2
「おや、アトレイシアさんたちも戦車を見に行くのですか? ご一緒させてください」
背後からウタゲが駆け寄ってきた。何処で仕入れたのかわからない伊達眼鏡を外して、姿もニンゲンに戻っている。
貧血のせいか顔色は良くない。もう少し回復するまで安静でいてほしいけど、そうはいかないと言っては毎日みんなのために動き回っている。ホバーラにあれこれと入れ知恵しては、新しい装備の開発と品質向上を助けてくれるから、助かってはいるんだけど……無理しないでほしい。
「講習はどうでしたか? わかりにくいところはなかったですか?」
「大丈夫だよ」
「ん。とても参考になった」
「……ウタゲ先生、教え上手」
ちょっとおだててみよう。彼女たちだってまだ若いのに、大人たちに混ざっていつも頑張ってくれている。だから、どうせなら気持よく仕事してもらいたい。
「それはよかったです。ふふ、「先生」だなんてちょっと恥ずかしいですね。……ただ、ひとつ気になるのですが……」
「なに?」
「いや、今更ですが皆さん、読み書きってどれくらいできるんですか? 図解と口での説明でしか上手く伝わっていない気がするんですが」
「んー、みんなあんまりできないかな。文字を読むことができる子はいても、書けるのはケイトちゃんとアトレイシアちゃんにリティアちゃんに……ヴィリアさんとコーニャさんとヘルマーナさんとかかな。あ、スズリカさまも書けるよ」
里には教育施設なんてなかったし、みんなの学力は簡単な計算ができる程度で他はからっきし。
わたしとケイト以外で、リュイナが挙げたメンツはキツネ亜人の重役ばかり、基本的に頭を使うことに関しては妖獣人頼みだからこんなもの。
でもキツネ亜人って他の獣人と比べたら地頭はいいはずだから、きっとすぐに覚える……はず。
「やはりアトレイシアさん、読み書き得意なんですか? よくメモも取られているようですし」
「う、うん。アトレイシアちゃんはその、頭がいいんだよ」
「わたしは養子になった先で長く読み書きを教わったから、書くこともできる」
ウタゲが、リュイナがわたしのことに関してはあんまり踏み込んで訊かないでほしいオーラを出したのに気付いていないようだったから、自分からそう伝えた。
「おや、養子とは珍しいですね。しかも読み書きの練習とは、いい家だったのですか?」
「ニンゲンの貴族の家」
「それは意外ですね。……なるほど、そうですか。では、これ以上のことを訊くのはやめておきましょう。あなたたちのことは時間のあるときに、お茶のつまみに聞きたいですからね」
ウタゲはいまこれを聞いても面白くないことを察して、話題を切り替えることにしてくれた。お互いに時間に余裕ができたら改めて話そう。
茂みをひとつ抜けたところでマツリの姿が見えた。ウタゲの立てた物音に気付いたのか、びくっとしながらこっちを振り向くと、ほっとした様子で胸を撫で下ろす。わたしたちがだいたい駆除したけど、野生のモンスターがまだ残っているかも知れないから、ニンゲンは日頃びくびくしている。
「あっ、お姉さま! おはようございます! それに皆さんも、これを見に来られたのですか?」
「おや、末莉に先を越されてしまいましたね」
例の新しく見付かった戦車のもとについてみると、すでにマツリが上で点検を済ませていた。
こうして二人を見てみると、最初は瓜二つ過ぎて区別がつかなかったのに、いまでは一目瞭然になってる。妹のマツリは会ったときと変わってないけど、姉のウタゲは着ている服がボロボロで、顔には右目の上の額に傷痕が残っている。里がタナトスは取り囲まれて、乗っていた戦車を降りてわたしたちのもとに駆け戻ってきてくれたときに付いた傷だ。
そうそう見えるものではないけど、穴の空いたシャツの下にも装甲板の破片が突き刺さった痕がくっきりと残っている。危うく命を落としかねない傷だったけど、怪我の功名といえばいいんだろうか、お陰でニンゲン嫌いの獣人たちもウタゲたちに対しては信頼を寄せてる。
わたしも、あのときケイトと一緒に大怪我したおかげで、みんなからの視線が若干和らいだ。身体に傷跡は残ったけど、もとから傷だらけのところに新しい傷跡が増えたところで何も気にならない。死ななければ安いんだ。
「どうですか? 結構レアなソビエト製重戦車、独立重戦車連隊のKV‐85、カーヴェー・ヴォースィェミヂスャト・ピャーチです! カッコいいでしょう!?」
