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「つまりこの戦車の場合、この部分の装甲が70ミリですから――」
ウタゲの頭の上で、今日は猫のものらしい耳が立っている。
ホバーラの作った『持つと傍から獣人に見えるようになる札』は、耳やしっぽが時折ひとりでに動くところに出来の良さを感じる一品。
ただ、持つ札が代わるたび姿が変わるのはいかがなものなのか。統一すればいいのに。
「――はい、では今日はここまでにしましょう。あとは自由になさってくれて結構ですよ」
「「はーい!」」
ウタゲとマツリが主体となって、里のみんなに対して講習を開くようになってから3日が経つ。内容は外の世界から来た武器、兵器、装備品の基礎知識やその扱い方などで、要するに、いずれはわたしたちにも外の世界の兵士のように、次世代的な戦いができるようにしたいわけだ。そんなことしたって、わたしたちは肉弾戦闘をすると思うけど。
でも、これは同時にタナトスに対する知識を得るいい機会だ。強力な武器を持った相手でも、戦い方がわかれば対処の仕方を検討できる。
「この世界ではイーラ校正教会という、それはそれはたちの悪い宗教家どもがおってな――」
何処からか、逆に外の世界のニンゲンたちがこの世界のことについて、あれこれ教え込まれている内容も聞こえてくる。この世界に慣れようと必死になっているニンゲンに、フウカは話しついでに教会は悪と刷り込む気満々。獣人はみんなそうだけど、私怨が深いのか校正教会のことは人一倍嫌いらしい。
あれから、里を取り返せないかと話し合ったりもしたけど、タナトスの新手が湧き出てそれどころではなくなって、わたしたちは数日かけてやや西寄りに、北へ北へと逃げ延びた。獣人たちが先頭で道を切り開く間、エルンヴィアと大英帝国なる国の兵隊さんが背後に迫るタナトスの群れから一団を守って、ヤンコフスキたちは連絡から偵察、ときに道中の露払いまで代わってくれたり、行ったり来たりの大忙し。みんなお互いのことをよく知らないまま、なんとか連携を取り合ってここまで来た。
そして今日、ベーレーレン・イーラ教王国の北の国境近く、ハーベス家の領地に上がり込んで集結のときを迎えたというわけ。午前中にはイギリスの人たちが到着し、昼にはわたしたち獣人の各族長と各国の指揮官が顔合わせして、会議のあとには食事会が執り行われる予定。
地割れを迂回するためなのか国の端っこまできてるけど、わたしたちを追いかけていたタナトスたちは何処かにいったらしく、お陰でやっとひと息つける。まあ、死にかけだったわたしとケイトは寝てる時間の方が多かったけど。
「アトレイシアちゃん、ケイトちゃん、新しい戦車が見付かったんだって! 見にいこうよ!」
「「ん」」
わたしたちキツネ亜人は夜間行動に適しているから仕事を与えられるのは基本的に夜で、日が出ている内は寝ているか雑用か暇してることが多い。睡眠は朝から昼までのグループと、昼から夜までのグループに分けられ、わたしたちは後者。今日は夜の半ばから朝まで哨戒と探索をして、朝食の準備を手伝って、食事を終えたら講習会。しばらく暇したあと、会議の警護に駆り出され、食事会の終了を見届けたらわたしたちも昼食を取って寝る。そして、また夜中に起きて朝まで哨戒・探索任務。近寄ってくる魔物を排除しつつ、ついでに外の世界からの漂着物が落ちていないか見回りをする仕事。
「あ、みなさーん、自由にするのはいいですがお昼には戻って来てくださいねー」
「遅れたらメシ抜きだぞー。――明日も実物の戦車を使うんだったな。実際に殴ってみていいのか?」
「昨日も訊きましたよね……? 駄目です」
ウタゲは懐いた数人に囲まれ弄ばれながら、スズリカと一緒に明日の講習について相談中。ニンゲンたちとは生活リズムが違うけど、ウタゲたちはちゃんとわたしたちのために時間を作ってくれる。難儀してるのはこっちもだけど、みんなで集まって何かするのは楽しい。
