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「エンジン始動!」
快適な空間に癒しを得た直後、響き渡った爆音に耳を塞ぎたくなった。
「いぎゃーっ! うるさいうるさい! 耳潰れちゃうよ!」
素直なリュイナは悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。
「我慢してください!」
「無理だよ、バカじゃないの!? 近所迷惑だよ、人が存在できる空間じゃないよ! アトレイシアちゃんはなんでそんなに反応が薄いの!? 耳潰れちゃったのーっ!?」
リュイナは遅れて入ってきたウタゲの叱責を無視して、わたしの頭をべしべしひっぱたきリアクションを要求してくる。わたしだって嫌だ。こんなうるさいところ。
「いいから我慢してください! ――末莉、早くギア入れてバックしてください! 右手後方の丘の上へ! ここでは起伏が邪魔でよく狙えません!」
「お姉さま、これわたしの体力じゃ無理です! ギア入んないです! リュイナさーん!」
見ると敵はもう目と鼻の先。こっちはウタゲとマツリが大慌てしているし、リュイナは混乱しているし、もうてんやわんや。みんなもっと落ち着いたらどうだろう。
「リュイナ、落ち着いて言うこと聞いてあげて。みっともないよ」
「え? そ、そうかな? ……ごほん。――ニンゲン、何か用?」
頼れるお姉ちゃんを気取りたい病を患っているリュイナは、いつもこの一言で平静を装う。こんな感じで根は単純で扱いやすい、可愛気のある良い子な分、いろいろ残念。
「あんな大荷物背負ってたんです、一番体力あるでしょう? クラッチ踏んでおくのでそこからギアをバックに入れてください! 早く早くぅッ!」
「ええー?」
落ち着いたところでわからないものはわからないとけど、リュイナはひとまず指示通りに動いて、それから間もなく、わたしたちを乗せた鉄の箱は引き続き爆音を立てながら、右手にある小さな丘に向かって下がり始めた。
これを動かすことに関しては二人に任せていいだろう。敵を倒すのはわたしたちがなんとかしよう。
それにしても本当にうるさい。耳栓が欲しい。
「アトレイシアさんは装填手をお願いします。適当にその辺の砲弾を装填してください。あ、でも装填作業ってできますか?」
「この前見た。えっと……こうでいい?」
ものが違うけどだいたいの作りは同じはず。このレバーを倒して、この棍棒みたいな弾を尖った方から押し込む。見よう見まねだったけど弾はちゃんと大砲の中に消えていった。
「上出来です。――停車!」
鉄の箱が一瞬ガクッと揺れて動きを止めた。
「ふふふ、彼ら、真っ直ぐ突っ込んでくるとは頭が足りていませんね。派手にぶっ飛べ!」
ウタゲが足元のペダルを踏み込むと、鋼鉄の猛獣と化した戦車が吠えた。直後に爆発音が返ってきて、戦車は再び動き始める。
「やった! 実弾ですよこれ! これで勝利は得たものも同然、次の弾を!」
「んっ、しょ。――弾込めした」
「手際が良くて助かります。――末莉、わかっていると思いますがこの戦車は俯角がほとんど取れません、最後は丘の頂上手前で停めてください! リュイナさんはこっちに来て、敵の位置を教えてもらえますか? 目は多いほどいいですからね!」
ウタゲが周囲の騒音に負けないように大声で話すから、ますます耳が痛くなる。気分も悪くなってきた。戦車というものはなんでこうもうるさいんだ。
「こ!? ここ、今度はそっちだね!?」
文句も言えなくなったリュイナがばたばたと通り過ぎた。
「お任せくださいお姉さま。この稲荷坂末莉、この戦車が俯角を取れずとも不覚は取りません!」
「いいダジャレです末莉。――停車! こうなると土煙がこっちからしても邪魔ですね! だ~ッ! 不気味です、くたばれ! ヒャッホーッ! いいぞベイビーッ! アトレイシアさんもっともっと!」
姉の方のテンションが変だ。
下がって、止まって、撃つを数回繰り返した。何か撃ち返されているのか絶えず外からカンカンと聞こえていたけど、戦車は物ともしない。
「えっとね、左にいるよ左!」
「M39から降車した歩兵が展開し始めています。機銃のいい的です」
「いいですよ! 彼らに機銃の使い方をレクチャーしてあげてください! ――アトレイシアさん、すでに半分包囲されていますが数は大したことありません。ヤンコフスキ隊長がなんとかしてくれると信じて、ここは装甲車を撃滅しましょう」
言っている最中で突然平静を取り戻したからついていけない。そう言われてもわたしは単純作業をこなすだけの存在で、敵を撃って倒しているのはあなただけじゃないか。
「ん。弾込め、終わった」
「あと少しです。歩兵に取り付かれなければあの程度の装甲車なんて敵じゃありませんからね」
よくわからないけど形勢はこちらに有利らしい。
「なんだか人のような奴からゴブリンみたいな奴までいろいろいますが、今更ですがあれって撃ち殺してしまっても殺人罪には問われないんですよね? 良心の呵責とかまったく感じないのですが人権も保護団体もないんですよね?」
「……だったらどうするの?」
「正当防衛です。そんなこと関係なく撃ちます」
