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愛は満ちる月のように  作者: 御堂志生
第1章 離婚
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(1)幻の妻

★人物や団体・施設などの名称は、全て架空のものです。実在のものとは一切関係ございません。


★あらすじを見てお気づきの方へ

本作は「愛を待つ桜」の一条悠と、「愛を教えて」シリーズの藤原美月のラブロマンスです。

カップリングにご納得頂けない方はパスしてくださいね。

こんな○○は嫌!と思われる場合もありますので、気をつけてご覧ください<(__)>


 ――幼い頃、心の中にいつも満月があった。辛いことや悲しいことに遭遇しても、欠けてはまた満ちていく。朝の来ない夜はない、そんな言葉を信じていた。いつからだろう……心の月は欠ける一方だ。それはしだいに薄くなり、今はもう、何処にも見えない。


 真昼の月を見上げ、そんなことを考えながら、彼は九階の窓辺に立っていた。

 下を向くと、『一条物産西日本統括本部』と書かれた銘板プレートがこの位置からでもよく見える。その向こうには大きな川があり、河川敷は見渡す限りピンク色に染まっていた。

 O市自慢の桜並木まで歩いて行けるベストポジションに一条物産の支社ビルがある。夏には目の前で花火が上がるという特等席だ。


「ねえ、私の話を聞いてるの? なんとか言ってよ、一条さん!」


 時計の針は十二時半を指している。この時間帯でなければ、秘書室で止められ、彼女は中に入ってこられなかったはずだ。自分も秘書たちと一緒にランチに出ていればよかった……腕時計を触りながら、一条悠いちじょうひさしはそんなことを考えていた。


「別れるなんて冗談よね? あなたがここにきてから丸二年、ずっと付き合ってきたのに」

「付き合う? 寝ただけだろう?」


 二年前の三月、悠は二十八歳のとき、西日本統括本部長として政令指定都市であるO市にやってきた。当時は地元商工会との顔合わせの意味もあり、商工会主催のパーティには積極的に顔を出していた。そこで彼女――植田千絵うえだちえと出会う。

 千絵の父親が地元弁護士会の顔役で彼女自身は父親の事務所で働いている。悠の父親が弁護士ということもあり、千絵は親しげに声をかけてきた。付け足すなら、最初にホテルに誘ったのも彼女のほうだ。

 たしかに、長い髪とメリハリのあるスタイルがひと目で気に入った。それなりに高い教養も彼の好みに当てはまる。本社からこちらに移るのに、これまで関係のあった女性は全て別れてきた。現地で調達するつもりだったので、渡りに船というやつだろう。


「酷いわ! 昨夜まで仲良くしてきたじゃない。それを、結婚のことを口にしただけで別れるなんて」


 それも理由だが、千絵を抱きたくなくなった理由は他にある。

 しかし、悠はそれを口にせず、別の理由を彼女に示した。


「まず――休憩時間とはいえ、会社まで乗り込んでくる非常識さに呆れ返るな。それと、最初から結婚は不可能だ、とわかっていたはずだ。君が二十九歳という年齢を理由に結婚を望むなら、私にこだわらず、早く他の相手を探したほうがいい、と言っただけだが」

 悠は左手の薬指にはまったプラチナリングをくるくると回しながら……。

「私はすでに結婚している。それは最初に会ったときに話しただろう? わかったら人の噂にならないうちに帰ってくれないか。迷惑だ」


 千絵から目を逸らせ、再び窓の外に視線を移したとき、ビルの入り口に停まる一台のタクシーに目を留めた。タクシーから降りてきたのはひとりの女性。紺色のスーツがちらりと見え、悠がさらに覗き込もうとしたとき――。


「知ってるのよ! 結婚なんて嘘なんでしょう?」


 千絵はそう叫んだ。

 悠は、ボストンのハーバード・ビジネススクールに通っていたときに結婚したと公言していた。だがこの二年間、悠の妻は一度も彼のもとを訪れていない。支社長よりさらに上の統括本部長、しかも昨年秋には一条グループ本社の取締役にまで昇進した。そんな彼が既婚者と言いながら、どんな公式の場にも妻を同行しないのだ。

