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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *        *


 稲荷坂唄華とポーランド槍騎兵隊長イェジィ・ヤンコフスキが、スズリカを除く族長の面々と屋敷で顔合わせを終えた30分後、2本目の獣人タクシーが隠れ里の中へと到着した。

「――敵軍主力は多数の戦車、装甲車を保有する極めて強力な機械化戦闘団のようです」

「……はい?」

 里を統べる族長たちはヤンコフスキ隊長率いる槍騎兵たちを歓迎し、更なる敵の接近の報告を受けて直ぐ様新たな防衛戦術会議を招集したが、追加の報告を受けた時点で中断された。

「ゾンビの群れのような、モンスターの集団ばかりではないのですか?」

 それほどの数の兵器がこの世界へ渡っていたとは思えず、タナトスの群集は有象無象の魑魅魍魎の類であろうと推察していたが、そうではないとなれば大問題である。

「ええ。南東の方角から見たことのない、戦車を含む装甲車両群が接近中。数はゆうに100両を超えるものと見られます。平地では話になりません」

「ホントですよ、山でよかった。歩兵部隊はどうですか?」

「散らばっていて全容が掴めませんが、確認されている中で軍隊と呼べるものは極々少数です。ほぼほぼゾンビや怪物の群れですよ」

「……それだけが救いですか? 笑えませんね」

「陣地構築は?」

「旅商人の使用している通路の使用許可をスズリカ族長より頂き、そこを主軸に防衛線を構築中です。この通路上なら戦車の移動にも支障ありません。全体としては、隘地あいちを活用し、敵正面に対し縦深防御を取ることになります」

 里と、これに続く地形は狭隘にして、まさに天羅てんら天隙てんげきであり、これぞ天然の要塞である。これを活用すればにわか造りの備えでも持久は容易に思えた。

「弾薬は? この辺りに何か使える物は落ちていなかったのか?」

「回収できた物は小銃8丁と弾薬、ガソリンの入ったドラム缶4本のみ、報告できるものは以上です」

 部隊長のヤンコフスキに続いて獣人タクシーを利用することとなった槍騎兵のひとり、ヘルツフェルトは青い顔をしながら報告を終えた。どうやら気分が悪いらしい。日頃から馬上の揺れに慣れていても耐えられないほど、獣人タクシーは過酷な乗り物だった。

「ご苦労ヘルツフェルト。――数は勿論、装備の質ですら我々は劣っている。地形を最大限に活用して攻勢を遅延させ、非戦闘員から優先してここを脱出させよう」

「そうですね。車両の燃料は持ちそうですか? できればガソリンを2缶は欲しいです」

「なんとかなると思うが……何に使うんだ?」

「ホバーラという方が復元中の戦車があるんですよ。これが今日中に戦力化できます」

「都合がいいな。ぜひ使おう。――族長の皆さん、我々が命に変えても時間を作ってみせます。住民の避難をお願いします」

 族長たちはヘルツフェルトからの報告内容に関してはちんぷんかんぷんであった。「戦車」も「装甲車」も「機械化戦闘団」も、どれもこれも初めて聞く言葉で、ただ改めて雰囲気がよろしくないと悟った程度にとどまった。

 遅延戦術というものも今ひとつわからないが、時間を稼いでいるうちに逃げてくれと言われていることは理解できたので問題ないだろう。

「しかし、それが皆、岩にしがみついてでもここを離れようとせんのじゃ」

「みんな外の世界が怖いんです。ここで戦って死んだ方がマシだって……」

 大半の獣人が里に戻ってきた時点で説得を試みたが、結果は思わしくなかった。フウカ族長の想像通りキツネ亜人は族長の説得を頑なに拒んだのだ。レンカはスズリカの意向を添えて説得したが、彼女自身にはいくらかの躊躇いがあった。キツネ亜人たちはそれに付け込んで徹底抗戦を訴えたのだ。

「そんなことは認められない。何とかならないのですか?」

 ヤンコフスキは食い下がった。声を張り上げたい思いだったが、小さな獣人たちを上から怒鳴りつけるのは気が引けたし、女性に強く当たるのは彼の行動理念である騎士道精神にはばかられる。眉間にはシワが寄ったが、あまり渋い顔もできない。

「我々は今日出会ったばかりだが、言わせてもらいましょう。貴女方ならご自身の為されるべきことがお分かりのはずだ」

「「…………」」

 ヤンコフスキは詰め寄った発言に出たが、それには沈黙が返され、投げかけた視線は瞳を射止めることなく落とされた。

「何故です? 種族の長としてあの子たちのことを思うなら、無理にでも逃がすべきです」

「……お若い者よ、お主の言うことはよく分かる。儂だってあの子等が可愛いとも。あの子たちまで失ったら、この国にはニンゲンの奴隷と化した獣人たちばかりしか残らぬ。しかしの、だからこそこの里は儂らに残された最後の安息の地、魂の拠り所じゃ。今は亡き両親、兄妹も眠っておる。あとは分かるじゃろう?」

「納得したくありません」

 この槍騎兵隊長は素直な男だった。勇敢で、温和で物静かだが言うことは言う、何処かで見たような人間性を持つこの男に居並ぶ族長たちも好感を覚えたが、だからといって自分ひとりがなんと言おうと、どうとなる状況ではない。

