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師弟失格  作者: 守野伊音
師弟失格
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 ルタのおかげで神殿内どこでも出入り自由となった私は、そのおかげなのかどうなのか、立ち入りが非常に制限された部屋の掃除当番に一人で割り振られた。人手が足りなかったから嬉しいと喜んでいた室長に、人の割り振り大変なんだなぁ、いつもありがとうございますと思っていたけれど、自然に手伝ってくれるルタと二人っきりで禁書の整理をしていると、どこからか雰囲気ある音楽が聞こえてきて気が付いた。

 これ、室長も老臣達の仲間なんじゃなかろうかと。

 よく見れば、人がほとんど出入りしないはずの禁書庫に何故か花が活けられている上に、何かいい香りがする。香が焚かれている置物の横には、何故かソファーがあって、その前にある机にはお茶菓子とお茶が……もっと早く気づけといわんばかりにいろいろ整っていた。掃除に夢中になっている場合ではなかった。ルタは本の埃を拭っていても美しいなぁとか思っているのは何時如何なるときでも仕方がないとして、この音楽はどこで演奏されているのだろう。書庫は日光厳禁だから窓がない。……もしかして天井裏だろうか。せめて演奏しているのは若手の側近であってほしい。老臣だった場合、腰が大惨事になる未来しか見えない。しかし、曲の選択が古いことを踏まえると、やっぱり老臣だろうか。お爺ちゃん方、その曲今や教科書に載ってますよ。



 それにしても、どうしよう、これ。いちゃつけ、さあいちゃつけといわんばかりの配置。ソファーにさりげなくない感じで置かれている結婚雑誌が露骨すぎます、お爺ちゃん。ローリヤにあげてください。もう結婚式まで秒読みですが。しかもこれ、会場選び特集の部分だけ切り取られている。神殿で挙げろという無言の圧力をひしひしと感じた。

 とりあえず休憩も兼ねてお茶を淹れてみる。そしてルタを振り返ると、いつの間にか立ったまま本を読んでいた。片づけてるとうっかり読み耽りますよね。

「ルタ」

 近づきながら呼ぶと、はっと振り向いてくれた。

「申し訳ありません」

「掃除はルタの仕事じゃないからいいのよ。それより、面白い本はあった?」

 ルタは本当に真面目だ。書庫の掃除なんて王様の仕事じゃない。それなのに手伝ってくれているのだから、気になった本くらい自由に読んでいいのに。

「いえ……面白いというより、気になったもので」

「うん?」

「所々に最近の本があって、何故かと」

「……うん?」

 何だか嫌な予感がしてきた。確かに、掃除の途中に異様に綺麗だなと思う本を見かけた気がする。禁書は古書ばかりだから、艶々な背表紙が目立っていた。

「ルタ、そろそろ休憩しましょう。私はちょっと忘れ物を取ってきます」

 言い逃げするように返事を待たず背を向ける。そして、さっきまで掃除をしていた棚を確認したら、出るわ出るわ、明らかに禁書じゃない本の数々。最近人気の恋愛小説一覧から結婚指南書まで、全部集めて隅っこに寄せておく。

