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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 その頃、ひとり群れを離れ隠れ里を目指していたスズリカ族長は、急に鼻のむずつきを覚えて足を止めていた。

「ふぁ――ぶえっくしっ!」 

「おいおい、スズリカよ、こんなときに風邪でもひかれたら困るぞ?」

 まるで彼女がそこで立ち止まると予期していたように、妖獣人タヌキ亜人族長のフウカが姿を表したが、神出鬼没なのはいつものことと、スズリカは気にすることなく視線を向けた。

「フウカ族長。いや、心配無用。それより、奴らはどうだ、誰か来れそうか?」

「ダメじゃ。ひとり寄越すようじゃが、数日どころじゃなく時間が掛かるぞ」

「だろうな……すまない。やはり、ひとりは手元に置いておくんだった」

 獣人たちの中には、里の外部で活動している者もいる。中には里に近付く脅威を排除する役目を担っている者も居るが、都合悪くここ数日は全員出払ってしまっていた。

「いや、手元にいたら、シェリナを殺してしまっていたんじゃないかのぉ? それはそれで嫌じゃよ、儂は。あやつも可愛いし」

「あいつらはやけにあいつのことを信奉しているから大丈夫さ」

「姉のことは信奉しておらんのに?」

 フウカが意地悪に笑うと、スズリカは苦笑した。

「わたしの方から嫌っているだけだ。あいつらはあいつらなりに頑張ってるよ」

「スズリカよ、お主は族長としてはぬるすぎるぞ」

「知っているだろう? 族長などやりたくてやってるわけじゃない。せめてわたしの好きなようにやらせてもらう」

「……まあ、今回はお主が族長で良かったかも知れんの。――あ、そうじゃ、もうひとつ知らせがあるぞ。タナトスを追い掛けるようにして、ニンゲンたちの一団が近付いてきておるんじゃ。少し中を覗いてみたが、味方してくれるみたいじゃぞ」

 フウカは妖術を用い、人の意識に潜り込み、読み取り、操作することができた。しかし、操作するまでもなく協力してくれそうなのだ。流石に進む先に獣人たちが隠れ住んでいるとは思っていないようだが、タナトスを攻撃するために隙きを窺っているらしかった。こちらが戦闘を始めれば、好機と見て参入してくれるはずである。

「儂は此奴らを利用して、里を捨てる方に入れる。お主の意見を聞いておくぞ」

 協力を得たとして勝てるとは思っていない。ただ、逃げるといっても里の住人はなかなか言うことを聞かないだろう。

 フウカは、レンカとスズリカがそれぞれ説得に手こずると踏んでいた。特にレンカは飛び抜けて不器用なので、どうにかしてもらいたいところであるが、自分が代わりにキツネ亜人を説得するほどかは決め兼ねた。同じ獣人といっても別種族であり、それぞれがそれぞれの族長に従うのが筋である。レンカが説得できなければ、キツネ亜人は族長ともども里と燃え尽きるのが道理なのだ。そこに自分がでしゃばるのは道理に反することになる。要するにタブーなのだ。

(嫌じゃのぉ、キツネたちが死んでしまうのは。半身不随になるようで、生きていてもしょうがなく思ってしまうわい)

 フウカはタヌキ亜人もキツネ亜人も好きだった。レンカを頑張らせるには親友であるスズリカとの意見の一致が必要である。

 一方スズリカも、里に住む獣人たちを目に入れても痛くないほど溺愛していた。もともと、彼女は未亡人であり、子宝を授かる前に夫には先立たれているので、寂しさを紛らわしたい思いで里に住み始めたのである。我が子のように扱い、愛しているキツネ亜人たちが先立ってしまったら、今度こそ耐えられたものではない。

「ふん、言うまでもない」

「お主のそういうところ好きじゃよ」

 フウカはスズリカの背後に回り彼女のしっぽを撫で下ろすと、腹部に強烈な蹴りを入れられて茂みを突き抜けて消えていった。

「やめろ気持ち悪い!」

「やめろと言う前に手を出すんじゃないわい」

 スズリカは「出したのは足で、手ではない」と言おうかと思ったが、屁理屈を言うのは子供っぽいのでやめた。

(まだ死ぬときではない気がする。敵はわたしが死ぬには足りない相手だ、ここは逃げよう。またわたしだけ生き残ってもつまらん)

 流浪の身に戻るだけなので里を捨てることに抵抗はない。かつて愛する人と見ることのできなかった景色をみんなと見えると思うと、いっそ楽しみであった。


「「わたしたちは、逃げなーい!」」

「わかったから静かにしなさーい!」

「静まれー! 直ちに静まれーっ!」

 大人たちの必死のなだめもあって、みんな落ち着き始めた。スズリカから指導を受けているのもあるけど、そもそも獣人は基本的に戦いが得意な種族で、それを誇りに思っている。他種族を敵にして、逃げ出して弱体を晒そうものなら種族全体の恥だと、引き際をわきまえないことも多い。

 そのせいでほぼほぼ絶滅しかけてるのが獣人っていう生き物なんだけど、其実個々人としてはわりかし臆病だったりする。周りが逃げようって方向に傾けば一気に逃げ腰になってくれるはず。

「とにかく、お姉さま、時間を無駄にはできません。お姉さまはヤンコフスキ隊長と一緒に里へ、わたしは地形調査を進めておきます」

「いいでしょう。頼みましたよ、末莉。わたしはこの戦車を降ります。――ヤンコフスキ隊長、わたしに同伴して里に入ってください。他の方は末莉と一緒に防衛の準備をお願いします」

