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師弟失格  作者: 守野伊音
師弟失格
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「アーセービーさ――ん!」

 天幕の間を縫いながら、今日も呑気な声が私を探す。

「よお、カルカラ。今日も精が出るな!」

「さっきあっちで見たぞ、あっち!」

「頑張れよ――」

 人の気も知らないで、他の人達もほいほい協力しないでほしい。

「ありがとうございまぁす!」

 元気に返事を返して、カルカラは駆け出した勢いのまますっ転び、ごろごろと転がって天幕の中に消えていった。

 それを高く掲げられている旗の上から眺めて、ため息をつく。

 私はこの光景を知っている。だからこそ今、この言葉を大好きな彼に送ろう。

「ごめん、ルタ。ほんっとごめん」

 さぞかし鬱陶しかったことでしょう。それなのにルタは、これを可愛いと愛してくれた。なんという器の大きさだろう。

 まあ、四六時中この状態に陥っているのは、ブルクスのみならず隊のほぼ全員がこの状況を面白がってあちこちから手助けしているからだ。

「あ、アセビいたぞ!」

「今度はそこかよ!」

「猿かお前は!」

「猿なら食い物で釣れるぞ」

「威嚇のほうがよくないか? 喧嘩しに降りてくるぞ」

「あいつら目が合うだけで襲ってくるじゃん」

「じゃあ、やっぱ食い物か?」

「鳴けば仲間と思って降りてくるんじゃね?」

 天幕の下から、うきぃうきぃと大合唱が聞こえてきた。なんだろう、これ。まるで私が指揮しているみたいだけれど、私は無実です。後、人を猿扱いしないでください。引っ掻きますよ。


 目立ってきたのでカルカラが復活する前に飛び降りる。そして、天幕の骨組みを一蹴りして反対側に降り立つ。すると、何故か進行方向からカルカラが転がってくる。どこまで転がっていっていたんだろう。

 ぼろぼろになったカルカラが、私の姿を見つけると、べそをかきながら逃げられないように手を伸ばしてくる。その擦り傷いっぱいになった顔を振り払って逃げるほど、無情にはなれない自分が憎い。