「変な圧力やめて頂けませんかね!?」

 音楽の聞こえ方からしてこの辺りかと思う場所の下から、箒の持ち手で天井をつっつく。

「わしは鼠じゃ」

「わしは蠅じゃ」

「わしは……埃じゃ~」

「埃!?」

 鼠も蠅も返事してきたらおかしいけれど、最後は生き物ですらなかった。

「お前……埃はないじゃろ」

「お主らがわしが用意していた分の答えを取ったんじゃろが!」

「蛇でいいじゃろ」

「百足は?」

「幽霊は?」

「それいいのぅ。腰も痛くないし」

「出来れば全員人間でお願いしたいです! 否、生きてたらもうどうでもいいです!」

 隙あらばぽっくり逝こうとしないでほしい。

 そして、放っておいてほしいという私の要望を完全無視しないで頂きたい。


 私はお爺ちゃん達説得を諦めて、とぼとぼルタの所に戻った。ルタはお茶を飲まずに待っていてくれたようで、私の姿を見つけるとさっと立ち上がる。

「師匠、忘れ物は見つかりましたか?」

「……忘れたいものなら見つかりました」

「え?」

「いいえ、なんでもありません! さあ、休憩しましょう!」

 ルタは首を傾げながらも、素直に頷いた。

「はい、師匠」

 控えめな微笑みにきゅんとして、よろめきながらソファーに座る。流石ルタ。集団ぽっくり予備軍に消耗された私の心に、一瞬で癒しを齎してくれる。

 でも、これは付き合っているのだろうか。ただ師弟関係の延長線上にあるルタからの好意を私が過大解釈しているだけだったらどうしよう。だって、ルタは真面目で優しいから、師匠が変な勘違いをしていても否定できずに、その勘違いに付き合ってしまうかもしれない。

 自分がそれなりに歪な自覚はあるだけに、その辺りが心配だ。ルタと手を繋ぎたいし、キスもしたいし、他の女の子とそうしていたら修道女になる覚悟を決めた私の想いは確かに恋であるとは思う。でも他にも、執着だの、愛だの、ルタ可愛いだの、幸せになってだの、色々混ざり合っていて、純粋に美しい物で構成された恋でないのは確かだ。

 付き合ってないと言われたら、残念だし、悲しいし、魂に刻まれた恋の爆散に毎晩悶え泣く。でも、ルタの前で泣いたりと無様な真似はしないから、やっぱりちゃんと聞こう。

「ルタ!」

「はい?」

 お菓子を食べようとしていたルタは、すっとさりげなくお菓子を持った手を下ろしてしまった。ごめん、タイミングが悪かったです。弟子のおやつを邪魔するとは、私は酷い師匠だ。

 後で幾らでも埋め合わせするから、今はこっちを優先することを許してほしい。そうでなければ、この先どうすればいいのか決められない。

「私!」

 胸を押さえる代わりに癖になりそうな握り拳をぐっと握る。すると、ルタの手がそれを包んでちょっと下ろす。なんだろうと思っていると、顔が近づいてきた。今日も大変美しいですね! 

「師匠、朝から思っていましたが、やっぱり目の色が変わっていますか?」

「はい! そうですね! それよりもですね!」

「やっぱり、お美しいですね」

 この胸は再び剣で貫かれたのか。それとも頭を鈍器で殴られたのか。凄い衝撃だ。

 流石ルタ。素手でこの威力とは恐れ入った。

 よろめいてソファーの背凭れと向き合った私は、はっと顔を上げる。

「ルタは昔の私のほうが好きなのかしら?」

「今もお可愛らしいと思います」

 流石ルタ。師匠の胸は蜂の巣みたいに穴だらけです。大根引っこ抜いた後の畑みたいに大穴開きまくりです。

 うるさい、うるさいと言っていた無表情の後ろでそんなこと思っていたんですか? と、聞きたいけど聞かないほうがいいような気もする。だって、それを言うと藪蛇だ。私だって、王様今日も美しいですね! と言っていた裏で、今日も美しいですね! と思っていただなんてばれたら…………特に問題なかった!



「いや、そうではなくてですね! 私、あなたに聞きたいことが…………やめて! ムーディな音楽流すのはやめて、お爺ちゃん!」

 さっきまで控えめに流れていたはずの音楽が、一気に盛り上がりを見せてきた。無駄に上手いのが悔やまれる。劇の見せ場みたいな音楽やめてくれませんか!

「師匠、申し訳ありません。奴らは若い頃からあれです」

「年を重ねて膨張したのでなくて、昔から!?」

 駄目だ。それは筋金入りだ。今更どうのこうの言っても直る訳がない。そして、気のせいだろうか。ルタのお嫁さん大作戦。お爺ちゃん達の所為で失敗した件もいくつかあるような気がする。さあ盛り上がれ、ほれ盛り上がれと音楽が高まっていくけれど、私の心中を駆け抜けていくものは木枯らしでさえどこか寂しげだ。

 ソファーと向き合って十秒。私は諦観の境地に至った。

「…………ルタ」

「はい、師匠」

「私、明日休みなので用事を済ませに街まで行く予定ですが、一緒に行きませんか?」

 神殿内で話すのは無理だ。

 がたがたがたとあちこちから音がするけれど、全部無視してルタと向き合う。前にあれだけ誘いまくって一掃されたけど、さて、今度はどうだろう。一掃されたら神殿内で話せる場所確保に奔走しなければならないから、できれば誘いを受けてほしい。是非とも承諾してほしい。

 べ、別に、久しぶりにルタと出かけたいからじゃないんだからね!