マツリが興奮気味に戦車の名前を教えてくれた。なんだその舌を噛みそうな名前は。
「わぁ、顔まんまるで可愛い!」
「え。……まあ、気に入ってもらえたようで何よりです。とても貴重な車両ですからね!」
見た目は58式の親玉のようで、一回り大きな車体に似たようなデザインの砲塔が載っかっている。主砲のサイズは同じくらいかな。
見つめていると、中に誰かいるのか砲塔が動き出した。ゆっくりと横を向くと、砲身を持ち上げて、砲口を遠くに見える大きな岩に向ける。発砲したら絵になりそうだ。
「ふむ、東側の戦車はレアな車両が増えますね。それに85ミリ砲が増えるのは万々歳です」
「……このくらいで重戦車と呼ばれるなら、H1は、重戦車としても大きいな部類なのか?」
獣人の隠れ里の近くで見付かった謎の大型戦車H1、何処の世界から飛んできたかはわからないこの戦車は、特に横幅がいま目の前にある重戦車の1.5倍はあったように思う。
あの戦車はウタゲとマツリに、見た目の割に装甲が貧弱で実戦向けじゃないと言われ、けが人を乗せるには便利、動力が謎でどうやって動いているかわからないけど動き続ける。などと好評もありつつ存在意義も謎と化したシロモノだけど、このKV‐85は大丈夫なのかな。
「そうですね。ただ、おそらくですがH1は試験用で、サイズにかなり余裕を持って作られているのでしょう。戦うことが目的のれっきとした戦車ではないですね」
「それに比べてこの戦車はまだまともです。まあ、その場しのぎの車両ですから物足りない点も多いですけどね」
なるほど、取り敢えずH1よりは十分にマシな戦車なんだろう。頼りになりそう。
「KV‐1Sの車体にISの砲塔を載っけたキメラ戦車ですし、中途半端な戦車である点はH1と同じです。……わたしとしては、むしろ、このような珍しい戦車がこの世界にあることの方が気になる点ですが……」
「単純に生産数の多い戦車がこの世界でも多くて、このような珍しい車両とは巡り合わない確率の方が高そうですが……この現象、不可解な点が多過ぎますね」
「ポーランド軍と英国軍のこともありますし……これだと、どうやら平行世界とか言うものが実在しそうですね。今後も検証を進めるとしましょう。本当に興味深く、面白い世界です。素晴らしい。まったく、毎日楽しくて仕方がありませんね、お姉さま。……失礼、不謹慎でした」
わたしたちのことを思い出したのか、突然、頭を下げて謝られた。
マツリも、ここがわたしたちからしたら決して楽しい世界じゃないことはわかっている。失言したと思ったら直ぐに謝るのはこの姉妹のいいところだ。基本的に気が付けないのは残念だけど。
「おっと、まだふらつきますね」
マツリは頭を上げた拍子にふらふらと身体を揺らした。そのまま戦車の上から転げ落ちないかと気が気じゃない。これで言っても休んでくれないから困る。ケイト並みに強情なところは好きだけど。
「……ウタゲたちがこの世界の謎と、そしてその真実を知ることは、わたしたちにとっても有益になる。気にせずに、思う存分研究に励んでくれて構わない。わたしも、最近は毎日が楽しいしな……」
「アトレイシアちゃんが戻ってきてくれたからねー?」
ケイトが言葉の最後にちょっとだけ笑ったのを見て、リュイナがニヤリとしながらすかさず茶々を入れると、ケイトは少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「ん……茶化さないでくれないか……? べつに、否定はしないが……」
「……わたしもいまは、ケイトと一緒にいれて、満足してる」
わたしがそう言って頭に頬ずりすると、ケイトは顔には出さなかったが、しっぽを振って喜んでくれた。嬉しい。
「お二人は本当に仲良しで、まさに水魚の交わりですね。……二人きりのときに何かするようなイメージは湧きませんが」
「……何もしないよね?」
「ん……二人で暇なときは、何もしないな」
落ち着く。それが重要。ゆったりとした幸せな時間が流れる。だらだらすることは幸せなことだと思う。
「いや、あなたたちは、べつにひとりきりのときも何もしないのでは?」
「ですが、日頃が大変ですからそれが一番幸せなのもわかりますよ。お姉さま」
「アトレイシアちゃんもケイトちゃんも、あんまり人と喋らない割に寂しがり屋さんだから、これでいいんだよ」
「「……寂しがり屋なんかじゃない」」
「「本当に息ぴったりですね」」
そっちもじゃないか。




