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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「そこのテントの中……」

 まだ余裕がある。いざという時が来るまでは手伝ってあげるとしよう。助けてもらっておいてやすやすと捨て駒にはしない。誰かさんと違って。

「なんて言った? ――うぉあ!? 離せ!」

「わお! こいつ、怖い真似をしやがる!」

「じっとしてて」

 今度はニンゲンじゃなくてゴブリンだ。タナトスはなんでもかんでも取り憑くから、こういう雑魚にしか会わないのはラッキー。まあ、取り込まれるのなんて鈍くさいニンゲンばかりだから大概雑魚だけどね。

 タナトスに侵食された生き物は大抵の動物と同じで、首を切るか心臓でも突いてやれば直ぐに大人しくなる。怪我して動きの鈍いのが多いし、ゴブリン程度怖いものじゃない。首を掻っ捌き、テントの中に蹴り戻してさようなら。

 あ、これまた幸運なことにテントの中にわたしの荷物があったから返してもらおう。手のひらを返すようだけど、やっぱりナイフは愛用品がいい。

「……だから言ったのに。気を付けなきゃだめ」

「いやわからん! だが、助かったよ。さあ急ごう。こんなところには居たくない」

 パーキーと呼ばれた男はゴブリンに掴みかかられてかなり驚いたらしく青い顔をしていたけど、何度か深呼吸して気を取り直すとまた駆け出した。

「ひゅー! やるね嬢ちゃん、さっきはなんで大人しく捕まってやってたんだよ?」

「杭が抜けなかった。お腹空いて力でない」

「ああ、そうかい。そりゃツイてなかったな。安心しな、おれはお前みてぇなガキは趣味じゃねぇ。こっちのロリコン野郎は知らねぇがな」

「自分の娘も食いそうな顔してよく言うよ」

「へっへへ、そうかい? てめぇあとで憶えてろ! クソ垂れる口ごと川に沈めてやる!」

「言葉ひとつくらい水に流してほしいね」

 ……口の減らない男たち。経験上、こういった輩は大抵詐欺師だから気を付けよう。そうでなくともこういうときに上手く立ち回る連中は悪人ばかり、善人ならもう死んでるはず。

「にしても畜生、なんだ、人混みがヒデェな。何処でも構わずテント立てるから、逃げるときになって、困るんだよ!」

 みすぼらしいおじさんはもう息を切らしてゼイゼイ言い始めている。見た目通りの歳なんだろう。

「ヘッド、スタミナ無さ過ぎでは?」

「悪かったなおっさんだよおれは! それよりまだか? そろそろ、抜けてもいい頃の、はずだぞ。チクショウもうダメだ、霧で方角がわかんねぇ」

 立ち込める濃霧で方向がさっぱりわからないまま、人混みに行き当たって進めなくなった。何処かのテントで火事でも起きたのか焦げ臭いにおいが漂ってるし、放ってたらタナトスに呑まれずとも炎に巻かれて死ぬなこいつら。

 周囲で半狂乱になっているニンゲンたちも、そんなに大声出したらますます混乱するし、敵が寄って来るとか思わないのかな。直ぐに人のこと馬鹿にするくせに賢さが足らないやつら。

