第7話 (※ただし「ご当地」に限る) ◆
※文中に小アイコンあり。
※文末に挿絵あり。
部曲旗
挿絵:boxrun22
咒術士(現実ver)
挿絵:トネリコ
わたしは咒術士。
毒散布・呪い・盲目・恐慌・幻術・麻痺・吸収……あらゆる妨害魔法を行使し、屍獣・屍兵・屍鬼を使役する後衛補助職。
攻撃力と防御力は、他の後衛職よりはマシだけれど、前衛攻撃職よりは高くない。
中途半端に攻撃力と防御力があるため、後衛魔法専門職より魔力が低い……。
使役する屍鬼に敵対心を取らせてから、毒を散布し敵のHPを徐々に減らし、呪術で敵のHPやMPを奪いつつ、鈍化効果のあるの短刀で殴って敵を殺す。
何も考えず殴るだけの前衛攻撃職とは違い、ただのレベル上げのための狩りすら、気をつけなければならないことが多い。
HPとMPを吸いながら戦うとはいえ、与えるダメージが高くないため、格下相手でないと厳しい。
そして雑魚一匹倒すのにも時間がかかる。
野良PTでレベルを上げようとしても、よほどメンバーが足りていないという場合でなければ「お断り」されてしまうことが多い。
いつしか、PT参加希望することをやめ、ソロ狩りがメインになっていた。
はっきり言って不遇職。
おまけの。
添え物のような存在。
虚しい。
かつては仲間がいた。
我が君と仰いだ盟主がいた。
今は……ひとりだ。
忠誠を誓い、心を込めて仕えた姫は……もう、いない。
頭上に戴くべき部曲旗も、今はない。
◆◆◆
午後五時。
前から気になっていた書店に入る。
秋冬に向けて、新たな衣装を作るための型紙本を探すためだ。
わたしは現役女子大生アイドル。
……ただし、「ご当地」に限る。
市が公募したイベント用ご当地アイドル事業に応募し、選考の結果、採用された。
市のイベントや、周辺自治体との共催イベントでのアイドル活動の他に、地元新聞・地元ラジオ・地元テレビでも、モデルやタレントとして出演している。
二年契約の二年目。特に問題がなければ、一度限り二年更新できるのでその予定だ。大学卒業後は、地元テレビ局でアナウンサーやモデルとして採用してもらうことがほぼ内定している。
そういった活動のため、土日はほぼ潰れる。平日もトレーニングや衣装作りが欠かせない。
もちろん市から支給されている衣装はあるが、いわゆる「○○大使」的なスーツなので、ステージ上で映えない。
スーツを使うのは、特産品のフルーツが旬の頃、県庁や記者クラブに表敬訪問するときくらいだ。
自慢ではないが、わたしは容姿に自信を持っている。
自らの美しさに誇りを抱いている。
その容貌とスタイルを生かすために、計算し尽くしたステージ用の衣装を自分で製作する。
春は淡くふんわりとしたシフォン。生成の生地も使う。
夏は水着をベースにしたり。時折、浴衣。北欧系のざっくりとした柄や涼しげな和柄で小物を作って合わせてみたり。
秋はニットやウールでナチュラルに。そしてガーリーに。
冬はラメやスパンコールでゴージャスに。正反対にシックな装いも。
桜・あじさい・朝顔・桔梗・椿・梅などの花のモチーフで季節感を盛り込んだり、うさぎ・いぬ・ぬこなど動物モチーフも取り入れたりする。
いろいろ腐心するけど、反応が良かったのが、ネイビーとかメイドとかコスプレっぽい衣装なのよね……。
これからの秋冬物は、生地の素材感が重要だ。
色の組み合わせがよさげでも、仕立ててみると、質感などがちぐはぐな物ができあがったりする。
それでも作る。
自分を美しく装うために。
衣装製作が高じて、それも趣味と化してしまっている。
この書店はチェーン店ではないけれど、隣りが郊外型のスーパーで、立地は良い。試し読みラウンジもあるし、売場とは別の仕切りでキッズ用スペースなどもある。
地元民がスーパーでの買い物のついでや雨の日の立ち寄り場として重宝しそうな書店だった。
『ぺろっちのオススメ!』
かわいいイラストのPOPが多い。
どうやら「ぺろっち」というのは、この店のオリジナルキャラクターらしい。
全部手書き。
フォークを持ったかわいい金髪の女の子で、デフォルメ調のキャラ。
なぜフォーク?
