表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
31/341

31

「……いまの……何?」

 リュイナが恐る恐る振り返ってケイトに訊ねた。珍しく怯える表情がなんだか可愛い。

「……わからない。しかし、もう過ぎた話だ。任務を続けよう」

 ケイトは悲鳴の主のことなど大して関心がない。無抵抗だろうが悲鳴を上げようが、なんであろうと敵であったから倒した。ただそれだけで完結する。ケイトはカッコいい。

「ウタゲ、ここでみんなを、先に逃がすんだな?」

「……あっ、ええ、そうしましょう。――おや、スズリカさん……え?」

 話の途中だったが、スズリカの声が聞こえでもしたのか、ウタゲは砲塔の上のハッチを開けて半身を外に出した。

「あらあら、やはり一筋縄ではいかないですね。戦車の脇に歩兵を隠しているなんて、スズリカさんたちが気付いて助けてくれていなかったら危なかったです。では、スズリカさん、全員を連れて先に行ってください。ここからは殿を務めます」

「わかった。ヤンコフスキ殿と合流次第助けに戻るから、それまで持ちこたえてくれ。――皆、もう一息だ、駆けるぞ!」

 雑音が多くて聞き取りづらかったけど、確かに外からスズリカの声が聞こえ、同時に何人かがこの戦車の脇を通り過ぎる際にねぎらいや激励の言葉をくれたのも耳に届いた。

 これでわたしたちの第一の役目は終わった。あとはみんなが逃げ切ってヤンコフスキたちと合流するまで、追いすがる敵を押し留めればいい。

「ウタゲ、左右後ろから、戦車が近付いてくる」

 一瞬手が空いたからペリスコープに飛び付いて周囲を確認していると、くろぐろと瘴気をまとった戦車が見えた。

 前方はもう山を抜けて開けてきていて、タナトスの姿も近くには見えない。わたしたちの戦車はいまいま倒した巨大な戦車の真後ろに回り、残骸に背面を向けて停まっている。

「榴弾を装填してますね? 右の……あれは榴弾でいいですね。あれからさっさと倒して、旋回しましょう。次弾は成形炸薬弾で」

「ん」

 命令に忠実なケイトは言われた通りさっさと最初の敵を片付けた。「右」と言ったけど、砲塔が後ろを向いた状態で右だから車体の向きからしたら左になる。ややこしい。

 その後も一発撃っただけで、わたしたちの戦車は行動を再開した。車体を180度旋回させて、これでわたしたちの戦車は追手と向き合う形になった。

「良い感じですね。あとはひたすら後進です。追いかけてくる敵を真っ向から迎撃します」

「了解したよ。ここからじゃ後ろは見えないから、アトレイシアにでも後ろを見てもらってくれないかな? ……それと、リュイナはどうしたんだい?」

 ホバーラの声に視線を向けると、確かにリュイナの様子がおかしい。手元の箱を指でつつきながら首を傾げてる。

「え、えっとねホバーラ、さっきからこれの様子が変なんだけど……」

「無線機が? ……ふむ、ウタゲ、無線機が何処かと繋がりそうだよ」

「やっとですか。リュイナさん、ちょっと代わってもらえますか? 直ぐに終わりますから」

「ウタゲ、敵が来ている」

「片付けておいてください」

「……多いな。弾が足りなくなりそうだ。――アトレイシア、次も戦車だ」

「ん」 

 目標としての優先度に差があるか、よほどの敵でないかぎりケイト任せになってきているけど、ケイトは気にせずに仕事に取り掛かる。撃つ前も撃ってもからも見た目のリアクションがまずないから、自分の目で確認しない限り、ちゃんと当たっているのかは撃っているケイト本人にしかわからない。

