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「――そこのニンゲンは、大丈夫か?」
「だい、大丈夫です。問題ありません、問題ありません……」
「よーし、運ぶもん運んだし休憩するか。水浴びしてこようぜ。ニンゲン臭いし」
一仕事終えて、一時解散。みんなぞろぞろと水浴びに向かった。手伝ってくれてありがとう。
「うぅ……くらくらする……」
ヤンコフスキの顔は、これが土気色というものなんだろうか。酷くやつれて見える。それと、やっぱり首が痛そう。むち打ちになってそう。
「あなたがアトレイシアさんたちの言っていたレンカさんですね? 初めまして、わたしは稲荷坂唄華です。そしてこちらの死にかけのおじ……お兄さんは戦闘隊長のヤンコフスキさんです。今はそっとしておいてあげてください」
「如何にも、わたしがレンカだ。北プライト地域の妖獣人種キツネ亜人族の族長をしている。早速用件を聞こう」
到着時のインパクトが大きかったおかげか、レンカは直ぐに事態の緊急性を悟ってウタゲとの会談へと入った。
話がどうなろうとわたしは従うまでだし、わたしはヤンコフスキをもう少し回復させることにしようかな。ケイトもその気のようだし。
「すまない。わたしが始めに、もう少し持ち方を考えるべきだった」
「いや、寿命が縮んだかも知れないが、本当に大丈夫だ。心配は要らない」
「ヤンコフスキ、もうひと頑張り、応援する」
「ああ、ありがとう。君たちがいてくれると疲れが取れるな。――そうだ、頭いいか?」
伸びてきた手に身動きせずにいると、ケイトもわたしも頭を撫で回された。
「「…………?」」
「うん。癒される。君たちはいい子だな」
「そうか……?」
「胃に穴が飽きそうなときに助かる」
ヤンコフスキの「疲れが取れる」とはわたしがケイトと一緒にいるとなんだか落ち着くのと似たようなことなんだろうか。ウタゲとマツリがいつもうるさくて相手をしていると疲れるけど、口数の少ないわたしたちならそれはないとうことかも。
「確かに、ここは馬で来るには厳しいな。君たちはこのような山奥に隠れ住んでいるのか」
「ここなら、わたしたちが住んでいると知られない限りニンゲンたちも来ない」
「わたしにはここまでやってきて君たちを攻撃しようという考えが理解できないな……。――ところで、さっきまでたくさんいた子供たちは何処に行ったんだ? リュイナの姿もないな?」
「リュイナたちなら川に行った。水浴びだ」
「水浴びとはまた動物的な……。あ、わたしはウタゲのところに行くから、その間君たちも行ってきてもいいぞ」
「わたしたちは家に風呂があるから、朝の水浴びはしないな」
そう、わたしたちの家は風呂付き。大のお風呂好きのレンカの影響を受けてスズリカがお風呂文化を推進し、結局ほとんど相手にされなかったけど、ケイトはわたしのためにと自前で家にお風呂を備え付けてくれた。冬場は最高。
ケイトと一緒にお風呂の入っていると、昔は毎日母親と一緒にお風呂に入ったものだと懐かしい気持ちになって、同時に切なくなる。母は優しく、あの頃は平和だった。
わたしが感慨にふけっていると、立ち上がってレンカたちを追おうとするヤンコフスキの服の裾をケイトが掴んだ。
「少し、待ってくれ。あなたはさっきの兵士たちのリーダーなんだな?」
ケイトはヤンコフスキからそっぽを向いて、みんなのいる川の方を見つめながらそう切り出した。
「そうだな。確かに、あの髪の黒い双子の姉妹があれこれ方針を立ててはいるが、部隊の指揮と管理はわたしがする。戦車は専門外だから好き勝手動いてもらっているが」
「今後のことについて訊いておきたいことがあるんだが……いいか?」
「いいとも。なんだい?」
「いまの状況を切り抜けてタナトスを追い払ったら、それから先はどうするつもりなんだ?」
ケイトにそう訊ねられたヤンコフスキは数秒考え込んで、「ん~」と唸った。
「そうだな……こことは友好的な関係を築きたいが、長くここに留まるとは思えないな。実際にウタゲとマツリがその後についてどのような方針にするか不明だが、ある程度休息を済ませたら山を降りるだろう」
「……そうか」
「よし、そうしたらわたしは二度とタナトスやこの世界の人間がここに近付かないように、身を粉にして働くとしよう。最悪装備や補給は拾い物でなんとかなるだろう。まあ、そのくらいしかやれることもないだろうしね」
そのあとヤンコフスキは続けて何か言おうかという素振りも見せたけど、ケイトはそこまで聞いたところで意を決したように、背筋を伸ばしてヤンコフスキと真っ向から向き合った。
「ヤンコフスキ隊長、わたしたちも連れていってくれ。きっと役に立つ」
「……なに?」
「アトレイシアと一緒にいきたいんだ。頼む」
「君たちは……アトレイシアも、この里に帰ってきたかったんだろう? ここも攻撃を受けはしたが、きっと外の方が危険だ。ここはわたしたちが必ず守ってみせる。ここで暮らすんだ」
「ウタゲは里を捨てる覚悟をしろと言っていた。わたしにだってわかる。守って勝つのは不可能だ。この里は終わりだ」
「……しかし、我々はおそらく、戦い続ける必要がある。子供を同行させるのは承諾できない。里を捨てるとなったら護衛はするが、君たちはこの里の仲間たちと一緒にいてくれ」
