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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「隊長、苦労は絶えないようですが、退屈はしない生活をおくれそうですよ」

「そうですよ、女の子なんて何考えてるかわからないものです。そんな顔しないで暖かく見守ってあげましょう」

 周囲で会話を聞いている他の兵士たちが笑いながらヤンコフスキに激励の言葉を送った。半分はお前たちのせいだぞと言いたい。

 でも、暖かい。ここはなんだか居心地がいい。ひとりでいたときは何も感じなかったし、ベッジたちといたときも感じなかった感覚がいま、確かに感じられる。

 ヘッドもきっと、ここのみんなと仲良くなれるんだろうな。この中にいれば部下の人たちもわたしたちと仲良く話してくれるかな?

 ヘッドに会いたい。でも、もしダメだったらと思うと気が沈む。

「アトレイジア君、どうかしたのか?」

 ヤンコフスキは目聡く、わたしの気持ちが落ち込んでいることに気付いた。どうにも意図して紳士的に接してくれてる気がする。異性慣れしてないな。

「……なんでもない。けど、名前の後に「君」って付けるのやめて。それと名前間違ってる」

 わたしの名前にそんな濁音は付かない。アトレイシアだ。大して愛着はないけど間違って覚えるのは簡便してほしい。

「おっとしまった。……そうか。いろいろとすまないな、アトレイシア」

「……ヤンコフスキ、わたしは――」

「うん?」

「……なんでもない」

「そうか? まあ、悩みごとがあるならいつでもわたしに言ってくれていい。こちらも助けてもらった身だし、恩も返ししたいね」

「…………」

 わたしは、「あなたたちを助けて、どうしたいんだろう?」と言いかけてやめた。

 わたしは外の世界のニンゲンと仲良くなって、いつかはわたしことを気にかけてくれたヘッドのことを安心させたい。

 あの時わたしに恐怖した兵士たちは、あのままでは長くは生きられないだろうし、時間が経てばわたしのしたことを受け入れてくれる。あとはわたしの日頃の世間体さえ良くしてしまえばいい。そのために、同じように外の世界から飛ばされてきたニンゲンを助けるだけ。ヤンコフスキたちのことも純粋に人を助けたいんじゃなくて、自分の願いを叶えるためにはそれが最善の方法だと判断したから助けたに過ぎない。

 ケイトのところに戻ってずっと一緒にいようと思っていたけど、こうしてヤンコフスキみたいな人たちと出会えたんだから、もう少し頑張ってみよう。これでいいんだ。

「恩返しはいらない。わたしはあなたたちを味方に付けて、自分の願いを叶えたいだけだから」

「……そうか、わかったよ、アトレイシア」

 そう言ったヤンコフスキは優しい目をしていた。わたしの願いが何なのかは聞かないでくれるらしい。まあ、一時の気の迷いとも思える、そんな願いだし、伝えるまでもない。

「それにしても、ここの夜も冷えるな。ウォッカが欲しい。国に帰ってきたみたいだ」

 ヤンコフスキは背後に広がる平原を懐かしむように眺めながらそう言った。

「そう言われると思って、いいものを拾っておきましたよ。どうぞ一杯」

 部下のひとりが謎の文字の書いてあるラベルの貼られた瓶とコップを手渡すと、それを受け取ったヤンコフスキはにやりと笑って瓶の栓を抜いた。

「こんな物まで? ワインじゃないか。すまないな、バルトマン。しかしこれはお高いぞ? 本場フランスの一級品じゃないか」

 コップに注いで匂いを嗅いだあと、ヤンコフスキは中身をひとくち口に含んでから口をもぐもぐと動かした。お酒は飲んだことがなくてよく知らないけど、変な飲み方だ。

「赤が飲めないので、わたしには無用の品です。味はどうですか?」

「初めてだが、味はいいな。美味いよ」

「度数は?」

「足りてない。が、文句は言えないな。みんなにも回してやってくれ」

「はっ」

 ヤンコフスキは部下の気の利いた計らいに満足気だ。どうやら酒好きらしい。

「……憶えているの? 国のこと」

「ああ。いくつか記憶が歯抜けになっているが、大体は憶えている。それがどうかしたのか?」

「この前出会った、外の世界から来たニンゲンたちは、自分たちの住んでいた世界のこと殆ど憶えてなかった。自分の名前も、憶えていたのは数人だけ」

「そこまで記憶に障害が? 自分が何者かもわからず、この世界で生きることになったのか? それではいっそ元の世界に未練はないだろうが、心の支えもないだろう。無情なことだ……」

