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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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33

 何体くらい倒したかな。……そろそろ、きつい。

「グォオォッ!」

 珍しい。オーガだ。ニンゲンたちに駆除されてかなり数が少なくなったから、いまではタナトスに侵食されたものばかり見るようになった。頭は悪いけどニンゲンよりも骨のある相手。

 振り下ろされた大きなハチェットを、身体を倒してかわしたついでに腕を切り落とした。ニンゲンからすれば驚異的な身体能力も、わたしたち獣人からすれば大したことない。続いて繰り出された左手の上に飛び乗って踏み台にして、跳びかかって首を刺して仕留めた。

 ――いや、まだだ。こいつもまだ動く。傷口から身体を乗っ取ってる瘴気が抜けるまでは倒せないらしい。

 だったら身体が灰に変わるまで切り刻んでやる。

「オ……ォ……」

 張り切ってはみたけど、腹を割っただけでオーガは立ったまま動かなくなった。

 さて、次は――。

「グワッ、グワッ」

「……アヒル?」

 次に目に入ったのはアヒル。いっそ無害そうだから放っておいてもいい気もするけど、念のため蹴り殺しておこう。空中で灰のように消滅する姿に哀愁が漂う。

 その次は……構え方からして、また銃を持った相手が出てきたらしい。しかも一匹どころじゃない。

 ヘッドやヤンコフスキたちの持っていた銃とは形が違う。射撃は一発ずつだと思っていたら「パタタタタッ」と音は軽いけど連続した発砲音が響いた。どうやら戦車に付いている機銃のようなものらしい。かわしきれる速度ではない攻撃をばら撒かれるのは困る。

 しかし、撃たれた弾はあさっての方向に飛んでいった。あの手のタナトスはわたしたちほど夜目が利かないようだから、後ろに回り込んで近付ければ一番いい。でも、いちいち戦車の傍を離れて戦うのは良くない気もするから、ここは不意をついてナイフを投げて仕留めよう。

 銃を持ったタナトスが3人に気付いて撃とうとした隙をナイフで貫き、戦車の方を振り返ると、ケイトが砲塔から頭を出していた。

「次はあれだな……残り6発だ」

「ん」

 もう狙おうとしている敵はわたしたちの横を通過しようとしている。いくらケイトでも片手一本で装填して、目標になる敵を見付けて、照準して、射撃するまでをひとりでこなすのは大変だろう。砲塔の動きの間に合う位置の敵を選定するのに頭も動かさないといけない。

 それでもケイトはきっちりと、脇を通過しようとする車両を一撃のもとに討ち取った。

 それからまた1発、2発と、大砲が吠える度に敵はその動きを止めた。

 まだやれる。誰にも、ケイトの邪魔はさせない。

「ウゥゥ……」

「……次は、あなたたちなの?」

 わたしの前に現れた新たなタナトスたちは頭の上から耳を、腰にはふさふさしたしっぽを生やしていた。

 あのとき通路で瘴気を浴びて、タナトスに飲まれた里の獣人たちだ。数は全部で5人、オオカミ亜人が二人であとはタヌキ亜人。わたしと同じくらいのオオカミ亜人が厄介だ。

 5人が、一斉にわたしに跳びかかってきた。

 まず初動の遅かった幼いタヌキ亜人の眉間にナイフを投げて刺し貫き、一瞬速かったオオカミ亜人の顔面に蹴りを入れて叩き落とし、もうひとりのオオカミ亜人の突き出した槍の柄を左手で掴みながら、引き戻したナイフを首筋目掛けて投げる。

 投げたナイフは喉を貫くよりも早く、口で咥えて止められた。

 槍から左手を離してしゃがみ込みながら一歩下がると、左右に回り込んでいたタヌキ亜人が目の前でぶつかりあった。すかさず普段使っているもう一本のナイフで二人まとめて首を薙いで背骨を断った。

