27
「これは……」
「これがわたしたちの秘密の最終兵器、チャーチル・H&Iスペシャル歩兵戦車です!」
わたしの予想した通り、ウタゲとホバーラが即興で作り上げた秘密兵器の正体は戦車だった。
特徴としては全体的に平面的で平べったく、前後に長くて、特に履帯が前方に突き出しているのと、砲塔の側面の上部が光沢のある白色に塗られているのが目を引く。そして何より大きい。
それと、砲塔から上に伸びる触角の先にも白い旗が垂れている。要らぬ心配だけど、よっぽど見失うことはないかな。こんなに大きなものが山の中をちゃんと進めるのか、そっちの方が心配。大丈夫かな。
「大層な物だな。これを作ったのか?」
「修理したのさ。ウタゲ君のアドバイスをもとにアレンジを加えた特注品だよ」
「誰が動かすんだ?」
「もちろん製作者たるわたしが乗るよ。操縦ならできるからね。ウタゲ君が砲手と車長を兼任して、装填手はアトレイシアにお願いしよう」
「……ん。わかった」
早速お呼びが掛かったけど、みんなの、ケイトのためを思えば断る理由なんてない。貴重な戦力であるこの戦車は、少しでも経験のある人が扱うのが一番。張り切らないとね。
ただ、戦車の中にいるのは外にいるより安全だろうから、みんなに申し訳ない気もする。それに戦場で自分だけより安全な場所にいて、もしもケイトが撃たれて死んでしまいでもしたら、その先、生きていくだけの気力はわたしには残らないだろう。
「リュイナも戦車に乗った経験があるから乗ってもらおうかな。無線機の使い方をわたしがレクチャーするから、ヤンコフスキ君のところの戦車との通信を試みてほしい。それとアトレイシアもだけど、車内は狭いから大きな荷物は置いていくことだよ。少しなら後ろに掛けておくのもいいけどね」
「わ、わたしも? えっと……うん。やれるだけやってみるね」
「…………」
あまり自信がなさそうな様子だったけど、リュイナも乗車を快諾し、わたしより先に、車体の横に取り付けられた丸いハッチの中に消えていった。
「うん? どうしたんだい、アトレイシア?」
わたしは返事だけして、動き出せないでいた。
思ってみると、怖い。これに乗って戦って、そしてもう一度この地を両足で踏んだとき、そこにケイトがいなかったらと思うと怖くて、足が動かない。
機関銃の弾は眩しく輝いて周囲を照らすし、かわせないほど速い上に数が多い。取り囲まれて一斉に撃たれでもしたらひとたまりもない。その点、戦車の中なら安心だ。こんなに大きい戦車なら、きっとどんな攻撃でも弾き返してくれる。みんなには申し訳ないけど、わたしにとってケイトの安全は何事にも優先されること。譲れない。
「……ホバーラ、わたし、ケイトも一緒がいい」
そう伝えると、ホバーラは優しく、愛嬌のいい笑みを見せてくれた。察してくれたらしい。
「いいとも。君たちの以心伝心の連携は、ここぞという時にきっと頼りになるね。――いいだろう? ウタゲ君?」
「ええ、もともと5人乗りの戦車ですしね。砲手をしてもらえると凄く助かります。しかし、戦車に乗るのは外をついて来るより危険かも知れません」
「そうなの?」
「ええ。敵に狙われますから」
「でも、弾き返せるでしょ……?」
「それでも危険です。――ケイトさん、どうしますか? アトレイシアさんと乗りたいなら、わたしとしては助かるので止めませんが」
そう言われたケイトもわたし同様一緒に乗ることはできないと思っていたようで、話に流れに驚きながらも、嬉しそうにしっぽをひと振りした。
「わたしで……いいのか? アトレイシアと一緒なら、わたしも望むところだが、上手く使えるか、自信はないぞ……?」
「いえ、是非お願いします。いくら大天才のわたしと言えど、あれこれやっていると肝心の頭を存分に使えません」
「そうか。……了解した。全力を尽くす。――いこう、アトレイシア」
「ん。ホバーラ、ウタゲ、ありがと」
「頑張ってねー! 頼りにしてるよ!」「後ろは任せてね!」
ケイトから差し出された手を握って歩き始めると、背後から激励の言葉が聞こえてきた。ケイトは本当にみんなから好かれてる。
