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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第2章 初恋
15/55

(6)衝動

*性的表現があります。苦手な方は飛ばして下さい。R15でお願いします。

「お帰りなさいませ、一条様。奥様はお出かけにはなりませんでしたが、お客様が……」

 マンションのエントランスでフロントの男性に声をかけられる。

 男性客が訪ねてきたことを伝えようとしたのだろう。悠はその声を遮り、「わかっている。ありがとう」それだけ告げて自分の部屋に急いだ。


 車を貸そうか? という那智の親切を断り、支社ビルの地下駐車場に置いてあった自分の車で戻ってきた。

 美月の本当の願いがなんなのか。彼女は悠に何を求めて日本にきたのか。そして離婚は本心からなのか。もう一度、尋ねてみなければならない。

 悠は気持ちばかりが焦り、中々降りてこないエレベーターのボタンを何度も押した。

 問題はその気持ちの中に、那智の『いい加減にしろ、自分と向き合え』という言葉が含まれていないことだったのだが。


 部屋には鍵がかかっていた。

 チャイムを鳴らすが出てくる様子はない。鍵を開けて中に入ると、妙に静まり返っている。


(美月は外出してないはずだ……いや、マンションの中を散歩でもしてるのか?)


 一瞬そんなことを考えたが、玄関の上がり口には美月のハイヒールが揃えて置いてあった。

 悠は部屋の奥に進み、無言でリビングに立つ。だが、とくに変わったものは見当たらない。和室は二面のふすまが開けっ放しでリビングとほぼ一体化しており、そこに人がいる様子もなかった。キッチン横にある洗面を覗き、廊下に出てトイレもノックした。眠っているのか、と気を遣いながら寝室に入るが……ベッドを使った気配もない。

 悠が美月の携帯を鳴らそうとしたとき、ふっと思い出して書斎に入る。

 書斎にはデスクや本棚、オーディオ機器が置かれていた。仕事でしか使わない部屋だが、来客用に大きめソファベッドを用意してある。昨日、美月には寝室で寝るように言った。自分は書斎で休むつもりだったのだが……。

 

「美月? いるのか?」

 悠は小さな声で尋ねた。

 まだ明るい時間帯だが、遮光カーテンのせいで部屋は薄暗い。室内を見回すと、ドアを開けて左手奥、窓際に置かれたソファベッドにこんもりと山ができている。

「美月……寝てるのか?」

 ソファにかけられたカバーを被っているようだが、寝ているにしてはおかしな形だ。悠の問いかけに、わずかにソファが軋み、その向こうにかけられたグレーの遮光カーテンも揺れた。

 寝ているのではなく、座っている。そう形容したほうがよさそうな格好に思えた。


(ソファベッドに? カバーを被って? いったい、何がしたいんだ?)


 悠は普段と変わらぬ足取りで書斎を横切り、ソファベッドの横に立った。

「那智さんから聞いた。とりあえず、馬鹿なことは思いとどまって正解だ。僕に話したこと以外に、何か困っていることがあるなら相談に乗るよ。言っただろう? 君の願いを叶えてやるって。だから……」

 屈み込み、カバーに手をかけたとき、小刻みに震える美月の指先に気がつく。

 顔を覗き込むと……涙の跡があり、見るからに青ざめていた。

「美月! どうしたんだ!? 何が――」

「……悠さん……」

 ふいに抱きつかれ、悠はたじろいだ。


(那智さんが何か言ったのか? いや、あの人がそんなきついことを言うはずがないし……)


 柔らかな身体が押し当てられ、悠の血圧は一気に上昇する。

 理性の範疇で話し合いをしたいのに、男の本能が先走りするのだ。


「み、美月……とりあえず、離れて……何があったのか」

 そこまで言ったとき、開けたままのドアの向こうから電話の呼び出し音が鳴り響いた。悠に抱きついたままの美月の身体がビクッと震える。

 悠は瞬時に、美月の涙の理由を悟った。

「まさか……無言電話か」

 