 二人は取れかけの首から血と瘴気を流しながら身体をわたしに向けると、ぐらりと傾いて、そのまましがみつこうとしてきた。ショッキングだ。

 やっぱり、生き物はタナトスに侵食されるといくらか怪我に強くなる。多少首筋を切られたところで大して慌てないし、大げさに痛がるような真似はせずに瘴気の残っている限りは動き続けようとする。手っ取り早く片付けるなら脊髄か頭を狙うのがいいかも知れないと思ったけど、それでも数秒はかかるらしい。

 でも、これであとはオオカミ亜人の二人だけ。気付いてはいたけど、わたしのナイフを口で防いだ短槍使いはアレッサだ。少し滅入る。

「アレッサも、あそこにいたんだ」

「グルルゥ……オォッ」

 咥えられていたナイフが地面に落ちた。

 もう話せないんだね。

 二人の身体はボロボロで、アレッサの首筋には噛み跡がついていて、そこからわずかに瘴気が染み出している。瘴気を浴びながら、なだれ込んできたタナトスと戦って死んだんだ。

 アレッサが鋭い踏み込みで槍を繰り出す。それを、身を捻ってかわすと、アレッサの背後からもうひとりが跳び出してわたしの身体を掴もうとした。こっちはアレッサの親友、シャルルサの妹さんだ。

 シャルルサの顔が脳裏に浮かんだ。自分が親友と妹を同時に失ったことを、あの人は知っているのかな。わたしがここで二人にとどめを刺して、それを伝えるのはつらい。

 掴まれるより先にナイフで手を切り落とそうとすると、彼女の手は刃先を紙一重でかわして、わたしの手首を掴んだ。

 もう一方の手も同様で、強く引っ張られたと思ったら膝が迫っている。同時に繰り出したわたしの右膝とぶつかり合った。向こうの方が硬くて、ちょっと泣ける。

 動きを抑え込まれたところを仕留めようと繰り出されたアレッサの槍を蹴り払うと、左手首の拘束が解かれて、今度は腹部に貫手が迫ってきた。その腕に自由になった左手のナイフを突き立てて機動を逸しても、わずかに脇腹を抉られた。

 代わりに右手のナイフを指先で持ち替えて顔めがけて投げて、左目をもらう。相手がわずかに怯んだ隙に掴まれていた手を振りほどいて逆にこっちから腕を取って捕まえて、左手のナイフで背骨を貫く。

 あと、ひとり。

 槍の穂先が頬をかすめて、少し血が散った。続く三段突きを避けて間合いを詰める。

 アレッサは首を狙うと口で止めようとするから、一本はそれで食いつかせて、もう一本で仕留めるつもりで攻撃すると、読まれたのか槍できっちり防御された。

 しょうがないから脇腹をとみぞおちを狙ってナイフを突き出すと、みぞおちの方は槍で防がれ、一方脇腹は刺せたけど、まるで丸太でも刺したようで深くは刺さらずに止まった。

 オオカミ亜人お得意の、呼吸法で肉体を硬化させる技。タナトスに取り込まれても身に付けた技術を駆使するなんて厄介だ。

 傷付けたところからも多少なり瘴気が抜け出ているから、時間が経てば空っぽになって自壊するかも知れないけど、それを悠々と待たせてくれる相手じゃない。

 アレッサは槍の真ん中を持って水車のようにぐるぐる振り回しながら、今度は自分から迫ってくる。攻撃が刺突から斬撃と打撃に切り変わった。

 面白い。強い相手と戦うのが一番いい。ありがとう、アレッサ。

 何度か打ち合ったあと、槍の穂先を切り落とし、残る柄も真っ二つに切った。その後も棍棒として振り回される柄を切り落として、四半分ほどの長さになるとアレッサは槍を捨てた。