「アトレイシアさん、里帰りして荷物が増えたかと思いきや全然ですね。これを渡しておきますから、移動中に目を通しておいてください。あと、これライトです。それと耳栓」
少し遅れてウタゲが車内に入ったところで、ウタゲからケイトに一冊の冊子が手渡された。
「マニュアルか?」
「はい。砲はただ撃てば敵を倒せるわけではありませんからね。数に限りのある砲弾で、より効率よく確実に敵を撃破するための基礎知識を図解入りでまとめてみました。いまから主砲の操作を教えますから、戦闘中はその冊子の内容を参考に動かしてみてください」
「ん。やってみる。アトレイシアも聞いておいてくれ。いざというときに交代できる方がいい」
わたしは頷いて、ケイトと一緒に砲の操作のレクチャーを受けた。
……正直、ウタゲの持ってる光の出る道具の方が気になる。魔術が使われてる感覚がしないけど、どういうものなんだろう。いきなり点けられると眩しくて困るな。
「――こんなところですね。地形からして、おそらく敵戦車との戦闘は至近距離での撃ち合いが大半になるでしょうから、狙いたいところを真っ直ぐ狙って撃ってもらって構いません。それにいざとなったらわたしが交代して撃ちますから、気軽に構えてくれて結構ですよ。――さて、リュイナさんの無線機のレクチャーも終わりましたし行くとしましょう。さあホバーラさん、お願いします!」
「よーし、わかった! ふふっ、作るだけじゃなく扱うことに関しても一流だってところを見せてあげるよ! 愉快な夜の始まりだ!」
エンジンは話を聞いている内に掛かっていて、一度戦車がガクッと揺れて、前に進み始めたのがわかった。
耳栓をもらったけど、エンジンに術を施してあるのか、意外と音は気にならない。ホバーラのことだから結界で音を閉じ込めているんだろう。「――くせん、お借りします」とウタゲが小さく呟いたのがわずかに聞こえた。
「エンジンは、問題ないですね?」
「絶好調だよ。いまのところはね」
「整備が充分とは言えませんから、あまり吹かし過ぎないでくださいね。――レンカさん、スズリカさん! むやみに交戦せず、怪我人を連れてこの戦車の後ろに、なるべく姿勢を低くしてついてきてください! 取り付こうとする敵だけを、目立たないように片付けていただければ結構です!」
「承知した」「任せろ」
全員は無理だろうけど、なるべく外の人たちをこの戦車の巨体の影に隠して、敵の囲いを突破するつもりらしい。たぶん、元気で、戦いに慣れがある人たちが少し離れたところを進んでくるはずだ。
それからしばらく、わたしはケイトがウタゲから受け取った冊子を読むのを隣から見ながら、稀に出てくるケイトからの質問にわかる範囲で答えた。冊子はいかにも走り書きだったけど、わかりやすく簡単にまとまっていたから補足も簡単だ。
ただ距離、長さで見知らぬ単位を使用しているから計算が面倒くさそう。早く慣れないとこの先不便だろうな……。
その間、戦車はのろのろと進み続けて、外を覗くと脇を進む獣人がこっちを指差して何か言っているのが見えた。うるさいと文句を言ってるか、のろまと馬鹿にしてるかどっちかだ。タナトスがまだ近くにいないから外は結構呑気。
「いい感じですね。修理のためにところどころ手を加えましたがまったく問題ありません。不整地での機動力に優れるチャーチルが手に入ったのは本当にラッキーです。急斜面だって楽勝です。わたしたちの頭脳は化学だけでなく、広く技術設計においても天才的ですね」
これに関してはもとからの戦車の性能が優れているだけな気もするけど、あまりに豪快な走りにウタゲが悦に浸るのも無理はない。こんなに大きなものが山の中で動き回れるのかと不安だったけど、戦車は地形も障害物も物ともせずに進み続けている。木々をバキバキと踏み倒しながら進んでいるのを照準器越しに外を見ながら、ケイトも小さく感嘆を漏らした。
「ケイト、凄いねこれ」
「ん。木が可哀想だ」
確かに。これじゃ鳥たちも住処を踏み潰されてたまったものじゃない。雛とか卵とかまで踏み潰したりしてないかな。寝ている子たちもごめんね。でも、寝てると死ぬからついでに逃げてね。




