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「じゃあ、わたしはこれで」
これで借りは返したし、わたしの仕事は終わりでいいだろう。あとはどうなっても知らない。
「はぁ!? おいおい、危なっかしいから傍にいてくれよほら」
肩に手を掛けて引き止められたと思ったら、ぐるりと身体を反転させられて背中を押された。やり方がちょっと手荒じゃない?
「ちょっと、触らないで」
このおじさん、手が汗でベトベトして気持ち悪い。本当に触らないでほしい。もっというなら近付かないでほしい。
「大人しくしなって、取って食おうってんじゃないんだから。――サプレス、ヒューベック、ちょっと手伝え。うろつかれちゃ困る」
「はいはい。ほら、こっちにおいで」
願いは思うだけでは叶わず、抱き上げられて箱の中に担ぎ込まれてしまった。
箱の中は狭くて暗くて、ニンゲンがいなければそれなりに快適そう。向こうの大きいのほどじゃないからいらないけど。
「……ここがこのまま棺桶になって地獄まで連れてかれるのは嫌だ」
「お前さんみたいな子が地獄に送られるわけあるかよ。――どうだ動くか? 扱えるか?」
「砲塔は動かせます。砲弾もある」
わたしが難民から食糧を盗もうとしてたことは、まあ話すことじゃないか。忙しそうだし、取り敢えずこの場を乗り切ってもらおう。
「照準器も、まあこの距離なら問題なし。閉鎖機は……ああ、大丈夫だ」
「燃料は動かしてみないと。始動ボタンどれだ?」
「そんなの適当に押せるもの押せ。自爆スイッチだったらそのときはそんときだ」
そんなんじゃ困る。わたしはこんなむさ苦しい男たちと仲良く心中なんてしたくない。
箱の中は体付きのいい男たちでぎゅうぎゅう詰め、汗臭い男臭が充満して寿命が縮みそう。せめて誰か出ていけ。ていうかわたしを解放しろ。
「これ、ちょっと人数多過ぎでは?」
「……戦車は詳しくねぇけど、まあ、こんなにいらねぇよな。暑苦しいから3人残してあとは外だ、急げ。アトレイシアもここで大人しくしてろ?」
「え」
出してほしいんだけど。
「やれやれまた転属ですか。――あっ! 敵が、さっきのアイツがもう近くまで迫ってます!」
「アホかよ、誰も外で見張ってなかったのか!? 早く砲塔回して、何でもいいから撃て! ――おい、おれも出るぞ。早く出ろ間抜け!」
「おーい、ウッドロット! そっちのデカいのはどうだ。もたもたしてないで砲塔回せ! 狙い付けてブチのめすんだよ!」
男たちが慌ただしく動き回る。わたしには彼らが不思議と楽しそうに見える。一方わたしは気分が悪くなって吐きそう。あんまりだ。
「うわっ、目の前だ!」
「装填終わったぞ。早く撃て」
大砲を操作してた男が小さなフックを指で引くのと同時に、大砲が吠えた。
「ぎゃ」
うるさい。耳によくない。頭くらくらする。おえっ……。
胸から込み上げて来るものがあったけど、胃袋が空っぽのお陰か何も出なかった。
その代わり……ってわけじゃないけど、大砲からは筒みたいなのが「カラン」と出てきた。何なんだろうこれ。あとで訊いてみようかな。
「あ、触るなよ。熱いぞ」
「ん」
熱いのは嫌だから従おう。比喩表現じゃなく本物の吐き気に襲われてるいま、これ以上嫌な気分になりたくない。
そうだ、撃たれた方はどうなっているんだろう。わたしがこれまで見てきた大砲だと、これくらいの大きさじゃあれだけ大きなゴーレムには目立った効果がないはず。好奇心を晴らすついで、新鮮な空気を吸って気分も晴らそう。頭上にある筒っぽいところから頭を出してみればいいかな。ヘッドたちもあそこから出ていったし。
「もう一発! よし、足を止めたぞ。弾寄越せ、弾。どんどん撃って――って、ちょっと、おいお嬢さん? 危ないから頭出すな馬鹿!」
「……ふーん」
