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もふもふ毛玉、蒼い星を見るの巻

「それが聞きたかったんだ。ありがとう」

この世のものとは思えないような悲鳴が上がる中、シロミミは淡々と語ります。

悲鳴に耐えかねたコモフは耳を抑えました。

おばちゃんは呆然とし、小さい亀さんの方のおねーちゃんは目を見開いて痙攣しています。

平然と椀から汁を飲んでいるのはシロミミだけでした。

「厄介な突撃型から始末させてもらった」

シロミミは何事もなかったかのように言います。

その背後で、大地が盛り上がりました。

何か巨大なものが、もがきながら持ち上げられて行きます。

紅巨人です。

その胸には大きな穴が開いています。

いえ、あれはなんでしょうか?

揺らめくようなもの。

尖った槍のような、水よりも透き通ったものが紅巨人の胴体を貫いています。

やがて、何かが、紅巨人を串刺しにしたまま大地からせり上がってきました。

何か、とは、コモフには分かりません。

何故なら透明でほとんど見えないからです。

でも、紅巨人と同じ位大きいのは分かりました。

「最初カラ……?」

「幸運だった。一昨日、ヒポポタマス級宇宙怪獣が落ちてきたのは全くの偶然だ。

 そこに君たちが来るのが数分遅ければ、私があの怪獣を倒さざるを得なかった。

 もちろんそうなれば、降りて来た君たちに討たれていただろう」

シロミミが語る間にも、見えない"何か"が、紅巨人を振り払いました。

尖った武器―――角?―――が抜け、飛んでいった紅巨人はそのまま地面に叩きつけられ、けいれんしています。

おねーちゃんも同様。そのままやがて、動かなくなりました。

「まさか……」

シロミミが、おばちゃんに向けて一礼します。

まるで歌を披露するときのように。

「では改めて自己紹介を。

 我が名は"禍の角"。

 お前を倒し損ねたのが我が姉妹である、というのであれば、トドメを刺すのは私の責務だ。お前は私が倒させてもらおう」

おばちゃんの背後の地面が盛り上がりました。

顕れたのは、翼を背負い銀と白と黒に彩られた鉄巨人。

見えない何か―――"禍の角"は、鉄巨人に向けて突進します。

まだ地面から抜け出ていない鉄巨人は、左目のレーザー砲を放ちました。

外しっこない距離です。

そして、禍の角は、レーザーを防ぐための兵器、レーザー・ディフレクターを展開していません。

案の定、レーザーは、禍の角の体を貫きました。

―――それだけでした。

澄み切った水より透明なその体は、レーザーを受け止めるのではなく、素通りさせたのです。

物質透過には大別すると二種類あります。

体全体を波のようにすることで、自分より小さい固体を透過する方法。

もう一つが、体を構成する原子の隙間に物質を通すことで、空気原子を素通りさせたり地面に潜ったりすることができる代わりに、密度の高い物体を透過できる速度に制限のある方法です。

