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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第1章 離婚
5/55

(5)君を守りたい―七年前―

 善郎が財産の管理権を有したとこで、息子たちはある程度の資産なら動かすことは可能だ、と考えていた。実際、そういったケースを彼らは多々目にしてきたからだ。

 だがすぐに、藤原家から出された監督人の目を欺くことは不可能だと知る。

 財産を動かすには正式な手続きが必要だ。何より、桐生家の正統な後継者のみが有する権限。それを行使するためには、美月と婚姻を結ぶよりほかなかった。

 彼らは婚姻届を用意し、美月が十六歳になりしだい提出できる準備をしようとした。

 だが、問題は父親。親の許可がなければ、未成年の婚姻は認められない。脅そうが、金を見せようが、父親は首を縦には振らない。そして、切羽詰った善郎の息子たちは暴力団関係者を使い、美月の弟を攫った。

 両親の苦悩を知り、美月は自ら桐生のもとに出向く。

 自分が相続したすべての権利を渡すから弟を返して欲しい、と。彼女は知っていたのだ、自分が父にとって血の繋がった娘ではないということを。なんの関係もない自分のために、これ以上、桐生家の揉め事に家族を巻き込みたくなかった。

 ところが、桐生久幸、友朗兄弟は――桐生の権力を維持するためには後継者である美月の存在が不可欠。婚姻なくしては桐生家の主とは認められない、と言い、彼らは美月をも拘束した。

 美月は桐生兄弟により、弟の小太郎こたろうと共に数日間監禁された。

 小太郎は言葉が出るのが少し遅いが、とても穏やかな心の持ち主だった。そんな弟の前にいるときは自然体でいられる。父や大人たちがいると母に似ているフリをしてしまい、その一方で、同級生たちの中だと気を張り続けていた。もし、ずっと父とふたりきりだったら、美月はどこかで壊れていたかもしれない。

 花や動物を愛し、優しい思いを溢れさせている小太郎の存在が、美月に心のゆとりをくれ……家族の温もりに甘えてもいいのだ、ということを教えてくれた。

 母と同じになろうと続けてきたピアノやバレエ。でも、高校に入学したらどちらもやめよう。父に実の娘と思い続けてもらうことが人生の目標ではなく、本当にやりたいことを探してみよう。

 ――そう思った矢先の出来事だった。


 ふたりを助けにきてくれたのは父だった。方々を駆け回り、使いたくない実家の力にも頼って、穏便に事件を収めようとしてくれた。 

 そんな中、兄の久幸は弟の友朗に責任を押し付け逃げ出してしまう。それくらい、一族の中で兄弟の立場はまずいものになっており……。窮地に追い込まれた友朗は素直にふたりを返さず、なんと彼は小太郎の頭に拳銃を押し当て、父親の太一郎にサインを迫った。

 そんな違法行為でさせたサインが通るはずがない……通常なら。しかし、当人たちの口を塞げば、違法行為そのものが消えてなくなる。

 そのことに気づいた美月は弟を庇った。だが、もつれ合う中、撃たれたのは父の太一郎だった。

 


