もふもふ毛玉、亀に囲まれて約束するの巻
コモフに触れていた鉄巨人は、突如として身じろぎしました。
「えっ。あっ」
目の前で立ち上がった鉄巨人に、コモフはうろたえます。
でもそんなことはお構いなしに、鉄巨人は後ろを向くと歩き出しまた。
村の方です。
「待って。……きゃっ」
立ち上がろうとしたコモフは、折れている脚を庇おうとして危うくシロミミに助けられました。
「立っちゃいかん。怪我してるんだから」
「ごめんなさい…あれ?」
コモフはおかしいな、と思いました。痛くありません。
足を見下ろすと、どっちの脚もきちんと伸びています。怪我している様子はありません。
「治った…なおっちゃった!?」
二人はびっくりしました。怪我がそんなにすぐ治るはずがないからです。
と、鉄巨人が振り返りました。もふもふたちを見ています。
「まさか……治してくれたの?」
それが、怪獣を倒したのと同じ力だとは二人には分かりません。
鉄巨人は答えず、そしてすぐにまた、歩き出しました。
数歩歩いて振り返り。数歩歩いて振り返ります。
「ついてこい、って言ってるのかな?」
「たぶん…」
しばしためらった後、二人は意を決して歩き出しました。
鉄巨人に先導されて、もふもふたちは村があった場所へとたどり着きます。
「…そんな」
こんもりとして、草に覆われた土のお家も。
木でできた背の高い食料倉庫も。
村の真ん中にあった井戸も。
葉喰いトカゲを放し飼いにしていた大木も。
なんにもありません。
コモフは駆け出しました。鉄巨人の足元を走り抜け、ころころと転がって焦げた道を走ります。
やがてある家の前に立ち止まると、コモフは泣き崩れました。
家の後ろ半分が、踏み潰されています。さっきの怪獣にやられたのでしょう。
中にはまだ幼い弟妹たちや、母がいたはずなのです。
と、そこに。
つんつん。
何かにつつかれました。
コモフが足元を見下ろすと、見たこともないような変な生き物がいました。
平べったい六角形から足が四本、頭がひとつ生えています。
私たちの知るものの中では、亀に近いでしょうか。
あまり大きくありません。むしろ可愛らしい顔をしています。
「きゅ~?」
真っ白で光沢のない、やたら直線的で不思議な表面の亀さんです。
ふと見まわすと、そこらじゅうに沢山の亀がいます。何やらゴソゴソと、協力しながら作業しているようです。
そこに、コモフの家の裏から亀さんが出てきました。
背中にバラバラの肉や毛皮を載せています。
それはどうみても、もふもふの死体、それもコモフの家族の死体でした。
死体を背負った亀さんは、硬直しているコモフの横を通り抜けようとして、コモフを見上げます。
「きゅ」
ついてこい、と言っているかのようです。
コモフはのろのろと、亀さんの後ろをついていきました。
その先にあるのは広場だな、とぼんやりと思いだします。
亀さんは広場に入るとすぐ、いくつもの真っ黒な棒のようなものが並べられたところに行きました。
いいえ。よく目を凝らせばそれは、棒ではありません。
かつてもふもふだったものです。
焼け焦げて、炭になっています。
それがいくつもいくつも丁寧に並べられていました。
並べているのは、何匹もの亀さんです
コモフと目が合うと、亀さんの一匹が、口にくわえた何かを差し出しました。
お花です。
今の時期、どこにでも咲いています。
臭いが強くて、正直コモフはあんまりその真っ白なお花は好きではありませんでした。
でも、今だけはその嗅ぎなれた匂いが懐かしく思えてきます。
家を出かけてから、まだ1日も経っていないのに。
コモフは泣きだしました。まるで堤が壊れるかのように、涙があふれ出します。
そこへ、シロミミが追い付きました。
泣いているコモフへかける言葉が見つかりません。
無数の遺体に圧倒されているのでした
亀さんたちとシロミミに見守られ、コモフは涙が枯れ果てるまで泣きました。
やがて泣き止んだコモフの横へ、シロミミが腰を下ろしました。
「もういいかい?」
「…うん」
「そうか。強い子だ」
シロミミはコモフの頭を優しく撫でます。
「……それにしても」
周りを見回すシロミミ。
沢山の亀さんと、そして鉄巨人がこちらをじっと見つめています。
「話が出来ればいいんだけど」
悪い相手ではない、と思ったのでしょう。
実際、助けてくれました。
その時。
鉄巨人が、その指を下に向けました。かと思うと、指先から何かが落ちてきます。
ころん、と転がると、それはシロミミたちの方へ歩いてきました。
鉄巨人同様、金属でできていて、手があり、頭があり、脚があります。でも、もふもふたちの半分もありません。さしずめ鉄小人と言ったところでしょうか?
