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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「――もぐもぐ。みんな、出ていっちゃうんだね」

「……わたしたちも、最後は出ていく」

 族長たちに晩ごはんの用意が済んだことを伝えてから、わたしも食事を始めた。

「ん。急がないと……もしタナトスに勘付かれて、通路を破壊されでもしたら大変だ。それまでに全員脱出しないと、残りは奴らと戦わないと生きて出られない」

 結局、族長たちが脱出すると聞いて、残っている全員がこの里を捨てることを受け入れてくれた。いまはみんなでロタ山に集まり、自分の番が回ってくるのを、晩ごはんを食べながら待っている。

 これまでのタナトスは、不思議と人が多くの住んでいる地域ばかりを目指して攻撃をしていた。彼らが視覚や嗅覚に頼らず生き物の存在を感じ取る能力を持っているなら、地下にいても勘付かれるだろう。ケイトの言ったことが現実になることも十分にありえる。

「あの瘴気に当たり続けるだけで、身体を乗っ取られるから、瘴気の薄いところを選んで進まないと危ない」

「それにあの光と音、嫌な相手だね。わたしたちが頑張らないと、小さい子たちはやられちゃうよ」

 わたしたち3人を含め、キツネ亜人の何人かは訓練で、大きな音が響く中でもある程度耳を活かせるようになってる。目が潰されてもこれだけで戦えるから、戦闘に参加するならかなり役立つの技能だけど、身に付けるのはなかなか大変。そして、これができない子は火器で武装した敵にめっぽう弱い。他にどれだけ優れた能力を持っていても、代替になる能力でもなければこの戦場は厳しい。

 実際、訓練してるわたしたちですら耳が痛くてしばらく戦いたくないのが正直なところ。余計な音を拾わないように綿をもらって耳に詰め、会話はひそひそ。みんな元気がない。

「ところで、アトレイシアにまとわりついているそれはなんだ?」

「え? キツネだよ?」

「それは見ればわかる」

 リュイナは家族を先に逃して、ただひとりタローを連れて来ている。一目見て「げ」と言いたくなったけど、案の定わたしに擦り寄って鬱陶しい。

「ちょっと、傍目を気にしなさ過ぎじゃないのか? ちゃんと躾ないとダメだ」

「えー、うちは代々放任主義だよ?」

「ペットの躾は、子供の躾とは違う」

「意志が通じ合うならペットじゃなくて家族。いや、いっそペットも家族も一緒だよ! 差別するのは良くないよ、ニンゲンの始まりだよ!」

「……もういい。――おいお前、少しは遠慮したらどうだ? ……ん? ダメだ、いまのお前は男の風上にもおけない。アトレイシアから離れろ。――ん。よしよし」

 リュイナでは話にならないという結論に至って、ケイトがタローに直接文句をつけると、なんとわたしがあれだけ言って聞かなかったタローが身を引いた。

 声を荒げる事無く子供を躾けるなんて流石ケイト、世界一頼りになる。わたしは気付かぬうちにしっぽをゆらゆらと振っていた。

「ケイト、ありがと」

「ん。このくらい、礼を言われるほどのことじゃないさ」

「二人って、本当に付け入るスキがないほどに仲良し――って、ケイトちゃん、取ったら食べなきゃダメ!」

 ケイトが手に取ってしまった小さなカエルを、そっとタローの口に押し込もうとするのを見て、すかさずリュイナはタローの口を塞いた。

「……アトレイシア……」

「ん」

「アトレイシアちゃんの口に入れてもダメッ! 好き嫌いは「めっ」だよ、お姉ちゃん許さないよ!」

 同い年だけど。

 でも、ケイトの方が小さいし、二人は毛色が似ているから、それっぽく見えなくもない。わたしの毛色もあの色がよかった。

「味はいいんだ。見た目がわ――」

「めっ!」

 頑固なケイトも、お姉ちゃん風を吹かして割りとちゃんとしたことを言うようになったリュイナには敵わない。ぷるぷる震えながら指先でつまんだカエルを見つめて、口に運ぼうかどうか葛藤を始めた。しかし選択肢はないから、泣く泣く目を瞑ってカエルを口い放り込むと、今度は噛もうかそのまま飲み込もうかと悩み始めて、リュイナにちゃんとよく噛むように言われて涙目になった。可愛い。

 ここは盆地に山からの湧き水が流れ込んで、豊富な水場を与えてくれてる。そして、その分全体的にじめじめとしたこの里にはカエルが多い。そのせいでよくごはんとして出て来るから、カエルが苦手なケイトにとってみんなとの食事は気の置けない時間。

 食べ物は見た目じゃなくて味、食感を選り好みするもののはず、どうしてこんなにも見た目で嫌がるんだろう。好き嫌いすると大きくなれないのに。

 ……いや、でも、今のままの方がいいかな。ケイトがカッコいいと可愛いを行き来する姿を見るのは至福の時間だ。わたしの大切な時間のために、ケイトは苦手なものを苦手なものとして食べるべき。

 わたしがくだらないような、それでも至極真面目で大切なことに結論を出したそのとき、わたしたち3人は揃って耳をピクリと動かして、しっぽを立たせた。和気藹々としだしていた空間に緊張が走っていく。

「……なんだろう?」

「大変だ! 大変だよ!」

 隠し通路の方から数人のタヌキ亜人、続いてオオカミ亜人が慌てふためきながら飛び出してきて、レンカの面前へと転がり込んだときには彼女たちの来た方から悲鳴が聞き取れた。

