36
「それで……話って?」
「済まなかった。おれたちが悪かった」
本題に移ってもらおうとしたら、第一声から謝られた。それから全員で一斉に頭を下げて、状況を理解できていないわたしを置いてけぼりにして、さらに続ける。
「ヘッドが、それにサイレントも死ぬ前に言ったんだ。何も知らないおれたちは自分可愛さから君を突き放して、自分たちの中から追い出したって。その通りだ」
「お前はあの時、おれたちとわかり合おうとしていてくれたんだろ? それを諦めさせてしまったのはおれたちだ。申し訳ないことをしたって思ってる」
「…………」
あれ? なんだろうこの流れ。もしかして、もしかしなくても、凄くわたしに都合のいい流れじゃないだろうか。
「……べつに、そんなこと謝ってくれなくてもいい。困る」
「困る?」
「わたしは……その、あなたたちと仲良くして、えっと、もう少しだけ? 近くで見ていたかっただけ。邪魔をしたのはベッジたちだし、気に病むことないのに……だから、謝られると困る」
よし、かなり突っ掛かったけど、こうやって気にしてないよアピールをすれば相手の気が和らいで話が楽になるはず。わたしに対して負い目を感じているならそれに乗っからせてもらおう。たっぷり寝た後だし、うん、今日は冴えてる。
「おれたちのこと、恨んでないのか?」
「うん。あのときは怖がらせてごめんなさい。あのニンゲンたちには恨みがあったから、怒りに我を忘れたの。ニンゲンは嫌いだけど、あなたたちは別物として見てるから、あんまり怖がらないで。わたしはその……あなたたちと仲良く、したいから」
こういう長台詞は疲れるから嫌いだ。だけど、いまは悪い気分じゃない。
「ああ。そうするよ。今度こそ仲良くやろう」
彼の背後で兵士たちがハイタッチして喜び合った。わたしも嬉しくはあるけど、そっちとしてはそれほど嬉しいことなの?
「……ありがとう」
口で了解をしてもらえたから、お礼に頑張って笑顔になってみた。これで、このニンゲンたちがわたしに抱いた恐怖は多少なりとも払拭できたんじゃないかな。
「和解は済んだな? ほら言っただろ人に逆恨みする奴でも悪い奴でもないって、女の子相手にビクビクしてほんと情けない奴らだったなまったくよ」
「ヘッド、おれたちが間違ってた。面目ない」
「今度は自分の思うようになさってください。もう邪魔はしません」
「は、今更だね。あんときおれの言うことに耳を貸してりゃ、悩み無用だったのによ」
ヘッドがこれみよがしに嫌味を放つと、反骨精神あふれるドライブがここぞとばかりに頭を上げる。絶対に食って掛かる気だ。
「いや待った、記憶だと祖国には『「もう一度」を求め、「もう二度と」を得たならば、それに勝るものはない』という言葉があったはずだぞ。忘れたのかこのじいさん?」
「祖国の名前も忘れてた奴が何言ってんだ? そんな言葉忘れたよ」
お前たちは昔の記憶なんてほとんどないようなものだろう。
本当に、ウタゲとマツリは記憶が完全に残っているようだし、ヤンコフスキたちもそこまで酷くないけど、ヘッドたちはなんでこんなことになっているんだろうか。自称天才姉妹が回復したら考えてもらおうかな。
「さ、アトレイシア、右手を出しなよ」
あれこれ言ってくる部下を適当にあしらって、ヘッドがわたしに向かって右手を差し出した。
……わたしたち握手はあんまりしないんだけど、ニンゲンはよくするな。あんまり好きじゃない。
「ん」
「よし、ここでカメラに向かってスマイルだ」
「は?」
わたしも右手を出してヘッドの手を握ると、ヘッドが意味不明なことを口走ってそっぽを向いた。
「はい、スマイル作ってー。3、2、1」
「バシャ」という音と一緒に、ヘッドが顔を向けた先にあった箱の脇で、細長い棒が眩しい光と白い煙を発した。
「…………?」
「あんときはすまねぇ。けれどこれでまた一緒、今度こそ仲良くしようじゃありませんか、キツネ耳のお嬢さん?」
「う、うん……」
いや、いまのあれはなんだろう。凄く気になるのだけど、取り敢えずキツネ亜人の前で眩しい光出すのやめて。目に刺さる。
「どうした? まさかカメラも知らねぇのか野生児め。これはな……えーっと、「バシャ」ってするとな、なんだ……そう、楽しい思い出を詰め込んでおける箱だよ」
