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師弟失格  作者: 守野伊音
師弟失格
12/17

 ごぼりと血が競り上がってくる。

「ル、タ」

 せめてこれ以上貫かれないようにと刀身を握るも、素手ではどうしようもない。鈍い音と共に体内を刀身が通り、掌が切れていく。

 は、は、と、薄く微かな呼吸しかできない。吐いた瞬間に激痛が走り、吸った瞬間に意識がぶれる。

「ルタ」

 必死に上げた顔で見上げた瞳は色を失い、塗り潰されていた。

 ルタじゃない。これは、ルタじゃない。

「お前、人間神かっ……!」

 血を吐きながら手を伸ばすも、更に剣を差しこまれて反射的に身体が折れる。前屈みになっても抜け出せるはずもなく、余計に刺さっていった。



「ア、セビ……いやぁああああああああああああああ!」

 駆けだしたローリヤの絶叫で、世界が動き始めた。ローリヤ、駄目だよと焦ったけれど、ガラムが押さえてくれてほっとする。

「王よ、一体何を!」

 私を貫く剣を握る腕を掴んだ議員が吹き飛ばされた。その動作で剣が抜けていく。初めてじゃないけれど、やっぱりとても不快だ。肉を滑っていく刃物の感触が、酷く気持ちが悪い。

 血を撒き散らしながら傾いた身体を、膝を床に叩きつけることで支える。倒れたら立てなくなると分かっていた。

 胸を押さえて浅い呼吸を繰り返す。

 急所は、外れている。急所だったならばもう絶命しているだろう。あの時のように。

「王様!」

 走り寄ってくる人々を、もうどこから流れているのか分からない血で濡れた掌を開いて制止する。

「ちか、づくな、ルタじゃ、ない」

 掌に力を溜めて傷口を強く押さえこむ。治せるほどの力は戻っていないけれど、時間稼ぎくらいは出来るはずだ。この身体になってから、どれだけのことができるのか試しておけばよかった。そして、刺されているときに行動しておくべきだったのに。鈍っている。当たり前だ。戦場を離れて百年以上だ。しかも前世。

 いま、ルタとの間には三歩分の距離がある。駄目だ、届かない。

 血で泡立つ口内の物を全部飲み込む。

「人間、如きに、創り、出された、分際で、天人の魂を持つ、私に、無礼が過ぎるぞ、人間神。貴様如き、下等な存在では、私を視界に入れることすら、伺いを持って叶えられるというのに」

 もっと流暢に喋りたい。もう一度唾を飲み込んで、胸を握る手に力を籠める。

「どうした、人間神。天人である私を見下ろすなど、許されるとでも思っているのか? 跪け、地面に這いつくばれ。翼を持たぬ人間如きが、天上を統べる我ら天人に逆らうとでも?」


 人間神は若い神だ。上位天人より後に生まれたほどの若神である。その上、存在したばかりで上位神である天界の神を弑した。他に神の存在しないこの世界で、幼神はただ一度の勝利で大切に大切に人間に祀られてきた。だからきっと、青い。

 一歩、ルタの身体が進む。

 そうだ、来い。近づけ。煽られて、こっちに来い。

「死に損ないの天人如きが! 下等生物は貴様だ!」

 そっちじゃない。

 別のほうが煽られた。いきり立つ神城官を横目で確認して、内心焦る。お願いだからこっちに来ないで。その人達をこせないで。そっちにまで回す力は残っていない。でも、人間を侮辱する言葉を吐いている私を、皆は軽蔑しただろうか。

 皆の瞳を確認するのが怖い自分に苦笑する。ルタだけいればよかったはずなのに、私は随分欲張りになったものだ。せめて生きていてくれるならそれだけよかったはずなのに、嫌われたくないなんて、まるで昔みたいな感情を。

「ぐっ」

 鈍い声に視線を向けると、随身の一人が神城官の首に手刀を叩きこんだ瞬間だった。

 走り出そうとした体勢のまま、ガラムに抱え込まれているローリヤと目が合う。ガラムとも、室長とも、窓枠を乗り越えて言ったお姉さんとも、お爺ちゃん達とも、神官達とも、皆と、目が、合った。

 そこに嫌悪はない。瞳が案じている。泣きそうなほどに、私達を案じている。

 こっちこそ泣きそうだ。

 ぐっと唇を噛み締めて、口角を吊り上げる。どう? 腹の立つ顔をしているでしょう?