頭を出して覗いてみると、凄い。部分的にだけどゴーレムの体が砕けてる。痛覚があるのか知らないけど膝ついてて痛そう。見ていて楽しいからどっちか知らないけど文字通り足を引っ張るな。
「おい、蹴るなっ!」
「この間抜け、ガキとじゃれ合ってないでさっさと撃て!」
足を引っ張ってた誰かさんはお仲間に怒鳴られて自分の仕事に戻った。よし、邪魔者は去った。ついでにここから脱出しようかな。
あ、そういえばもう一つの方はもっと大きい大砲が乗っかってたな。せっかくだからその威力を見せてもらおう。
「撃てッ!」
思った直後、轟音が聞こえてゴーレムの体が砕け散りながら吹き飛んだ。
振り返ると、そこには長い筒からもくもくと白煙を吐いてる丸っこい頭。周囲に漂っていた霧は発砲したときに飛んでいったようだった。
見た目から期待される通りの凄い威力。あれなら強力なゴーレムも一撃でただの石に戻せる。ただ、うるさすぎて耳がもげるかと思った。
ニンゲンは単体だとあまり強くないから戦うとなれば楽だけど、ニンゲンの戦いはいつもうるさいから苦手だ。奇声を発したり大きな音を出したりといやらしい。でも、この鉄の箱はカッコいい。評価に値するカッコよさ。
下でヘッドも後ろを振り向いて、数秒間呆気にとられて口をあんぐりと開けていた。口笛を吹きながら視線を戻した時にはにこにこだ。
「すげぇなおい、あれを一発かよ。うちの機甲科も採用してくれねぇかな。――って、ちょっとおいアトレイシア! 早く中に戻れ、あぶねぇよ!」
「おじさん」
「なんだ?」
「これ、カッコいいね」
「ああそれに関しちゃ同感だ。わかったから戻りなさいっての命知らずめ、ハッチ無理矢理閉めてやれ。二度と勝手に頭出させんじゃねぇぞ」
そしてわたしは再び『戦車』の中に押し込まれてしまった。つまらない。でも気分はだいぶ晴れたな。いいもの見せてもらった。
「閉めると暗いな。外が見たいならハッチに付いてるペリスコープを使いなよ。覗き込んでみな」
さっき足を引っ張ってた男が微笑ましい光景を見たような顔をして、頭上の機器を使うことを勧めてくれた。気の利いたものがあるものだね。
「これ? ――ん。外が見える。凄い」
言われた通り顔を近付けて中を覗くと、つぶつぶとした水滴の向こうに、外に広がる青々とした木々と白く漂う朝霧がハッキリと見て取れた。
でもこれ、どうして外が見えるんだろう。この筒の内側、向かい側は何処かに消えてる。
「…………?」
「仕組みは気にするな! くそっ、なんだこれ可愛すぎて気が散る! なんでこういうの拾ってきちゃうんだあの素晴らしいおっさんは!? くたばればいいのに!」
「頑張って欲しい。それと、いくつか横に回り込んできてるよ、あっち」
あ、もしかして何かしらの術で空間を捻じ曲げて外の景色を映しているのかな。魔力を感じないから別の術だと思うけど……んー、やっぱりわからない。ひとまずはこれが「ぺりすこーぷ」っていうことだけ頭に入れておこう。戦車に、ぺりすこーぷ、それときかん……銃? 銃はわかるけど「きかん」って言葉も知らないな。語学には自信があるのに。
その点『戦車』は実にわかりやすい。車ってあれでしょ、馬とか牛とか、地竜が引っ張ってるやつ。ってことはこれ、ただの箱じゃなくて動くんだ。
「よし、デカイのは後ろに任せて雑魚刈りだ。榴弾使うぞ」
「わかった。――あ、いや……それらしい弾がない。全部同じ弾だ」
「ええ? くそ、ここに来て用意がないのか。じゃあ機銃でなぎ払うか」
輝く線がタナトスの群れに降り注ぎ、宣言通りなぎ倒してみせた。死にかけでとどまった何匹かがもぞもぞしているけど、あれは当たってもしばらく痛そうだ。
「次はどっちだ?」
「大丈夫、敵は逃げ出した」
「エンジン回せ! いまの内にずらかるぞ!」