後者の方法で物質以外、たとえば光を透過するのは不可能ではありません。

電荷を帯びた高速の粒子だって透過しようと思えばできます。

でも、それは大変難しいのです。

目の前の敵がそれを為しうる体を持つのだ、と理解して、おばちゃんは戦慄しました。

今の今まで気づかなかったのも、光を透過するためにセンサーに引っかからなかったからです。

でも、次の手を打つ時間はありません。

禍の角の、角―――対艦衝角が、咄嗟に突き出された鉄巨人の格闘用アームに突き刺さります。

そこへ、鉄巨人はもう片方のアームを叩きつけました。

真横から格闘用アームで殴りつけられた衝角は、ぽっきりと折れます。

「ふむ。やるな。戦艦とは思えんほどだ」

この期に及んで、平然と呟くシロミミに、コモフは戦慄しました。

二つの巨体が殺し合っているのを背に、いつも通りでいるのです。

「そんな…どうして?ねえ、どうして?」

「事情は、散々聞いていただろう?付け加えるならば、その討伐の対象が私だった、というだけの話さ」

のんびりと告げると、シロミミはコモフに食べるかい?と椀を差し出します。

一方、おばちゃんは答えません。その余裕がなかったからです。

角を折られた禍の角はバックステップ。

そこへ鉄巨人の右目から荷電粒子砲が放たれますが、一瞬シルエットを照らし出しただけで透過してしまいます。

でも、おかげでコモフにも、禍の角がどのような形をしているのかが分かりました。

尾から角の先まで一直線。地面に水平になっています。

前足は細く、地面についていません。まるで手のよう。

胴体の後ろからは、太い後脚が生えて地面をしっかりつかんでいます。

胴体は細長く、尾と角はそれと比べて太くて長く、逞しいと言えるでしょう。

恐ろしくも美しい、肉食獣のような姿です。

「角の再生が遅い……」

『妨害用の量子機械だ。排除するまで治ると思うな!』

コモフには理解できない言葉でおばちゃんが叫ぶと、鉄巨人の脚に取り付けられた筒から、何本もの縄が飛び出しました。

まるで蛇のような動きで、縄は禍の角に絡みつきます。

「……やれやれ。この形態では不利かね」

シロミミの言葉に、表情など備わっていないはずのおばちゃんの顔が、確かにこわばりました。

鉄巨人の肩に備わった大砲から、ネバネバに広がる粘着散弾が発射されます。

―――形態転換開始

禍の角の尾が割れました。角が伸び、隠れていた関節が露わになります。太く逞しい脚が折り畳まれてまるでスカートような副腕に。

その身を縛り付ける縄が、ムチのようにしなった角によって切られ、はじけ飛んで行きます。

割れた尾が地面を踏みしめ、その身が直立した時。

獣は既にそこにはいませんでした。

「巨人……!」

禍の角は、あろうことか、手から放った荷電粒子ビームで粘着榴弾を切り裂き、その隙間に身を躍らせてかわしました。

コモフの目には相変わらず陽炎のようにはっきりと見えませんでしたが、おばちゃん、そしてその本体である鉄巨人の目にはくっきりと写っていました。

細身の巨人。ダイヤモンド型のフェイスカバーに覆われた顔。後頭部から髪のように長大な尾(先は欠けていますが)を垂らし、細く長い四肢と、それに比して頑強な腰のサブアーム。そのペイロードの大半を重装甲と高機動性に割り振り、対艦衝角の攻撃にすべてをかけた非常に強力な突撃型指揮個体。

それが、かつて禍の角、と呼ばれた高度機械生命体の正体です。

かつてのおおいくさの時、禍の角は何百もの数が生み出され、そしてそのほとんどが破壊されたはずでした。

鉄巨人はその強みと弱点を知り尽くしています。

ですが、地に足を付けた禍の角は無敵と言ってもいい存在でした。

禍の角の放熱能力はかなり割り切られた小さなものですが、周辺の大気を利用して簡単に冷却できるのです。それに自己修復に必要な質量にも事欠きません。

最大の武器である角を破壊したからと言って、油断はできませんでした。

「ねえ、どうしてこんなことするの!?

 聞いてたでしょ、たくさん助けが来るんだよ!?

 今おばちゃんを倒しても何にもならないんだよ!?

「そうでもないさ。

 私の仲間は大勢いる。そして敵の配置は分かった。

 今頃、この星全域で戦端は開かれている

 私が聞いたことを皆に教えたからね」

禍の角は、そのまま無慣性状態にシフト。

光の99.998%にまで加速して、サイドステップを織り交ぜながら踏み込みます。

まったく同時に無慣性状態へシフトした鉄巨人は防御に専念。

その右手が、千切れました。

禍の角の腰から伸びた副腕にむしりとられたのです。

続いて頭が殴られ、消し飛ばされました。

脇腹に押し付けられようとしたてのひらは辛うじて左腕で防ぎ、そして距離0から放たれた荷電粒子ビームが鉄巨人の腕を溶融させます。

「おばちゃん!?」

「あの程度では死なない。頭ではなく副砲塔だからね」

淡々と語りながらも容赦なく攻める禍の角。

最後に叩きこまれた蹴りで、鉄巨人が大きく吹っ飛びます。

一発一発が数百キロの小惑星をも粉砕する、強力無比な禍の角の攻撃に耐えたのはさすが鉄巨人でした。

ですがもう、ほとんどの武器は破壊されています。

凄まじい勢いで損傷部位は再生していきますが、それが完了する前に禍の角は踏み込みました。

腰の副腕が鉄巨人をスクラップへ変えようとしたその瞬間。

禍の角の腹に、巨大な槍が突き刺さりました。

鉄巨人が足を器用に使い、地面に置かれていた槍を投じたのです。

そうでした。元々あの槍は、おばちゃんの陣営のものだったのだ、という事をコモフはぼんやりと思い出します。

一瞬生じた隙に、鉄巨人は翼を再構成。特異点砲へと変化させました。

「いいのか?あの子が死ぬぞ?」

シロミミのその言葉に、おばちゃんは発砲をためらいます。

「やだよ、やめてよ……」

お構いなしに禍の角は鉄巨人を抑え込みました。

コモフは考えます。考えて考えて考え抜きます。

どうすればこの戦いを止められるのか。

「ねえ。待って。二人とも聞いて。お願い。ちょっとだけでいいから!」

鉄巨人に馬乗りになり、今まさにトドメを刺そうというところで、禍の角は手を止めました。

油断なく鉄巨人への視線を向けたままです。

「いいだろう。少しだけなら聞いてやろう」

おばちゃんは驚愕していました。禍の角が、他種族の願いを聞くだなんて!

「ねえ。おばちゃんたちを倒して、それからどうするの?」

「どうもしない。これからも生きて行くだけのことだ」

コモフの問にシロミミは即答。

「じゃあ、次が来たら?」

「次?」

「うん。戦争はおばちゃんたちが勝ったんだよね?」

「ああ」

「じゃあおばちゃんたちの、ここに来てる以外の仲間もいるよね?」

「ああ」

「おばちゃんたちを倒しても、次のひとたちがまた来るよね?」

「ああ」

「どうするの?」

「戦うだけだ」

「ずっと?次が来て勝っても、その次もまた来るんだよ?何度も何度でも来るんだよ?いつか負けちゃうよ?殺されちゃうよ?」

「仕方ない」

「やだよ。あなたが死んじゃうのやだよ」

シロミミは絶句しました。

「……そんな風に言われたのは生まれて初めてだ」

コモフは叫びます。心の底から叫びます。

「やだよ!あなたは、私には何も酷い事してないもの!助けてくれたもの!!」

「……!」

助けた…助けたのでしょうか?

