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「……ん? こっちは誰もいないはず」
ヤンコフスキたちがわたしたちの想定にない方向へと馬を走らせている。わたしでも直ぐに気付いたけど、「こっちでいいのさ」と一言返ってきてそれきりだった。
里を脱出した後、丸2日寝込んで、ニンゲンたちからも怪我の状態をかなり心配されたわたしたちも、妖獣人の人たちの治癒術と持ち前の生命力でなんとか持ち直すことができた。
傷跡はいくらか残ったけど、数日経ったいま、ケイトはひとりで立って歩ける程度まで回復している。驚異的な回復の早さにニンゲンたちは度肝を抜かれていた。
むしろ問題だったのはウタゲの方で、失血死寸前のところをマツリから血を分けてもらってなんとか一命を取り留め、いまは姉妹共々起きだすこともできずに貧血と戦っている。一時期ウタゲは熱も出してかなり衰弱したらしいけど、峠は超えたから死にはしない。
わたしたちは眠っていて知る由もなかったけど、あのときはけが人の治療のために術を使い過ぎて、疲労困憊の末に倒れた術者も数人いたらしく、もう少し被害が多ければ治療しきれずに多くの命が失われていたことだろう。おかげであの戦闘ではけが人は何人か出ても、獣人の中から死者は出なかった。はっきり言って奇跡だ。
あのとき、被害を抑えつつ囲いを突破する判断をしたこと、そのためにタナトスからの攻撃を引き受ける戦車の用意ができたこと、幾つもの要因に恵まれてわたしたちはここにいる。わたしたちはまだ、生き残った仲間と手を取り合ってそれを乗り越えることができる。
住む場所を失いはしても、希望はまだ、失われていない。
「ヤンコフスキ、何処に向かっているの?」
先ほどわたしたちがもう歩けると聞いて駆けつけたヤンコフスキは、わたしとケイトを自分たちの馬に乗せて朝霧の漂う林の中に入っていった。
今日は、殿を務めていたヘッドたちがわたしたちと合流する予定だ。
ヘッドたちはタナトスの大群が移動しているという情報を得て様子を見にきた結果、偶然交戦中のヤンコフスキの騎兵隊と出くわして加勢してくれたとのことで、その礼も兼ねた出迎えの準備をみんなが進めている。わたしも少しは手伝わないと……。
本当はこんなところで馬の背に跨って呑気に散歩している暇なんてないのだけど、ヤンコフスキとその部下はお構いなしに黙々と馬を歩ませている。
「ヤンコフスキ?」
「ここだ。馬を降りて、振り返ってご覧」
「……どういうこと? そこにいるの誰? ヘッド?」
いや、間違いない。このタバコ臭さと息遣いはヘッドだ。
「気にしないでくれ」
わけがわからなかったけど、言われた通りケイトと二人、馬から降りて一団の後ろの方へと振り向くと、二人の騎兵は道を開けるように左右に別れて、わたしたちの背後に回った。
わたしはまだ上手く歩けなくて、立っていてふらつくから、ケイトが傍らで身体を支えてくれた。怪我してよかった。
「お勤めご苦労さんだノッポ! 総員きりーつッ! 整列しろよ!」
「「いえぇーいっ!」」
聞き覚えのある声のあと、茂みがあちこちでガサガサと揺れて、そこから次々にニンゲンが飛び出してきた。わたしたちを脅かしてやろうと息を殺して出るタイミングを待っていたのか、誰も彼もやたら威勢がいい。
アホらしいがヘッドとその部下の兵士たちだ。得意気な顔してるけど心臓をばくばくさせすぎてバレバレだったぞ。
「…………」
「お、おいおい、何か言うことないのかよ」
「……ヤンコフスキ?」
「こっち見ろよ」
状況がつかめなかったわたしは振り返ってヤンコフスキ見た。
「すまない。こんなノリで出てくるなんて聞いてなかった」
「おいこらノッポ! その変なおじさんを見るような目はやめやがれ!」
「わかっているとも。わたしがお邪魔なこともね。予定通りに迎えに来る」
ヤンコフスキはわたしとケイトをおいて、部下を連れて走り去ってしまった。
「クソッタレ! あいつ絶対いいとこの出たぞ、いい飯食って育ったからあんなにデケェんだ」
「そういうヘッドだって、横に大きくなっているじゃないですか」
「悪いか? 言っとくがな、おれの体型はストレスが原因だよチクショウ」
「またまた」
ブツクサと文句を言いながら、そのみすぼらしくて横に大きくて変なおじさんは部下を背後に引き連れてわたしの目の前で歩みを止めると、膝を曲げて目線の高さを合わせてにやりと笑った。
「そんな身体で呼び出してすまねぇな。でもよ、この前は死にかけてたように見えたけど、思っていたより元気そうじゃねぇか。おじさん嬉しいね」
「……なんでここに?」
「今日合流するのは予定通りのはずだぜ? 知らなかったか?」
「でも、早い」
「へへっ、そこは予定が変わったんだよ。頭に洗面器乗っけた変な奴らの気前が良くってさ」
なんだその面白い生物は。……きれい好きなんだろうか。
どうしよう、みんなで出迎えたどさくさに紛れて話に持ち込んで、その場の流れで関係が改善できたらいいなとか考えていたのに、これじゃあどうしたらいいか……。
「どうした? 無理言ってこういう時間をもらったんだ、帰るなんて言い出さないでくれよ。頼むから、な?」
「……そんなことは、言わない」
「なんだ、やっぱりお前さんもおれたちと話しておきたいことがありそうだな。それでもまあ、まずはこいつらの話でも聞いてやってくれよ」
「……ん」
ヘッドが脇にどいて、後ろに立っていた部下たちから二人の兵士が一歩踏み出てきた。わたしと一緒に戦車に乗っていた面子だけど、ひとり……そう、わたしに首を切られたサイレントがいない。見渡してみたけど何処にもいないようだ。
「……サイレントは?」
「憶えていてくれたのか。あいつか……あいつは死んだよ。君に教えられて向かった街でもあの、タナトスって連中の襲撃を受けて、たまたま戦車の外にいたところをやられたんだ」
そう教えてくれたこの人は……そう、パトラフスキ。なんとかっくパトラフスキだ。ヤンコフスキとかぶってるからか、どうにも頭から離れずに残っていた。
「そう……」
サイレント、死んじゃったのか。結局、あのニンゲンにはちゃんとした謝罪ができなかった。
しかし、さっきまでの変なテンションは鳴りを潜めて、沈鬱な空気になっているのは何故だろう、サイレントの身に降り掛かった不幸以外にも原因がある気がする。
「あの街の住民たちは笑いながらおれたちを歓迎してくれた。嬉しくておれたちも笑ったよ。いい思いをさせてもらえた。……君と同じように頭の上から耳を生やした女の子が、彼らに踏みつけられて、罵られて、それでも黙って彼らのために働いているのを見るまではね」
「……ふーん」
「反応薄いな!?」
ある程度の大きさの酒場などに行けばいくらでも見れる光景だ。可哀想だけどどうしようもない。早く大きくなって自力で逃げ出すしかないことだ。
前行ったときはそんな子いなかったと思うから、たぶんあれから何処ぞの奴隷商人に売ってもらったんだろう。