「……さよなら」

 唸り声を上げて掴みかかってきたアレッサのこめかみを貫いて、切っ先を頭頂部目掛けて持ち上げてから引き抜くと、彼女の身体はゆっくりと地面に倒れた。

 起き上がらないように背中を踏み付けると、足の裏で彼女の身体が少しずつ崩れていくのを感じて、わたしは自然と後ずさっていた。

 強い相手に勝ったけど高揚感は湧いてこない。終わってみれば悲しくて仕方がなかった。アレッサと確かな友情があったわけではないけど、この子には惹かれるものがあった。アレッサはわたしにだって優しくしてくれた。

 それなのにいま、わたしは彼女の亡骸を踏み付けていたんだと思うと、申し訳なくてますます気が滅入った。身体に残っていた力も消え失せたような感覚に襲われた。

 ――いや、落ち込んでいる暇はない。周りは敵だらけ、手間取っているうちに戦車にかなり近付かれてる。早く片付けないと。

 なんとか気を取り直して戦車に張り付いていたタナトスを片っ端から引っぺがし始めると、ふと、音が気になった。戦車の音、58式と似た音だ。タナトスの戦車に紛れ込んでいる。

 もうすぐケイトも砲弾を使い切る。集中していたから確証はないけど、残りは1~2発のはずだ。

でも、あれは……。

「ケイト、もういいよ!」

 砲塔を横に向けたときは危険だ。ケイトもそれを意識して、撃って直ぐに砲塔を正面に向けようと旋回させたけど、とても間に合いそうにない。すでに逆方向に回った58式――実際はT−34−85だった――が砲を向けている。

 撃たれる前に戦車から脱出してほしいと願って声を張り上げたけど、砲塔が動きを止めない。

「くっ! ――そーっ、やっ!」

 とっさに足元にあった岩を抱え上げて投げると、岩はタナトスの戦車の砲弾を遮ったけど、砲弾はそれを砕いてケイト乗る戦車の車体に突き刺さった。

「ケイト!」

 一瞬頭が真っ白になってケイトの名前を叫んだ。しかし、よくよく見なおしてみると砲弾の当たった場所はわたしたちの乗っていた場所より後ろだし、砲塔もまだ動いている。ケイトは構うことなく撃ち返すつもりだ。

 わたしは砲撃で掘り返された地面から、更に2つ岩を持ち上げて投げた。さっきよりも大きい岩を、ケイト乗っている付近の車体を隠せるように。

 身体が砕けるかと思ったけど上手くいった。岩で防ぎ切れなくても砲弾が逸れて別のところに当たってくれればそれでいい。

 しかし、そうでもなかったらしい。タナトスの戦車はわたしの投げた岩を避けるように照準をずらして2発目を撃って、砲弾は一発目と同じぐらいの位置に刺さった。

 そして、それだけで済まずに、ケイトの乗る戦車は煙を上げ燃え始めた。

「そんな……っ! ケッ、ケイト、ケイト! 早く出て!」

 砲塔の上からケイトを引っ張り上げようと思い、戦車に近付いたとき、未だに砲身が動いているのが見えた。そしてようやく照準を終えて最後の一発が放たれると、敵の戦車も炎を上げて動きを止めた。

 わたしは発砲の衝撃でよろめいた身体を立て直して、戦車に飛び乗ってハッチに手を伸ばしたけど、指先が触れるより先に何処からかタナトスが放った砲弾が足元の戦車に当たった。

「くぅ……あ……っ!」

 熱い。焼けた天板の上に倒れ込んだわたしは、あまりの熱さに気を失うこともできず跳ね起きた。寝てたらわたしまでこの戦車に料理されてしまう。

 それでも無我夢中だったわたしは懲りずにハッチへと向かい、今度は近くに落ちた榴弾か何かの爆風に吹き飛ばされ、とうとう戦車の上から落とされてしまった。

「あぁ……ケイト、ケイト……!」

 足が満足に動かなくなっていた。自分が一体どうなっているかなんて確認することもなく、わたしはケイトが乗ったままの戦車に近付こうと地面を這って進んだ。

 わたしはまだ、あの鉄の箱の中でケイトが生きていると確信していた。音が聞こえる、そんな気がしただけなのに。

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