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「――あなたたちの里ですか、タナトスが人間の生息圏、人口密集地を重点的に攻撃するのならそちらの方が安全性は高そうですね」
今日は平原を抜けたところの森の中で野営することになった。秋らしく夜は冷え込み、毛布も何もない現状ではニンゲンは火を焚かないと身体がもたない。日が出ているうちに薪と、できれば少しくらい食料も手に入れたいと早めに移動を終えた。
幸い食料に関してはタローもそこいらでウサギを捕まえてきてくれたから、わたしとリュイナでシチューにした。「無駄に水で薄めたり、こっそりミミズとかイモムシとかすり潰して入れたシチュー食べさせて感謝されるって、奴隷扱ってるみたいで楽しいね!」と、リュイナも楽しそうだった。これには久しぶりに本気でドン引きした。
「しかし、あなたの言う通りならば、人間である我々は歓迎されないはずです。本当に交渉できるのですか? ――もぐもぐ、結構いけますねえ」
シチューは人数分の食器がないから、スプーンを使いまわして鍋から直接食べている。ウサギ肉たっぷりでとっても美味しい。
しかしながら、ニンゲンは成虫だろうが幼虫だろうが虫は食べないのが基本。「あなたいまイモムシ混ぜたシチュー食べてるよ」とは言えないから、シチューのことには触れないでいよう。
「やってみる。ダメだったら近くの町まで案内する。頑張って逃げて」
「いいんじゃないだろうか? もともと行くあてのない身だ。それにこの世界の人類……人間とはどうにも親密になりたくない」
ここまで来る道中、わたしたち亜人とニンゲンたちの関係を説明していると、途中、ヤンコフスキから憤りを感じ始めた。どうにもこの世界のニンゲンのやり方が気に食わないらしい。
一方で布切れを纏っていただけのわたしを案じて自分の上着を貸してくれたり、亡くなった部下の上着をウタゲとマツリに譲るよう指示したりと、気立てのいいところがある。感動的なほどいい人だ。
「言いますねぇ、ヤンコフスキ隊長。お二人には助けていただきましたし、協力できるなら望むところです。行ってみましょう」
こっちは問題なさそうだ。人数も多くないし、里に入っても大人しくしてくれるだろう。まあ、一番の問題はそこに入れてもらえるかだけど。
「それにしても、昼間の奴らは何処を目指しているんだろう。もしかしたら、その里に向かっているんじゃないかな」
「里は術を張り巡らして隔離されてるから、探知できないはず」
まず結界で外界と隔離されていて、魔術などを用いて間接的に場所を特定することはできない。直接山に入れば知らず知らずのうちに道に迷って下山させられる。空からは幻術で遮られて見えないし、山を取り巻く気流は乱れていて、この風に触れた時点で里の妖獣人に探知されてしまう。そしたら直ぐに術で頭の中に入り込まれて、場合によっては思考を操られて、あとは煮るなり焼くなり。
「里には魔術師がいるのか?」
「魔術じゃなくて妖術。魔術は駄目。魔力はタナトスを惹き寄せる」
「ん……うん? 幻想的だな」
「わたしたちの世界で言う奇門遁甲ですかね?」
「そうかも知れない」
きもんなんとかなるものが何かは知らないけど。まあ、物知り姉妹のいうことだから似たようなものだろう。たぶん。
「んー、おそらく、遠くに見えたタナトスの一団は別働隊と言うより本隊で、わたしたちと戦ったのは先遣隊のようなものでしょうね。全滅させたので、状況確認のために足を止めてくれるといいのですが、こればかりは相手が人ではないですからわかりませんね」
「するとやはり、何処かを目指して移動中ということかな?」
「ええ。リュイナさんの話によると平原を北に向かって突っ切った先、ダンという川の西沿いに大きな街があります。わたしたちはそこを目指していたわけですが、先ほどの部隊もそこへ向かう途中でわたしたちに追いついたのでしょう。しかし、いくら近代的な武装を持っていたとしてもあれだけの数では足りないと思います」
「うん。同感だ。何処かにこの国の軍隊も展開しているはず、あの程度の部隊で突出部を占領し続けるのは困難だろうな」
「つまり道中の露払いのための集団だったわけです。街の手前にはいくつか集落があるそうですしね。まあ、彼らの知能がそこまで考えられるものかは不明ではありますが」
「ふむ。そうだな……東に川があるということは、やはりこの国の軍隊が防衛線を構築し、展開していることだろう。奴らはそれ迂回して、街を落とす気かな」
そう思い至ったところで、ヤンコフスキは渋い顔をした。同時に、部下たちは血相を抱えて色めき立っている。
「もしも、敵の活動に気付いていないなら、きっと街はひとたまりもありません。今のうちに誰か派遣しましょう」
勇敢にもそんなことを言い出す人がいたから、ヤンコフスキは頭を抱えた。
「……それでどうやって部隊と合流するんだ? 奴らが本気なら後を追って街を目指したところで間に合わないだろう」
「住民を見捨てるんですか!?」
「戦闘になっていたとしたら、それこそ全員で救援に向かうべきです。怪我人を彼女たちの里に預けて、救援に向かいましょう。――そうだリュイナ、君はその街の場所がわかるんだろう? 案内してくれないか?」