 そんな社内の噂を聞き、千絵は東京での悠の様子も調べたという。

 本社時代もやはり周囲に妻の影はなく。どこかのご令嬢らしいという話だけで、名前すら出てこなかった。

 どう考えても、交際相手に結婚を迫られるのが嫌で既婚者だと偽っているように思えてならない。

 それが千絵の結論だ。


「あなた一条グループの次期社長として入社したんでしょう? そんな男性が嘘の結婚指輪で女性を弄んでいいと思ってるの? あなたに騙されたって訴えることもできるのよ。父はそうするって言ってるわ。社長であるあなたの叔父様や弁護士のお父様も、さぞかしお困りになるんじゃないかしら」


(結局、これが女の本性だ。――反吐が出る)


 厚化粧で塗り固め、醜く歪んだ千絵の顔を見ながらため息を吐く。

 ただ、こういう女だとわかっていても、セックスのためなら妥協できる男の下半身にも些か情けないものを感じる。自嘲気味に考えつつ首を振った。


「それで?」

「そ、それでって……だから、ハッキリさせてちょうだいって言ってるのよ。結婚が嘘かどうか……」

「それと君と、いったいなんの関係があるというんだ?」

 まるで怖気づいた様子のない悠に、千絵はこれ以上どう言えばいいのかわからないようだ。

「仮に結婚が嘘でも、それが詐欺にあたるとでも? 私は君に対して一円の金もせびったつもりはないが。“結婚はしない”と言って始めた関係だ。そのことに嘘はついてない」

 本気で言い返し始めた悠に千絵は言葉もなかった。

「じゃあ、言いふらしてやるわ! 結婚してようがしてまいが、あなたは最低の男だって!」

「やめたほうがいい。私が独身ならいいが、そうでなかった場合、妻から訴えられるのは君のほうだ。お父上にも恥を掻かすことになる」

 千絵は全く信じていないのか、かなり大きめの声で怒鳴った。

「いいわよ! 本当に妻がいるっていうなら、訴えてみなさいよっ!」


「あら……それは私のことかしら?」


 ふいに秘書室に通じるドアが開いた。

 そこに立っていたのは……。


「……いつ日本に?」

 あのタクシーから降りた女性だ。

 遠目ではわからなかった。

 黒髪のストレートが緩くウェーブしたダークブラウンに変わっている。腰までの長さは以前と同じだ。もともと背は高かったが、今は視線の高さが悠より少し低い程度だ。それはもちろん、昔は履かなかったハイヒールのせいだろう。そんなことを考えつつ足元を見ると、跪きたくなるような魅力的な脚線が目に入った。

 ただひとつ文句を言うなら……サイズを間違えたような、大きめの紺のスーツがいただけない。

 悠は自分の“妻”の身体を眺めつつ、気の強そうな瞳に視線を留め、息を飲んだ。

「ついさっきよ。そのままこっちに来たんだけど……お取り込み中みたいね」

 昔とは違う口調だが、おそらく悠の置かれた状況を察して、咄嗟に合わせてくれたらしい。

 その辺りの度胸の据わり具合は以前と同じだ。と思いつつ、それでも見た目の変化に戸惑い、悠は上手く言葉が出てこない。

 

「だ、誰よ。この女は誰? こんな、いきなりやってきて」

 千絵が突然喚き始める。


「何だかよくわからないけれど。一条の妻で美月みつきと言います。ひょっとして、あなたは主人の愛人さん? 訴えるとかどうとか……」

 美月はにっこりと笑うと、手にしたバッグから名刺を取り出した。そこには『Boston girls shelter(ボストン・ガールズ・シェルター)』と大きく書かれ電話番号が記載されている。隅に『legal advisor Mitsuki Ichijyo(顧問弁護士 一条美月)』と彼女の名前もあった。

「ハーバードのロースクールを出て、ボストンで弁護士をしています。まずは、あなたのフルネームを教えていただける? 慰謝料を請求するなら、手続きに必要ですものね」

 千絵は真っ赤になり、悠のオフィスから出て行った。




御堂です。

ご覧いただきありがとうございます。


「輪廻」のネタバレ上等の新連載です(苦笑)


二人の結婚の理由、悠くんがヤサグレてしまってる理由、その他モロモロ…ゆっくり出てきますのでよかったらお付き合いくださいませ。


Berry's Cafeにて連載中ですが、なろうのほうが読みやすいと言われる方のために、1話ずつ遅れてですが移させていただきます。

何卒、ご了承くださいm(__)m


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