「わたしもアトレイシアももう10歳、戦うことだって得意だ。舐めないでくれ」
「10歳? いや、それは見えないが……アトレイシア、これはどういうことだ」
静かな口調の中に決意と必死さをにじませて、小さく一歩詰め寄ったケイトから視線を逸し、ヤンコフスキはわたしに尋ねた。年齢に対して言っているのか今のこの状況について言っているのか判別できないから、ここはケイトに加勢しよう。
ちなみに年齢に関してはわたしたちの方がニンゲンよりも成長が早いから、ニンゲンからすれば見た目よりも実年齢は幼くなる。もちろんヤンコフスキはそのことを知らない。
「わたし、あなたたちについていきたい」
「どうしてだ? 君は人間に恨みがあってもタナトスにはないだろう? 敵愾心のない相手と、君まで戦う必要はないさ、わたしたちに任せてくれればいい。ケイト、君だってそうだ」
長身のヤンコフスキは膝をついてケイトと目線を合わせた。この男はわたしたちを思いとどまらせようとしている。外の世界のニンゲンは、何処までもこの世界のそれと違うのか。
「……言ったでしょ? わたしはあなたたちを味方に付けて、自分の願いを叶えたいだけ。ケイトとも話し合った。ケイトもついてきたいなら、わたしにそれを止める権利はない。むしろ、嬉しい」
「どちらかが死ぬかも知れないぞ? みんなと一緒に避難してくれれば、わたしもまだ安心できる」
「死ぬときは一緒。ずっと一緒にいて、一緒に死にたい。それがいつだっていい。だから、一緒にいく。みんなもきっとそう。わたしたちは戦いから逃げない。それがわたしたちだから」
「こんなことになっている以上、この里は長くない。いまこの里に暮らす命を守りたいなら、ともに戦って、直接守ってほしい。わたしたちにはもう、この生きづらい世界を相手に戦うしか残っていないんだ」
ヤンコフスキは酷く困惑して、何処か傷付いたようだった。小さく首を横に振って、それから何か言おうとしてやめたらしく、うつむいて首を振った。
「……大丈夫か?」
「この世界はおかしい。君たちみたいな子供が、どうしてこうも強くて、逞しくて、痛々しくて、悲しいんだ……? やはり、ウタゲとマツリはいつもわたしより一足先にわたしの道を見付けるな。わたしもこの世界を変えてやりたい。間違ってる。「一緒に死にたい」だって? たかが10歳の女の子が命をかけて戦うしかない、こんなクソッタレの世界なんてぶち壊してやる……」
「……泣いて、いるのか?」
そのとき、ヤンコフスキの目尻に溜まった涙が、陽の光を浴びてきらめきながら頬を伝っていった。こらえきれずヤンコフスキの声に嗚咽が混じりだすと、ケイトは両腕を伸ばしてヤンコフスキの頭を優しく包んだ。
「わたしたちのことを思って、涙を流してくれているのか? あなたは変わった、優しいニンゲンなんだな」
「この世界はおかしい。こんなにも君たちは優しくて、温かくて、愛らしいのに、どうして人間たちは差別し、軽蔑して、淘汰しようとするんだ……!」
「んっ」
「それに、タナトスだって? 何が死の神だ。あまりにも多くを失ったというのに、命までも奪い取ろうというのか!」
この世界は異常だと、ヘッドも同じようなことを言っていた。二人が同じ世界から来たのか、そうでないのかはわからないけど、少なくともヘッドとヤンコフスキは価値観が似通っているんだろう。意見が合いそうだ。
しかし、ヤンコフスキに対してはひとつ不満がある。
「……ヤンコフスキ、ケイトが苦しそうだからその手を放して……」
「あっ、すまない」
「はぁ、はぁ……き、気にしなくていい……」
感極まって自分からも抱きしめるにしても体格差と力加減を考えてほしい。ケイトのテンションが凄い下がり方してる。
「よしよし、すまないな。少し気が動転してしまった。なんだこれは、なんて気持ちのいい頭だ。よしよし。ちゃんと手入れしていて偉いぞ」
ころりと表情を入れ替えてケイトの頭を撫で回す、ヤンコフスキの目は愛おしげだ。
……なんだろう、このニンゲン、ケイトに変な感情が芽生えているような……?
「――ふう。とにかく、来るなと言われてもわたしたちはついていくぞ」
「わかった。わたしはもう止めない、一緒に戦おう。――って、こんなところで油売ってる場合じゃなかった。いまからでもウタゲのところに行ってくるから待っていてくれ」
ヤンコフスキはすっくと立ち上がると、ニンゲンとしてはそこそこの速さで会議場目掛けて駆けていった。「チクショウ、いい匂いだった……! わたしは何を考えているんだ……!?」と謎の葛藤をダダ漏れさせていたけど。
ケイトは毎日石鹸を使って体を洗うからか獣人らしい獣臭さはない。それに家でよく虫よけの香を焚いていて、これと愛飲しているお茶の匂いが身体に染み付いている。この絶妙な香りのハーモニーはわたしも大好きだ。
「……吹っ切れたみたいだな。ふふ、これであの人はわたしたち獣人の味方だ」
走り去る背中を見つめるケイトは、何処までも強かだった。可愛さも付け足されて最強に見える。よし、じゃれよう。
「アトレイシア、くすぐったい」
「ふふっ、もふもふ。ヤンコフスキばかりずるい」
この幸せも、これが最後かも知れないんだ。もうちょっとだけ楽しもう。




