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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「――ん。理解した」

 途中、ところどころつっかえたり、内容が前後したり、おぼつかないわたしの話に耳を傾けながら、ゆっくりと時間を掛けてお茶を飲み続けていたケイトは、それだけ言ってまたカップに口を付けた。落ち着きのあるゆったりとした動作と、時折見せるささやかな仕草がどうにもいじらしい。

「わたし、変かな? ニンゲンを助けようだなんて……でも、わたしは……」

「……そんなことはないさ。ニンゲンだから助けないなんて方がおかしい。シェリナはもっと自信を持っていいと思うぞ」

 話の途中から長らく閉じられていたケイトの目が、まぶたを開いて一瞬だけわたしの瞳と視線を交差させた。

 ケイトはわたしを安心させるようにふっと笑ってまた目を閉じると、耳をぴこぴこと動かしてわたしの言葉を待った。これは話し相手に「どうぞ」と伝える仕草だ。

「そう? ありがとう。ケイトにそう言ってもらえて、嬉しい」

「……それで、里に来るニンゲンたちは、そのあとどうするんだ?」

「それはあの人たちに話し合いで決めてもらう。もしかしたら、食べ物を補充したら直ぐに出ていくことになるかも」

「そうか。そうなるとまたシェリナは外に行ってしまうな……そうか……」

 ケイトが残念そうにするから少し焦った。ケイトにこういう顔をされると困る。

「その、けが人がいるから治療のため――」

「やはり、今度はわたしもついていっていいか?」

「え?」

 再び目を開いた、ケイトの発した言葉は、聞いた直後は理解が追い付かなかったくらい思ってもみない申し出だ。

「わたしもいきたい。2年前は畑に苗を植えたあとだったから諦めたが、いまなら畑の収穫も終わっているから、ついていけるぞ」

 すると2年前のわたしは畑の野菜に負けたのか。あのとき一緒にいくと言われても気がとがめる話だけど、結果的にケイトを思いとどまらせたのは野菜だったとはなんだかショック。いや、たぶんジョークだろうけど。まあ、わたしの意思を汲み取ってくれただけだよね。

「わたしはいいけど……」

「なら決まりだ。おそらく、人手は多い方がいい」

 ケイトは物静かで大人しい性格だけど、伝えたいことは素直に伝える。ときにこれといった前振りもなく「こうしよう」と言って通せる我の強さは羨ましい。

 そう、ケイトの意見は鶴の一声だ。普段から慌てず騒がず、冷静沈着でいざというときも頼りにされるから、ケイトの提案が却下されることなんてまずなかった。きっといまだってそうだろう。

「そうと決まると楽しみだ。しかし、この家もかなり老朽化してきているし、家を空けているうちに倒壊するかもな」

「……それは……どうなの?」

「また戻ってきてここに住むことになったら、そのときは、わたしがまた建てるさ。――さあ、そろそろ朝の用意をしないとな。アトレイシアがいない間ずっと大変だった」

「ん」

 ケイトは味付けや仕込みは上手だけど調理は絶望的に下手だった。わたしは、調理はそれなりにできるけど味付けや仕込みはまったくできない。

 すなわち、わたしたちは二人揃わないと料理もまともにできない。わたしはあまり味を気にしないし生でも平気で食べるからいいとして、調理で失敗して結局すべてダメになるケイトはつらい思いをしてきただろう。そのくせ生のものは食べたがらないのが拍車をかけている。

「正直な話、ひとりで料理して失敗して、それをひとりで食べるのも、ひとりで風呂に入るのも、ひとりで寝るのも、結構寂しかったぞ……」

「ごめん」

「気にしなくていい。仕方がなかったことだ」

 ケイトは立ち上がり歩き出すと食材を選んで持ってくるため、部屋の隅の床に取り付けられた扉を開けた。この家の食べ物は床下に保存してある。

 ケイトが床下に潜ってごそごそと取り出したものはまずお米、そして瓶詰めになった魚、塩と香辛料、各種野菜。

 すでに一般の獣人の家にこれほどの食材はまず置いていない。その日のうちにその辺で調達した食材をそのまま食べるかバラして焼いて食べるかが標準的な獣人の食事で、実際のところ料理らしい料理ができる獣人は少ない。

「カエルは?」

「ん……置いていない……」

「……ケイト、ニンゲンでいう偏食」

「カエルは見栄えが悪すぎるからな」

 ケイトは食べ物の見た目を気にするところがどうにもニンゲンっぽい。選り好みするから身長伸びなかったのかも知れない。

 ……あれ? 瓶に詰めて酢漬けにしていたカエルたちがいたはずだけど、捨てちゃったの?

 確認するためにわたしも床下を覗こうとすると、無言でケイトに止められた。

「手伝うよ……?」

「ここは任せてくれ」

 何故か頑なな意思を感じる。

「わたしの作ってたカエルの瓶詰め、捨てちゃった?」

「あれは……わたしでは手が出なかったから、スズリカとレンカ族長にあげたんだ。もうここにはない……」

「そうなの? じゃあ、水汲んでくる」

 ケイト、何か隠してる。あの下に何かを。でもケイトが話したくないならいい。突然帰ってきたから片付けがてら適当にものを突っ込んだんだとしよう。あそこからなにか変な気配がするのはきっと臭気。

 それから、わたしたちは久しぶりに二人で料理をした。二人で一緒にごはんを食べて、二人でお風呂に入って、二人で眠る。久しぶりに二人で眠るにはベッドが小さかったけど、気にはならなかった。

 それより、お風呂に入ったときに身体に残っている傷跡についてあれこれ訊ねられて、それを適当に誤魔化したことの方が気にかかる。ごめんねケイト。

 首を傾けると、ケイトがわたしのことを見つめている。わたしの腕を掴んで耳をぴこぴこと振っているのが愛くるしい。

「なに?」

「シェリナが戻ってきてくれた。夢みたいだな」

 今度はケイトの方から頬ずりをしてきてくれた。ふかふかの耳が頬に当って気持ちがいい。

「わたしも。でも、目が覚めても隣にいるよ」

「幸せだ。やっぱり、わたしもシェリナと一緒がいい……」

 頭と頭をくっつけてぐりぐりと首を振ると、ケイトも返した。珍しく頬が緩んでいるケイトの嬉しそうな顔が見えて嬉しい。

「ケイト、疲れてるよね? 前よりやつれてる。大丈夫?」

「それはシェリナだって同じだ。ゆっくり休もう……」

 眠気が強まってきたのか、ケイトのささやく声は溶けて消えるようだ。

 わたしもケイトの声を聞いていると気分が落ち着いて、しだいに眠たくなってくる。こうして二人で眠る安らぎも懐かしい。ずっとこうしていたい。ケイトといつまでも……。

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