「承知した」

「あ、あの、だったら……!」

 会話を聞いていて何か思い付いたのか、タヌキ亜人のひとりが手を挙げて割って入った。声からして、ずっと逃げよう逃げようと言っては取り合ってもらえずにいた三つ子の長女だ。

「あなたたち二人だけなら、わたしたちが背負っていった方が早いです! ――みっ、みんなもそう、思わない……?」

 確かにそれは言えている。いまはまだ戦車も身動きできる程度の地形だけど、この先は馬に乗って進むにもニンゲンの足で歩くにも道が険し過ぎる。ていうか道ない。

「に、ニンゲンをおぶって走るのは嫌なんだけど。みんなもそうでしょ……?」

 リティアが嫌そうに後ずさった。リュイナ同様、最早生理的に受け付けられないみたい。わかる。

「わたしもちょっと……」

「ニンゲンのオスなんて触ったらじんましんが出るよ。イヤイヤ」

「…………ッ」

 誰も乗り気を見せないことが納得いかないからって、三つ子の長女がキレる音がした。

「どうして? この人たち里を、わたしたちを助けてくれようとしてるんだよ? いがみ合ってる場合じゃないよ! ほんとわたしたちの話聞いてくれないんだからぁ!」

「あう、ちょっ」

「掴まっててください!」

 その少女はウタゲの返答も待たずにその身体を担ぎ上げてしまった。あの子、いろいろ溜まってたんだろうな。タヌキ亜人って舐められてるしね。

「そうしましょう。あなたたち、今更嫌がることもないでしょう? ケイトとアトレイシアもそう思うわよね? ちょっと手伝ってくれないかしら?」

 良識のあるヘルマーナは賛同して、わたしたちに声を掛けてヤンコフスキを運ぼうとした。

「……そうだな。わたしも賛成だ。あなたも馬から降りてほしい。この先は馬に乗って進むとなると時間がかかり過ぎる」

 ケイトがヤンコフスキのズボンの裾を引っ張りながらそう告げると、ヤンコフスキは困った顔をして馬を降りた。

「わたしもああやって担がれるのか? その、見てわかるだろうが重いぞ? 馬に乗る身としてはギリギリなんだ」

「大丈夫だ。……そうだな、帽子を脱いで前かがみになってくれると、助かる」

「こうか? ――うぉ? おいおいおいおいおい」

 ケイトは言われた通りに前かがみになったヤンコフスキの腰に手を回し、そのまま持ち上げて脇に抱えてしまった。でも身長低すぎて手足はまったく浮いてない。

「んっ……少し、バランスが悪い。アトレイシア、足の方を持ってくれ」

「ん」

 取り敢えず両足首を掴んで持ち上げてみた。普通に重い。上までは無理。せめて肩に担ごう。

「ちょっと、アトレイシアさんの身長で肩に担がれると前に傾きますね。――ヴィリア、コーニャ! あなたたちも見てないで手伝いなさい! 族長側近が率先して動かないのでは示しがつきませんよ!」

「ひぃ! ごめんなさい!」「はぁ、ヘルマーナさんがそう言うなら……」

「いやいや、その身体の何処にそんな力があるんだ? それとこれは結構怖いんだが……」

 ヤンコフスキはスマートだけど、なにせ身長がもの凄く高い。3人だけじゃ文字通り荷が重すぎるし、ヘルマーナが動員した二人の側近が加わっても不安定だな。ウタゲの方も、三つ子たちだけでは若干不安定に見える。

「うう~ん……わ、わたしも手伝おうかな?」

「ベルケが行くなら……仕方がないですね。本音は本気で嫌ですけど。――アレッサ、あなたたちも手を貸してください」

 オオカミ亜人たちの中からベルケが進み出ると、ケーニヒが続いて、頼まれたら断れないとアレッサと、親友のシャルルサ、ついでにアールグニーも来てくれた。この場にいるオオカミ亜人全員だ。

「げっ、嘘だろ? またあのオオカミ亜人が乗り気になったぞ!? スッゲー嫌そうだけど!」

「うーん、しょうがないか。里が失くなるのも嫌だし。何ならヴィリアの姉御も早く手伝えって目で見てるからな……」

「ちょっ、ちょっとあんたたち、手伝う気?」

「リティアも意地張ってないで手伝わない? 里のピンチなんだからさぁ」

 キツネ亜人も最初はみんな乗り気じゃなかったけど、数人が意を決してヤンコフスキを取り囲んで持ち上げるのを手伝ってくれた。

「お姉さま! なんだか面白いことになってて羨ましいです!」

「神輿になった気分ですね」

「わたしは破城槌の丸太の気分だ」

 仰向けの状態で肩に担がれてるウタゲと、うつ伏せで脇に抱えられているヤンコフスキだと、後者の方がいくらか地面に近いし心的につらそう。ついでに、首の支えがないから筋を痛めそうでもある。

「なあ、せめて担ごうぜ……後ろが持ち上がってて頭擦れるぞこれ。腕だってキツイし」

 そんな意見もあって、ヤンコフスキもめでたく神輿スタイルになった。よかったね。

「それじゃ走りますよ。レンカ族長は里の手前にいるはずです」

 このあと、ヤンコフスキの悲鳴が山に響いたのは言うまでもない。ウタゲは楽しそうだったけど。

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