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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *        *


「お、終わっている!」

 スズリカは相当ショックだったのかワナワナと震えてわたしを振り返った。

「おわっ、終わっているぞ! 劣勢だったはずじゃないのか!? どうして!」

 声が裏返ってしっぽが荒ぶってる。落ち着いてほしい。

「そんな顔されても……困る」

 すでに戦闘を終えたその場には、ぽつぽつと大砲の残骸が地面に転がっていた。当然あれが里を攻撃していたのだろうけど、案外少ない。

「おやおや、獣人の皆さんどうなされたのですか? 敵ならとっくに片付けてしまいましたよ? ふふふふっ」

「我らにかかればこの程度物の数ではありません。わたしたちは兵法に関しても天才なのですから! いや嘘です! ふはははっ!」

 待ち受けていた一団から、すすを浴びて薄っすら黒くなったウタゲとマツリが今世紀最大のドヤ顔でこっちに歩いてきた。

「おや、アトレイシアさんだけでなくリュイナさんも来てくれたのですね? それで祝勝会兼歓迎会の食事は誰が用意してくれているのですか?」

「……歓迎までされたいなら自己紹介を済ませて」

「おっと、そうですね。申し遅れました」

 そう言ってサラッと真顔に戻り、並んでスズリカの前に立った。

「一応訊いておきましょう。あなたがここの指揮官ですか?」

「ん!? わたしは、そ、そうだ。わたしが前衛の指揮を任されている、スズリカだ」

 動揺が抜けきれてないのか、スズリカにしては間抜けな返しだ。

「わたしは稲荷坂唄華、こちらは妹の末莉です。覚えておいて損はないですよ」

「な、なんだか、ムカつく自己紹介だな」

「事実を言っているだけです。この天才美少女双生姉妹の名は、今に天下に轟く尊き名となるでしょうからね。かねてより親交あるとすればあなたも我らの名声にあやかってファンクラブくらいできるでしょう! んー、めでたい!」

 それらしいものならスズリカにはもうある。いや、いまのスズリカはちょっとみっともないくらい落ち着きがなくてファンが離れそうではあるけど。

「そのためにわたしたちのサイン色紙買いませんか? 日本円でなくとも結構ですから。持っていればファン層の拡大、運気の向上が見込めて無病息災、家内円満待ったなしですよ」

「いらん。――アトレイシア、何なんだこいつらは? わたしの手には負えん、レンカのところに連絡を取るまでの間お前が相手をしていれてくれ」

「え……」

 わたしに厄介者を押し付けて、それでも指揮者なのか。

 スズリカの相変わらずの様子に側近のヘルマーナがくすりと笑った。笑われてるよ。いいの?

「おや、スズリカ族長、そんな悠長なことを言っている場合ではありません。直ぐにでもあなた方の里にお邪魔させていただきます」

「なんだと? どういうことだ?」

「まだ戦いは続いているということです。道案内をしてください。――ヤンコフスキ隊長、出発です」

「承知した。――エンジン始動。騎兵は乗馬せよ」

「……なんだあれは?」

 みんな初めて見た戦車というものに興味をそそられたらしく、その巨大な車が動き出すさまをまじまじと眺めた。わたしも初めて見たときはこんな感じだったけど、みんな珍しい物に餓えているのかな。

 ……あれ、改めて見ると見たことのない戦車だ。なんだかまた一回りサイズが大きい。

「ふふ、どうですかアトレイシアさん。あなたを待っている間にこんなものを見付けましたよ!」

「わたしたちも知らない謎の戦車、取り敢えずデカイのでH1と命名です!」

「……どうやって里まで運ぶの?」

 デザインはいいとして、サイズと重量感がいただけない。

「戦車は適当なところに配置できればそれで構いません。いっそわたしたちだけでも里長に会えればいいのです」

 なるほど。そういえばもともと戦車まで里に入れなくてもいいと話していた。

「おぉ……。何という威容、なんて騒々しさだ!――アトレイシア、あれはなんだ? どどっ、どうやって動いているんだ?」

 スズリカは目の前の光景を目にしてとうとう本格的に混乱している。いいから一度落ち着いてほしい。しっぽが鬱陶しいし。

「あれは戦車。ニンゲンが中に入って動かしてる」

「ニンゲンがあれに!? しかもあんなのが2つ、いや3つも! 凄いな、なんて恐ろしい連中だ。いかん、めまいがしてきた。あぁぁ……強そうだ、戦ってみたいぃ……」

 駄目だこの族長。

「落ち着いて。あれがあればタナトスと戦える」

「……スズリカ、みんなが不安になるから、そんなに大きな声を出してみっともない姿を晒しちゃダメだぞ。落ち着いてくれ」

「ふぐっ……!」

 プライドの高いスズリカはケイトのその一言で静かになった。何処からか「今日のスズリカさまカッコ悪い」と死体蹴りが入ったときには目に涙が溜まっているのが見えたけど、ここで慰めたらいっそ自決してしまうかも知れない。

