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わたしの姉は双子で、イーラ教を熱心に信仰していて、幼い頃にお父さんとお母さんのもとを離れてイーラ教会の修道院に入った。わたしが生まれて間もない頃の話で、当然当時の記憶はないけど、その頃のイーラ教はニンゲンも亜人も平等に扱っていたし、校正教会とは旧時代的で技術革新を求めない点では思想が一致していたことと、亜人の存在が教会のセールスポイントである軍事的な影響力を補助できることから、間違いなく悪い関係ではなかった。特に、キツネ亜人の族長の娘だった姉の待遇はかなり良かったはず。
それに、身内自慢じゃないけど、姉は揃って心優しく賢く聡明で行儀のよろしい、模範的な良い子だったらしく、離れて他人のように暮らしているわたしでもそのことをよく耳にした。歳は離れているけど、外見は結構わたしと似ていたらしい。そのせいでよく話を聞かされたのかも知れない。
クラリア・マーツはそんなわたしの姉たちと修道院での日々をともにしたひとりで、やたらと強い魔力を持っていて神童とか言われていたらしいけど、こいつが大の獣人嫌い。評判がよかった姉のことを生意気に感じたのか、激しく敵視していたとか。
この小さな対立は、教会の内部摩擦と噛み合って、次第に規模が大きくなっていった。校正教会は、イーラに純粋な信仰心を持った雑多な分派を、魔術師たちが結集して無理くりひとまとめにしたものだから、しばしば宗教家と魔術師たちとでポスト争いが行われていた。クラリアはイーラ教なんてどうでもいいと思っていたけど魔術師たちから推しに推されていて出世確実、わたしの姉たちはそんなものに興味はなかっただろうけど心に持った信心は本物だったものだから、敵の敵は味方とでもいうのか、これ幸いに宗教家たちに担ぎ上げられてしまった。
結果的に、これはクラリアの暴走を助長した。わたしの姉と獣人たちを排除するついでに邪魔な宗教家たちを粛清するとなれば、魔術師たちはますます喜んで協力する。そんな魔術師たちを後ろ盾にクラリアは未来の大教師長の座を射止め、教会を操りながらいまのこの世界を作ってしまった。
あの頃、わたしは5歳になるかならないかぐらいだった。ある日突然ニンゲンの貴族の家に入れられて、お母さんもその貴族の領内に移り住んだのが不思議だった。ただ、結果的にわたしは戦火を逃れたから、お父さんはわたしとお母さんを守ろうとしていたんだ。
でも、おかげでわたしは友達を失った。ある日、教会からの命令で、捕まったエクリナのところに連れていかれた。エクリナはわたしに助けを求めながら死んだ。次の日も、その次の日も、わたしがどれだけ助命を求めても、みんな次の日には返り血のにおいになって、わたしのところに戻ってきた。わたしは誰も助けてあげられなかった。
家族と一緒に戦って、ひとり生き残ったリティアがわたしのことを軽蔑したのも、リュイナがわたしをかばおうとしなかったのも当然のこと。
みんなにとって、わたしは裏切り者。みんなリティアの言うことを信じ、わたしは孤独を抱えた。
――でも、それももう過去の話か。最近はみんなからの視線がかなり柔らかい。昨日のカトリナのこともあるし、わたしは裏切り者のレッテルを払拭しつつある。
「身内のことだから、突いて出て来る情報も多いわけだな」
「ん。そういうこと。こうして立ち上がったんだから、いっそタナトスと一緒に、そいつも殺す。あなたも、一緒にどう?」
教会のことはどうせタナトスが痛め付けてくれるだろうけど、クラリアたちお偉方は生き残るに違いない。タナトスのいなくなった世界に居場所は与えるのは嫌だから、わたしたちの方で殺しておかないと。
イヴァルは少し考える素振りを見せた。
「……話はわかった。キツネ亜人は疑り深く、よく人を騙す。会ったばかりのおれにそこまで大それたことを、真実として伝えるとは思えん。おれを利用する前に出方を窺いたいだけだろう?」
「利用する?」
「おれを丸め込めば領主との関係をコントロールできる」