 私、あなた達が滅ぼした傲慢な天人だから、幾らでも、こんな顔できるのよ。戦場で、あちこちで、こういう顔をした同胞を見てきた。好ましいとは思わなかったけれど、今はとても感謝している。

 ゆらりとルタの背後に女の姿が浮かび上がる。女神だったのか。だったら、煽り方も変わってくる。声音を粘着質に、甘ったるく、舌を絡ませて。血を、飲み込む。

「それ、随分とご執心のようだけれど、お気に入りかしら? だけど、ごめんなさいね。それ、私のなの。千年前からずっと、私のよ」

 最高の煽りでしょう? そして、事実だ。ルタは可愛い可愛い、私の弟子だ。千年前から、私の大切な、ルタだ。

 だから、返せ。その子は、私と生きると約束してくれた大切な、愛おしい人なのだから。


 まるで羽のように女神の髪が広がった。

 そして、一歩、前に。


 立て、動け、踏み込め! 自分を殴りつけるように叱咤して、床を蹴って跳ねあがり、指を揃えて腕を引く。長剣だったのは幸いだった。懐に入ってしまえば切っ先が遠い。私は力を纏わせた掌を、ルタの胸に突き刺した。

 弾かれる前に必死にルタの中を駆け巡る。どこかに神がいるのだ。ルタの中のどこかに入り込んだ神さえ弾き出せば、ルタが主導権を握ることができるはずだ。

 意識が飛びかけて、必死に繋ぎとめる。ここで離されると、もう距離を詰められない。早く、早く、ルタを、早く。

 必死にルタの中を巡っていた私は、ルタの中に神を見つけた。

 女神は確かにそこにいた。悠々と、微笑みさえ浮かべて、そこに。

「う、そ」

 ルタの、魂の中に、混ざって。





 気が付くべきだった。

 ルタは神に愛された神子だ。神愛は執着となる。今まで放置されていたのは、ルタ自身の拒絶と、ルタが孤独だったからだ。ルタが誰も望まなかったからひとまずは神の逆鱗には触れなかったのに、私が現れた。

