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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 駆け出して直ぐに、馬を走らせるヤンコフスキの部下二人を鉢合わせた。わたしたちを探しにきたらしい。

「二人とも乗れ! 移動するぞ、話はあとだ!」

 「話はあとだ」と言われたらあえて返す言葉もない。血相変えてまくし立てる勢いに流されて、わたしたちも馬上の人になった。リュイナが汚物に触れられたかのように露骨に嫌な顔をしたことにも気付かないなんて相当な慌てようだ。

「落ちるんじゃないぞ!」

 馬が走り出し、あっという間に加速すると、前方に馬車が見えた。ここまで来る途中で見付けた4輪、4頭立ての馬車で、乗っていたニンゲンの男たちは血まみれになって息絶えていたけど、繋がれたままの馬は無事だったから馬車ごと捕まえて双子が乗っている。双子曰く彼女たちと同じ世界の、別の時間枠からこの世界へ飛んできたらしい。

「馬車に乗せて先行させろ! 発見されてるぞ!」

「タチャンカの乗員は3人なんですがね」

「……狭い」

「キツネは見ないものして、子供は0.5人だから定員数ぴったりだな。――行け!」

 キツネ一匹ですら結構容量取る程度に狭い馬車だし、リュイナの荷物が多過ぎて、それでバランスが悪くなっているから、もう定員とかそういう問題じゃない。

 一団は近付いていた敵に不意打ちをくらって戦闘になっていたり、攻撃を受けているわけではなく、接近する何かを発見して急遽退避に移ったらしい。遠く背後に小さく見える土埃がそうなんだろう。

 馬車が先頭を走り、他がそれに続く。双子とわたしたちを優先して逃がしてくれるらしい。

「タナトスが来たの?」

「たぶん二人が言っていたそれでしょうね。双眼鏡どうぞ」

 姉か妹かわからない双子の片割れから望遠鏡を2つ繋げたような外見の物体を渡されて後方を覗き見ると、確かにタナトスの一団らしい黒っぽいものが見えた。

「本当だ。見付かってる」

 明らかに真っ直ぐこっちに近付いてきてる。それにこれまで遭遇してきたタナトスと比べると速度が段違いに速い。

 それにあの見た目、速度を出してるせいか瘴気が薄れて輪郭がはっきり見える。大きくて角ばってて、なおかつうるさい。走る音がここまで聞こえてくる。これまた最近似たようなものを見た……というか乗った覚えがあるな。

「タナトスなの? あれ」

「何かに乗ってる。……あれ、戦車?」

 いくらが見た目に差異があるし、まさかね。あんなのまで敵として出てきたらこの世界はこの先――いや、これまでの時点でこの世界のニンゲンではタナトスの勝てないことはわかり切ってるけど、ただでさえ膨大な数なんだからこれ以上強力である必要なんてない。

 なので、これは何かの間違いであってほしい。あれに追い回されるのは簡便して。

「「せんしゃ」?」

「おや、この世界にも戦車なんてものがあるんですか? てっきり定番の中世っぽい世界かと思っていましたが……それともチャリオットのことを指している言葉なのでしょうか?」

「もしくは、アトレイシアさんは別の場所で戦車を見たことがあるのかも知れません。しかし便利ですね。知らない言語でも声を聞いているだけで意味が伝わるなんて魔法のようです」

「非科学的で不思議な感覚ですね」

 知らない単語に首を傾げるリュイナに対し、双子は緊張感なく、予想外に知っている単語が出てきたと目を輝かせている。二人の住んでいた世界にもあの自力で動く鉄の車があるとなると、むしろ存在しないこの世界の方が珍しいのかな。

 でも、発声言語翻訳術は一般的じゃないみたい。まあ、魔術なんて普通はないものを形にしてるんだし、何処でもあって便利なものじゃないよね。

「最近ああいうのも、外の世界から飛んできてる。たぶん、探せばこの辺りにも。この馬車みたいに」

 そういえば、タナトスの侵攻が始まって以来、タナトスに侵食されていないはぐれ者のオークやゴブリンも数が増えてる。タナトスはまず外の世界から引き込んだ生物や物体、様々なものに侵食した上で、それを操って支配を拡大するのだから、新しく外の世界から飛んできたものがあれば同じものをタナトスが侵食して扱うのも当然か。

