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「――そろそろですね。ああ、こんなときになって空が曇ってしまいました。もとより視界も悪いですし、これでは光の国の戦士が目の前に突っ立っていてもわかりません。――ホバーラさん! 進路大丈夫ですか!? もしもーし!」
そんなに大声出さなくても前まで聞こえるだろうけど、なんだか楽しんでるみたいだし、まあいいや。でも光の国の戦士ってだれ。何者?
「はい、もしもし、車内通話機も問題ないようで大満足だ。よく聞こえるよ。それと何も見えてないのはウタゲ君だけだよ。わたしたちはみんな夜目が効くからね」
「羨ましい限りです。どれだけ夜遅くまで暗い実験室に引き篭もろうが、わたしは真の夜行性を手にすることはできなかったようですね」
「みたいだね。――おっと、せっかくだからついでに伝えておくと右前方に何かいるよ。車両のようだけど……動いているから、こっちに飛んできた放置車両ではなさそうだ」
「やはり早いですね。彼らも前進を始めたのでしょう。予想通りです。――アトレイシアさん、榴弾装填、それと次弾も同じ弾を用意してください」
ここでとうとう敵と遭遇したらしい。わたしは言われた通り次の砲弾を用意して構えた。
「えー、何処ですか? まったく見えません」
「距離は……メートル法だと150くらい。数は……3かな? 彼らは黒いからわたしからしてもわかりづらいね。もっと多いかも知れないよ」
「わたしからも見える。こちらに勘付いてるようだが、姿は見えていないみたいだ……。先に撃っていいか?」
「お願いします。ホバーラさん、停車を」
戦車が前進を停止させて、ケイトが砲塔を動かした。生まれて初めてやることだけに、動作が若干ぎこちない。
「ん……? これで、いいのか?」
ケイトが引き金を引いて、戦闘が始まった。
何かに火がついたのか、発砲してからもペリスコープから漏れてくる光が消えない。
「ん。明るくなったな。眩しい……」
発砲のときの音は耳栓越しでもそれなりにうるさいし、強烈な閃光は目を眩ませる。ケイトは耳をぺたんと畳みながら目を細め、眉間にシワを寄せた。わたしはそんなケイトと外が気になって、気を取られた拍子に次の砲弾を一息に押し込み損ねた。レバー、レバー……。
「やりますね、凄いですケイトさん! 残りもその調子でお願いします! それと熱膨張を忘れずに。着弾がブレますよ」
「ん。了解した」
ケイトはわたしが装填を終える頃には次の車両への照準を終えて、反撃を受けるより早く次弾を発射した。流石ケイト、順応が早い。
「次は、向こうの方が早いぞ」
「そうですか。ホバーラさん、2メートル前進して停車してください」
「装填完了」
その後、相手の反撃がこちらに命中した感じはなかった。外してくれたらしい。
「ん。大したことなかったな」
再び停車してから2秒ほどで発砲し、そのまた2秒後には前進を再開した。
「すごいすごい! ケイトちゃん凄いよ、あっという間にみんな倒しちゃった!」
「これぞ鎧袖一触ですね! 実射練習もなしにこれだけ命中させるなんて素晴らしい腕前です!」
ウタゲはケイトに抱き付いて、頭を撫で回して満足気に笑った。なかなかダイナミックなスキンシップにリュイナがうえっ……ってなってるけど、ヤンコフスキの抱擁に比べたら優しいもの。
「ん。マニュアルに書かれていた通り、狙ったところには飛んでくれないものだな。一発も狙い通りに当たらなかった。それと光が、眩しい……」
「あ、すみません。照準器に付ける減光レンズを作ったのですが忘れていました。いま付けますね。それとアトレイシアさんにはグローブを付けてもらって、敵がいないときにでも、そこの箱から空薬莢を外に投げ捨ててください」
「ん」
ケイト本人は活躍に喜ぶ様子もなく、むしろ納得がいかないと、再び照準器を覗き込んでペダルとハンドルをいじり始めた。真面目で職人気質で、こだわりだすと切りがないケイトに、また変なスイッチが入ったみたい。
まあ、これについては割といつものことではあるけど、そのまま何かに向けて発砲までし始めたケイトには流石のわたしも面食らった。