「……あ、そっか。そうだね。じゃあ、領主への報告に、その辺のこと書かないでね」
まあ、わたしがこんなところで懐柔しなくたって、妙なこと報告しようとしたら途中で内容書き換えてイヴァルはイヌの餌だから、必要ないんだけど。
イヴァルは訝しむような目でわたしに向けたけど、意外なことに「いいぞ。約束する」とあっさり了承してくれた。
「……いいの?」
「大きな声では言えないが、聖教師どもを地獄に突き落とすことには賛成だ。おれはイーラ教信者でなければ、魔術も恐れん」
イヴァルは教会が嫌いらしい。さっきも戦争の元締めって言ってたし、それで子ども死んじゃったんだから当然か。ついでに直接的な原因になった獣人も嫌いって、生きにくそう。
「イヴァル」
「なんだ」
「ありがと。お前いいやつ」
「何処まで本気だかな」
どうにも信用してくれてない口振りだけど、威圧感はいくらかマシになってる。心情に変化があったなら、もう充分だろう。
「もういいよね。会ったばかりにしてはよく喋った。これくらいにして。人も、きたことだし」
「おい。お前ら、そこで何をしてるんだ?」
見回りをしているらしい私兵が二人、わたしたちに気付いて近付いてきた。
イヴァルとしては都合の悪いときに現れたものだから、彼はまた不機嫌な顔に戻って仲間たちを迎えた。
「お前はダンベル? 獣人と何を……?」
「わたしもう帰るから、またね」
「おい、待て」
制止は無視して宣言通り帰るとしよう。人が増えたら面倒だし、嫌だ。
「こんな人気のないところで二人きりって、これはもう逢い引きだろ? まさかそんな、そういう趣味だったのかよ……」
「誤解だ。違う」
妙な勘繰りをされて、イヴァルが面倒くさがってるのが背中越しに伝わってくる。
「じゃあ何を話してたんだよ? ダンベルさんよ」
「昔のことだ」
「じゃあ知り合いだったのかよ!?」
「そういえば、獣人の多かった東の生まれって言ってたか? 戦争で離れ離れになった友人との再会ってか……」
一度しか会ったことなかったけど、友人と言えば……友人?
「そうじゃない」
「それじゃまさか……子どもって何歳だった? 死に姿を見たわけじゃないって……」
「え……マジかよ、全然似てねぇじゃん」
「絞め殺すぞ」
口下手って大変だよね。
ケイトのところに戻ると、ケイトは直ぐにわたしの足音に反応して駆け寄ってきた。
「ケイト、おはよ。……ケイト?」
頭をぐりぐりとこすり付けてきてくれるのは気持ちがいいけど、様子がおかしい。身体も少し震えている。
わたしの困惑を感じ取ったのか、ケイトはぴたりと止まると、一度視線を上げてわたしの目を見詰めたあと、直ぐにうつむいた。
「その……すまない。目が覚めたらアトレイシアがいなくて、なんだか怖かったんだ」
「そうなの? ごめんね。大丈夫だよ。一緒にごはん食べよ。ヘビだよ、昨日のヘビ」
「ん」
返事はしたけどなかなか離れようとしない。しまったな、起こしてあげればよかったかな。起きたときは見張りを代わって直ぐに戻る気でいたんだった。
それにしても、わたしが歩いていくのに気付いていなかったってことは、ケイトもかなりぐっすり眠りこけていたらしい。それに、心なしか鼻が詰まったような声してるし、ケイトも風邪?
「ごめんね。ずっとそばにいるから、心配しないで」
「……ん」
ケイトはようやく身体を離してこくりと頷くと、ひらりとしっぽを振った。ここにきてちょっと恥ずかしそうなのが可愛い。
「おーい、メシだぞ! 昨日のヘビ食おうぜ、ヘビ!」
朝食の用意が終わったらしい。ヘッドたちの足音と息遣いが近付いてくる。
「あれっ? アトレイシアのやつ帰ってきてるじゃねぇか。あの野郎はどうした?」
「崖下に捨ててきた」
「本当かよ? へへへっ、やるねぇ、流石おれが見込んだ女は手際がいいぜ。そろそろお前らも見習えよ」
「足引っ張んのはあんたでしょうが」
確かに、それは間違いない。
そのあと誰も否定しないからヘッドは拗ねた。もちろん可愛気はなかった。