「――やりました。向こうの戦車と連絡が取れましたよ。大体の位置と進路を伝えたので、これで多少は状況もよくなるといいですね」

 しばらくするとウタゲが戻ってきたが、わたしたちはもうそれどころじゃなくなっていた。

「ウタゲ、敵が多い」

「もう歩兵は無視してください。可能な限り足の早い敵を優先して、撃破できずとも足を止めてしまえばそれでいいですよ」

「何処か一方にしか攻撃できないのに、複数方向の敵を相手するのには無理がある……」

「やるしかありません。わたしがこの目で優先目標を選定します。手始めに――え、凄く多いですね。撃ってくるまでわかりませんでした」

 察してはいたけど、どうやら状況が良くないらしい。ウタゲは沈着冷静なケイトの物言いに安心しきって、自分の見えていない敵を過小評価していたんだろう。

「どうするんだ? 弾薬の残りはもう少ない、攻撃してこちらに惹き付けておけるのも、もうじき限界が来る……」

「やれる限りのことをして、最後は皆さんの頑張りを信じて待つばかりです。射撃は敵を引き付けれるだけ引き付けて砲弾をムダにしないように」

「……了解」

 ケイトは照準器の向こうに視線を戻す直前、一瞬だけわたしの方を見た。それだけでわかる。ケイトは敵を撃つために照準器を覗きながら、頭では何か別のことを考えてる。

 ケイトが何を考えているのかも見当が付く。もう少し状況が悪くなれば、わたしもケイトに言っていたはずの言葉を、先に自分がウタゲに言うかどうかを悩んでいる。

「ケイト、わたしも……一緒」

「……いいのか?」

「うん。わたしがケイトと一緒がいいって言ったんだもん。でも、最後まで一緒に生きることをあきらめないで」

 もしダメだったときは無念も残るけど、仕方がない。

 ごめんねケイト。わたしのせいでこんなことになっちゃって、これじゃあ道連れだよね。

「約束する。――ウタゲ、リュイナ」

「なんですか?」「何?」

「あとはもう、砲弾がなくなるまで撃つだけだ。リュイナ、ウタゲを連れて逃げてくれないか」

「お断りします」「嫌だ」

 二人とも即答だった。

「ふふっ、わたしがこの戦車の車長です。車長が先に逃げ出したら立つ瀬がなくなります」

 この残念な自称天才の姉は、妹と違って危険や、死ぬことに対する抵抗がないんだろうか。

「もともとタナトスたちの狙いは獣人の里、ウタゲが一緒に戦ってくれたのは嬉しいけど、これ以上はいい。死んじゃったら、マツリもヤンコフスキたちも困る。リュイナも、まだ家族がいるでしょ?」

 わたしたちはいいんだ。わたしたちの家族は、わたしたちだけだから。

「わたしだけ逃げて、二人がいなくなっちゃうのもやだよ!」

「わたしたちは大丈夫だ。だが、ウタゲは違う。足手まといになる前に連れ出してくれ」

 ケイトはわざとウタゲを傷付けるようなことを言った。ここでマツリが死ぬというのは納得がいかない。

「そんな! た、確かにわたしは……」

 言われたくないことを言われてウタゲはうろたえた。ウタゲも自分の体力がわたしたちに劣り、自分の足では逃げることが困難なことは理解している。

 それでも退けない。退きたくないんだろう。ウタゲも誰かを置いて自分だけ逃げるということができない、きっとそんな人だ。

 でも、ここは折れてもらうしかない。言い合ってる暇はないけど、リュイナに無理にでも連れ出してもらえば何処かであきらめるはず。

「ああ、妹がいながら、駄々をこねるなんて姉失格ですね。もう、わたしの出番は終わり――」

「ッ!」

 決心してくれたのか、ウタゲがリュイナの方へと向き直ったとき、突然乗っていた戦車が動きを止めた。

「うわっ、履帯をやられた。不味いよ、移動不能だ」

 ホバーラが慌てて振り返り、ウタゲを手招きしながら、側面のハッチにもう一方の手を伸ばした。こうなったら長居は無用と、すでに戦車はあきらめているらしい。

「逃げてくれ。ここで抑える。リュイナ、早くウタゲを――」

「きゃあっ!」

 また攻撃を受けて、戦車の中で破砕音が響いた。砲弾が当たったときの感じがこれまでと違う。

 それに、衝撃で頭をぶつけて、くらくらする。持っていた砲弾を落としそうになった。

「うぅ……みんな、大丈夫? いつもと違う感じだったよ?」

「……敵の砲弾が、抜けたのか……?」

 右から撃たれて足が止まり、砲塔をそっちに向けたところを別方向から撃たれたらしい。

「え、ちょっとケイトちゃん大丈夫? 怪我してるよ!?」

 ケイトの左手から血が垂れている。破片が当たって深く切れてしまったらしい。

 リュイナが大慌てで止血に取り掛かろうとすると、ケイトは右手でそれを制した。

「わたしのことはいい。大した怪我じゃないさ。それよりもウタゲが……」

「ウタゲちゃんも血が出てるね。死ぬの?」

「……わたしの怪我を前にしたときだけ、落ち着きを取り戻すのですね……? いまのは、装甲の剥離です。もう……装甲が……」

 いくら一緒に戦おうとニンゲンの受けた傷なんてどうでもいいのがリュイナの本心である。

 非道く蔑ろにされたウタゲだけど、状態はケイトより不味いかも知れない。左の胸と腹部から出血がある。

「言われた傍から、足手まといになって……しまいましたね……」

 ウタゲは落ち着いてはいるが、声は弱々しい。額にいくつも汗が浮かび、苦しそうだ。

「喋ったらダメだ。肺を傷付ける。リュイナに包帯を巻いてもらって、ホバーラと3人で早く逃げてくれ。――リュイナ、頼む、手伝ってくれ」

「うん」

 なんだかんだ言って言われる前から薬と包帯を用意していたリュイナがウタゲの応急処置を始めた。

「ケイト、傷口を縛らせて。動かしちゃダメ」

「すまない……」

 傷を見たところ、破片は骨の間近をかすめている。痛がる素振りも見せないけど、動かしていられる怪我じゃない。

 わたしのせいだ。わたしが一緒がいいって言ったから……。

 それでも、わたしはここでケイトに無理をしてもらうことにした。外にはタナトスがひしめいてる。余裕がない。

「わたしが外で近付いてくる奴らを倒すから、ケイトはここでの役割をやりきって」

 わたしに言われずともケイトはまだここで頑張る気だけど、足が止まったいま、この中にとどまっていたら、直ぐに取り付かれて出れなくなってしまう。誰かがそれを防ぐために外で戦わないとだめだ。

