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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「ケイト……!」

 わたしが呟いたそのとき、車体の右側、ほんの少し前にリュイナたちが使ったハッチが勢い良く開いた。

 顔が真っ黒になっているけど間違いない。ケイトだ。ゆっくりと這い出して、よろめきながら立ち上がり、ふらつきながら歩み始めた。

「こほっ、わたしとしたことが……少し、意地を張り過ぎたな……」

 意地っ張りなのはいつものことでしょ。

「ケイト! ケイト!」

 親鳥が餌をくれるのを待つ飛べない雛のように、わたしはケイトの名前を呼び続けた。しかしケイトは焦らず、まずはちゃんと荷物を確保して、それからわたしのもとにやってくる。沈着冷静っぷりがいつも通りで嬉しい。

「アトレイシア……いや、いまはシェリナでいいな。……すまない。無理をさせてしまった」

「いい……いいよ。ケイト、カッコ良かったよ。頑張ってくれたのにごめんね。わたし、走れなくなっちゃった……」

 足の状態を見てみると、一応つながってはいるようだけど、数カ所に砲弾の破片が突き刺さっていて出血が酷かった。感覚も弱い。

「わたしのせいだな……」

「わたしがちゃんと、ケイトのことを信じて待っていればよかった。ケイトは、悪くないよ」

「わたしたちは、信じるだけでとどまれるような、そんな安い仲じゃないさ……」

 わたしの身体を抱き上げて地面にできた穴に寝かせると、ケイトは顔を上げて、近付いてくるタナトス群れを見た。そして手にした武器に巻いた布を解き、ゆっくりと構えると、小さく鼻で笑った。

「少しなまったな」 

 ケイトの使う武器はわたしのものと同じ場所に、紐ではなく鎖分銅の付いたナイフと、刃の広い手斧だ。ナイフの刃には返しが付いていて、刺したあとにチェーンを引けば相手の内蔵や身体そのものがナイフに引っかかってついてくる。それを斧で叩き切るのがケイトの基本のスタイル。 可愛い顔して割りと残酷。

「ケイト、銃に気を付けて。それと、わたしのナイフを……」

「ん? 少し待ってくれ」

 ケイトは早速、数体人型の首を刎ねてから、何処かに消えていたわたしのナイフを取ってきてくれた。切れた紐を結んで指輪とつなげようとしばらく苦労した。指が上手く動かない。

「……ケイト、腕の傷は……?」

「このくらい、平気だ」

 腕の傷だけじゃない。服は焦げてボロボロになって身体は火傷だらけ、平気なわけがないのに、それでもケイトは屈することなくタナトスたちを倒していった。

 わたしだけ寝ていられるか。音さえ聞こえて、腕一本振れればそれで十分だ。ケイトの背後に忍び寄ろうとする邪魔者はみんなわたしが片付ける。

 ようやく紐を結び終えたナイフを、足音を頼りに投げた。ちゃんと手応えがある。

「こういうのは、一緒に狩りにいったとき以来だな……楽しかった」

「うん」

「懐かしいな……」

「……うん」

 昔を懐かしむ老人のような会話だけど、わたしたちは10歳だ。わたしたちはニンゲンよりも身体の成長が早いから、ニンゲンからすればもう数歳は老けていることになるけど、それでもまともなニンゲンの子供だったらこんなところでこんなことして、こんな会話することもないだろう。

