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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「――おや、アトレイシアじゃん」

「ん? あ、アレッサ。久し振り」

 離れていくリュイナと入れ替わるように、偶然出くわした獣人のひとりが声を掛けてきた。

 この子はオオカミ亜人のアレッサだ。今日も愛用の短槍を片手に散歩かな。

「おおーっ、大きくなったね。10歳になったんだけ? 一人前になったな〜。それで、ケイトのところに行くの? そうでしょ?」

「ん」

「お、ボロッボロの見てくれの割に元気そうだね。――くんくん。……鼻がもげそうなくらいニンゲン臭いよ。血のにおいも酷い。何人倒したの?」

 オオカミ亜人の中では珍しく他人に対してフレンドリーで積極的なアレッサは、眉間にシワを寄せながらもわたしの横に並んで歩き出した。リュイナにも気付かれたけどわたしは相当におうらしい。

「んー。……いっぱい」

「そりゃ凄い。いや、帰ってきてくれてよかったよ。ケイトのやつアトレイシアがいなくなった途端荒れちゃってさ、リティアが怯えてるんだよね。一回殺されかけてたよ」

「え、そうなの?」

 やさぐれたとは言ってたけどそこまで荒れてたなんて、なんて謝ればいいのかな。リティアにもちょっと申し訳ない。

「ケイトはあれで喧嘩が強いからねー。わたしじゃ何処が凄いってのかがわかんないけど、マジになるとほんと負けないんだよね。リティアもかなり強いのに。――あ、シャルルサ! ちょっと話があるんだけど!」

 アレッサは散歩ではなく人探しをしていたらしい。親友のシャルルサの姿を見付けると「ケイトのこと頼んだぞ!」と言い残して走り去っていった。これまた言われるまでもない。

 何から話そうかな。まずは謝った方がいいかな。早く声が聞きたいけど、ちゃんと考えてからにしないとケイトが戸惑っちゃうかも。いきなり帰ってきたから慌てるかな? 考えがまとまんない。

 そうしてどう話したものかと悶々と考え、結論が出ないまま家についてしまった。

 ここを離れてからというもの、ケイトのことを考えると胸が苦しくなって、寂しい気持ちになるから、なるべく考えないようにしてた。ずっと目を逸らして、自分を誤魔化していた。

 でも本当は、ここに帰ってくる日を夢見ていた。それが叶うと思うと、頭の中がいっぱいになって、思考がぐるぐるして、他は何も考えられない。

 扉を開けようとする手が震えてる。帰ってこれた。この家に帰ってこれたことが……やっぱり、嬉しい。

 微かに軋む音を立てながら扉が開いて、わたしは2年半ぶりに自分の家に足を踏み入れた。

「……ただいま」

「ん。お帰り」

 ケイトは椅子に座って編み物をしていた。

 ケイトはわたしがここにいたときに一緒に暮らしていた同い年の女の子で、暗い黄色――実際は赤褐色である――の髪に、黄色の瞳を持つポピュラーな容姿のキツネ亜人だ。わたしがこの里を離れて2年間、ずっとひとりで家を守ってくれていた。わたしと違って里のみんなとの仲も良くて、昔はよくわたしのことを庇ってくれたし、世界一信頼している大切な友だち。

「……ボロボロだな。怪我は大丈夫か?」

 ケイトは首を傾げながら椅子から立ち上がり、わたしに近寄って怪我の状態を診てくれた。

「うん。傷は塞がったし、もう腫れも引いてるよ」

「ニンゲンに、やられたのか……? この服は?」

「うん。この服は借りた」

「それで、ここに?」

 ケイトが心配そうにわたしの顔を見上げた。久し振りに見る親友の姿は、小さくてなんだか可愛い……いや、可愛いのは以前から変わりないか。べつにやさぐれた感じはないけど、わたしが帰ってきたと聞いて治ったのかな。

 ただ、何処かやつれたような、疲れたような顔をしていて、ずっと家に篭っていたのか、肌も記憶より若干白くなっている気がする。

「ううん。気にしてないよ」

「そうか……。――シェリナ、背が伸びたな」

「うん。そうみたい」

 この家の中で、二人でいるときだけ、ケイトはわたしを本名で呼ぶ。ケイトにだけは、この名前で呼ばれてもなんとも思わない。

「2年も経ったからな、ますます綺麗になった」

「ありがと。――確かに……ケイトも背、高くなったね」

「ん。しかし、シェリナに見降ろされるようになってしまった」

 わたしの目の高さだとケイトのおでこの位置に当たる。2年前はわたしの方が若干背が低かったから少し違和感を覚えた。

 感情が抑えきれなくなって、抱きついて頬ずりを始めても、ケイトは落ち着いたままだ。

 ケイトの声は女の子としては低く、ゆったりと落ち着いた口調と合わさって聞いていると心地良い。わたしはそんなケイトの声と口調が好きだ。

「ケイト、ただいま。ただいま……」

「うん。ありがとうシェリナ。ここに戻ってきてくれて、嬉しい……」

 ケイトは泣いている。静かに、わたしの服を濡らしている。わたしも、ケイトの髪を濡らした。

「生きていてくれて、よかった」

「……何処にいても心配かけちゃって、ごめん。わたし、やっぱりケイトと一緒がいいみたい」

「べつにいいんだ。心配させてくれないと寂しいからな……」

 ケイトはいつだってわたしのことを心配してくれる。いつだって優しくしてくれる。いつだって味方してくれる。それが、なんて嬉しいんだろう。

 しばらくしてわたしが顔をあげると、ケイトは一歩離れてわたしのことを見上げた。

「お茶を淹れようか? いいのが手に入ったんだ」

「ん」

 会話が途切れる。ケイトは二人分のお茶を無言で淹れて無言でわたしに渡し、わたしは無言で受け取って「いただきます」とだけ言って飲み始める。二人で隣り合って椅子に座って、しばらくはちびちびとお茶を飲み続けた。

「……美味しい」

「ん。いい出来だな」

 そしてまた会話は途切れた。すでに相も変わらずわたしたちの会話は「ん」が多い。

 ああ、落ち着く。ケイトと一緒にいると落ち着く。やっぱりわたしには、ケイトとこうやって一緒にいるのが何よりの幸せ。

 この里でケイトの優しさに守られて過ごすことに、わたしはいたたまれなくなってここを離れた。他に理由もあるけど、決め手はやっぱりこっちだ。あのとき、ケイトが自分勝手なわたしの頭を撫でて見送ってくれたことを、わたしは生涯忘れない。ケイトは同い年でありながら、ここではわたしの保護者のような存在だ。

「それでシェリナ、今日はどうしたんだ? いきなり戻ってきたから、驚いたな……」

 わたしが満足した頃合いを見計らってケイトからそう切り出してきた。

「……ちょっと、一口じゃ言えない」

「話してほしい。……だめか?」

「……じゃあ、ひとつずつ、順番に話すね」

 そして、わたしはここ数日のことをケイトに話した。現状のヤンコフスキたちのことを伝えたあと、話を掘り下げてヘッドたちのことも話す間、ケイトは黙ってわたしの話を聴き続けた。

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