「聞き取れないから一斉に口を開かないでもらえないか……? 一体何があった?」

「それが……通路内に瘴気が……」

「あの気持ち悪いもやもやどもが通路の上で爆発を起こして、通路の天井に穴を開けたのです。奴らの周りに漂っている瘴気が通路に流れ込んできています。これ以上通れません!」

 懸念していた通りの事態だ。わたしからしたら、もとより戦う気だったから逃げられなくなろうが問題ない。

「直ぐにでも……いや、もう侵入されているかも知れません。通路を封じないと奴らがここまで来ます。レンカさま、それにウタゲさん、わたしたちもうあなたたちに従いますからどうかご決断を!」

「……わかった。全員が通路を出たら封じてしまうとしよう。ウタゲ殿はヤンコフスキ殿と連絡を取ってもらえますか?」

 どうやら、ウタゲに対する里のみんなからの信頼の度合いは思っていたよりも上がっているらしい。賓客扱い、最早盟友の域。

 ……よかった。わたしたちのニンゲン嫌いを知っていても、ウタゲは物怖じせずに堂々と振る舞ってくれるし、自信家の割に他人を見下した感じもなく、頭脳派でありながら言葉に裏表もない。至極誠実だ。わたしが間に入って執り成す必要もない。

「いいですよ。ですがその前に、ホバーラさんと連絡を取ってもらえますか?」

「ホバーラと? 必要ならわたしが――」

「いや、その必要は、ないよ……」

 声のした方へと視線を向けると、飛び込んできたホバーラが肩で息をしながらウタゲに近付いていくのが見えた。

「ひー、似合わない運動はしない方がいいね。しかしなんとか間に合ったよウタゲ。地図をくれるかな? 作戦会議といこう」

「素晴らしいタイミングです。皆さん、ちょっとそこに集まってください」

 この非常時にこの自称天才とマッドサイエンティストが何を考えているのかわからないけど、みんな素直にその言葉に従って一箇所に集まりだした。

「よーし、時間がないから巻いていこう。まず伝えておきたいことがひとつ、こんなこともあろうかと、わたしはこのウタゲ君の協力の下秘密兵器を完成させたんだよ」

「この忙しい時に姿が見えないと思ったらそんなことをしていたのか」

 早速スズリカが関心したような、呆れたような声を上げた。

「うん、凄く楽しかったよ。それでその秘密兵器がね、ウタゲ君、いまはここにあるんだ。あれの性能ならこういうルートで行けば山を降りられるよ」

 人混みの端にいるわたしたちには何が何やらだけど話は続く。

「それからできるだけあの気味の悪いスモッグの少ない、標高の高い場所を通りたいなら、細かいルート取りはこうだ。つまりヤンコフスキ君との合流地点はこの辺だろうね。早速これで伝えてきてくれるかな? レンカとスズリカもわかったかい?」

「……つまり今度はわたしたちが、この進路で奴らの囲いを突破するというのだな? その、貴様の言う秘密兵器を使って」

「ご明察の通りだよ。みんなを道連れにここでゾンビになるよりましだろう? ああでも、その秘密兵器は進むのを助けはするけど、逃げるのに使うには速度が足りない。そこは個人の自力と天運で乗り切ってもらうことになるよ」

「足が遅いから足手まといになるということは?」

「いくら獣人が素早く頑丈でも、その身一つで切り抜けるのは危ないよ。彼らの攻撃の密度は相当なものだろうからね」

 おそらく秘密兵器というのは戦車か何かなんだろう。前ヘッドたちと見付けた戦車のように、足は遅いけどすこぶる頑丈で、攻撃を受けながらも前に進み続けれるようなものをわたしは想像した。これならホバーラの言っているものに当てはまる。

「こうなってしまったからには、やるしかないだろう。いまなら夜の闇に乗じることもできる。奴らに夜闇が通じるならばの話だが」

「うん? ウタゲは通じると言っていたよ。あんなにくろぐろしたダークな見た目でも、夜間には明かりを焚いて作業をしていたとのことだし、おそらく取り憑かれているもとの体の特性はいくらか残っているらしいね。――あ、その代わり魔術は通用しないよ。あの瘴気は魔力を探知して吸収するんだ。魔術が使える子は間違っても使わないようにね」

「なるほど。それが本当なら、レンカ、我らからすればこれほど好都合なことはないぞ。暗闇はわたしたちの独擅場だ」

「おっとスズリカ、憶えていると思うけど夜陰に紛れたところで発砲されでもしたら目が眩むし、いくらでも不覚を取りようがあるよ。気を付けてね」

「そうだな。それでも真っ昼間に行くよりマシだ。直ぐに行動を開始しよう。皆を貴様のいう秘密兵器とやらのもとに案内してくれ」

 いまここに残っている族長はレンカとスズリカと、名前の思い出せないオオカミ亜人族の族長だけ。彼女も乗ったらしく、話がまとまった。

「よし。――皆聞け。族長の意を伝える」

 集団の中央付近からレンカが宙へと身体を浮かせ、注目を集めた。レンカは妖術で空も飛べるほどの術士だ。結構難しい術で、しっかり訓練しないとできたものじゃない。

「皆聞こえるな? 我らに、新たな旅路を臨むときが来た。もしこの戦いの中で今生の別れを迎えようと、わたしが責任をもってその魂を導き進もう。そして皆でともに、ここを出ようではないか!」

 そう言い終えた途端拍手喝采が起こって、山の中にこだまする。それをわたしは、今日も冷めた目で見つめていた。

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