きっとそれが正しいだろう。
「さあ、もっともっと、わたしの可愛い妹と、この天才唄華を追い回して怖がらせた報いを受けさせてやります! うひょひょひょひょひょ!」
ウタゲが気持ち悪い声を発した直後、一発の銃弾が飛び込んできて、戦車の中を跳ね回った挙句わたしの口に飛び込んできた。
「ぎゃっ」
「ギャーッ! アトレイシアさーんッ!」
ウタゲは、わたしが悲鳴を上げて仰け反ったから、今度は一転して青ざめた表情を浮かべて、わたしの肩を掴んだ。「大丈夫ですか?」と連呼してるけど、暗くて見えてないらしい。
「……もぐもぐ。――ぺっ。何これ、不味い」
「ええええええ……」
死ぬかと思った。危ない危ない。
それから更に数分後、わたしたちは小春日和の空の下、勝利の喜びを分かち合っていた。死ぬかと思ったけど楽しかったな。
「この車両は荷台の装甲板に穴が空いてはいるが、使えそうだぞ。負傷者を乗せよう」
「凄い。こんな装備見たことがないぞ」
「ジャッキがあったぞ。牽引器具もあるしさっき見付けた砲を運ぼう」
「この戦車は凄いな! 見ろよこの大砲、まるで丸太だ。あっちの砲より大きいぞ」
追いかけてきていたタナトスは全滅した。交戦中、外の状況はほとんどわからなかったけど、この前の林での戦闘と違って、見通しのいい平原で、距離も十分に近かったし、敵が逃げを打つのも遅かったからだろう。
「装甲にいくらか劣化が見られますが、普通のM39に戻っていますね。どうやら、タナトスの侵食とは……なんというか……憑依の一種のようですが、依代が傷付くとそこから瘴気が抜けてしまって、いずれは効力を失うようです」
「わたしも同意見です。言うなれば瘴気が血液の代わりのようなものでしょうか? 人型の死体の劣化具合といい、どうやらタナトスの侵食はその物体にかなりの負荷を与えてしまうのでしょうね。そのため依代から開放された途端急速に劣化するのです。装備の鹵獲は可能ですが長持ちしないでしょうし、銃火器の類は使った途端破裂しかねないので使ってはいけませんね。ただ、もしかしたら弾薬くらいは侵食を免れているかも知れません。補給の見込みがない以上、今後検証が必要ですね」
「確証はありませんが、劣化具合に関してはおそらくそれが保有する魔力とか、生命エネルギー的なものが影響するのだと思います。依代が生物の肉体ならば直ぐに形を失いますが、人工物ならば一定の劣化にとどまるはずです」
自称天才の双子はたった一度の戦闘の結果からそれだけのことを分析してみせた。確かにわたしよりも遥かに頭がいいのは間違いない。
「いま、言えることはこれくらいですね。――さて、ヤンコフスキ隊長、こちらの損害は?」
「死者2名、負傷2名、馬は3頭やられた。息はしているが、2頭は歩行が困難だ」
先を進んでいたわたしたちですら散々に撃たれていたから、彼らはもっと酷かっただろう。狙いが荒かったから何とかこれだけの損害で済んだけど、不運にも敵の砲弾が直撃した人は四肢の先がかろうじて形を残すだけで、見るも無残な姿だった。
「やはり損害が出てしまいましたか。すみません。ここを通ろうと言ったわたしの責任です」
「わたしたちは医学にも心得があります。負傷者を診ましょう」
「頼むよ。それと、部隊の損害は隊長であるわたしの責任だ。君たちのものではないよ」
「見張りを厳重に、直ぐに移動できるよう備えておいてください。では、行きましょう、末莉。――あ、アトレイシアさんとリュイナさんは自由になさってくださって結構ですよ。気分が悪そうですし」
「ん。……リュイナ、大丈夫?」
「ぎもちわるいよぉぉ……うぇえぇぇぇ」
わ。吐いた。
わたしもまだ少し気分が悪い。これだから騒音は勘弁。頭がくらくらする。
「……次は、耳栓用意しよう?」
「ニンゲンきらい。ニンゲンがあんなものつくるからわるいほろびちゃえ」
「落ち着いて」
べつに怪我をしてるわけじゃないから難聴を患わない限り問題はない。
自由にしていいと言われけど、何かしようと思ってできることなんて思いつかない。ちょっとくらい気分が悪くても働けるのに、人出がほしいはずなのに明確な指示を出さないのは、わたしたちの扱いに困ってのことなのかな。
ふと、ヤンコフスキが亡骸と化した部下のひとりに別れを告げているのが目に留まった。墓穴を掘っている暇はないと、上着を脱がせてから、砲弾痕の上に寝かせて土を掛けている。
「……さらばだ、リシェック。覚悟はしていたつもりだが、やはりつらいよ」
「隊長、あんまりですよ。こんな、わけのわからないところで……」
「そうだな。いや、泣いている暇はないぞ、ヘルツフェルト。わたしも手伝うよ。……くそっ、槍騎兵ともあろうものが逃げ回ってばかり、この屈辱は必ず晴らしてみせるぞ……」
「隊長、お供させていただきます。何がタナトスだ、悪魔め……」
ヤンコフスキと、ヘルツフェルトと呼ばれた部下は悔し涙を浮かべながら、墓と言うにはあまりにも浅いその墓に十字架を捧げて、胸の前で十字を切ると、背を向けて歩き出した。進む先では怪我で歩くこともままならなくなった馬が、悲しそうな目で歩み寄る二人を見つめている。別れを悟っているように見えた。