「……ん」

 立ち往生の末、足を止めたそのとき、両耳が地中を移動している存在を感じ取った。間違いなく、敵は地中にもいる。それも大物だ。

「どうした?」

「足元、気を付けて」

「なっ、何が……うん? 地震か――」

 二人が何事かと視線を落とすと同時に、目の前の土が盛り上がって石のゴーレムが姿を現した。人の背丈の倍はあろうかって立派な個体。

「おいおいなんだこりゃぁ、条約違反だ!」

「石の……巨人? あちこちに出てきたぞ、どうなってるんだここは!?」

「てめぇは知らねぇだろうけどな、こいつは何百年も前に製造禁止になってんだよ。何処の馬鹿だゴーレムなんて作ったのはよぉ……」

 二人は荒事に慣れてるようだけど、地面からゴーレムが生えてくる光景はインパクトが強烈過ぎたのか、呆気にとられて動きが固まってる。

「何してるの? 足を止めてたら潰されちゃうよ」

「あ、ああ、そうだな。あっちに進むぞ。もうすぐテント群は抜けるはずだ、狙われそうな人混みを迂回して進むぞ。この際人命保護なんて言ってられるか? 無理だ」

「流石ヘッド、全面的に賛成できる提案です! こんなとこいられるか!」

 どうやらこのパーキーってニンゲンは混乱して少しハイになっているようだ。できればなるべく冷静でいてほしい。

「このキャンプは、包囲されてんのか? 人が増えて来てる。逃げ道がないまま追い詰められてんだ。ここを出るには、あの肉壁を突破するしかねぇ。行くぞ、腹を括れよ」

 ヘッドの方は疲労困憊しつつもまだ冷静さを保ってる。その通り、キャンプは包囲されて、逃げ道は限られてる。生き延びるには戦うしかない。

 二人は覚悟を決めて人混みに突っ込み、まずは難民の群れを突破した。その先は白刃きらめき血飛沫の舞う修羅場だ。

「クソッタレ! 機関銃があればこんなとろくさい連中イチコロだぜ、なんでナイフしかねぇんだよ」

「無いもの強請りする暇もないですよ!」

 道を塞ぐ雑魚を押し退け、蹴り飛ばしながら遮二無二前進。濃霧に加えて地面を這う黒い瘴気も多くなり、とうとう余裕が失くなってきた。

 しかし、きかんじゅうとはなんだろう? そしてこのおじさんは喋っていないと死んでしまうのだろうか。少し興味が湧いて来る。

「クソッ、こっちには炎かよ……」

 火事にも悩まされ、しばらく行ったり来たりして通れる場所を探し、取り敢えずテントの中を突っ切ってみたり、何度かゴーレムに潰されそうになってみたり。でも、ちゃんと外に近付いてる。

「どっちだ!?」

「あっち」

「あっちだぁ……? 怪しいものだぜ。そう簡単に――って、マジじゃねぇか、やるね。抜けたよ。あとはクズどもと、合流するだけだ。あそこの茂みの辺りじゃなかったか?」

「そのようです。部隊の近くに出れるとはツイてますね、途中死にかけた甲斐があります」

「おれはラッキーマンだからな……」

 二人の言った茂みに近付くと、数人がこっちこっちと手招きしてるのが見えた。見たところニンゲンの男ばかりだったから少し嫌な気持ちになったけど、異種族が紛れていたらそれはそれで驚きだから仕方ない。

「ヘッド、無事のようで何より! 後ろのお嬢ちゃんは騙して誘拐してきたのか、それとももう女ができたのかどっちで?」

「ゼェゼェ……。――こいつか? お前の見合い相手にどうかと思ったが、たったいま、やめることにしたよ」

「そりゃあ残念。名前は?」

「知らねぇ」

「アトレイシア」

「だそうだ」

 一応名乗っておいた。永らくお世話になっている偽名みたいなものだ。すでに第2の本名となっているような名前だけど、名前を教えれば多少は信用が得られる。そしてそれだけ利用しやすくなる。

「アトレイシアか、可愛らしい名前だ」

 男たちのひとりが品定めするような目付きでそんなことを言ってきた。きっとこいつクズだ。

「……そう?」

「そうとも。――おい、聞いたことない言葉なのに何言ってるかわかるぞ。スゲエ」

「だからってもう口説く気かお前?」

 ……なんとなくだけど、ここにいるニンゲンたちはわたしより頭の悪そうな感じがする。

「おいこらクソども、それよりあれを見て何かコメントを頂きたいんだがね。ゾンビみたいな連中がうろついて、馬鹿でかい石の巨人が暴れ回ってんだぞ? ガキと見合いしてる暇なんてねぇってコトくらいわからねぇか?」

「ええ、3人でアイツらをこっちに連れて来たようにも見えるね。おれたちを殺す気か?」

「仕方ねぇだろ死ねってのか!? 応戦するから銃を返しやがれ。それと服も! あーっと、照準角2、射撃用意!」

「照準角2、射撃用意!」

 二人はどうやら、避難民に紛れ込むために上着とナイフ以外の武装を預けていたらしい。盗みが目的ならもっと大人数でいっただろうから、内情の偵察が目的だったのかな。

「戦うの?」

「まさか逃げるよ。だけどまだあのでっかい奴はこっちに来てないからな、こっちに来たすばしっこい連中を片付けてからだ。お前さんこれ持ってろ。――撃てぇ!」

 その一言で彼らの応戦が始まった。銃声が重なってこだまし、敵がばたばたと倒れる様は嫌な記憶を呼び起こす。

 ただ、そんなことより気になることが2つある。ひとつは男たちの使ってる銃。ニンゲンが銃というものを使うのは見たことがあるけど、どうにも記憶の中にあるそれとは違うものらしい。銃って丸い弾を筒の先から入れて、相手に向かって撃ったら最初から準備しなおさなければいけない悠長で使い勝手の悪そうな武器のはず。それをどういう仕組みかバンバン撃ちまくってて、至極うるさい。