 ……いや、いまはニンゲンも大変だ。何処か探せばわたしたちのような子供もいるかも知れない。そういうニンゲンとなら、わたしたちももっと仲良くなれる気がする。

 そう思いながら投げたナイフは、引っ張っても帰ってこなかった。やっぱり結びが甘かったらしい。

「……いつかまた、ニンゲンの子供と一緒に遊べる日が来るとよかったな……」

 かつてのわたしにはニンゲンの子供の友達だっていたのに、いまでは彼らを食料として見てしまう自分がいる。そんなわたしがこんなことを言っても物騒なだけかな。

「ん。シェリナの友達なら、わたしも会ってみたかったな……どうしてこんな世界が広がってしまったんだ」

「でもわたし、あの子たちと友達のままだったら……きっと、ケイトとは会えなかった。それはもっと嫌。これから変わっていってくれれば、そしたら嬉しいなって、思ってた」

「……そうだな。わたしも、同感だ」

 そう言ってくれたケイトの体を銃弾が刺さり、握っていた斧が地面に落ちた。

 そして、ケイトはため息を付きながら、よろめいてわたしの左隣に倒れ込んだ。

「この体では、戦車には勝てないな」

「うん。ニンゲン、あんなの作るって凄いね」

 ケイト手がわたしの右手を握ったから、わたしも握り返した。湿っているけど、まだ温かい。

 視線を下げると炎と黒煙の向こうでロタ山が、里がわたしたちを見下ろしている。なんだか幻想的だ。

「……体中痛いな」

「うん」

「これ、ほかっておいたらわたし、死ぬのか?」

 血で染まったブラウスを一瞥いちべつしてふと疑問を口にしたケイトは、直ぐに「まあ、どうでおいいかと」投げやりに考えるのをやめた。血が出過ぎたら人は死ぬのは当然のことだから、考える必要はない。

「……いつの間にかわたしも同じところ撃たれてたけど、まだ生きてる」

「ん……おそろいだ、な。ここは重要な臓器もないし、血が残ってる間、大丈夫だろう」

「ケイト、走れるんじゃないの……?」

「……もう、シェリナを背負って走るのは無理だ」

「……そう」

 ケイトだけでも逃げてほしいという自分と、一緒にいてくれて嬉しい自分が心の中でないまぜになって複雑に絡み合う。それでも結局、ケイトは強情だから、わたしはケイトの意思に従うしかないけど。

 ……きっと、ヤンコフスキはまた泣くだろうな。

「ん。何か聞こえるな」

「……うん」

 ケイトの気付いた物音を、わたしも耳を澄まして聞いてみると、確かに頭の右上の方から何かが近付いてくる。

「「……どうせタナトスの戦車かな」」

 二人で同時に同じことを言って、それからわたしたちはくすくすと笑った。

 58式の音じゃない。どうせ他のところからわたしたちを迂回した戦車がいたんだろう。リュイナには死ぬなと言われたけど、もうダメだ。タナトスの戦車なんてもっと近くにすでにいる。

「……あれ? 人の声も聞こえる気がする」

「そうか? 気のせいだろう」

 そうか、馬の蹄の音も聞こえるかがするけど、わたしより耳がいいケイトが言うならそうなんだろう。というわけで気のせいとした。

「……ん。今度は何か飛んてきたな」

「うん」

 早々に思い違いをしている気がしてきた。それにあの音、もしかして……。

 続いて近くで硬い物がぶつかり合う音がすると、お互い気になって穴の外を覗き見ることにした。

 するとそこには見覚えのない戦車が大砲を力なく垂らして止まっていた。よく見ると砲塔の真下に穴が開いている。

「おいアトレイシア! 今度こそ死んだつもりか? だったらちょっとの間だけ、あんときみてぇにうずくまって大人しくしててくれよ!」

 何処か懐かしい声が頭の上の方から聞こえてきた。この声としゃべり方、間違いない。

「あの声、ヘッドだ……」

「なんだ、味方か」

 再び頭を地に付けたわたしたちの顔の前を、光る線が通り過ぎていく。

「ん。向こうでは、レンカが何か術を使ったみたいだな。ヤンコフスキと合流できたみたいだ」

 視界の左の方で不自然に大量の雷が大地に降り注いでいた。天候操作は妖術の基本、味方と合流してとうとうレンカも戦闘モードに切り替わったらしい。負傷者の治療のためにも力を使い過ぎず自重するだろうから、時間稼ぎ程度だろうけど、見映えは凄い。きれいだな。

 そうか、魔術は無効化できても、性質の違う妖術は防ぐことはできないかも知れない。盲点だった。魔術と比べると見掛け倒しの術ばかりだけど、少しは効果があるかな。

「…………」

「アトレイシア? どうか、したのか?」

「……ヘッドにどんな顔すればいいのかな?」

「……気負う必要は、ないと思うぞ」

 また会いたいとは思っていた。そのときが来たらあのニンゲンのことをもっと知りたいと思っていたし、今度会ったときは一緒にいられるんじゃないかと思ってもいた。

 でも、こんなところで顔を合わせるとなるなんて思っていなかったから、「そのとき」としていいのかわからない。ヘッド……いや、ヘッドの周りを取り巻くニンゲンたちはわたしを認めてくれるかな。