 ヤンコフスキは、今度は小さな十字架を取り出して、それを両手で握り締めた。

「……祈っているの?」

「主に、彼らへの情けを乞うとするよ」

「この世界にあなたたちの神はいない」

 わたしは神様なんて信じていないけど、世界が違うんだ。いたとしても別人だろう。力のない偶像にすがるようなやつは、この世界じゃ踏み潰されてしまう。味方としてはちょっと心許ない。

「タナトスがいるなら他の神々もおわすはずだと、思うことにする。……不思議だな、タナトスはギリシャ神話の死の神だ。ここでもそのまま通じるなんて、わたしたちより先にギリシャ人が来たのか?」

 ふと気が付いたように、ヤンコフスキは首を捻った。タナトスって外の世界でも通じるんだ。確かに変わった話だけど、奴らが現れるまでわたしはタナトスなんて言葉知らなかったし、そうなのかも。

「あの気味の悪い姿、言えているかも知れないな。死神相手に、また戦争か……」

「「また」?」

「ああ。……わたしの祖国ポーランドは、大きな戦争の終結を機に独立して、それから直ぐに隣の国と戦争をした。それがせっかく終わったのに、生き残ったというのに、わたしたちだけまた戦場に逆戻り。ツイていないな」

 この人たちもか。やっぱりニンゲンって戦争ばかりだ。やることなすこと、みんな大げさで、迷惑なことばかり。

「……戦争は嫌?」

「戦争を喜ぶ者は軍人じゃない。時に戦うことを誇りにしながら、常に平和を求めるのが軍人だ。わたしは、そう思っている。まあ、相手にもよるが」

 なるほど、わたしたち獣人も戦うことは好きだし、戦いに誇りもある。でも戦争なんて無秩序な争いは嫌いだ。似たようなものをなのかな? 相手によっては戦争してやろうっていうのも、理解できなくもない。いまから獣人みんなでニンゲンぶっ殺そうって言われたら喜んでやる。

 ヤンコフスキは何処かケイトと似ている。強くて優しくて、争いを嫌い、それでいて誇り高い戦士。何処と無く抜けているところも似てる。久し振りに気に入ったニンゲンに出会えた。

 ……ヘッド? あれはそうでもない。特別ではあるけどね。

「ん。それと、話は変わるけど……あなたの部下、さっきからなんなの?」

 誰かが後ろから耳をいじったり頭としっぽ撫で回したり意味不明な行動を繰り返している。

「たぶん気持ちいいんだろうな」

「もふもふです。そして感動を覚えるほどに温かい。卑猥な意味でなく抱いて寝たい。不純でないことは神に誓います」

「程々にな」

 止めないのか。

 まだ冬毛は生やしていないから、いうほどもふもふしていないだろうに、もうちょっとしたら本当に抱いたまま寝られるかも知れない。

 冬になったらもう、それこそもふもふ。頭髪と比べればもふもふ感はあまりないけど、手足にも柔らかい毛が生え揃うし、そもそも体温がニンゲンより高いから、キツネ亜人に囲まれていれば冬の寒さなんてへっちゃらだ。

「そうだアトレイシア、今日は疲れたし汗もかいたろう? 向こうに川があるから水浴びでもしたらどうかな? 不審な人間が近付かないように警備はするから」

「本当?」

 水浴びができるならしたい。あまりに汚れた身なりで戻ったら逃げ帰ったように見られそうで嫌だし、それで家に帰りたくはない。ケイトはきれい好きだ。

「お前たちが不審だろうが助平。こんなに寒いのに川になんて入ったら凍えるだけだ。アトレイシアも、騙されちゃダメだぞ」

「……襲われるの?」

「それはないはずだが……いや、そうじゃない」

 何か変なことでも言っただろうか。

「…………? それならリュイナといってくる。リュイナ、川があるらしい、一緒にいこ」

「うん。いいよー。鍋持っていって一緒に洗うね」

「おいおい」

 立ち上がって川へと向かおうとしたわたしたちをヤンコフスキが手で制した。まだ何かあるんだろうか?

「いや君たち、そんなことでいいのか?」

「んー? アトレイシアちゃんは気にしないけど、そこのニンゲンさんたち、妙な真似したら……わかってるよね?」

「ご褒美がもらえる?」

「変な奴ばっかだね」

「冗談だよ。いってらっしゃい」

 外の世界のニンゲンは面白いのが多い。それに里のみんなが興味を持って友好的に接してくれれば、きっと上手くいくだろう。

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