 もうひとつは、ヘッドとかいうやつの服。なんでわたしがこんな汗と煙草とお酒のにおいの染み付いた臭いおじさんの服を持たなきゃいけないんだ。

「うわぁ、こっちに真っ直ぐ突っ込んで来るぞ。命知らずな」

「見るからに野蛮で知性のない連中だから、ライフルの威力なんて知らないんだろう。ほんとなんだあれ? 人でも猿でもないのがいるぞ?」

「子供の絵本の中の小鬼みたいだな。人間撃つより気が楽だ」

 わたしの知っている銃だったらおそらくこんなことを言っている暇もなく逃げを打つべきだ。でもあの銃は違う。何発もの弾を次々と撃てるなんて見たことがない。

「あなたたちは一体……」

「ぁん? おれたちのことが知りたいか。よし、知りたいなら教えてやる。正直おじさんたちにもわかんねぇ。――あ、おいおい来るのはえぇじゃんかよアイツ。諸君どうするよ? 白旗上げてみるか?」

「ついていくのでご自由にどうぞ!」

 ゴーレムの巨体が思っていたよりも早く出てきて慌てているようだけど、どうにも危機感のないニンゲンたち。やっぱり頭のおかしい無法者感あるな。

「いやいや、あれはダメそうです。火力が足りない。あれでは大砲でもないと倒せないな」

「そうだな。――アトレイシア君、この辺りでアイツを倒せそうな……大砲なりなんなり使えそうなものを見たことはないかね?」

 ヘッドがわざとらしくまともな口調で声を発した。このおじさん、紳士的な口調で話すとなんだか滑稽な感じがする。見るからにみすぼらしい庶民の顔のせいかな。

「……大砲か、少し待って」

 そういえば最近それらしいものが乗っかったカッコよくて大きな鉄の箱が飛んできてた。このニンゲンたちなら扱いがわかるかも知れないし案内してあげよう。

「使えるか知らないけどそんな感じのものがある。ついてきて」

「お、本当か? よーし、みんな移動するぞ。ガキに続け!」

 ヘッドがそう言うと、部下たちは無駄のない身のこなしで後退を始めた。この世界のニンゲンとは戦いの方の次元が違う。間違いない、彼らもまたこの世界のニンゲンを超越した存在だ。

「こっち。あそこの森の中」

「ヘッド、もっと速く走ってくださいよ!」

 男たちを先導しつつ走ってその場を離れる。流石に本気で走ったらついて来れないだろうから加減してあげるけど、それでも遅れるようならもう知らない。だからヘッド、さっきは助けてくれてありがとう。お前のことたまには思い出すよ。

 記憶と幾分かの勘を頼りに霧の漂う森の中をしばらく走ったところで、場違いな鉄のにおいが鼻腔を突いた。においがすればもう見付けたも同然。直ぐそこだ。

「ん。あれ」

「方向違うじゃないか」

「うるさい。この辺りは来たばかりだから覚えてないの。さっさと走って動かせるか見て」

「ヒィ、ヒィ……危うく、迷子になるところだったじゃねぇか。怖えぇや……」

 気の利く部下に手を引っ張られ、盛大に足を引っ張ってたおじさんが何やら不満げな声を漏らしてる。どうやっても口が減らないらしい。

 ふん、無事に見付けれたんだから感謝だけすればいいんだ――って、あれ? 前に見たそれと見た目が全然違う。どういうわけか前見たのより大砲が小さい。

 ……まあ雰囲気は似てるからいいか。言わないでおこう。

「見てくださいよヘッド、あれ戦車じゃないですか? しかもかなり立派だ」

「ああ、おれたちと一緒にいたやつじゃないみてぇだが、まさかあんなものが不法投棄されてるなんて、なんてトコだよまったく」

 おじさんたちも見た目に満足もしてるな。

「あっ! 凄いぞ、奥にもう1両ある!」

「……あ、あれ。わたしがこの前見付けたの。こっちのは初めて見た」

「さっきこれだって言ってなかったか?」

「うるさい」

 運がいいことに、この前見付けたものの近くに出現してくれてたらしい。やっぱり知らず知らず道に迷った挙句まぐれでたどり着いたわけではないみたいだ。うん、きっとそう。

「どっちも見たことがねぇが確かに戦車だ。動かせるかもさっぱりだが、試さねぇ手はないな」

「敵が追いつく前に確認しましょう」

「ああ。二手に別れよう、お前たちは奥を頼む」

「了解。……あーあ、まさか機甲科に異動するハメになるとは」

 男たちは未だに緊張感なくぶつくさ言いながらせんしゃなるものに駆けていく。よし、もういいかな。わたし充分働いたでしょ。

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