なぜ「ぺろっち」という名前なのわからない……。
料理や裁縫、園芸などの趣味や、資格系の書籍などは充実していた。
コスプレ情報誌も置いてあった。
まだ買っていなかったのでその雑誌と、上級者向けの自分でパターンを決める型紙本を選び、レジへ持って行く。
レジの番頭が、ちら、とこちらを見た。
レジに置いた本を見ると、また、ちらり、と二度見してきた。
感じ悪いわね……コスプレ本なんてオタ向けだとでも言いたいの?
こういうときは、堂々と胸を張って相手を見返すことにしている。
「応援してます」
う、ファンだった。
同い年くらいの、眼鏡を賭けた文系男子。
感じ悪いのはこっちだった。
「……ありがとう。嬉しいわ」
「古本コーナーに、型紙つきの本もいくらかありますので、よろしければどうぞご覧になってみてください」
ファンとはいえ、レジの人はそこまで声掛けないよね、ふつー。
レジ奥のカウンターでは、小学生か中学生かくらいの可愛らしい女の子が、夏休みの宿題と思われるワークブックを広げていた。
「……」
女の子が、こちらを睨んでるんだけど……?
目が合うと、ぷい、とそっぽを向かれた。
この本屋の子?
感じ悪いわね、とまた思ってしまった。
女の子の近くに書きかけのPOPが置いてある。
「上手すぎるけど、あの子が描いたの?」
「俺ですけど」
「……それはびっくり。上手いのね。なんで本屋のキャラクターなのにフォーク持ってるの?」
「ペペロンチーノを擬人化させたキャラなんです。本屋とは特に関係ないんですよねー。描いてたら姉貴に勝手に使われたのがきっかけで」
!!
お、思い出した!
「ぺ……ペペロンチーノ!」
このキャラ、見たことある!
知ってる!
MMORPG「三国戦武」で、この子の顔の部曲旗を見たことがある。
部曲旗とは、部曲員の頭上に表示される部曲のマークだ。
部曲旗といっても、下手記号や下手文字や下手模様や下手絵が大半なのだが、『この子』のマークは可愛いくて、首都でも狩り場でも戦争でも、とても目立つのだ。
本屋なんてゲームと関係ない場所で唐突に見かけたので、POPを見てすぐに気づかなかったけれど。
この子は、呉の『ペペロンチーノ』の部曲旗だ!
「その反応……やっぱりご存じでしたか? そう、貴女はこのキャラを知っているはず……」
番頭眼鏡が、にやりと笑う。
なぜか急に声色を変えた。
アニメの声優みたいに張りと艶があり、抑揚の効いた無駄にいい声だった。
声色ひとつで、人畜無害そうな文系眼鏡男が、悪役貴族(中ボスというか四天王ふたり目程度)に変身したかのようだった。
「ななな、なぜ『わたしがこのキャラを知っている』ことを『知っている』の!?」
すっかり狼狽しながら尋ねる。
恐ろしいことに、この番頭は、わたしがこの子のマークを知っていることを知っている。
何故!?
少なくとも、わたしが三国戦武のプレイヤーであることを知らなければそんなことは言えない。
わたしはリアル知人に、ネトゲプレイヤーであることを晒してはいない……!
番頭は種明かしを語った。
「なに……簡単なことですよ。去年の『ゲームカーニバル』で、貴女はコスプレしてましたよね……三国戦武の咒術士の」
「ば、ばかな……!」
……そう、確かにわたしは、自分のステージ衣装を製作する傍らで、コスプレ衣装も作った。そして去年の秋、国内最大のゲームイベント『ゲームカーニバル』で、咒術士のコスプレをした……!
まさかこの番頭も、そのイベントに来ていたの?
そしてコスプレしていたわたしの正体に、気づいていたというの……?
「部曲『ペペロンチーノ』の部局長です……姫ですけどね。今度一緒に、レイドか戦争逝きませんか? 是非、お願いします!」
心情的にはまともに返答するどころではなかった。
すると、向こうからとどめを刺しにきた。
「学部違いますけど同じ大学ですよー、先輩」
大学まで一緒だなんて……。
大学内や地元では、ご当地アイドルということを周知しているしされているけど、ネトゲプレイヤーで、コスプレまでしていることまではカミングアウトしていない。
知られたくない。
「あ、コスプレなら、こちらの本2冊もオススメですよ!」
「……」
「お買い上げあざーっす」
つ、詰んだ……。
わたしは、夏目漱石を三名追加する羽目に陥った。
くっ……!
みてなさい、必ず『お返し』してみせるんだから……!
咒術士(現実ver)
挿絵:トネリコ
部曲旗
挿絵:boxrun22
POPに使われている大きい「ぺろっち」は、設定集に掲載しています。
ちっさい部局旗も掲載中です。
「ぺろぺろ姫 おまけの設定集」
http://ncode.syosetu.com/n4682ch/