もふもふ毛玉、槍を探すの巻
「龍 探ス」
夜が明け、街を出て最初におばちゃんが言った言葉がこれでした。
街にいたおかげか、かなりの上達ぶりです。
「龍?」
「昨日 歌」
「ああ。歌の龍?」
「ウン」
「なんで?」
「龍 悪イヤツ 見ツケル ヤッツケル
私タチ 龍 探シニ来タ」
確かにおばちゃんなら龍を倒せるかもしれません。
でも、あれはずっと昔のお話です。
今龍がどこにいるのかなんて分かりません。
「場所 知ラナイ?」
首を振るシロミミとコモフでした。
「あ、でも」
ふとシロミミは思い出したように言いました。
「龍から抜け落ちた槍は、山脈を三つ超えたところにある、っていう話は聞いたことが」
「ソレダ 探ソウ」
シロミミはぎょっとしました。険しい道を何十日も超えて行かねばならない難所です。
「大丈夫 飛ブ」
地面から鉄巨人が出てきます。
続いて出てきたのは亀さん―――ではなく。いや亀さんではあったのですが、めっちゃデカいです。
その大きさは鉄巨人並でした。
「わっ。びっくり」
よくその巨大亀さんを見ると、無数の六角形のタイルがくっついてできています。
亀さん達が集まってできているようです。
巨大おねーちゃんと言ったところでしょうか。
「乗ッテ」
鉄巨人が跪くと、手を差し出します。
今更鉄巨人を恐れるわけではありませんが、やっぱりためらってしまうもふもふでした。
意を決して、シロミミがてのひらに飛び乗ると、コモフに手を貸します。
「うんしょ」
頑張って乗ると、鉄巨人が立ち上がりました。
「うわぁ……」
凄くいい眺めです。遠くまで見渡せます。
でも、こんな鉄の塊が、どうやって飛ぶのでしょう?
背中に羽が生えているとはいえ、とても飛べそうにありません。
と、もふもふたちは思っていたのですが。
ふわり。
ピクリとも羽を動かしていないのに、鉄巨人は浮かび上がりました。どんどん高くまで昇っていきます。
もふもふの常識は通用しないようです。
風が強いです。
しまいには、雲の高さまで来てしまいました。
「ドッチ?」
「あ、あっち」
おばちゃんに聞かれたシロミミは、雲の切れ間から見える山脈を頼りに大ざっぱに向きを指示します。
「行ク」
鉄巨人が、続いて巨大亀さんが目的地へと向けて飛行を開始しました。
雲が流れ、太陽の光を反射します。まるで奇跡のような美しさです。
「わあ、すごいすごい!!」
コモフは目を丸くしてはしゃぎます。
普通のもふもふは一生かかっても見る事の出来ない光景でしょう。
でも、そこでふと寂しくなってしまいました。
コモフは今まで何もやっていません。
怪獣から助けてくれたのはおばちゃんですし、村の遺体を葬ってくれたのはおねーちゃんです。
シロミミのおかげでご飯が食べられました。
何も役立っていないのはコモフだけです。
「気ニスルナ」
おばちゃんはコモフの背中をぽんぽんと叩いて慰めます。
「イツカ 試サレル
生キル 限リ」
難しくてコモフにはよくわかりませんでしたが、でも生きてさえいればいつか役立つ機会が来るのかもしれません。
その時、おばちゃんたちが急停止しました。
「山脈 三ツ 越エタヨ?」
シロミミが言っていたあたりの場所です。
「このあたり…と聞いたことはあるけど、どこだろうね」
さしもの歌うたいも、槍の本物を見たことはないそうです。
「探ス
おねーちゃん ガンバル」
巨大亀さんが頷くと、その体の表面からばらばらばら……と小さな六角形が外れ、亀さんになって四方に散っていきます。
人海戦術で探し出すようです。
沢山の亀さんを送り出した後の巨大亀さんは、既に亀さんではありませんでした。
鉄巨人と同じくシャープで強そうな、紅の巨人です。
表面に無数の亀さんがくっつくことで巨大亀になっていたのでした。
「探シテル 間 待ツ」
鉄巨人と紅巨人はゆっくりと、地上に降下しました。
◇
「ねえ。なんで龍を退治するの?」
シロミミが沸かしたお茶を飲みながら、コモフは疑問を投げかけました。
鉄巨人たちがちょうどいい日蔭となって、山肌の風と高所の日の光からもふもふたちを守ってくれます。
質問されたおばちゃんは、茶を沸かした鍋の中身からコモフへと視線を向け直しました。
「昔 大キナ 戦 アッタ
星 タクサン コワレタ
龍 仲間ト 一緒ニ 星 コワシタ」
「星?」
「ソウ
星ハ世界 タクサン 生キ物 イル」
むかしむかし、とても昔。