『結局……警察が介入することになってしまって』

 それが約一年前のことだと美月は話した。

 マスコミは桐生と藤原の名前で押さえたという。どうりで、部外者である悠の耳に入ってこなかったはずだ。

『それで、君のお父さんは?』

『幸い命は取り留めたわ。ただ、腎臓をひとつ失ったの。半年入院して……今年に入って少しずつ、仕事に復帰しているみたい』

 桐生善郎は管理権を返上して役目を降りた。友朗は逮捕されたが、執行猶予付き判決で釈放されたという。久幸に至ってはお咎めなし。

『そんな馬鹿な!? 君たちを誘拐しながら?』

『二度と私に近づかないという誓約書を書かせて、誘拐と監禁はなかったことになったの。その……私の将来に関わるからって』

 美月の伏せた瞳を見た瞬間、悠は最悪の想像をした。憤りはあるが、口にするのも憚られる。

 だが、それに気づいた美月が、

『あ、いえ……そういう目に遭わされたというわけじゃ。ただ、おおやけになると、そう思われるだろう、と。その、お兄さんが想像されてるようなことを……』

『ごめん、そんなつもりじゃ』

『いえ。怒ってくださったのは伝わりましたから。ただ、そうじゃない人もいるでしょう?』

 美月の言葉に悠はうなずかざるを得ない。

『じゃあ、それで一件落着したんじゃ……』

 悠の言葉に美月は悲しそうに首を横に振った。



 桐生善郎は後見人を降りたものの、次に管理権を持つ後見人になったのは善郎の弟だった。

 どれほど排除しても、美月が成人して後見人が不要となるまで誰かがその席に座る。それはすべてが桐生の関係者で、彼らが桐生の絶対権力を手にするためには美月が必要なのだ。そして、美月を手に入れるためには、親の承諾を必要とした。

 美月が桐生家のただひとりの直系である以上、それは延々と続く。

 弟の小太郎は目の前で父が撃たれ、血を浴びたことから赤いものを見るだけで怯えるようになった。入院中の父と、通学が困難になった弟の面倒まで看ている継母に、桐生の人間は美月を手放すように迫り……。

 継母の苦悩を目の当たりにし、美月は自らの判断で藤原グループの総帥を頼った。そして、日本から姿を消したのだ。桐生の力は大きいが、本来の権力を行使するためには相続人である美月の名前がいる。彼らは美月の行方を見失い、家族に監視をつけることしかできなくなった。



 悠にすれば、もっと早く藤原家の力を借りていればよかったのではないか、と思う。

 だが、

『藤原グループも金融部門の倒産と独立、合併が相次いで大変な時期だったと思うわ。それに……本家にお嬢さんが生まれたばかりで、色々な件が重なって脅迫状がたくさん届いていたみたい。私自身、藤原本家の人間と思われて、誘拐に巻き込まれたこともあるもの。そんな中、表立って桐生まで敵に回すのは苦しかったんじゃないかしら』

 美月は、最終的には手を貸してくれた藤原の総帥に感謝している、と言った。  

 今、彼女がホームステイしている一家もフジワラ・ニューヨーク本社の関係者だそうだ。そして、悠が感じた不審な男たちも、実はボディガードというから驚いた。

 家族に一切連絡は取れず、日本に帰ることもできない。美月は最初にボストン美術館で会ったとき、自分と会ったことは内緒にして欲しいと言った。悠自身、実家とは疎遠になっているので簡単に了解したが、そんな事情があったのか、と今更ながら恐ろしくなる。

『十六歳になる前、去年の秋にこっちに来たの。たまに家族の情報がもらえるけど……声を聞くことはできなくて。本当はすごく日本語で話したかったけど……迂闊に近づくなと言われていたから』

 悠の姿を見て懐かしさが込み上げてきたと言う。

 だが、相続人となってからは様々な男が下種な思惑で近づいてきており、彼女は悠のことも警戒したらしい。ひょっとしたら、美月の留学先を知り、わざわざやって来たのかもしれない、と。

『僕が桐生の財産目当てでってこと?』

『……ごめんなさい』

『いや、でも美月ちゃんは信じてくれたんだ。それは、どうして?』

 美月は少し口ごもると、恥ずかしそうに俯き、『……イチゴを食べてくれたから……』と、消えそうな声で答えた。 


 その突拍子もない返事に、悠は首を捻る。

 少しして……それが、悠が家族と過ごした最後のクリスマスのことだと思い出す。幼稚園に通う末っ子のゆかりや小五の真の友だちを招き、パーティをしていた。母がイチゴのケーキを作ったが、招いた友だちの数が多く、上に乗ったイチゴが足りなくなってしまう。美月は何も乗っていない部分を最初に取ったが、真はそれを遠慮だと思い、大きなイチゴの乗った自分のケーキと取り替えた。

 だが悠の目に、美月は明らかに困った様子で……。真が離れた隙に横から手を出し、悠がイチゴだけ食べたのだ。

『普通はみんな好きな物でしょう? だから、苦手だと言い難くて……お兄さんは気づいてくれたから』

 なんのことはない。下が三人もいるので苦手な物を目にした顔はすぐにわかる。両親の目を盗んで、ニンジンやピーマンを食べてやった経験だった。

 

 たったそれだけのことで、悠を信じたという美月。このとき、彼の中にひとつの思いが芽生える。十六歳の美月をなんとしても守ってやりたい、と。


 

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