「ん。わたしも直ぐに行く。それまでは、頼んだ」

「うん」

「わたしが装填を代わろうか?」

 自分は残ろうかというホバーラの提案を、ケイトは照準器を覗き込みながら首を振って断った。

「ホバーラの足ではわたしたちと一緒に逃げるのは無理だ。ここはいいからリュイナと一緒に行ってくれ」

 運動不足で大して足の早くないホバーラも先に逃げてくれた方がいい。「ここに来て厄介払いされるとは面目ないなぁ」と苦笑いを浮かべるホバーラを一目見て、わたしは耳栓を外して天井のハッチを開けた。

 右も左も、更には後ろにもタナトスがうごめいている。人型の雑魚相手でも囲まれるのは危険だ。もしも背後の敵が大砲を持ち出したときには目も当てられない。

「車体後部に、荷物が……っ」

 ウタゲはそう言って、血を吐きながらむせた。どうにも肺がやられてるいらしい。

「ウタゲ君!? ――急いで止血しないと助からないね。リュイナ、この薬も使うよ」

 わたしたちの荷物の場所を言い残して、ウタゲは気を失った。わたしたちよりもいくらか背が高くて年上らしく見えるけど、ウタゲも子供だ。体力が持つか微妙そう……。

 戦車の後ろに吊るされた荷物からナイフを抜き取って、わたしは近くにいた人型に襲いかかった。簡単な獲物、ただ切って刺してすればいい。料理より簡単。

 ……まあ、銃を持っていない人型に限ればだけど。

「ガゥッ!」

 早速だけど、最初の変わり種はイヌだ。お前たちのせいでキツネは影が薄くなると心の中で適当ないちゃもんを付けて首を折る。それでも死なずに起き上がろうともがくイヌの頭を踏み潰すと血と脳みその混じった瘴気が飛び散った。

 瘴気に当たると、身体から力が抜けるような感覚がした。うっすらとした瘴気が身体を包む度に、温かくて、優しくて、まるでお母さんの腕に抱かれているような気持ちよさと、安らかな居心地がする。いっそ抜け出したくなくなる。

「アトレイシアちゃん、いま出れそう?」

「左に銃を持ったタナトスがいる。右から出て」

 わたしたちキツネ亜人は獣人種の中でも、特に投げ物や離れた場所を攻撃できる武器を好む種族だ。耳がいいから直接目で見なくても、音で探知した場所に正確に攻撃できる。戦車の中にいたときは会話を聞きたいとき以外、耳栓の上から耳をたたんでなるべく音が聞こえないようにしていたけど、聴力はわたしたちの生命線であり最大の武器だ。

「それじゃあ、ウタゲくんとリュイナくんの護衛をさせてもらうよ。こう見えてわたしも白兵戦闘は得意だからね、ちょっとなら信用してくれていいよ」

「ん」

 ホバーラが言うほどあてになるかはわからないけど、わたしたちはタナトスの圧倒的な数と火力に太刀打ちできないから逃げを打っただけで、基本的に視力に頼って戦い、それでいて夜目が利かない相手が、わたしたちキツネ亜人と夜中に戦うのは自殺行為だ。学習能力があるかは知らないけど、そのことを思い知らしてやる。

 手製で紐を取り付けた刺突用ナイフに久しぶりの出番ができた。紐の端に付いた指輪を人差し指にはめて使うこのナイフはわたしのとっておきの隠し玉だ。一応、これまでにこれを抜いて負けたことはない。

「アトレイシアちゃん、気合入ってるね。この荷物片付けたら直ぐに戻ってくるから、それまで死んじゃダメだよ?」

「そのつもりはない」

「あ、でも、もし死んじゃってたとき何処に埋めればいいかな? ケイトちゃんと一緒なら何処でもいい?」

「ん。……いいから、早くいって」

「うん。またね」

 ウタゲを赤ん坊のように背中に括り付けて、リュイナはホバーラとともに駆け去った。

 リュイナは早々に自分のペースについていけなくなったホバーラの手を引っ張っていたけど、ホバーラが転ばないかな、ちょっと心配。

「「グゥゥゥゥ……」」

 ……人の心配をしてる場合じゃないや。

――全国のチャーチルファン及び英国面の属されている方々並びに関連諸氏の皆様へ――

作品に登場中のチャーチルは魔改造品です。無線機の位置が書いていたそのときの気分で変更されています。その他実際の車両と異なる点が多いことに関しては、作者の紅茶が切れたため致し方無しとご理解ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