「分かりました。分かりましたから、少し落ち着いてください」

「ほんとですか!? じゃあ、皆で昼食食べましょう!」

「うぐっ……」

 天幕の反対側でうきぃうきぃ言っている集団と、お昼。

 承諾した自分の愚かさを罵倒したい。




「アセビの服って珍しいよな」

「あ、それは俺も思った。どこの地域の衣装なんだ?」

 皆の視線が一斉に私を向く。早く食事を終わらせようと詰め込んでいたパンをシチューで流しこむ。

「天界ですよ」

「え!? アセビさん天人なんですか!?」

 ひっくり返った声を上げたカルカラに、どっと笑いが起こった。

「ばっか! お前、からかわれてるんだよ」

「真に受けてんじゃねぇよ」

 赤くなって座り直した肩を、苦笑したおじさんが叩く。

「カルカラは素直だからなぁ」

「ほんと、隊長の弟とは思えないくらいな」

「いいんだ、お前はそのままでいてくれ……隊長みたいに、奢ってくれると言いつつ、俺にツケるようなやつにはなってくれるな」

 あの人は何をやってるんだろう。

「いくら俺が豪快ないびき書いて昼寝してる隊長の頭に肉って書いたからって、あんまりだ! 俺、高い酒ばっか飲んじまったよ!」

 この人も何をやってるんだろう。

 寧ろ、私は何をやっているんだろう。


 願いは彼らを取り戻すことだ。新しい何かを得たいわけじゃないのに、どうしてわいわいと騒がしい中で揉まれながら食事をしているのだろう。

「カルカラ」

 呼べばすぐに寄ってくる姿はまるで子犬みたいだ。私はそれを曇らせる言葉を吐く。

「私は、何があっても弟子は取りません。私の弟子は彼だけで、私は彼だけの師匠であろうと決めているんです」

「じゃあ、友達だったら剣を教えてくれますか?」

「…………なんで?」

 どうしてそうなった。

「だって、友達が頼んだら協力するものじゃないですか!」

「いや、あなたと友達はちょっと」

 私には、ローリヤという心に決めた友達がいるのだ。

「え!? そっちのほうがショックなんですけど!? じゃ、じゃあ、知り合い!」

「知り合い程度の関係の人に剣を教えるのはちょっと」

「誰だったら剣を教えてくれるんですかぁ!」

「ルタだけだって言ってるじゃないですか」

 言ってから、しまったと口を押さえるがもう遅い。

 大きな瞳がぱちりと瞬いた。

「アセビさんのお弟子さんは、ルタって言うんですか?」

「うぐっ」

 無意味に嘘をつく必要はないけれど、思わず違うと叫びたくなる。何をやってるんだろう、私は。

 肺が空っぽになるほどの特大溜息をついて、私の気分に連動したのか垂れてきた髪を耳にかけ直す。

「もう、勘弁してください。私は間抜けですから、感情的になると色々抜けてしまうんです。自分を律することも出来ない愚師です。だからもう、弟子は取りません。剣を習うなら、もっと冷静で、腕のいい、優しい人を探してください。あなたを慈しみ、導いてくれる人が見つかるといいですね」

 言いたいことだけ言って、相手の言葉を聞くつもりもなく立ち上がる。何かを話しかけられる前にさっさと退出しようとしたのに、出口で失敗した。ちょうど入ってくるところだったらしいブルクスに捕まったのだ。

「お? もう出るのか? 俺の飯にもつきあってくれよ」

「申し訳ありませんが、もう充分です。失礼します」

「待ってください!」

 太い腕を潜り抜けた私の背に声が飛んできた。本体は転がってきた。

 ブルクスが足を開いて避けたせいで、もろに突っ込んできた身体を避け損ねる。ブルクスの身体が大きくてよく見えなかった。足元に突っ込んできたのでバランスもとれない。

 縺れてすっ転んだ私の胸倉を掴んで、カルカラは叫んだ。

「それでも俺は、貴女がいいです!」

「私は嫌です! 大体、弟子入り志願で相手の胸倉掴む人がありますか! 後、上からどいてください!」

 自分の状態にようやく気付いたカルカラは、はっとなって慌てて上から飛びのいた。謝りながら差し出してくれた手は取らず、自力で立って服をはたく。

「す、すみません……」

 別に怒ってはいないけれど、このまま怒ったふりして立ち去ろうとした私の肩をブルクスが掴む。そこに浮かんでいるにんまりとした笑みに、嫌な予感がした。

「あの、私ちょっと用事がですね」

「上官命令ならいいのか?」

「はあ!?」

「よっし! お前、カルカラの面倒見てやれ! 隊長命令な!」

「職権乱用じゃないですか! 身内のことは身内で解決してください!」

 取り繕っている暇はない。そんなことしていたら押し通される。断固拒否を貫こうと睨む私に、ブルクスは悲しげな表情を浮かべた。

「身内って言ってもな……これには、深いわけがあるんだ」

「え?」

「俺、人にもの教えるの向いてねぇんだ! 面倒だから!」

「ただの我儘でしかない!」

 ごつい手を肩から振り払った。宜しくお願いしますと握手を求めてきた手が届かないよう後ろに飛びずさって、マントを払う。

「冗談じゃないですよ! ただでさえ町が近くて余裕がないっていう、の、に…………」

 私が口を噤むのと、皆が目を合わせたのは同時だった。

「町? 明日通るあの小さな町か?」

 もう何があっても口を開くものかと噤んだ私に、これ以上は無理だと悟ったのか、場はお開きとなった。



 その夜私は、ありがたいことに、女だからと与えてもらった一人部屋で最悪だとため息をついた。

 私は馬鹿か。馬鹿だよ。知ってるよ。

 顔を覆っていた両手で髪を掻き上げて、それがある方向を見た。夜になったら灯りが見えるから、昼間よりもはっきりと存在が分かる。

 旅人がそれなりに通る街道沿いにはあるけれど、小さな田舎町だ。これといった名所もなく、これといった歴史もなく、鄙びたというほど寂しくはない町。



 私が人間として捨てられ、人間として十五年間生きた町。




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