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「ヘッドが貴族とかみすぼらしすぎて下男と間違われるな」
「貴族の件は我々に任せて、土建屋か配管工にでもなられたらどうですか?」
「へっ、お前らだって顔面ブサイクじゃねぇか。――と、しまったしまった、もうこんな時間だ。お前ら撤収するぞ、荷物忘れんなよ」
ヘッドが思い出したように、左手に巻いたベルトに視線を落として、慌てた様子で撤収の指示を出した。数分しか経ってないのに、忙しいのか。
「ん。わざわざ来てくれてありがと」
「へっ、当然。――ケイトって言ったな、よく知ってると思うが君のお友だち抜けてるところがあるからよ、これからもしっかり面倒見てやってくれ。もちろん、協力は惜しまない」
そう言って、ヘッドはケイトにも握手を求めた。それに応えて差し出されたケイトの手とがっしり握手を交わし、あろうことかウインクまでしてみせる上機嫌っぷりにはちょっと呆れる。
「ん。当然だ、任せてくれ」
「頼もしいね。それじゃいい子で待ってなよ、残念なことに用事があってな、合流するのは予定取り夜なんだこれが」
「そうなの? じゃあ、いってらっしゃい」
「「いってらっしゃい」とは、気分がいいこと言ってくれるじゃねぇか。だけどよ、お前さんおれたちに会いたがってた割に淡白過ぎじゃねぇか?」
「……バイバイ?」
「そうじゃねぇよ」
そんなこと言われてももう目的も果たしたし、いまのところヘッドたちに用はない。
「まあいいや、また今夜会おうぜ。――ほら、ぼさっとしなさんな、出発するぞ野郎ども」
「直ぐに戻ってくるから待っててくれよ!」「今度ちゃんとお話しような!」
わいわいと騒ぎながら、ヘッドに率いられた兵士たちは脇を通り過ぎて駆けていく。正直少し嫌悪感も湧くけど、まあまあ気持ちのいい人たちだ。
「ん。待ってる」
「ふゃーっ! 可愛いぜ!」
「この世界の人類って頭おかしいな。人として見ないにしても愛玩用として需要残るはずだろ」
最後の言葉を発した奴はわたしたちのことを褒めてるのか舐めてるのかどっちだ。
そうしてヘッドたち全員がこの場を離れると、入れ替わりでヤンコフスキが戻ってきて、小さくなっていく彼らの背中を馬上から見つめた。
「……元気な兵たちだ。うるさいほどに」
「うん。よかった」
わたしは最後に彼らの背中に手を振って見送ると、ケイトも一緒に手を振った。彼らの姿は早々に朝霧の中に消えて見えなくなったけど、気付いてくれたかな。
「……アトレイシア、望みは……叶えられたか?」
「うん。ケイト、ありがとう。でも、いつの間に頼んでくれたの?」
澄ました顔でいるけど、この場を設けてくれたのはケイトだろう。出会ったばかりのヤンコフスキやヘッドに臆することなく話を持ちかけてくれたのは、わたしとしては完全な誤算だったけど、その気遣いには感謝したい。
「アトレイシアが眠っている間に、ヤンコフスキに頼んでおいた。アトレイシアのことだから、みんなで出迎えたときには会話の合間に話しかけられるか、わからないからな。……まあ、相手があの男ならいらないお節介だったな……」
「ううん。嬉しい。ありがとう」
わたしがそう伝えると、ケイトは満足気に笑った。しかし、それは一瞬のことで、ケイトは余韻にひたることもなく思考を次へと移したようだ。
「……この先、わたしたちには更に厳しい戦いが待っている。タナトスとニンゲン、2つの力の間でわたしたち亜人が生き残るには、彼らの力が必要だ」
「うん」
「架け橋になってくれ。わたしたちと、彼ら……いや、ニンゲンたちとの」
「……わたしが?」
「わたしは、この世界のニンゲンを知らない。彼らの優しさも、分かち合える痛みも。わたしの中に渦巻くのは、母から受け継いだ復讐の念と、それが無意味で無価値なものだと知っている、やるせなさだけさ……」
「…………」
ケイトの過去に対しては、この場でかける言葉が見付からない。ケイトはわたしよりも遥かに悲惨な過去を持ちながら、それに対する感情が何も生まないことを悟っている。
あまりにも聡明で不器用なこの少女は、それ故に、わたしやみんなのようには生きられない定めを背負ってしまっているんだ。
「わたしは彼らを無感情な目でしか見えないんだ。わたしは……盲目なままだ」
「ケイト……」
心に暗い影を落としながら、平然とした様子を崩すことなく話すケイトの姿が、わたしの目には痛々しく映った。
「いや、なれるさ。アトレイシアも、ケイトも」
馬を降りて近付いてきていたヤンコフスキが、ケイトの背後に立って、そう断言した。
「わたしは君たちの過去を知らないが、君たちが痛みや悲しみを背負って生きていることは知っている。それを乗り越えようとしていることも知っている。そして、わたしは力になりたいと思う一方で、そんな君たちから戦う力をもらっている。これはアトレイシアと出会いの先にケイト、君という架け橋があったからだ」
「……ヤンコフスキ、わたしは……あなたの弱みに付け込んで、味方に付けようとしたに過ぎない」
「はは、知っているよ。君は強かな子だからな。しかし言ったはずだぞ? 君たちは優しくて、温かくて、愛らしいとね。いい架け橋だと、わたしはそう思うぞ」
そう言ってヤンコフスキはわたしの体を持ち上げ、同行こうしてるヘルツフェルトに託した。頑ななまでに自分の馬にはケイトを乗せようとする辺り、このニンゲンはケイトに気があるに違いない。
「さあ、そろそろ行くとしよう。いつまでもここにいたところで、輝かしい未来は来てくれない。前進あるのみだ」
「……そうだな。ありがとう、ヤンコフスキ。――いこう、アトレイシア。わたしも、アトレイシアみたいに頑張ってみる」
馬上に戻ったヤンコフスキに持ち上げられながら、わたしを見つめたケイトの瞳は凛として、揺らぐことなく何処までも真っ直ぐだった。
どのような苦難の道を進むことになろうと、ケイトは真っ直ぐに、その道を進み続けるだろう。これまでのように、これからも。
わたしもともに進もう。止まることなく進み続けよう。どんな苦難も、挫折も、一緒になら乗り越えられる。ケイトがいるかぎり、わたしはこの世界に絶望しない。諦めない。わたしはケイトのことも、ヘッドのことも、「もう一度」を願って、「もう二度と」を得ることができたのだから。
「ん。いこう。いつも、いつまでも、一緒に」