「え、ええ……?」
リュイナは彼らとは里に着いたらそれまでの関係のつもりだったらから、いきなりそんなこと言われても困る。
「落ち着け。確かに誰か派遣して、部隊がそれに合流するのはいいだろう。しかし、迎えには行くが戦闘に参加はしない」
「なんだって? それはないでしょう。あんた、街を見捨てるってのか?」
「「隊長」と言えラニツキ。お前は、この人数で何をする気だ。死にに行こうと行っているようなものだぞ。お前たちも、軽率な発言は控えろ。奴らと戦うということがどれほど重大な意味を持つかわかっているのか」
「わかっています!」
「わかっているものかッ!」
このまま手が付けられなくなると厄介だと思ったのか、ヤンコフスキは温厚そうな割に早いところ怒鳴った。部下たちをぎろりと睨むその迫力に、わたしのしっぽの毛も逆立ってぴりぴりする。大人しい人は怒ると怖い。
「お前たちは縁もゆかりもない街の住民のために死のうとしている。その気概はわたしも認めるさ。勇敢だと尊敬もする。誇らしい限りだがそれは間違いだ。いま危機に瀕しているのはただひとつの街ではない。この国だけでもとどまらない。ひとつの世界の存亡の危機の、その最前線にわたしたちはいるんだ。いま、部隊の全滅を招く発言は容認しない」
「それで、いつ戦うというのですか?」
「焦るな。死なずにいれば、必ず君たちと一緒に奴らを踏み潰してやる」
ヤンコフスキだって部下を殺されて、悔しいのは一緒だ。はっとしてそれを思い出した部下たちは口を閉じた。
「リュイナ君、わたしの部下が北の街に行くとして、道案内はお願いできないかな?」
「あ、えっと、その……実際に行ったことはないからわからないよ」
嘘ついた。どうせそうだろうと思った。
「そうか。仕方ないな……」
部下を怒鳴り付けはしたものの、完全に見捨てるとなると気がとがめるのか、ヤンコフスキは本気で残念そうだ。
「その話はこのくらいで終わりにしましょう。アトレイシアさん、里の方角はわかりますか?」
ここでこの話題はスッパリと断ち切ろうというのか、ウタゲはいくらか声を張って、ずいっと身を乗り出して、わたしに顔を近付けた。
「え? ……たぶん、あっち」
「あっちだよアトレイシアちゃん!」
即座にリュイナに間違いを正された。いや、大体は間違ってはいなかったから細かい話。
「アトレイシアちゃんって、本当にマーキング頼みの方向感覚してるよね。縄張りの外だと西も東もわからないんじゃ困るよ? この前も道に迷ってたでしょ?」
「うん」
「「うん」って……気を付けないとダメだよ?」
「ん」
「……治りそうになさそう」
「マーキングか、野生動物みたいだな」
ヤンコフスキが少し驚いた様子でわたしたちを見た。双子の方もまた興味を惹かれたらしく、こちらはなんだか感動したような顔をしている。
「キツネのマーキングはしっぽの下の臭腺を使ったもののはずですが、お二人はどうやって?」
「えっ……」
時折表に出る思考はともかく、女の子としてはわたしよりも遥かにまともなリュイナはウタゲの何気ない一言で顔を赤らめて視線を泳がせた。変なこと言いそう。
「マッ、マママ、マーキングの仕方? う、うん、その……あっ、わたしたちはニンゲ――グエッ」
キツネ亜人のマーキングは双子の言ったやり方もできるけど、半分は人ともなると恥ずかしいからやらない子も多い。というよりまずやらない。
その結果、日頃の憂さ晴らしのためにニンゲンの内臓(大概美味しくない)を地面に埋めて、そこから出るにおいをマーキングに使うのが最近のトレンドで、もちろんわたしもやってる。
でも、流石にこんなことは教えられない。だからリュイナは静かにしててね。
「ごめん、ちょっとふらついちゃった。わたしたちはその……ニンゲンみたいに柵で囲ったり、標識で区別したりはしない。それだけ」
「それだけ? あの、それでは答えになっていませんが?」
「そういうのは他の種族に言ったり訊いたりしたらダメなの。それぞれの縄張りをはっきりさせちゃうと、お互いに主張しあっていざこざが起きる。縄張りの問題はあくまでもその種の中で完結させるための、そういう決まりなの」
「うぇ、そういえば、そういうのあったね……最近聞かないけど」
つまり、マーキングでキツネ亜人同士縄張りを主張できても、オオカミ亜人相手には通用しない。何処にいっても通じる常識なのかは怪しいけど、この辺りの獣人なら大概同じようなことしてる。まあ、縄張りを取り合うことないくらい土地の方が多いし、ニンゲン以外とは結構仲良しだし、マーキングなんてしてても種族関係なしに(誰かこの辺にいるんだな、会ったら挨拶しよう)とか思われるだけになってるけどね。
「つまり生活圏が混ざり合っていても、そのことについて互いに無知で無関心のままなら争いは起きないと……なるほど、ヤクザのシマ争いがカタギを巻き込まないのと同様に、種族の内の問題は種族の内で完結されているとは……なかなか納得のいく話です。平和的でいいですね」
「…………?」
例えがよくわからなかったけど納得はしてくれたらしい。その例えって平和的なの?