「……ゴホン。覚悟はしていたが、あんなものがなくては戦えぬほどタナトスは強いか?」

「タナトスは物にも取り憑くから」

「そうか。確かに、あの面妖なからくり相手では、わたしが磨き上げた武術を持ってしてもどう相手をしたらいいのかさっぱりだ。……殴って壊せたりしないのか?」

「……できると思う?」

「いや、まあ、何発か殴ればなんとかなる……なるか? わたしの技はこういうのにはな……」

 スズリカはタナトスたちの残した残骸を見ながら曖昧にそう呟いたあと、「ケイト、わたしはしばらく残るから、彼らと皆を頼んだ」と言って駆け去ってしまった。

 逃げた。族長なのに。カッコ悪い。

「今度はわたしか……なんでわたしなんだ?」

「ケイトは、頼りになるから」

「……いや、絶対そのとき近くにいたからだ。――ヘルマーナさん、指揮をお願いする」

 耳を垂らして納得いかないという顔をしているけど、ケイトから出ている安心感は凄いから仕方ない。正直いつか族長の座もありえるだろうと思う。

「ええ。任せられたわ。……ごめんなさいね。あの人、アトレイシアさんが帰ってきたから嬉しくて、あなたたちをいじりたいみたいなの」

 結局はスズリカの側近のひとり、ヘルマーナが指揮を引き継いだ。経験豊富で頼れる人。

「おや、アトレイシアさん、その人は? なんだか仲がよさそうですね?」

 声がした方を見上げると、双子が戦車の上から仲良く二人で頭を出して、ケイトを見下ろしていた。

「わたしの友だち」

「ケイトだ。……その乗り物に比べればわたしの力なんて微々たるものだろうが、戦うことは得意だ。頼りにしてくれていい」

「わ、なんだか見た目の可愛さの割に落ち着いてて頼りがいがあって、カッコいいですね」

「お姉さま、わたしも同感です。アトレイシアさんのクールにキュート増しましです。他の皆さんももう眼福々々ですよ、ちょっとこっち来ませんか? 撫でさせてください」

 二人ともケイトの姿にきゃっきゃし始めたけど、ケイトは真顔のまま首を傾げた。マツリの発言はみんなから完全にスルーされた。

「……それは、社交辞令として受け取ればいいのか?」

「まさか、本心ですよ。――アトレイシアさん、しっぽ振ってどうしたんですか?」

「なんでもない」

 流石天才を自称するだけあって人物評も正確だ。ケイトが褒められるのはわたしも嬉しい。

「ふふふ、ついでにまたアトレイシアさんの可愛いとこを見付けたような気がします。リュイナさんとは大違いです」

「まったくです」

「……喧嘩売ってる?」

 リュイナからタナトス顔負けの黒いオーラが。笑顔怖い。リュイナはダークだ。

「いや、滅相もないです。……ダメですね、戦車の中にいても安全な気がしません」

「ふーん。それで、さっき言ってたのは何? 敵はまだいるの?」

「このタナトスたちの攻撃は準備砲撃のつもりだと思いますよ。てんでバラバラの砲をこんなところで大した護衛もなしに運用するなんて理解し難いですが……とにかくここを目指してタナトスの群れが集まってきています。装備は不明ですが早ければ先頭の群れは2時間ほどでここに着くでしょう」

 なんで最近のタナトスはこんなところにまで来るんだろう。いつも通りニンゲンの街を襲いに行けばいいじゃん。迷惑なやつら。

 せっかく里でのんびりケイトと一緒にいられる時間ができたのに。イライラしてきた。

「お姉さま、破壊した砲を見たところ、大半は手前の山か里の向こうにまで飛んでいってますよ。運用がてんでなっていませんね。お笑いです」

「そうですか。完全に素人ですね。しかし、何故このような火砲を集めることができたのか……不可解です。軍事知識に関しては専門外で疎いところではありますが、これほどの装備を紛失したとなれば元の世界でもっと騒ぎになっていてもいいはずです」

 自称天才姉妹は獣人には難しい話を続け、周囲は真面目な話ししてるのだけ察して取り敢えず様子見。二人の人柄に悪い印象はないらしく、一部は「なんか面白そうなやつらが出てきたじゃん」と好意的。二人が面白ニンゲンでよかった。