「うふぃゃ!? どうしたんですか? そんなに気に入らなかったんですか!?」
「敵がいる。――アトレイシア、榴弾を頼む」
「ん」
「ケイトちゃん、大きいのは無理だけど人型のは倒せるから、前はわたしに任せて」
「ん。頼む」
不安気だったリュイナもケイトの活躍に触発されたのか、自分から攻撃に参加し始めた。
ウタゲが照準器に細工を施すと視界のくらみが改善されたらしく、ケイトはすぼめていた目を開いて、今度は満足気な表情を覗かせた。
「……ここまでされると車長のわたしの存在価値が薄れているように感じますね」
「わたしに指示を出してくれれば、それでいいんじゃないかな?」
「まあ、いまの間くらいはいいでしょう。――外の方はちゃんとついてきてますか? はい。ええ、お願いします。無理はなさらないでくださいね」
ウタゲはさっきから変な棒を顔に当てて何をしているんだろう? とうとう独り言まで言い始めたけど、ニンゲンの活動限界なのかな。
とにかくわたしもわたしの仕事をちゃんとしようと、邪魔になる空薬莢を捨てるためにハッチを開けると、「――マーナ、ハンナと一緒に――」と指示を飛ばすスズリカの声が聞こえた。出処からして戦車の真後ろに張り付いているらしい。
「スズリカ、たまにこれ捨てるけど、熱いから、触らないように気を付けて」
「わかった。――ああ、それと、さっきの一撃は素晴らしかったぞ。耳にこびり付きそうだ」
「ん。ケイトに伝えとく」
「お前もしっかり頼むぞ。お前が思う存分暴れてくれたら、わたしは物凄く助かるんだ! ――おっ、撃ってきたな。みんな頭を下げろ。アトレイシアたちが盾になってくれる」
「「ひえ~っ!」」
頭を出してみると、後ろに続くみんなの向こうで小さな戦車が炎を上げているのが見えた。すでに砲塔が吹き飛んでいたそれは、それでもまだ爆発を繰り返しながら派手に周囲を照らしている。
この戦車もやられるときはあんな感じなのかな。中にいたら助かりようがないどころか何も残らないじゃないか。
外は見づらいし、音もあんまり聞こえない。それでよくわからないまま、やられるときは一瞬だ。自分が死んだことにも気付かずに跡形もなく消えてしまう。気付いてみれば確かに嫌だ。そんなものに乗るのは。
わたしなんかどうか敵の弾が当たりませんように、貫かれませんようにと願うしかない。撃たれる前に撃たなきゃ、殺られる前に殺らなきゃダメだと思っても、わたしの仕事は砲弾を押し込むばかりで、他はみんなに頼らないといけない。なんて歯がゆいんだろう。
「あっ! ホバーラさん停車! 左手前方、10時方向に対戦車砲、距離350メートルで此方に発砲! ケイトさん、反撃を!」
350メートルだと……わたしたちの方では、よ……450ゼールくらい? 自信がない。計算は苦手。かといって説明書を取り出す暇はない。
言ってる最中に敵の砲弾の着弾が、車内に「ガキィンッ」とうるさく響いた。貫通はしていないけど耳がダメになりそうで、これはこれで怖い。耳栓があってよかった。
先に撃たれた。もし、もっと強力な攻撃を受けてたら……やめよう。考えちゃダメだ。信じるしかないんだ。
「了解。攻撃する」
ケイトは騒音に不快そうにしながら、落ち着きを失うことなく役割をこなしている。
「チッ、外れた。もう少し上だったのか……?」
「いやいや、ちゃんと撃破してますから、ナチュラルな口調のまま舌打ちしないでください」
「ん。すまない」
ああ、ケイトがカッコいい。これはみんなが憧れるのも無理はない。
ケイトの落ち着き払った声が不安に駆られたわたしを押しとどめてくれた。そうだ、この戦車はさっきの、あんな弱そうな戦車とは違う。逃げたいのはタナトスの方だ。
「ケイトさんに砲手をしてもらったのは大正解でしたね。アトレイシアさんとの息もぴったりです。普通ならこうは上手くいきません。お二人とも、カッコいいですよ」
そうだろう、そうだろう。ケイトは誰よりも可愛く、そしてカッコいい。究極の存在だ。
そんなケイトの際立った、非の打ち所のない仕事ぶりもあって、わたしたちは順調に前進を続けることができた。……流石に、いつまでも順調ともいかなかったけど。