禍の角―――シロミミには自信がありません。

「私に何をしろ、と?」

「ねえ、おばちゃん。おばちゃんたちは、負けを認めてもう悪い事しない、って約束したら、悪い魔物たちも殺さないの?」

おばちゃんが答えたのは、一拍間をおいてからでした。

「……約束 守ル限リ 殺サナイ 殺ス理由 ナイ」

「ほら!ね?戦わなくていいんだよ?ね?もう、お互い殺さなくていいの。だから。だから、やめようよ……」

やがて、禍の角は、鉄巨人―――刹那級打撃戦艦1番艦"刹那"―――へのレーザー回線を開きました。

『この星域における機械生命群の戦力を統括する私の責任を持って、銀河系諸種族連合に対し、無条件降伏を申し入れる』

『降伏を受諾する。勇気ある選択に感謝する』

禍の角は立ち上がり、そして倒れている鉄巨人へと手を貸しました。

戦いは終わったのです。


 ◇


戦いが終わった後は大変な騒ぎでした。

降伏したという話を徹底させるのだけでも一苦労。

更に、おばちゃんたちの本隊から大勢の巨人たちがやってきては禍の角の仲間たちを連れて行きました。

ですが、いったん大人しくなった者たちは、その後も大変静かに過ごしているそうです。

おねーちゃんは、本体は壊れたものの亀さんたちのかなりの数が無事だったので生き返らせることができるそうです。仲間たちに運ばれて先に帰って行きました。

「……というわけで、もう疲れて死にそうよ」

くてー、っとなるおばちゃんです。

おばちゃん、無茶苦茶流暢に喋ってます。

もう違和感は全くありません。

ここ数日は部下にコモフの世話を任せっきりで働いていたのに、いつ勉強してたのでしょうか。

ここはおばちゃんたちの母艦の展望室です。広々としたスペースに、テーブルや椅子が沢山並んでいます。

初めてこの船に来た時は、あまりの巨大さにコモフの空いた口がふさがりませんでした。

「それで、禍の角…さんは?」

「大人しいもんよ。ま、たぶん疲れてたんでしょうね」

「疲れてた?」

「ええ。彼女ら―――機械生命体はものすごく臆病な種族なの。

 でも他の種族と話すのが凄く苦手で、いつか自分たちを滅ぼそうとするんじゃないのか?っておどおどしていて。それが、昔の戦争の原因」

分かってしまえばものすごく馬鹿馬鹿しい理由です。

「もう滅ぼされる心配がない、っていう安心が得られたから、彼女は降伏するって言ってくれたんだと思う。

 あの場で私たちは全滅必至だったもの」

にっこり。

顔は動かなくても、この善良なおばちゃんの表情は段々と分かるようになってきました。

「そうならなくてよかった」

「あなたのおかげよ」

「え?そうなのかな」

「ええ。だから、私としては最大限お礼をしたいわ。あの星で、豊かに暮らしていけるように定住先を見つけてあげる」

天井の先には、小さな小さな蒼い星。

もふもふ族の故郷です。

自分があんな小さな星から来た、だなんて最初コモフには信じられませんでした。

この世界は驚きの連続です。

もっと驚くような事があるのでしょう。

まだまだ見たこともないようなものがあるのでしょう。

見たりない。

それに、戻っても家族も、おうちも、村も。もうありません。

「ねえ、おばちゃん」

「なあに?」

「私、おばちゃんたちの世界に行きたい」

コモフはこの数日、考えていたことをはっきりと言いました。

一大決心です。

「……言うかも、とは思ってた」

おばちゃんはコモフの目を見て真剣な口調です。

「けどね。私たちの世界で暮らすなら、たくさんの事を勉強しないといけない」

「うん。覚える」

「それだけじゃないわ。その知識は、あの小さな星ではまだ誰も知らないような、とても危険な事も含まれてる。

 だから、私たちの世界で生きて、学んだら、もうあなたを故郷に帰してあげられなくなる」

「いいよ。もう、誰もいないもの」

「……また仕事増えるなあ……」

おばちゃんがぐてーん、と天を仰ぎました。

「あ、あの……」

「いいのいいの。おばちゃんに任せなさい。子供は大人に頼っていいんだから」

言って、おばちゃんは立ち上がります。

「じゃあ、仕事に戻るから。

 明後日には出発よ。それまでに、故郷をしっかりとみておくのね」

「はいっ」

コモフはとてもわくわくしています。

全てを失ったときは凄く悲しかったし、これからどうしようか、と思いましたが、人生捨てたもんじゃありません。

小さなもふもふの未来はこれからなのですから。

天空の蒼い星は、コモフの将来を祝福するかのように輝いていました。



Fin.


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