「眠いよ……」「太陽が眩しいよー」
……まあ、いつも寝ている時間に起きてないといけないことも増えて、不満を漏らす子もいなくはない。ここ1年以上ニンゲンに合わせた生活をしていたわたしも最初は辛かったから仕方ないよね。わたしたちキツネ亜人は日中寝るのが基本。
また、全体としては一息つくにしても、個人個人は休んではいられない。食料、燃料、弾薬、医薬品、その他もろもろの消耗品、移動中でも集めれるものは極力集めていたけど、とにかく何もかもが足りないからあるもの全てかき集めないといけない。
わたしたちはイナゴの如く物資を根こそぎ、時に危険を顧みず、時に法と道徳も捨て去って略奪しまくった。放棄された農場から家畜を盗んだり、野垂れ死んだらしい人から遺留品を剥ぎ取ったり、人目に付きさえしなければ全て黙認された。みんな賊か魔が差した避難民の仕業としておけばいい。
「……アトレイシアが初めて乗ったのが、この戦車だったらしいな」
立ち去る間際、ケイトが講習中話に出ていた戦車を見やって言った。講習はいつも決まった場所でやらず、時間もその日次第だ。今日は小さい子たちが「せんしゃせんしゃ!」と騒いでイギリス軍の戦車を貸し切った。着いて早々戦車を取られた乗員たちは整備を後回しに食事を始めている。
「うん。ヘッドに無理矢理押し込まれた」
「装甲が凄いらしいな」
この、マチルダⅡというらしい戦車には随分と助けられた。イギリスで作られた戦車だそうだけど、とにかく頑丈で、兵士たちから信頼されている。
ただ、戦車たちは軒並み故障を抱え始めていて、目の前のこの戦車に至っては自力で動けなくなっている。元気な戦車といえば里の近くでウタゲたちが見付けたH1と、エルンヴィアの魔法戦車、通称ML1ゼブラ、それとわたしが見付けたファイアフライくらい。
「うん。戦車に撃たれても、当たった砲弾が砕けて全然効かなかった。でも、装甲の厚さは里を出るときに乗ったあの戦車には敵わないよ」
あれからいくつか新しく戦車というものを見付けたけど、未だにあのときの戦車に勝る頑強さを有する戦車には巡り合っていない。詳しく知らないけど、いまわたしたちが保有している内ではマチルダⅡと、58式戦車Ⅱ型が一二を争う程度かな。
「あれ凄かったよね。またあの戦車を作ってくれればいいのに」
「いずれ車体を回収する話はあるらしい」
「じゃあじゃあ、また3人で乗れるかも知れないね! えへへ〜、楽しみだよぉ~」
最近のリュイナは兵器というものにハマったらしく、あのときを思い出して嬉しそうにはしゃいだ。ニンゲンの作ったものだから好きはしないだろうと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。
他の子たちもいままで見たことのない兵器たちに興味津々で、ニンゲンが目を離した隙きにこっそりいじりまわしてはちょくちょくどやされてる。今日はウタゲにお願いして、こうして戦車について簡単な講習をしてもらえることになったから、楽しそうに質問攻めにしていた。
「ん、あのときは中で死にかけた。次からは消火器もちゃんと積まないとな」
「うん」
現状、戦車に積む消火器も数が足りていない。消火器がもとから積まれているのもあれば、完全に新品の戦車や廃棄物になりかけの戦車には積まれていなかったりで、どうにも数が揃ってくれない。一部の砲弾の生産には成功したホバーラも、消火器の開発には苦戦している。
それに砲弾やそれに使う火薬を作るにもあれこれやりくりしているらしく、探索ついでにこういうものを見付けてきてくれと無茶を言う。アンモニアが欲しいからおしっこを捨てるなとか言われたときはわたしたちも辟易した。
尿素を分解させてなんたらかんたらと呪文を唱えられても、わたしたちにわかるわけないじゃないか。ニトロセロロースとかニカラグアアジンって美味しいの?