「ダイジョブ?」
小人が喋ったので、もふもふたちはびっくり。
発音が微妙に変ですが、この際それは置いておきましょう。
「しゃ、喋れるの?」
「シャベル」
小人はうんうんと頷きながら答えます。
「ワタシ ミテタ オボエタ」
ふたりのもふもふはぎょっとして鉄巨人を見上げます。
「お……覚えた?言葉を?」
「ウン
タクサン シャベッタラ タクサン オボエル」
「あ、あなたは喋るのに、あっちのおっきいのはしゃべらないんだね?」
特に何をするでもなく、立ち尽くしたままの鉄巨人を指さしてコモフは尋ねます。
「チガウ
アレ ワタシ
オッキイノ カラダ チッチャイノ クチ
シャベル クチ ツカウ
ハタラク カラダ ツカウ」
「く、口と体が別々…?」
「ウン」
「じゃ、じゃああの平べったいのは…?」
コモフが亀さんたちを指さしました。
小人は答えず、コモフとシロミミを順番に指さします。
「?」
次に、小人は鉄巨人と、亀さん達を順番に指さしました。
「えーと……友達なの?」
「ウン トモダチ」
もはやもふもふたちは、開いた口がふさがりません。
自分たちは一体何と話をしているのだろう?
そんな思いでいっぱいです。
「あなた……何なの?」
その言葉を待ってました、とばかりに小人は胸を張ります。
「"とてもみじかい時間" ダヨー」
よくわかりませんでしたが、名前でしょう。
「長い名前…だね?」
「ホント ミジカイ」
小人の言葉だったら短い、という意味でしょうか?
「アレ "流れて転がる" ダヨ」
亀さんを指さして、小人は続けます。
「うーん、呼びにくいね」
「ウン」
そうしている間にも、あたりで忙しく働いている亀さんたちがいます。
皆同じ名前のようです。
「何て呼ぼうか?」
ちょっと困ってしまうコモフでした。
「ウン
ワタシ オバチャン
アレ オネーチャン」
「お、おばちゃん?おねーちゃん?」
鉄巨人と亀さんをそう呼べ、ということです。
なんかイメージと違うなあ、と困惑してしまいました。
「オバーチャン ダメ
オバチャン イイ」
どうもこだわりがあるようです。受け入れるしかありません。
「キマリ」
決まってしまいました。
「トコロデ オネガイ アル」
おばちゃんの言葉に二人は緊張しました。
何をしろと言うのでしょう?
「オシエテ
コトバ」
「言葉……?」
「ウン
オシエテ
アナタタチ」
「私たちを……知りたいの?」
シロミミは、おばちゃんの顔をしっかりと見据えて訊ねます。
「ウン
タクサン シリタイ
ヒツヨウ」
もふもふたちは顔を見合わせました。
そして頷き合います。
「いいよね。うん。教えてあげる。助けてくれたもの」
「アリガトウ」
こうして、もふもふと鉄巨人の間に、約束が交わされたのです。