 嘘です。ルタとおでかけ、滅茶苦茶したいです。デ、デート!? デートかな!



 どきどきしながらルタの返事を待つ。私いま、耳とか赤くなっていないだろうか。

 ルタは少し驚いた顔をして、ふわりと笑った。

「はい、師匠」

 最早故郷はないけれど、天にも昇る気持ちになった私に、ルタは続ける。

「お供致します」

 あれぇ!?



 仕事が終わって夕食までの時間、一旦着替えようと部屋に戻ったら、ローリヤが駆け込んできた。

「アセビ! 王様とデート取り付けたって聞いたわよ! 凄いわ! 千年間なかったことよ! やっぱりアセビ愛されてるわ! アセビの誘いなら受けてくださるんですもの! 何着ていく!? 今度は私が張り切るわよ!」

「お供致しますって言われました……」

「ん!?」

 私はローリヤの肩を掴んで揺さぶる。ローリヤもされるがままだ。

「これってデート!?」

「んん――!?」

 教えて、恋愛の大先輩!




 恋愛の大先輩でも出すことのできなかった答えに項垂れた私達は、とりあえず可愛くしていこうということで落ち着いた。

 何はともあれ明日はデートだ!

 デートだと思っている方にはどんなものでもデートだの格言をお守りに行ってこようと思う。ただしこの格言、口に出した瞬間霧散するタイプのお守りなので、そっと胸に持っているだけに留めたほうが良さそうだ。

 ローリヤの分も一緒に並べてもらった服を前にして、私ははっと顔を上げた。

「どうしよう。私、ルタの好みが分からない」

 大人っぽい服がいいのか、ふんわりとしたお花みたいな服がいいのか。室内着にしている枯れ箒を彷彿とする残念なワンピースでないのだけは確かだ。

「前に好み聞いたことなかったっけ?」

「とっ」

「と?」

「年、上、って……樹齢二千年を薦めてしまいました」

「…………………………大人っぽいのにする?」

「………………似合うかな?」

「……………………」

 ローリヤさん?

 どうして目を合わせてくれないの?





 眠れない。

 明日はデートだと思うと、心臓がばくばくして眠れない。

『いいか! ここに街の見所を纏めた冊子がある!』

『何を隠そう、纏めたのはわしらじゃ!』

『いい雰囲気になれる店、路地裏、ちょっと遠いが小川流れる花畑!』

『いいか! お前の今までの人生経験全てをかけて王をお誘いするのじゃぞ! 迫れ!』

 まるで、お爺ちゃん達がルタとデートするといわんばかりの気迫だったので言いそびれた。私、デートとかこういうの初めてなんだけど、どうしよう。


 何度も寝返りを打ってもぞもぞしていると、向かいのベッドでも同じように衣擦れの音がした。

「アセビ、起きてる?」

「あ、ごめん。うるさかった?」

「ううん……」

 慌てて起き上がったら、ローリヤものっそりと起き上がる。声がぼやけてないから、もしかしたらローリヤも眠っていなかったのかもしれない。

「あのね、アセビ。私、アセビが大好きだよ」

「あ、ありがとう」

 何だろう。これ以上私の胸をときめかせて、ローリヤはどうしようというのだろう。大好きです。

 ローリヤは何度も口籠って、ぐっと顔を上げた。

「だから……その、嫌なことかもしれないけど、聞いてくれる?」

「うん」

 姿勢を正したのを見て、私も背筋を伸ばす。

「私、ガラムから好きだって言ってもらえた時付き合おう決めたのは、言いたいことを言い合えるからなの」

「うん」

「でもね、結婚しようって、ずっと一緒にいようと決められたのは、言いたくないことも言えるからなの」

 今一よく分からなくて首を傾げる。でも、よく分からなかったはずなのに、胸が締め付けられた気がした。どくん、どくんと、心臓がゆっくりと動いている。ゆっくりと、大きな音が頭の中で鳴り響く。