外からヘッドの声が聞こえてくる。言ってることがよくわからないからわたしはスルーすることにした。えんじんってなに。
「え、戦車ってどうやって動かすんだ? エンジンの掛け方もわからないままだぞ?」
「お前はそこに座っていままで何やってたんだよ。スイッチとか付いてるんじゃないのか? それとクラッチとかちゃんと踏んだか? キー回すだけじゃ始動しないだろ」
「クラッチ? お前戦車がわかるのか?」
「さあ? おれは憶えてないが頭は憶えているのかもな。取り敢えず替われ、おれが試す」
「おれは憶えていないが頭は憶えている」とはどういうことだろう? さっきも自分たちのことは自分たちでもわからないと言っていたし、このニンゲンたちは記憶でも失っているのかな。
それならそれで一体どうして……もしやとは思っていたけど、このニンゲンたちも飛ばされてきたのかな。そのときのショックで記憶に障害が出てるとか、なくはなさそう。
……いや、見たことのない武装に、外の世界の物の知識まで持ち合わせているし、この世界のニンゲンならイーラ教会の施しである言語翻訳の術を知らないなんてことはない。いまやニンゲンは誰も彼も教会の信者で、話せば伝わるは一般常識だ。その上ゴーレムの製造がどうこうと聞いたことのないこと言ってたし、間違いない。この男たちは外の世界からここに飛ばされてきたんだ。
わたしが内心でそう確信を得ている内に、彼らの話はまとまった。席に座ってただけの人はクビ。
「さてと、替わったのはいいけど運転技術はどうだかわからないぞ。普通の自動車ならいけるが」
「じゃあ言っとくけど、おれは記憶では自動車も二輪も持ってないぞ」
「だったら何故真っ先にここに座った?」
「おい! 早くしやがれ!」
天井に空いた穴から、ヘッドが頭を覗かせて急かした。自分でやってみてできるのかな。
「せっかちなおっさんだな。……大体わかった。いま出しますから落ちないでくださいよ」
一瞬の後、突然世界がブルブルガタガタと揺れ始めた。てっきりまたゴーレムでも生えてきたかと内心で驚いちゃったけど、どうやらこの戦車が動き始めたらしい。
……あ、流れに乗せられてわたしまで乗ったままだ。このニンゲンたちに興味はあるけど、べつに行動をともにしようという気はない。ここで降りて別れるとしよう。
「お? どうした……って、おいおい何処に行く気だよ?」
「助けてくれて感謝する。これで借りは返したよね? わたしはそろそろいく」
「なんだって? ちょい待ち」
ヘッドが離れようとするわたしの手を掴んだ。せめて一度汗を拭ってほしい。
「おれたちと一緒に来ないのか?」
「……あの場を助けてもらっただけで、いつまでも行動をともにするなんて言っていないはず」
「そんなこと言うなって。これも何かの縁だと思ってさ、ついて来なよ」
「しつこい。わたしはお前たちを信用していない」
「それがなんだい、お前さんも行くあてなんてないんだろう? おれたちもそうだけど、少なくとも人様の物盗んで生きる必要はなくしてやるからいいじゃねぇの。な?」
どうやらわたしがあそこに盗みに入ったことは察しているらしい。意外と頭は回るみたいだ。
「頼むぜお嬢さん、こっちは土地勘もないんだ、お前さんがいなきゃ野垂れ死んじまう。将来的にはお礼も用意するよ、絶対損はさせねぇから一緒に来なって、な?」
本気で気持ち悪いから離してほしい。正直においが気になる。
「離して」
「よくわかんねぇけどよ、離したらいけねぇ気がすんだよ」
「いいから」
「よくねえ」
いやに頑なだな。タナトスがいつ戻って来るか、どれだけの大群で来るのかわからない以上、このまま押し問答を続ける暇はないのに。
そうなってもわたしは逃げ切れるからいいけど、この人たちはどうだか。見知った以上、あとでタナトスになって現れたら後味が悪い。困ったな……。