃たれたか?」

「あ? 右の履帯で何か踏んだんじゃないか?」

 呑気なこと言ってるけど、明らかに硬いものがぶつかって来てる。石でも投げられたかな。

「何かが当たったんだと思う。上の蓋開けるよ」

「え、ああ。気を付けろよ」

 天井の円い扉を開けて後方を見ると、ヘッドが大慌てしているのが見えた。

「何やってんだい、撃たれてますよってんだ。早く戻って来いっての!」

 なるほど。なんだか大変な事態みたいだ。

「ヘッドが撃たれてるって言ってる」

「嘘だろ? それじゃどんだけ豆鉄砲なんだよ。取り敢えずバックバック!」

「この足で今更下がってられるか。側面で防げているんだから真っ直ぐ突っ込んでも問題ないだろう、敵は何処だ?」

「右だ右! たぶん向こう側の茂みの中だ!」

 そう言ってる間にもう一度揺れた。それだけ。こちらに異常はなさそう。

「ははっ、最高だ。踏み潰してスクラップにしてやる。……でも、たぶんあれ友軍だな。一緒にいた戦車が近くにいるはずだ」

「合図してみる。アトレイシア、替わってくれ」

「え。ん」

 男は天井から腕を出してハンドサインか何かで味方だと伝えようとし始めたみたいだけど、霧も出ているし、まだ気付いてもらえるかは微妙なところだろう。

「おい、また撃ってきたぞ」

「あの馬鹿おれの手を吹っ飛ばす気か。手旗か白旗でも積んでないか? 掲げてやれ」

「はっ、白旗なんて喧嘩売ってきた向こうに振らせればいいんだ。位置は掴んだことだし思い知らせてやる」

「いやいやいやいや何言ってんだ。ああ、もう早く気付けよあの馬鹿……って、逃げるな!」

 そしてとうとう上半身まるまる晒してなりふり構わないアピールタイムを始めた。流石にこれは危ないんじゃないかな。

「攻撃がやんだ、チャンスだ!」

「待てって! おれの命がけの行いを無駄にする気かおい!?」

 何発撃ち込んでも敵わないと悟ったか、向こうは逃げを打ったらしい。ペリスコープで外を見てみると、角ばったものが茂みの向こうで動いているのが見えた。大砲が乗っている頭の部分のようだけど、こちらと比較するとかなり小さく見える。

 逃げ出した相手を追いかけて茂みの中に突っ込むと、ようやくこちらの熱烈なアピールに気が付いたのかそれともただ逃げることも諦めたのか向こうは動かなくなった。

「やっと止まりやがったなこのあほんだら、人を殺す気かお前ら? とっととおれに謝れ!」

「うるさーいっ! なんだその戦車卑怯だぞ、貴重な弾をゼロ距離で撃ち込んだのに平気な顔してて生意気! せっかく全弾当てたのに!」

「はっ、馬鹿がそんな豆鉄砲でこの戦車の装甲が抜けるか!」

「お前らどっちもうるせぇぞ! 敵を惹き寄せる気かコラ!」

 上の男が立腹した様子で屋根をべしべし叩き口論を始めると、直ぐにドライブも怒声を発した。指示に従わなかった自分のせいでもあるのに……とは思うけどうるさいのは困るから止めてもほしい。上の人も、腹を立てたついで得意気にこっちの戦車の方が凄いと相手を馬鹿にしてるけど、お前もこの車のことよく知らなかったんじゃないの。

 それと、驚いたことに向こうから出て来たのは若い女の人だった。自分の戦車の弱さは承知のことか、言い返せなくなって肩を落としてる。

「お前たちはおれたちと一緒にいたはずの戦車だな? 名前は?」

「「おれたちと一緒にいたはず」? だったら歩兵だったはずだよ?」

「これは拾い物だ。それとも何か、歩兵が戦車乗ったらダメかね?」

「……マジか、歩兵の動かしてる戦車に負けたのかわたし。――まあいいや。わたしはアルアリス・シェルバロフ、階級は憶えてない」

「自分の名前を憶えているのか?」

「わたしだけね。でも、操縦士はわたしの弟だから名前わかるよ。アリウス・クルジーニス・シェルバロフ。いい名前でしょ?」

 それを聞いて男が「合わせて5人か……」と呟いたのが聞こえた。となると他は自分の名前も憶えていないんだろう。

 残っている記憶の量や事柄に個人差があるならお互いに補完することもある程度は可能だろうし、それだけわたしがこのニンゲンたちのことを知ることもできる。ニンゲンは嫌いだけど、また好奇心が湧いてくるのを感じた。

