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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 この世界でニンゲンは常に隆盛を極め繁栄し続けてきた。戦って、戦って、いかなる敵も打倒し、淘汰してきた。

 しかし、ついに自分たちも競争に破れ淘汰される番が回ってきたらしい。

「あいつらこっちに来るぞ!」

「逃げるぞ、急げ! 荷物なんて捨てて走れ!」

「きゃあぁぁぁあっ!」

 霧の向こうから逃げ惑うニンゲンたちの声と、逃げ遅れたニンゲンたちの悲鳴と、逃げ切れなかったニンゲンたちの断末魔の叫びが聞こえてくる。

 なんというか、聞いていて心がスカッとする。彼らの悲鳴はとても気持ちがいい。

「……これでもう彼らも、わたしも終わり」

 

 数年前、戦乱続きだったこの大陸はニンゲンと、彼らの信奉する宗教会によって征服され、統一された。世界は有史以来の平和な時代を迎え、暮らしに不自由する人たちは減っていないようだけど、豊かな暮らしをするやつらは増えた。

 増え続けるニンゲンが豊かな暮らしをするには、広大な土地が必要だ。彼らは奪い取った大地に踏み入り開拓しつつ、そこに暮らしてた人たちの痕跡を調べ、ときに生き残りを見付け出し、その場で駆除するか檻に入れて連れ去る。そんな日々を邁進し、彼らは最果ての地にたどり着いた。

 そして、何かが起こった。東の果て、とある亜人種の残した神殿の地下で。それが単なる事故なのか、それとも仕組まれた罠だったのかはわたしの知ったことじゃないけど、何にせよこの世界は不安定になってしまったらしい。神殿の周辺に異界の魔物が沸き出したばかりか、遠く離れた場所にまで得体の知れないものが出現してる……とかなんとか。

 正直なところ、人伝に聞いた話ばかりで詳しくは知らない。ただ、神殿の地下から湧き出てくる黒い瘴気のような魔物がタナトスなんて名前で呼ばれてて、周囲の生き物に取り憑き、意識を奪って凶暴化させてニンゲンを襲うのは確か。しかもどんどん移動して往く先々の土地を侵略して住民を駆逐する。この世界に住むニンゲンの生き写しにして悪魔の如き最大の敵。

 正直なところニンゲンが侵略されて困ろうがわたしにはどうでもいい話だけど、タナトスに侵食された場所は空が曇ってばかりで日光浴とかできないし、自然環境が最悪で住めたものじゃない。そもそも長居をすれば自分も取り込まれる。滅ぼされた人たちの残したニンゲンに対する呪いのようなものだと思えばざまあみろで済むけど、こっち巻き込んで来るのが至極迷惑。せめて先にニンゲンを根絶やしにしてくれたらよかったのに。


「――グェッ! うぅ……ッ」

 酒を飲んでいたらしく、支離滅裂に暴言を吐きながらひたすらわたしのことを蹴りつけていた男も断末魔の悲鳴を上げて倒れた。ざまあみろクズ。

「……そいつを黙らしてくれてありがとう」

 飛んでいった思考を呼び戻し、黒い瘴気を纏った、誰とも知らぬ男の成り果てに視線を向ける。見てわかる通り、この黒い瘴気こそタナトス。言語なんてわかりそうもない。

 男は開拓民だったんだろう。貧相な身なりで、手には古びた鍬を持ち、身体のあちこちから汗の代わりに醜い瘴気を垂れ流してる。鍬で叩かれたことはあるし、そのときはちょっと血が出る程度で済んだけど、今日ばかりは助かりそうにない。ああ、どうせならもう少し楽に死ねるものがよかった。食べるに困って何か拝借しようと難民キャンプに忍び込んだのはいいけど、結局わたしは惨めに死ぬ。わたしの命なんて所詮こんなもの。それもこれも全てあいつらのせいだ。わたしのことを裏切った意地汚い卑怯者……祟って呪い殺してやる。

 ……わたしも人の事は言えないか。いいや、最近いろいろとどうでも良くなってきたし。生きていたってなんの楽しみもない。嫌なことばっかり繰り返して、それで結局はみんな死ぬ。ここで一足先にわたしがいなくなったっていい。

「……ん?」

 観念して最期の時を待っていると、どういうわけだろう。開拓民はわたしに向かって凶器を振りかざすこともなく、ただ力なくわたしの肩に手を掛け、しばし、いまひとつ焦点が定まっていない瞳と見つめ合う時間が発生した。瘴気が流れているのか血管が黒く浮き出た手は、冷え切ったわたしの身体に温もりを感じさせる。

 四肢を撫でる瘴気も存外心地良い肌触り。なるほど、意外と侵食する相手のことを考えてくれてるらしい。抵抗しなければ痛い思いはせずに終わりそう。ニンゲンなんかより慈悲深いね。

「あなたたち、何処からこんなに湧いて出てきたの?」

 タナトスの取り憑かれたものを表す言葉はいまのところない。全部まとめて「タナトス」と呼ばれる。ごく一部では解放者などと呼ぶ声もあったけど、「人間の支配からの解放者」などという呼び名が流行ることはなかった。