 自宅までかけてくるとは思ってもみなかった。

 関係者の間で、美月の夫である悠の存在は周知のこと。周囲を探られることがなかったわけではない。住所や電話番号はもとより、浮気相手の素性まで調べているかもしれない。だが、悠がひとりのときは桐生の関係者がこんな形で接近してくることは一度もなかった。

 悠は美月を引き剥がし、大股で部屋を横切るとリビングまでいく。

 受話器を取ると――相手は無言だ。


「よく聞け! 私の妻にこれ以上近づいてみろ。貴様が誰であれ、全力で潰してやる!」


 悠が叫んだ直後、電話はプツッと切れた。

 苛立ちも露わに、悠は電話のコードを引き抜く。

「……悠さん、ごめんなさい」

「どうして電話のコードをさっさと抜かないんだ!? こうしておけば、少なくとも嫌なコール音は聞かずに済む」

「でも……あなたにとって重要な電話がかかるかもしれないし……。これ以上迷惑は」


 廊下に立つ美月はあまりにも儚げだった。

 昨日のように大人の女性として身なりを整え、凛とした強いまなざしで相手を見据える彼女も魅力的だが……。

 今はルージュすら引いておらず、涙に潤んだ頼りなげな瞳でこちらを見ている。素肌に張り付いたオフホワイトのニットワンピースは膝まで隠しているのに、たまらなく無防備だ。それは七年前以上に、強烈な保護欲を掻き立て、悠の背中を押した。

 

『抱いたらまずいのか? 夫婦なんだろう?』

『いいじゃないか……いっそ奪ってみればいい』


 那智の言葉が耳の横で繰り返し聞こえる。

 衝動に突き動かされるようなセックスだけは二度としない。人生にあやまちは一度だけでいい。どうせ、人並みの感情は持たない自分だ。不幸にすることが決まっているなら、近づくのは愚の骨頂――。

 

 心の中に渦巻く思いを振り切り、悠は美月を抱き寄せていた。

「悠さん……あの」

 言葉を奪うように口づける。

 重ねた唇から美月の戸惑いが伝わり、悠が自分を抑えようとしたとき、彼女の手が悠の背中に回った。スーツ越しに感じるはずのない温度が全身に広がる。

 そして、内ポケットに携帯電話の入った上着を廊下に脱ぎ捨て、美月を抱き上げ寝室に入った。



~*~*~*~*~



 寝室のカーテンも書斎と同じ柄だった。部屋のスペースは少し広いが、廊下を挟んで向かい合っているため、対照的な位置に窓がある。違うのは、書斎はドアを開けた正面が壁だが、寝室はルーフバルコニーに出る大きな窓がある点だ。

 ほぼ部屋の中央に置かれたセミダブルのベッドに美月を下ろす。

 黒のベッドカバーの上に横たわる美月の肢体にちらりと目をやり、悠は乱暴にネクタイを外した。半裸になり、美月の上にのしかかる。


「やめたいなら早めに言ってくれ。男には、そこを踏み越えたら止めることのできないラインがある」


 言葉をもなく見つめる彼女に、悠は声をかける。


「止めることの……? それって、今はまだ……やめられるっていうこと?」

 悠の手がニットの上から美月の身体をなぞった。Vネックの胸元に唇を押し当て、速まる呼吸を感じながら、背中から腰へ、丸みのあるヒップを辿って太ももへと下りていく。

「ああ……少し苦しいけどね。君に引っ叩かれたら、黙ってこの部屋から出て行く」

 それは本心だった。

 窮屈になったズボンを脱いでいないのもそのためだ。

「どこまで進んだら……男の人って、やめられなくなるの?」

 美月は小さな声で、それでいて興味深そうに尋ねた。

「……そうだな」

 ニットの裾から右手を差し込むと同時に、左手で美月の身体を支えて起こす。

「きゃっ」

 彼女の口からこぼれた声を無視して、ワンピースをたくし上げ、そのまま脱がせた。しっとりとなめらかな肌……そして、なんの飾りもない白いシルクの下着に包まれた美月が姿を見せる。

 悠はそのふっくらとした胸の谷間にキスして、

「あとは、ズボンのベルトを外して、ファスナーを下ろせば……これまでのふたりには二度と戻れない」

 少し顔を離し、美月の顔を見上げて言った。

 


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