わたしが興味津々になってることに気付いて、途中しどろもどろになりながらそう教えてくれたけど、そんなヘッドを背後から嘲る声が聞こえてくるから信憑性に疑問がある。
「……そうなの?」
「ま、だいたいそんな感じだ」
「雑ぅ!」「おっさんが無理しやがって……」「カメラも知らねえのかこのおっさん?」
「……言われてるよ?」
「ほっとけ。あんなものに頼らなくてもな、いい思い出ってものは消えないもんさ、そうだろう? あんなものいらねぇよ」
「……そうなの……かな?」
じゃあなんで使ったの。
過去の思い出を思い返してみると、楽しかったことほど思い返すと悲しい気持ちになる。それが辛いから目を背けて、忘れてしまったことも多い。
でも、ケイトと過ごした2年前の思い出は、ケイトと再開した時、確かに色を取り戻して今も強く輝いている。そのときが来れば思い出すものなんだろうか。
「……うん。そうなのかも」
「だろ? そういうものだって」
きっとそうだ。わたしは、あの頃の名前も捨て切れていないのだから。シェリナの頃の思い出は、シェリナに戻ったときにまた光輝いてくれるだろう。
「して、アトレイシア、お前さんそんな仏頂面で人生楽しめてるか?」
「え?」
「人生楽しめているか?」って、そんなことを訊かれても、そんなもの意図して楽しめるものではないし、意識したこともない。ここでは好き勝手生きて楽しめるのは限られた存在だけだ。わたしはそれじゃない。
「あー、ダメだな、脊髄反射で「イエス」と言えない奴は人生楽しんでねぇな」
……そういう奴は楽しんでるとかじゃなくて頭が幸せなだけじゃないだろうか。
「……ヘッドは、楽しんでるの?」
「イエスだ。当たり前だろ?」
つまりヘッドは羨ましい頭をしている。外見的には髪も薄くなってそろそろ悲惨だけど。
「お前さんはあれだな、楽しもうって思うことから足りてないな。笑顔が足りねぇよ笑顔が。おれがお手本としていろいろ教えてやるから、おれのこともっと知りたいってんなら知ったことちゃんと吸収しろ、若いんだからいけるよ」
「ん」
「でもなんで、お前さんは人間嫌いのくせにおれと仲良くしようなって思ったんだ? 会った時には人間なんてみんな同じだったろ?」
あれこれよく喋る男だな。でも、ヘッドのこの疑問は、あのときわたし自身もよくわからなくて散々悩んだことだ。
「……あのときはなんとなく、また、わたしたちと仲良くしてくれるニンゲンがいてくれるといいなって、思っていただけ。だからヘッドと会ったとき、過去の記憶の失くなってるあなたたちとなら、一からやり直すのに丁度いいと思った……たぶん」
「んじゃ、お前たちとここのクソッタレな人間たちってのは、昔は仲良かったのか? 話したことのある奴なんて数えるほどだけどよ、いまのあいつらどう受け止めても選民思想の差別主義だぜ」
「……わたしは、よくしてもらったこともある」
「そっちの君は?」
「ちょっと……!」
ヘッドはケイトに視線を向けて訊ねた。どうして突然ケイトに話を振るんだ。
ケイトはそうでもない。間違いなく。そういう国の出身だ。だからケイトにそういう話題を振ってほしくなかった。
「……ん? わたしか?」
「ああ、そうとも」
突然質問を投げ掛けられて、ケイトは数秒考え込むことになった。
「……ん。わたしは……引き篭もりだったから、両親以外とは話したこともなかったな」
「そりゃ生粋の引き篭もりだな。親さん悲しむぞ」
「獣人の子供なんて外を歩けば殺されるからな」
「そりゃ物騒な社会だな。引き篭もってろ」
「でも、ここにいる獣人たちはニンゲンと仲の良かった地方の生まれも多いぞ。ニンゲンの貴族の養子に入っていた子もいるくらいには、平等に扱われていたらしい」
ケイトそれ、わたしのこと。わたしもみんなも気にしてるんだからやめて。
「そうか、じゃあおれたちも騎士の称号でももらって、貴族様になってお前さんたちを養子に迎えるくらいしないとな。おい、お前らもわかったな? 目指すは貴族様だ。アトレイシアも手伝ってくれよ、おれの養子になるのはお前さんだからな。約束通り家も建ててやるからそれまで命は大事にしてろ」
「えぇ……」
本気で言っているのかこの男は。そんなもの全然似合わないと言うか、イメージが壊れそうだからやめた方がいいと思う。