 そして、ルタは、この神によって魂を作り替えられ、天人となったのだ。



 繋がっているからこそ、動揺はすぐに見抜かれた。腕を掴まれて無理やり引き抜かれる。そして、まるでやり返すかのようにルタの手が私の胸に突き刺さった。

「う、ぁ……」

 何かが掴まれている。

 女神が、ルタの顔で笑った。

「まさか、あなた、それっ――――!」

 最後は言葉にならなかった。絶叫を上げたのに、音にすらならなかったかもしれない。

 ルタが埋め込んだ羽が、私の中から引きずり出される。ぶちぶちと何かが引き千切れ、繋がっていた命が砕けていく。

 ローリヤが私の名前を絶叫する。皆が走り出してルタの一振りに弾かれていく。

 それが分かっているのに、動けない。地面に叩きつけられた身体は、どれだけ歯を食い縛っても力が入らなかった。

 自分が流す血の海で溺れている私を見下ろして、ルタが、いや、女神が笑っている。くすくすと、風のような美しい声を流し、私を嘲笑っている。

「その、笑い方……」

 その笑い方を、私は知っていた。

「傲慢な、天人、そのもの、よ」

 今度は煽っているわけではなく、思ったことをそのまま言っただけだった。けれど、今まで一番効果があったようだ。女神が腕を振りかぶる。

 ああ、嫌だな。

 まるで他人事のようにそれを見上げながら、私が思ったのはそんな簡単な言葉だけだった。

 ルタに殺されるならそれでも構わなかったけれど、それ以外の理由でこの生から去らなければならないのは、凄く、嫌だ。

 振り下ろされる剣をぼんやりと見上げる。血を失い過ぎた。命を繋いでいた羽も引き剥がされて、身体がまともに機能しない。

 せめて、最期までルタを見ていよう。

 あの時もそうしたように、命が尽きるその瞬間まで、ルタを愛していよう。



 なのに、最期は訪れなかった。

 瞳を開いたまま見上げていた私の顔に、私の物ではない赤が散る、

「ル、タ」

 何が起こったか分からない。分かりたくない。

 けれど、どれだけ願っても、目の前の光景は変わらない。

「ルタっ!」

 私に振り下ろされるはずだった剣を、ルタが自分の腹に突き刺している。貫いた切っ先が背中から生えていて、どれだけの力を籠めたかが分かった。

「なんで、こんな、ルタ!」

「し、しょう。逃げて、ください」

 食い縛った口端から血を溢れさせたルタの眼が一瞬ぶれる。その瞬間引き抜かれた剣が再度振りかぶられた。なのに切っ先が私を向かない。がちがちと揺れる刃が力尽くで向きを変え、ルタの首筋に押し付けられている。

「俺、は、もう、二度と、貴女を殺したくは、ないっ」

「ルタ、やめて!」

 叫ぶたびに血が噴き出すけれど、そんなことはどうでもいい。

 白い首筋に刃が埋まっていく。瞳が凄い速さで点滅するように色を失っているのに、意識を奪い返した一瞬一瞬で自らの首を切り裂いていくルタに、誰もが悲鳴を上げた。

「貴女を、殺す、前に、俺が、消えれば!」

「やめなさい、ルタ!」

 必死に起こした身体を、長い朝焼け色の髪が滑り落ちる。

 羽を失っても身体が戻っていない。引き千切られた感触があったということは、羽は私と同化していたということだ。だったら、飛べるかもしれない。

 血と一緒に羽を弾きだす。羽がある。まだ、飛べる。

 私は勢いをつけて羽を一振りし、一気にルタの元に距離を詰めた。そして、血を溢れさせる互いの唇を重ねた。

「愛してるわ、ルタ」

「ししょ、う」

「あなたが大好き」

 もう一度軽く唇をふれ合わせた瞬間、がくりとルタの首が項垂れる。

「必ず戻るから、少し、眠っていてね」

 ルタを眠らせたことによって主導権を握った神が動き出すと同時に高く舞い上がる。壁に足を掛け、蹴り出す勢いで急降下して地面すれすれを飛んで神殿を出た。

 一旦退くしかない。ルタと神を引き剥がす術がないとどうにもできない。私が此処にいたら、ルタが死んでしまう。

 血を撒き散らしながら空へと飛びあがった私は、逃げようとして、彷徨った。逃げなければいけない。でも、ああ、どこへ。故郷は既にない。同胞も、庇護を与えてくれた神も、もういない。

 一緒に泣いてくれた友達は、地上にいるのに。

 でも、逃げなければ。逃げて、逃げて、帰ってこないと。


 判断能力を失って彷徨った私の腹を、地面から凄まじい速度で伸びてきた光の蔦が貫いた。天人が空中で串刺しにされる皮肉に、こんな状況なのに笑いが漏れた。

「傲慢な、人間神。その傲慢さは、過ぎれば、お前の身を滅ぼすぞ。嘗て、天人が、そうして滅びたように」

 何本もの光が地面を割って私を貫く。

 私は、その光景を見て安堵した。

 天上から落ちるものがないということは、この神は、天界が無くなっても制すことができなかったのだ。天人の故郷は無くなっても、誰にも奪われない空があるということが、とても嬉しかった。