(この人たちはキツネ亜人だけ死なせるのが嫌で、本気で説得にあたっていないし、タヌキ亜人とやらはそれに同調しているだけだ)

 そう気付いてみると、獣人たちのために戦おうとしている自分たちの声が軽視されているようで、部下たちのためにもここで引き下がりたくはない。

「この際言わせてもらいますが、さんざ追い掛け回された挙句馬を降り、このような山奥で死んでしまえば、戦死と言えど不名誉だ。わたしは部下をこのような場所で死なせたくはないし、わたしだって遠慮したい。これは要求だ。里を捨ててくれ」

 部下には誇りある槍騎兵として、タナトスと渡り合う場を設けると約束しているのに、馬を降りて陣地を死守せよなどと下命しようものなら離反も招くであろう。彼はそれを覚悟していたが、気持ちの良いものではない。

「ここは言わば我らの国だ。あの子たちの意志は国の為に戦うことにある。説得するのはもう少し時間が掛かるのだ。時間をくれ」

「ヤンコフスキ隊長、ここは聞き分けてください」

「……君に言われるまでもない。隊に戻るとするよ……」

 唄華にまで説得され、泣く泣く引き下がり、背を向けた彼の口元は真一門に結ばれていた。

「……隊長」

「ヘルツフェルト、すまないがもう一度タクシーに乗ってもらうぞ」

「勘弁です」

 既に彼らの身体は疲労の極致である。草木の生い茂った山間地で、戦車と装甲車を通路まで移動させる作業は過酷な重労働であった。

「――ヘルツフェルト」

「なんでしょう?」

「今度の戦いは君たちの望んだものでなければ、わたしの望んだものでもない。このような事態に巻き込んだのはわたしの怠慢だ。希望するなら、君たちの離脱を許可する」

 内心、これを言うには今更だったろうか、決心を揺るがすやも知れないと危惧したが、望んだ戦いでもないのに部下を巻き込んでいることに負い目を感じて、言わずにはいられなかった。言うと同時に、彼は自分の甘さが嫌になった。

「ここで逃げ出そうものなら、後々後悔するのに違いありません。今後のことは戦闘を生き残ってから決めるつもりです」

「……そうか。無理はするなよ。生きていたら今度こそ、騎兵として暴れさせてやる」

 二人は視線を合わせると、力強く頷きあった。


「……はぁ」「……うむ」「……ふふ」「…………」

 ヤンコフスキの背中を見送った唄華と族長たちは顔を見合わせた。

「あのニンゲン、いやに温かい男だな」

「あの人の人柄の良さはわたしが保証しますよ。まあ、わたしも人間ですけどね」

「べつにニンゲンだから信用しないとか、そういうのじゃないから……わたしは、信じます」

 タヌキ亜人族長、マルティナがそう言うと、他の族長たちも頷きあった。既に全員が唄華と末莉、そしてヤンコフスキたちが自分たち獣人、亜人と共存の道を歩めると人間だという確信を持っている。持ってはいるのだ。

「……それにしても、アトレイシアにはいつもトラブルが付き纏うな」

「そうじゃのぉ、余生を静かに過ごしたいと思っているだけじゃろうに、不憫な娘じゃの」

「ちょ、ちょっと雰囲気怖いけど……でも、いい子なんですけど……またみんなに、なんて言われるか心配です」

「なーに、今回は大丈夫じゃよ。いい風が吹いておる。そうじゃの? チャニよ」

 オオカミ亜人族長のチャニはこくこくと頷いたが、レンカは呆れ顔だ。

「フウカ族長、また根拠の無いことを」

「ほっほっ、それよりも皆じゃよ。儂らの言うことをあそこまで拒むのは初めてじゃ。この里のことを思ってくれる気持ちは嬉しいが、この里の為にあの子たちの命があるわけではない。あの子たちを死なせるわけにはいかんぞ?」

「ああ。その通りだ。もっと上手い手を考えないと――いてっ。な、何をする?」

 フウカは思案に入ったレンカの額を叩いた。わけが分からず目を白黒させるレンカを前に腕組みして仁王立つと「ふっふ」と意味ありげに笑った。

「レンカ、お前さんの悪い癖は頭を使い過ぎることじゃ。人にものを頼むにはもっといい使い方があるんじゃよ? こんなところにいてもどうにもならんわい。儂らも行くとしよう。儂らの都合を押し付けていては、あの若者が可哀想じゃしの」

 その後、その言葉から10分とかからず、里に暮らす全ての獣人が、最終的には里から退去することを承諾した。フウカ族長と最も長い付き合いのある側近たちですら、彼女の土下座は生まれて初めて見る光景であった。

「レンカよ、相手が目下の者であっても、人にものを頼むときは頭を下げるもんじゃよ。お主は礼儀や作法にうるさいくせに、いざという時これじゃから――」

「…………(結構長いな)」

「聞いておるか?」

「はい。見習わせていただきます」

 同じく妖獣人の族長の身になっても、自分はいつまでもこの妖怪に頭が上がらないだろうと自覚させられたレンカだった。

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