「ふふ、だったらそれを見付けて対抗できる火力を獲得すれば、撃退も可能ということですね」

「うん。この前もそうやって追い返した」

「やってみる価値はありそうです。どうやら、振り切るのは困難のようですからね」

 まだ遠いけど、タナトスたちとの距離は少しずつ詰まってきている。こちらが速度を落とせば直ぐに追いつくだろうし、かと言って現在の速度だと土埃が舞って位置を知らせ続けちゃう。

 騎兵の機動力を活かそうと見通しのいい平野を突っ切るようにしたのが完全に仇になってる。地形はところどころ盛り上がっているけど、馬に乗っていて姿を隠せるようなところはほとんどない。

「お姉さま、地面は乾燥しているし風もありません。砂塵で彼らの目を誤魔化せます。数人で囮になって撹乱しているうちに対抗手段を得るか、一団を隠蔽できる場所を見付けて退避するんです」

「そうですね。――聞こえていましたか? ヤンコフスキ隊長、騎兵を左右に散開させて敵を撹乱してください。土煙で姿を隠すんです」

「承知した。馬が持つ限りは全力を尽くそう」

 ひとり並走していたヤンコフスキが速度を落とし部下たちに指示を出すと、たった25人、いや馬車にひとり移って今は24人になった騎兵隊が左右に散っていった。

 どうして彼らがこんな子供に従っているのかが疑問だけど、この双子はそんなに凄い人物なんだろうか。そこはかとなく頭は良さそうってだけで、従おうとは思えない。

「あとは前方に何かあればいいのですが……何もありませんね。本当にその辺にあるのですか?」

「この前一日に3つ見た。それからも何度か見かけてるから、運が良ければあるはず」

「「運が良ければ」って……我らの明晰たる頭脳から捻り出された作戦といえどそこが成らねば話になりません。目を皿に変えてでも見付けるんです! 天才に敗北は許されません!」

 

 ――数分後――

「全く、何も見付からないじゃないですか!? どうなっているんですか!?」

「……仕方ないでしょ。狭いんだから騒がないで」

「仕方ないで済ませていられる状況じゃないでしょう!? あれですか、運ですか? 運に身を任せたのが失敗だったと!?」

 うるさい。

「ねえ、ウタゲちゃんだっけ? あなたがアトレイシアちゃんに怒鳴り散らすのって筋違いだと思わない? それ以上騒いだら首の骨折るよ?」

「サラッと怖いこと言わないでください!? それとわたしは末莉です!」

「どっちでもいいよ」

「非道い! 何故、何故わたしがこんな目に、天才のわたしがこんな目に……ていうかあいつら速すぎです。馬って時速60キロは出るんですよ、何世代の戦車ですか彼らは!?」

「荷物が多いので60も出ているか微妙というかありえないところですが、確かに速いですね」

 何かがおかしいと気付いたのか、姉のウタゲが振り返って双眼鏡を覗き、納得したように「ほう」とつぶやいた。

 それと、スペースがなさ過ぎたから途中で荷台から放り出されたタローの姿が見えない。何処いったんだろ。轢かれて死んだかな。

「かなり近付いてきましたが、どうやら戦車ではなく装甲車のようですね。ああいうのは疎いんですが、わかりますか?」

「見てみます」

 例の望遠鏡を手にしたマツリが、ウタゲと交代したマツリが即座に固まった。

「あれは不味いです。2センチ砲を搭載したデマーク250と、アメリカのM39でしょう。M39は80キロ出せる車両です」

 世界を覆う便利な言語翻訳術により、名前に数字が入っていることはわかった。その前にくっついているのは愛称なのかイニシャルなのか、向こうの言葉のままだ。

「80キロ? 敵うわけありません。早く何か見付けないと」

「250と足並みを揃えてくれていなかったら今頃はお終いでしたね。――ひぃっ! 撃ってきた! 馬鹿にしてごめんなさい、2センチ砲怖いです!」

 後ろからビュンビュン弾が飛んできた。当たったら死んじゃうんだろうか。死ぬだろうな。

「落ち着きなさい、末莉。まだ距離もあるし、この土煙の中、あれだけ速度を出して正確な射撃はできません」

「そ、そうですねお姉さま。天才のわたしたちが、こんなところで死ぬはずがない。そんなこと天が許しません……でもやっぱり怖いです! いくら天才だって流れ弾で死ねます!」