 でも、もう逃げられないと分かるだろうに、次から次へと突き刺さる光の蔦に、何だか心配になってくる。


 業も因果も廻るもの。

 嘗て、憎悪がそうして巡り廻り、私とルタの間を行ったり来たりしたように。

 それなら、人間神にも業が廻ってくるのだろうか。天人を滅ぼした人間にも業は廻るのだろうか。ああ、でも、もしもそうならば、出来るだけ軽いものがいい。あの人達が悲しまないならいい。苦しまないといい。人間神だって、ルタを返してくれるなら、嫌いだけど憎んだりしないから。だから、どうか、神様。私の神様。

 どうせ廻るなら、温かいものがいい。優しさが巡り廻ればいい。

 そうして、その温かさの中であの子が笑ってくれるなら、これ以上の幸福はないのです。


 鋭く尖った光の切っ先が眼前に迫る。天人の神が失われた今、死んだらどこにいくのだろう。

 出来るなら奇跡が欲しい。もう一度、奇跡を。

 帰りたいんです、神様。あの子の傍に帰りたい。

 ああ、死にたくない。嫌だ。死にたくない。

 神様。お父さん、お母さん。

 助けて。

 死にたくないよ。死にたくない。

 死は怖くない。でも、惜しい。生が惜しい。

 生きていたい。

 まだ、続けていたい。

 まだ傍にいたい。今度こそ、傍にいたい。

 ああ、どうしよう。どうしよう。ルタ、あなたの所為よ。どうしてくれるの。私、あなたの所為で、あなたのおかげで、今度は何も諦められないじゃない。



「神様っ…………」



 光が私の眼孔を貫く寸前、空を割った巨大な手が私の身体を掴み上げる。

 何かに包まれて空の中に消えていく身体と一緒に、私の意識もぶつりと途絶えた。








 三年前、大きな戦があった。十年前の事件をきっかけに入った亀裂は、埋まるどころか収拾がつかないほどに広がっていき、議会が神に反旗を翻すという異例の事態に、世界は真っ二つに割れた。数多くの教会が焼かれ、数多の人間が地に飲み込まれた。神が率いる神城に、議会とそれについた人間は敗北し、城と街を追われていった。

 十年前の事件の詳細を知る者は少ない。様々な情報が錯綜し、虚偽も真実も入り乱れて訳が分からなくなっていた。

 神が王を弑した、王が人間を見捨てた、王に殺された天人が蘇って王を害した、天人が蘇り世界の覇権を奪い返そうと目論んでいる。

 様々な噂が飛び交った。誰もが様変わりした世界に目を向いた。千年前に手に入れた平和が恒久的に続くのだと信じて疑っていなかった人間にも、戦火は容赦なく飛び散った。今や世界の覇権は神城官が握り、教会に祈りを捧げないものは次から次へと処刑されていく。

 敗戦した議会と軍は、追いやられた大陸の端から再び進軍を開始し、戦端を開いた。神城につかなかった人間達の志願により数を増やし、戦闘で減らし、じりじりと神城を目指している。





 必要事項を記入した紙を受け取ってくれない相手に、もう一度紙を振る。

「兵の志願受付はここだと聞きましたが?」

 それでも相手は動かない。ぽかんと口を開けたままだ。いっそ紙を置いて無理矢理提出したことにしてしまおうかなと考えていると、背後が騒がしい。

 振り向くと、個々の鎧着用可能な軍の中でも、一際使い込まれた跡が目立つ鎧を着用した男が入ってきた。

「こりゃまた、毛色が違うどころの話じゃないのが来たな」

「女、子供でも入れるのでは?」

「そりゃ、人手はいくらあっても足りないがね。鎧も面も、えらくお綺麗なあんたは、どこぞの姫さんか?」

 力が宿るから切れずに結い上げた朝焼け色の髪、左肩から身体の半分を覆うマント、雲海蛇の鱗から削り上げられた鎧は薄くて軽く、刃は通さない。武器は一応剣の形を取って腰から下げている。