「お、いたいた」

 近付いてきていた音がわたしたちの間近で動きを止めた。ちょっと前にも感じた毛が逆立つ嫌な感じがするから、あの小さくて弱い戦車、聞き覚えがあるわけだ。一緒についてきた馬車が向き直っている音もする。

 視線を右上に向けると、相変わらずみすぼらしいヘッドの顔がこちらを覗いた。

「おう、待たせたな。こりゃ酷い。どんな神経してんだ? いっそ殺してくれとせがんだらどうだ?」

「「早く助けろ」」

「似た者同士め。――おい、早く積むの手伝ってくれねぇか?」

「二人は無事か!?」

 馬車から聞こえて来たのはヤンコフスキの部下の……ボロフスキとかいう名前の男の声だった。するとタチャンカとか言う機銃を乗っけた馬車で来たんだろう。

「ま、生きてはいるな。そっちの小さいの頼んだ。――おい三枚目! さっさと旋回しろ!」

「誰が三枚目だタコ、そっちこそ置いてくぞ」

「おい、「小さいの」とか言わないでやってくれるか。この子はケイトだ。うちの隊長のお気に入りだから口を慎め」

 わたしはヘッドに、ケイトはボロフスキに担がれてタチャンカに乗せてもらった。ボロフスキはそのまま機関銃にくっつき、ヘッドは戦車へと駆けていく。操縦してるのはあの狂った運転さんらしい。

「はいはい、「小さくて可愛いの」だな、わかったよ。ほらいったいった!」

 馬車が進み出し、戦車の残骸たちがみるみるうちに遠ざかる。後ろをヘッドの乗った戦車が付いてきていた。

「二人とも助けてやるから、諦めるんじゃないぞ」

 ボロフスキはこちらに背を向けたまま、はやる気持ちを抑えきれないとばかりに、早口にわたしたちを励ましてくれた。

「……しっぽの毛がチリチリだ。ショックだな」

「わたしも、ケイトが作ってくれた服に穴が空いちゃった……」

 優しい励ましの言葉を当事者二人はスルーした。

 諦めようがどうしようが、人は死ぬときがくれば死ぬ。仕方がない。

「……隊長があれこれ言っていたが、君たちは何処まで落ち着いた子なんだ? まさか痛みも感じないほど危険な状態なんじゃないだろうな? やめてくれよそういうの」

「たぶん、大丈夫……だと思う」

「そう願うばかりだ。――うん? 何かな?」

 ケイトはこの男の名前を知らないから呼ぶことができない。それで何か言おうと服の袖を引っ張ったから、ボロフスキはこちらを振り向いてわたしたちを見た。

「兵隊さん、わたしたちを助けに来てくれて、嬉しい。お礼を言わせてくれ。ありがとう」

「…………」

 ボロフスキは目を見開いて固まった。何か心に来るものがあったのだろう。

「ボロフスキ、わたしからもお礼を。ありがとう」

「……アトレイシア……いや、我々は兵士の義務を果たしてるだけだよ。――さ、もうあまり喋るな。あとは本職の兵隊さんに任せて休むといい」

 目にしずくを溜めながらボロフスキは再び背を向けた。そのとき偶然吹いた追い風が「軍人になってよかった」と呟いた声をわたしたちに届けた。いま、この男の兵士としての人生は報われたらしい。

「退却を援護するぞ! 突撃ッ!」 

 荷台の端からヤンコフスキの騎兵隊が槍を揃えて疾走する様が見えた。ニンゲンお得意のランスチャージだ。バラバラに斜面を駆け上がり、タナトスの群れ目掛けて集結し、一丸となって突き破ると、バラバラになって姿を隠す。しばらくすると丘の背後に集結して、丘を駆け上がっていくのが見えた。砲火でちかちかと眩しい反面、暗いところは真っ暗なのに、ニンゲンがよくもあそこまで戦えるな。

「11時の戦車だ、戦車を狙え! 横っ腹を見せてるのが敵だぞ!」

 馬車は右手に見覚えのある戦車の脇を駆け抜け、その後ろに並ぶ兵士たちから喝采が上がった。

 それから先のことは覚えていない。わたしとケイトは傷の痛みも忘れて、互いに身を寄せて合って、眠りについていた。

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