「そうですね。例えば海上輸送の最中に攻撃を受けて、輸送していた船ごと海に沈没して消えた……のではわたしたちの研究を見直す必要がありますね」

「ええ。この世界がわたしたちの想像を超える事態に陥っていることは気付いていましたが、これほど外界からの流入が多い上に、タナトスたちが外界からこの世界にやって来るリソースを獲得しているのならば……今後彼らと戦うのは厳しいですね」

「でも今回はもうこれきりですよ、お姉さま。近代化された戦闘集団は全体のうちの一握りでしょう。近付いてきているタナトスの数は多いようですが、所詮小さな群れの寄せ集めです」

 途中言っていることがよくわからなかったけど、タナトスというものがこの双子の想像をも凌駕するほどの強敵なのはわかった。でも、いま近付いてきてるタナトスは数だけらしい。

「二人で話されてても困るんだけど……それで? 勝てるの? やってほしいことあるなら言ってよ」

「「そちらの戦力を教えていただければ。話はそれからです」」

「うわ、同時に喋らないで」

 話が長いからリュイナが口を挟むと、まるでひとりで声を出したみたいに息ぴったりの返答がきた。いちいちインパクトが強いなこの姉妹。

「ん。戦力……?」

「能力に個体差がかなりあるが、戦える人数なら50人くらいだ」

 考え込んだわたしの代わりにケイトが答えてくれた。わたしはそもそも里に何人住んでるかも知らないんだけど、結構いるんだね。

「え、もっと多いと予想していたのですが、獣人の個体数ってそこまで酷いんですか?」

「そうだよ。みんなニンゲンに殺されちゃったんだもん」

 リュイナは苦い顔をして「お前たちも死んじゃえばいいんだ」と吐き捨てた。でも、エンジン音に紛れて二人には聞こえはしなかっただろう。波乱を招くような言葉だけど、あの頃のことを思い出すとわたしの胸にも黒いものが渦巻くようで気分が悪くなるから、わたしは何も言わない。

 周りにいるみんなもわたしたちの会話を聞いていて気分を落ち込ませたようだ。

「戦えない子も含めればもう少し増えるが……この国では、里の外で生き残っているのも合わせても、300はいかないと思うぞ」

「まあ、生きていても、ほとんどはニンゲンの奴隷なんだろうけどね」

「生き残りがいるぶん、他の国よりマシだと思うがな……」

 聞いた話だとケイトの母国はもっと非道かったらしい。戦争が広まる前から獣人に対してかなり差別的で、もとより獣人には人としての権利すらなかったとのこと。

「あ、いや、すみません。配慮に欠ける物言いをしてしまいました……」

 あ、凄い。空気を呼んだ。

 双子の片割れが空気を読んで人に謝ったことには、失礼ながら驚かされた。きっと珍しいことだ。

 実のところ、里に引き篭もっているみんなや、里を離れてもほとんど人との交流のなかったリュイナは知らないと思うけど、だんだんと獣人の数は増えてきている。ニンゲンの男はいつだって餓えているし、獣人に遠慮することもない。生まれた子供に仕事を覚えさせて、奴隷として売りさばけばお金になるともベッジが言っていた。

「同じ人間として、こちらの世界の人間の行いは見過ごせません。余計なお世話かも知れませんが、わたしたちの力でこの世界を正しき道へ導いてみせましょう。そのためにもタナトスなどという邪魔者を排除せねば……しかし、現状は戦力不足ですね。50人はちょっと……」

「お姉さま、獣人の皆さんにはこの周囲で使えそうなものを集めてもらいましょう。戦車、大砲、機関銃、なんでもいいです。それに弾薬もあるだけかき集めないと、大群には太刀打ちできません」

「しかし、思っていた以上に人数が少ないです。末莉、これでは勝ちようがないのでは? 手に負えません」

「……ええ。正直、里を捨てる決心をしてもらう必要がありますね……」

 高慢で、頭を動かしている間は特に自信満々でニヤついていた二人だけど、今は目筋を尖らせて、ただ真剣に思考を巡らせているようだ。頼もしい。

 ただ、頼もしいけど受け入れ難いところもある。特に里に住んでるみんなにとって、最後の言葉は大問題だ。

「里を捨てるなんて絶対に嫌だよ!」

「「はい?」」

 二人の会話を耳にして、まずは耳のいいキツネ亜人から声が上がった。

「徹底抗戦!」「徹底抗戦あるのみ!」「徹底抗戦主張します!」

「えぇ……?」

「「てってーこーせん! てってーこーせん!」」

 他の子たちも一緒になって、やっとまとまりを見せたかと思えば大合唱。これぞ獣人。

「誰ですか、この子たちをこんな血の気の多い子に育てたのは!?」

 それは概ねスズリカかな。たぶん。

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