 タナトスの発生源になってるとされる神殿は、鳥人たちの建てたフシリア教の神殿らしい。フシリア教徒といえば転移術の使い手で、この世界を別の世界と繋いでタナトスを転移させたとも言われてる。本当ならタナトスがもともと住んでいた世界があるはずで、なんとなく、それを訊いてみた。

 フシリア教は神殿を建てても祀る神はいない特異な宗教だ。特定の神への信仰心を持たず、手っ取り早く神の世界への扉を開いてそっちに住み着くことで自分たちも神の仲間入りを果たし、神殿はそれを見事達成した自分たち用に建てるという、罰当たりにも思える大胆不敵さには呆れが一周回って感銘を受ける。

 ただ、その上でこんな迷惑なものを地上にばら撒くなんて、頭がおかしい。西も東も、宗教家は気狂いばかりが幅を利かせる。

「オォォ……」

 ……うん、わからない。呻くだけだ。

 何にせよこれでわたしもお前たちの仲間入り。そうなればわたしを、わたしたちを裏切って苦しめたニンゲンたちを呵責なく殺して回れる。そしたら今度こそ、みんな許してくれるかも知れない。きっと、きっと――。

 ……ケイトは、どう思うかな。

「ああちょっと待ておいそこの君、何をやってんだ!? ああ、もう邪魔だこいつめ離れろってんだ! パーキー、ちょっと周り見てろ!」

 里に残している親友の顔がふとよぎって、少し死ぬのが嫌になったそのとき、ドタバタと近付いてくる男の声が響いた。

 逃げる途中で通りかかったのか上半身シャツ一枚の、顔立ちもなんだかみすぼらしい中年太りのおじさんがゾンビに跳びかかって蹴り飛ばすと、にこにこと気味の悪い愛想笑いを浮かべながらわたしに駆け寄ってきた。

「……誰?」

「お嬢ちゃん自己紹介より先にやることがあるだろう。まさか腰でも抜かしてんのか? とっとと立ちなよ」

 このニンゲン、聞いたことのない言葉使ってる。この国のニンゲンじゃない。体格もこの辺りのニンゲンにしては身長が低いし、においも嗅ぎ慣れない独特さがある。何者だろう。

「助けてくれるの? それならこの紐を切ってほしい。たぶんほどけない」

 わたしは針金を織り込んだ紐で両手を縛られて、片足を地面に刺した杭に繋げられていた。これでは逃げる気も起きない。

「おいおい、捕まってたのか? うわーぉ、なんだいこりゃ体中傷だらけじゃねぇか。助けてやっても走れるかよ?」

「うん」

「それじゃついて来な。紐切ってやるよ……って、針金かよ。おいパーキー、切れるもんあるか? 針金だ。カッター寄越せ」

「どうぞ」

 もうひとりの、真面目なそうな若い男は、この国のニンゲンとして一般的なサイズの体格をしている。それでも何か違和感を覚えた。二人とも火薬のにおいがする。これだけだと猟師か何か、銃を使う職業の人にも思えるけど、たぶんそれも違う。

「まったくよぉ、なんだいこりゃ? 虐待だぜ、趣味が悪いったらねぇや。ここの住人は全員サイコ野郎かよ? 顔殴るこたねぇだろ」

「ヘッド、時間がありませんよ。急いでください」

「クソ真面目にそんなこと言われなくてもわかってるよ。ちょっとぐらいなんとかしやがれ」

 おじさんは投げて寄越された工具で編み込まれた針金をリズミカルに切断していく。これなら十分間に合いそうだ。

 それから数秒の後には、わたしは拘束を解かれて立ち上がった。こうなると死ぬ気も失せたから、ひとまずは交戦に備えて武器が欲しい。

「……そのナイフ、頂戴」

 みすぼらしいヘッドというおじさんは、都合がいいことに武器だけは2つ持っている。紐を切ろうとしたナイフ以外にも腰の後ろにもう一本、おじさんはそこまで強そうじゃないし、わたしが持っていた方がどちらも生き残る可能性は増すだろう。

「へっ、「貸してください」とでも言いやがれこいつ。――ほらよ、大事に使え」

 誰だか知らないが取り敢えずついていってみよう。どうやらそこいらにいる難民とは違うみたいだし少し気になる。

 それとこのナイフ、見たことないデザインだ。持ちやすいしカッコいい。気に入った。

「こっちですヘッド。……変わった子ですね。それに言葉が……」

「よくわからねぇけど陰気で面倒くさそうなガキだよこいつは」

 そう言うなら助けなければいいのに。

 陰気とか言われたけど、こんな状況で陽気な奴は気が狂っている。まあ、おそらく頭にボロ布を被っているせいで余計にそう感じるんだろうけど。

 なんにせよ、せっかく拾った命だし、いざとなったらこの二人を盾にしてやるだけやってみよう。

 この作品は好きなゲームのサービス停止がきっかけで生まれました。かなしみ。

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