悪い悪い魔物たちがいました。
彼らは鉄でできていてとても強かったので、たくさんの種族が殺されてしまいました。
でも、彼らに一人の勇者が立ち向かいます。
勇者は大勢の仲間を集め、悪い魔物たちに対抗できる善い鉄の生き物をたくさん作りました。
魔物たちは、鉄の生き物を倒すために、より強く自分たちを作り変えました。
その中でも、特に強かったのが"禍の角"と呼ばれる鉄の龍の姉妹です。
禍の角は大勢の善い鉄の生き物たちを殺しましたが、それでも団結した善い種族の仲間たちの手によって、そのほとんどが倒されたのでした。
「じゃあ、あの歌に出てくる龍って……"禍の角"なの?」
「多分ソウ」
口調と裏腹に、おばちゃんは自信ありげな様子でした。
「善い鉄の生き物って…あなたたち?」
「ウン」
「じゃ、じゃああの、私の村を襲ったあれも、魔物なの?」
「違ウ アレハ タダノ 獣
天ヲ 漂イ 訪レタ星 生キ物 全部食ッテ増エル
増エタラ 大変 ダカラ殺シタ」
あの怪獣が"ただの獣"だなんてコモフの感覚では信じられませんが、おばちゃんたちの力ならそんなものなのかもしれません。
「そうなんだ……」
「コノ星 禍の角 ソノ仲間 一杯隠レテル 多分」
だから探しに来たのだ、とおばちゃんは言います。
「そ、そんなたくさんいるのに、大丈夫なの!?」
今の話を聞いた限りでは、おばちゃんたちと同じ位強い魔物が大勢いるようです。
ふたりで大丈夫なのでしょうか?とても心配になるコモフです。
「ダイジョブダイジョブ
私ノ仲間 コノ星ノ近ク 大勢イル
皆 魔物 探シテ 散ラバッテル
呼ベバ スグ来ル」
そうなんだ、とコモフが安心したところで、おばちゃんが立ち上がりました。
「ハッケン」
それを聞いて、今までおばちゃんの話を真剣に聞いていたシロミミが鍋を片づけ始めました。
◇
おばちゃんの手に乗ってひとっとび。
日が動くほどの間もなく、一行は槍までたどり着きました。
「ほう…」
山の峰に突き立った槍を見上げ、シロミミが感嘆の声を上げます。
長さはもふもふたちの身長の20倍以上。なるほど、鉄巨人が使うのにちょうどよさそうな長さです。
何千年も前のものであろうに、傷一つ、汚れひとつついていません。不思議な槍です。
紅巨人が槍に手を伸ばすと、あっさりと引き抜きました。
しばらく両手で持って検分しています。
やがて、鉄巨人に視線を向けると頷きました。
「アタリ」
おばちゃんの言葉にコモフはやっぱり、という表情。
「刺サッテタ "禍の角"」
「おばちゃん、禍の角より強い?」
コモフとしてはなんとなく、強いのだろうな、と思ってます。
「ウウン
"禍の角"ノ方ガ 強イ
昔 私 負ケタ
胴 真ッ二ツ
生キテル 奇跡」
ぎょっとして、コモフはおばちゃんを見返しました。
「今度コソ 勝ツ」
でも、その雰囲気に強い決意が見て取れたので信じよう、と思いました。
さて。
そうこう話をしていると、お日様が山の合間に差し掛かりました。
夕暮れです。
◇
街で貰って来た干物を鍋に入れ、グツグツ。
すっかりおなじみになったシロミミの料理です。
近くには元通りに突き立てられた槍。
鉄巨人と紅巨人は、両方とも地面の下に隠れています。
夕ご飯を食べながら、コモフはご機嫌でした。
今日だけで、一体どれほどの不思議な体験をしたのでしょう。
普通のもふもふが知りようのない、世界の秘密もたくさん聞きました。
一生分の経験をしてしまったかのようです。
「ところで気になったんだが」
シロミミが煮物を口にしながらおばちゃんたちに聞きます。
「この星の近く、というが、どれくらいの数、どのあたりに仲間がいるんだ?」
ウーン、とおばちゃんが考え込みました。どう説明したものか悩んでるようです。
「街 住ンデタ人 クライ?」
あの街の住人と同じ位の数、という事でしょうか?
もふもふの感覚だと凄い人数です。
「おばちゃんやおねーちゃんみたいなのが?」
「ウン」
おばちゃんの話によると、大きな母船が1隻、その周りに小数の護衛がつき、300人近い仲間たちがバラバラに分かれて、この星の全域を捜索しているとの事でした。
「それだけ?」
「ウン」
「そうか。なんとかなりそうだな」
シロミミの言葉を奇妙に感じたコモフ。
なんと問いただそうかと考え込んだ時の事でした。
――――GOAAAAAAAAAAAA!?
悲鳴が、上がりました。