「アセビと王様のこと、アセビから聞いたことしか知らないから、えらそうなこと言えないけど……でも、アセビは王様といっぱい話したらいいと思う。たぶん、喧嘩も、出来たらいいんだと思う。したくないだろうし、しなくていいならしなくていいんだろうけど、喧嘩が出来る関係になれるなら、喧嘩したらいいと思う。喧嘩とか、言いたくないこととか、長く一緒にいると出てくると思う。でも、それがあったら終わっちゃうとか、終わっちゃうんじゃないかって思ってる関係だと、どっちにしても、長くはしんどいと、私は、思う。アセビは、ちゃんと、かっこいいアセビも、駄目なアセビも、王様に見せるべきだと、思う。それで、その……凄く、失礼だけど、王様が駄目な時は、駄目って、ちゃんとアセビが言ってあげたらいいと、思う」

 途切れ途切れの言葉と、同じ言葉の連続に、凄く言葉を選んでくれていると分かった。言葉を選んで選んで、躊躇いながら、それでも伝えてくれているんだと、分かった。

「それだけ! じゃあね、おやすみ!」

 跳ねるようにベッドに戻って枕を頭に乗せてしまったローリヤを呆然と見つめて、苦笑する。

「ありがとう、ローリヤ。おやすみなさい」

 私もベッドに戻って身体を丸めて息を吐く。

 言いたくないことを言えるというのはどういうことか。たぶん、ローリヤはそれをいま目の前で教えてくれた。言うとお互いの関係が気まずくなるかもしれないことを、私に気付かせるために言ってくれた。言わなくてもなあなあでやっていけることを、ちゃんと言ってくれたのは、私の為だ。

 私は、ルタとの在り方を、もう一度ちゃんと考えなければいけないのかもしれない。

 私はルタとどう在りたいのか。

 ちゃんと見つけられていないから、こんなにも宙ぶらりんなのだ。目指したいものが定まっていないから、私達はぎこちなく空回っているのかもしれない。


 じっと壁を見つめているうちに、いつの間にか眠ってしまった。

 次に目が覚めた時、目の前にいたのは壁じゃなくて髪の毛ボンバーになって鬼気迫る顔をしたローリヤだった。

「アセビ! 遅刻!」

「うわぁ!?」

 時計を見たら待ち合わせの六分前だった。

 昨日入念に用意していたおかげで着るものには困らなかったけど、ローリヤとお揃いのボンバー髪に手間取る。ローリヤが寝癖部分に熱したタオルを押し当ててくれている間に、残りの部分を梳いていく。ちなみにこのタオル、用意してくれたのは室長だった。本当に申し訳ありませんでした。

 気がつけば女性宿舎中からの声援を受けて準備し終わった私は、転がるように待ち合わせ場所、神殿の門まで走った。がりがりに痩せていた時よりは少しはお肉がついてきたとはいえ、運動不足は否めない。その内ちょっと身体を作って剣を振れるくらいには戻しておきたいなと思いながら、粛々と歩かなければならないはずの神殿内を走り抜ける。

「遅刻――!」

「申し訳ありません……寝過ごしました」

「私もさっき起きました!」

「俺も二分前に起きました」

 あれ? 私いま誰と会話をしてるんだろう。首を傾げて視線を向ければ、今日も麗しいルタがいた。

 全力疾走している私の横を、ルタが並走している。目が飛び出さなかった私を褒めてほしい。飛び出さなかった目は、走っていても美しいルタに釘付けだ。飛び出す暇があるならルタを見ていたいという根性のなせる業だ。

「ルタ!?」

「おはようございます、師匠」

「おはようございます!」

 とりあえず待ち合わせ場所まで全力疾走する。待ち合わせ相手が隣にいるんだから走らなくてもよかったんじゃないかと気づいたのは、門柱に手をついて息を整えているときだった。

 必死に息を整えている私の横では、汗一つかいていないルタ。流石ルタ。今日も美しい。

 なんとか持ち直した私は、ぐっと握り拳で気合いを入れる。なけなしのデートの知識をかき集めた成果を見せる時が来た。

「ルタ、お待たせ! 待ちましたか!」

「いえ、今来たところです」

 ですよね。ルタは正直者だ。そんなあなたには金の斧を差し上げましょう

 




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