my act.4 小さな誓いから
結兎は彼女を凝視している。
彼女も結兎を凝視している。
しばらく、お互いの視線がぶつかりあった。
先ほどの表情と比べると、今は絶望ではなく、彼に対する不安に変わっている。
そのため、さっきよりもさらに綺麗に見えた。
そんなことを考えているととうとう女性が折れた。
「・・・・・・何か?」
不真面目な声色で、それだけ言った。
明らかに、奴隷という身分に反抗しているのが見てわかる。
「馬は引ける?」
取り合えず彼は、近辺の町に行くため、この馬車を使うことを考えた。
「ええ、それなりには」
「じゃあさ、町まで連れてってくれない? 町まで着いたら金板10枚あげるから、あとは好きにしていいよ」
彼は馬は扱えないため、彼女に連れて行ってもらうという考えだ。
ついでに、町で別れてから餓死されては困るので、金板10枚を渡せば未然に防げる。
ただまぁ、そのお金が賊の盗品である可能性は否めないが、この際文句は言っていられない。
どうせ、あんなところに放置しておけば、他の誰かが見つけて持っていくだろう。
だったら、自分が貰っても大丈夫だろうという浅はかな考えを肯定する。
「・・・・・・え?」
しかし、好条件な頼みを提案したはずが、唖然とした表情で、唖然とした答えが返ってきた。
その仕草が悶絶するくらい可愛かったが、必死に堪えた。
「あれ、だめ?」
「わ、わかました」
断られたら、道だけ聞いて金板渡そうとしたが、なんとかOKしてもらえたことに安堵する。
「・・・・・・あの、お名前聞いても?」
おっと、向こうから話しかけてくれるとは思わなかった。
「ああ、えっと、ユウト=カヤザクラかな」
ジパングとはかってが違うため、戸惑いながらも自己紹介する。
相手からすれば、ジパング出身である彼の名前は異質に見えるのが当然だろう。
しかし、彼女は何の関心も抱くことなく、
「ユート、ね・・・・・・私はセリス=ロードランペイジ」
と言ったことに、彼女個人の観点ゆえなのか、それともこの大陸の認識自体がそうなのか疑問に思いながらも、睡魔に襲われたためとりあえず忘れる。
「セリスね。んじゃ、町までよろしく。俺は寝るから」
そう告げて、横たわって目を閉じる。
セリスは相槌をうって、馬をひきにいった。
俺の旅は、開始から一日足らずで現実に直面した。
父さんと母さんからは、ジパングと比べればフレニア大陸は技術や武芸、治安などがあらゆる面で劣っていると聞いていたから、覚悟はしていた。
でも、いざ現実に直面するとなると、抱えきれない感情がこみ上げてくる。
まぁ、思わぬところで収入があったのは、僥倖だったな。
金板20枚あれば、しばらくはのんびりしてても暮らせると思う。
そいういえば、セリスはこれからどうするんだろうなぁ。
行く当てがあるといいんだけど。
あの雰囲気からすれば、無理矢理奴隷にされたのだろう。
本人が自主的に奴隷になったようには見えなかった。
例えば、家族が貧乏で自分が売られるしかなかったとか。
いや待て。そもそも、食い繋ぐことすら出来ない家族はこの大陸にいるのか?
───多分いるだろうな。
フレニア大陸で一番活発なメールレア帝国では、治安は良く、飢えに苦しむ者も存在せず、奴隷の売買も厳重に取り締まっていると聞いている。
そこに移住する事が可能であるにもかかわらず、奴隷にされる者がいたとすれば間違いなく不幸な家族はいる。
大体、ポジティブな思考を回転させていたが、世界の皆が何一つ不自由無く生活するのは不可能だ。
例えば、魔族。
ゴブリンやオークなどの低脳な奴は人を襲うため人権無視するとして、魔族にも頭が賢く温厚な一族はいくらでもいる。
にもかかわらず、そこに存在するというだけで、差別され、退治しに来る者がいるという。
ああ、そう考えると泣けてきたよ。
ジパングがどれだけ恵まれていることか。
ジパングには、“魔法具”と言われる、魔力の宿った武器を生み出す職人がいる。
これは、フレニア大陸では実現不可能なオーバーテクノロジーだ。
他にも、ジパングは、この大陸とは違い時代が進歩している。
奴隷などの差別化を加え、先ほどの魔法具などの技術力などの進歩。
それゆえに発生する、暮らしの安全化。
社会や、技術力が進歩することで、職を選ぶことが出来、学校を設立し、有能な人材を育てることができる。
結果的に、善の円環的連鎖を生む。
俺の家庭だって、例外ではない。
両親は見知らぬ土地に旅に出られるほどの余裕があり、尚且つ、それでも俺は親戚の優子の家に世話になって、満足のいく生活を送ることが出来る。
まぁ、優子から逃げるために、旅に出たというのも2割ほどマジだが・・・・・・。
今この大陸、あるいは世界のどこかで、不自由を強制され、見知らぬ人間に無理を強いられ、あまつさえは、男の慰み者にされる。そんな不幸な人間はいくらでもいるだろう。
でも、残念ながら、その悪をすべて断ち切れるような力を俺は持っていない。
セリスのように、手の届く範囲では救助できるが、世界の反対側で起こっていても救助は不可能だ。
考えても仕様の無いことではある。考えないのが一番であることも理解できる。
だから、俺は見てみぬ振りをするしかない。
俺はただの冒険者なんだから、世界を救うなんてぬるいことは出来ない。
でも誓おう。
せめて、この手で守れる範囲では頑張ってみよう、と。
まだ旅は始まったばかり。
きっと良いことあるよな、うん。
・・・・・・
誰かに呼ばれている気がする。
ああ、そっか俺寝てるんだ。
ってことか、起こしてるのはセリスかな。
幾度も体をゆすってくる。
はいはい、今起きますよっと。