「お、この様子じゃ誤解は解けたようだね。それじゃ早速戦車を動かしてもらおうじゃないの」

 わたしたちが注意を引いている間に回り込むつもりでいたのか、ヘッドたちが横から駆け寄ってきた。静かになったから途中でやめたんだろう。

 積もる話はあるだろうけど、まずは場所を移して安全を確保することが優先。いまのところは移動しながらヘッドとあの女の人が軽く情報交換でもすればいい。

「どっから話すべきか迷うけどよ、まず人の命令を無視して暴走しやがったのは誰だ?」

「運転手が正気を失って突撃を敢行したんですよ」

「だと思ったよ。――おい、聞こえるか? お前さんにはおれが直々に名前を付けてやるよ。だからちゃんと覚えれるように耳掃除済ませてよく聞けよ? お前さんの名前は今日からクレイジー、クレイジー・ドライブだ。ついでに今日からずっと戦車動かしてろ」

「これだよ、命令違反したら直ぐ左遷だ」

 クレイジー・ドライブと命名された男はわざとらしく拗ねた言葉を返した。わたしだったら名前の方に文句を付けるところだよ。

 この人たちが使ってる言葉は統一されてなくて、特にヘッドが使ってる言葉は単語ひとつ取っても長ったらしく難解。基本的に名前は翻訳されないのに翻訳されて伝わるところ、名前を名前として認識されてないのかも。

 ヘッドもヘッド、この人たちの言葉で……何て言ってるんだろう。だてなら……ゔぉかしぇいとん、ナントカカントカ? 何度聞いても聞き取れないし、正しく発音できる気がしない。だからどちらもこっちの言葉で呼ばせてもらおう。正直、別の人が名前考えた方がいいと思う。

「違反者は懲罰房に入れないとな。文句あるか?」

 この戦車は頭だけでなく胴体前の天井にも蓋が付いていたらしく、ドライブは頭だけ出してヘッドと向き合っている。なるほど、たぶん動かすときにペリスコープでは見づらくて不便なんだろう。戦闘になったら蓋をして防御する。まるでニンゲンの騎士が使っていた兜みたい。

「万々歳だね。この戦車の中は世界一安全だ。――おいアンタ、正面を開けろ。ミンチになるぞ」

「へいへい。こんなノロマに轢かれるかよ」

 進路上に立った兵士を追い払って、鉄の車が移動を再開した。あれだけガンガン殴られて平気なんだ、「世界一安全」という言葉が冗談であったとしても間違いではないかも知れない。

「ひゅーっ、こいつはどうにも砲弾が刺さった傷じゃねぇな。こりゃ当たった砲弾がその場で砕けたんだ。装甲の質からしてあっちの貧相な戦車とは別格、出来が違うぜ」

「ちょっとねえ、何処にあったのそれ? 偉大なる祖国の戦車と交換しない? 戦車のことは戦車乗りに任せるのが一番、強くたって歩兵さんじゃ上手くは扱えないでしょ? エルンヴィアの戦車乗りは天下無敵、鬼に金棒だよ?」

 アルアリスという若い女性は目を輝かせてヘッドに交渉を持ちかけてきた。本業の彼女としてはもっといいものがあれば、いまあるものを捨ててでもそれを求めてしまうんだろう。そして大概、やっぱり使い慣れたのが一番だという感覚に襲われるんだ。

 それとどうやらこのニンゲンたちの国はエルンヴィアと言うらしい。思っていた通り聞いたことのない名前の国だ。


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