「ひぇっ! なんなのこれ……も、もう、おうち帰りたい……」

 段々とマツリがヒステリックになってきたしリュイナも目を回している。銃の射程にも入ったようだし、馬も疲れてきていて、もう長くは持たない。

 でも、ここに来てとうとう運が向いてきた。

「あった。戦車」

「えっ、どっちですか!?」

「あっち」

 左手の前方に小さくそれらしいものが見えた。そこだけ地形が段になっているのか地面に隠れてほとんど見えなくて、近付くまで気付かなかったけど、それでも目に入ってしまえば周囲とは異質な存在感がある。転移物なのは確実。

「11時方向です、急いでください!」

「地面に段差があるみたいだから注意して」

 また初めて見る外見をしていたけれど、丸っこい頭から大砲を生やしているし、戦車というもので間違いない……はず。

「あ! あれはわかりますよ! T−34……いや、ちょっと違う。あれは人民解放軍の戦車ですか? ポーランド軍といい装甲車といい、どうしてこんなものまで……」

 妹がいる手前だからか慌てた表情を見せず、落ち着いた振る舞いを見せてたウタゲが、素直にはしゃいで喜んだ。やっぱり戦車だったね。

 これで首の皮が繋がった。あとはリュイナ、顔色凄いけどどうか降りるまで吐かないで。

「確かに、あれは58式Ⅱ型ですね。非常にレアな車両です。砲弾が搭載されているか怪しいですよ。いまのところ反応はないですが、中に人がいるかも知れないから気を付けましょう、お姉さま。――ボロフスキさん、わたしたちをあの戦車の脇に降ろして、離れていてください」

「よ、よしわかった。援護はするから、無理はしないようにな」

 馬車が速度を落とし、戦車の目の前で止まった。初めて見るその戦車はどっちが前かは知らないけど、おそらく右を向いて、大砲を微妙に下に垂らしてる。外見はわたしが乗ったのより全体的に少し大きくて、その中でも大砲は格段にサイズが大きい。ストーンゴーレムを一撃で粉砕したあの大砲と比べると少し短い気がするけど、きっと威力は十分に違いない。たぶん。

「行きましょう」

「ん。――リュイナ、荷物を置いて一緒に来て」

「えぇ? なんなのこれ……? わたしなんにもわからないよ?」

「わたしもあんまり知らない」

「えっ!?」

 面食らうのも無理もないけど、あの時みたいに今度はこれを動かさないとわたしたちはおしまい。いつものことかも知れないけど、それでも最近は一段と危ない橋を渡ってばかりな気がする。

「げ、操縦席のハッチが開かない。末莉、キューポラのハッチはどうですか?」

「大丈夫ですお姉さま。――中には誰もいませんね。砂埃が積もっていますが、新品に見えます」

 またもや持ち主不在でこれだけ飛んできてるなんて、中でこれを動かすはずのニンゲンはどうなったんだろう。

「砲弾は残っていますね、正直意外です。……実弾ですよねこれ?」

「流石に砲弾の区別はできません。撃ってみるしかないですね。あとは動いてくれればいいんですが、ソ連製より信頼できないと言われる微妙な出来にも注目です。――早速ですが防弾ガラスに気泡混じってますよ、お姉さま!」

「あれです。そこはソ連邦の戦車と同じです。祖国の技術を信じましょう」

「ですがお姉さま、わたしたち生まれも育ちも日本です!」

 マツリに続いてわたし、リュイナの順で中に入ると、マツリが早速戦車を動かし始めた。

 数日前の光景が頭を過る。あの時よりずっとマシな空間。ヘッドたちと違って、みんないいにおい。

最近の資料だとSd.kfz.231の最高速度が90キロになってて笑えない内容になっていたため、登場車両をSd.kfz.231からSd.kfz.251/9に変更しました。

知らん間にM39より速くなってるじゃん。実際どうなのか知らないけど書き直すことになったじゃん。当時使った資料は何処だよ。

つまるところ、日頃わたしは結構アテにならない資料を使用しています。ゆるして。

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