 二度とこの格好をするつもりはなかった。ルタの前で二度とこの姿にはなりたくなかったけれど、もう、覚悟は決めた。

「名はアセビ。孤児院育ちで姓はない」

「ってことは、貴族ですらないのか。それにしたって、なんでまたこんな血なまぐさい所に年頃の嬢ちゃんが来ちまったんだよ」

 無精髭を掻きながら呆れた声を出す男を見上げる。

「大事なものを、奪われた」

「大事なもの?」

「弟子です」

「そいつはまた……」

 困ったように視線を彷徨わせた男は、私が差し出した書類にざっと目を通していく。目で最後まで撫でた男は顔を上げて私を見た。

「相手は神といっても、戦闘に出てきてるのはあっち側についた人間だぞ。お前は、人間を殺せるか?」

 視線を上げて息を小さく吸う。殺さなくていいのならそうするだろう。でも、そうしなければならないと判断した時は、躊躇わない。人殺しの罪が私の選択の結果であるのなら、私に殺される相手の死は彼らの選択の結果だ。

 口角を吊り上げて、私は笑った。

「愚問だ」

「…………そうか」

 ばんっと私の背中を叩いて前に押し出した男は、大声を上げた。

「喜べてめぇら! 仲間が増えたぞ!」

「隊長!?」

「幾らなんでも!」

 男は、詰め寄ってきた部下と思われる男達をうるさいと一括する。

「腹くくれ、てめぇら。俺達は勝たなきゃならん。王が神殿へ帰還なされることこそ、我らが悲願! 千年前、我らの為にその全てを懸けてくださった王に、今こそご恩をお返しするのだ。その為ならば、俺は悪魔と呼ばれようが、必ず勝利する。その為に、こんないい眼をした奴を捨て置けるか」

「感謝します」

 軽く頭を下げた私に、男は豪快な笑顔で答えた。そして、周りからのブーイングも気にしないで話を続ける。

「しかしお前さん、本当にいい眼をする。その歳で何を見てきたらそんな眼になるんだか。それに、腹の括り方が尋常じゃねぇ」

 覚悟なら、とうに決めた。

 必ず戻ると交わした約束を果たす為ならば、この手が汚れようが、魂が穢れようが構わない。

「戦場は初めてではない。ただ、それだけのことです」

「ふぅん?」

 それ以上踏み込んでこなかった男から視線を外して部屋を出る。突き刺さる視線も無視して背筋を伸ばして歩き続けた。

 視界の端に光が覗いて足を止める。廊下の窓から差し込む光に惹かれて視線を向けると、そこには赤い空が広がっていた。白い雲を真っ赤に焼く空は恐ろしいほどに美しい。けれど、もっと美しい空を私は知っている。

「ルタ……」

 彼の瞳の中に広がる赤に勝る空などない。





『どんなに歪な生まれ方をしても、天人は例外なく我の子だよ。感情を殺ぎ落とした無表情の裏で、泣き叫びながら我を殺すあの子が哀れだった。だから少し、おせっかいを焼いてしまったよ』

 私の神はそう言った。千年前、意識の残留だけとなった神は、一度死んだ私を彼の元に届けてくれた。そして、千年かけて溜めた力で、再び手を伸ばしてくれたのだ。自分は最早残滓だと笑いながら、天人の神は私の声を聞き届けてくれた。ルタを救おうと、してくれた。

『さあ、お行き。たった二人となってしまった、愛しい我の子よ』

 神の懐で癒される間に十年経ってしまった地上へと再び降り立った。最早人間としての名残は、名前と記憶しかない。けれど、それで充分だ。それだけあれば、アセビとしてあの人達を愛した心で会いに行ける。



『あの子を、救っておやり』



 私の神はそう言った。

 そしてそれは、私の悲願である。


 会いに行くよ、ルタ。

 どこにいても、何年経っても、何度死んでも、私はあなたを諦めない。

 だって私は、あなたの師匠なのだから。

 そして、あなたが、本当に大好きだから。



 だから、ルタ。

 そんなに泣かなくていいんだよ。



 


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