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前世でわたくしは『空気清浄機』だった

掲載日:2026/08/14


「べネック侯爵令嬢ラヴィニア! キサマとの婚約は破棄だ! 俺様は真実の愛に生きる!」

「……謹んで婚約破棄、承ります。ですがよろしいのですか?」


一応、確認します。

が、王太子殿下の腕に、ピンク色の髪をした可憐なご令嬢がぶら下がっているところを見れば……、撤回はしないでしょうねぇ。

わたくしはため息を吐き出します。

今日もわたくしの吐息はキレイです。


「なんだ? この期に及んで、この俺様にすがるつもりか?」

「いえ、わたくしは婚約破棄されても何のダメージも受けませんが……、殿下は今後、かなりお困りになると思いますので……」

「はっ! キサマがいなければ政務が回らんとでも言うのか! 芝居に登場するシゴデキ令嬢でも気取っているのかキサマは! 馬鹿馬鹿しい! この俺様は王太子としての政務は自身で行っている!」

「え、ええ……、政務はですね。ですが……、その、信じられないとは思いますが、前世でわたくしは『空気清浄機』だったもので……」

「はあ⁉ キサマは何を言っているんだ⁉ 気でも狂ったのか! 気持ちが悪い! この俺様は真実の愛に生きる!」


王太子殿下がわたくしを睨みます。

ピンク色頭のご令嬢が「かわいそうに」という目でわたくしを蔑みます。


まあ、いきなり『前世で空気清浄機』だったと言われても……ご理解いただけませんわねえ……。


ええ、何を馬鹿なことを言っていると思われましょうが、事実です。

わたくしには前世というものがあります。

ええ、今世のべネック侯爵家の令嬢であるラヴィニアとしての生を受ける前のことです。


某機械大国のとある有名企業が生産したハイスペック空気清浄機。

型番はTK-001059-Wです。最後のWはワイド型の表示ですね。

姉妹機種にスリムタイプのSもあります。

ワイドタイプなので、デザインについては、洗練されていないと感じる方もいるようでしたが、そのようなお客様には量販店の販売員は姉妹機種のスリムタイプをお勧めしておりましたね……。

ただ、近隣のお部屋からのタバコの臭いすら消せるほどの高機能はこのわたくし、ワイドタイプだけ。スリムタイプの姉妹機種は、消臭効果においてはわたくしよりも若干劣ります。

音質も静か。加湿機能も搭載し、吹き出る爽やかな風が気持ち良いと好評です。

更に、イオンカートリッジ搭載の抗菌・防カビ・加湿フィルター付き。

お値段は量販店での値引きをしても、十万を切りませんが、性能からすればお買い得でございましょう。


そんなお部屋お空気を浄化する『空気清浄機』がわたくしの前世でございます。



故に、空気を正常化する特殊能力を保ったまま転生を果たしましたようで……。


わたくしがいる周辺は常に空気は清浄。嫌な臭いも即座に消え去りますし、また、わたくしが通った場所、近寄った人物にも、しばしの間、抗菌・防カビ・消臭機能が残ります……。


ですので、王太子殿下。


わたくしとの婚約を、あなた様が破棄なされば、あなた様が困ることになると思うのですが……。


一応、令嬢として、遠回しに申し上げたのが悪かったようですね。


王城は歴史がございます。

我が国は、建国以来、三百年の歴史を誇ります。

三百年……つまり、三百年分の資料、三百年分の書籍、三百年分の王家の衣装、装飾品。

そして、城自体も建造から三百年。


きちんと清掃はされているとはいえ、広大な王城の隅々まで行き届いているわけではございません。

使わない部分にはホコリが積もり、カビが生え……。更に、高温多湿な時期にはそれが増殖……。


まあ、城の清掃は、それなりになされているので、まあ、なんとかはなりますが。


ですが、王太子殿下は……。

大きな声では言えませんが……。


水虫にワキガです。体臭が惨いです。

中年でも壮年でもなく、わたくしと同じ、まだ十代後半の若者ですが、体の代謝が悪いのか、それともお太りあそばしているからか、汗を途轍もなくかかれる体質で……。


そして、この国は、前世のわたくしが過ごしたような、抗菌消臭ありの洗濯洗剤などなく、下着は使用人の手洗い。豪奢な刺繍を施されたドレスや正装は、ドライクリーニングなどというものもなく、単なる陰干し。

蓄積された臭いは、陰干し程度では取れず……。

現在着用されている夜会用の正装も、実は相当カビ臭いのです……。


つまり、王太子殿下に対して申し上げることは不敬かもしれませんが、王太子殿下は臭い。

臭いのです。

加齢臭を、何百倍にも凝縮したような、そんな臭いをあたりにまき散らしている、悪臭の発生源でございます。


ほら、わたくしは「空気清浄機」でしたから、そんな王太子殿下のクサい臭いも分解、消臭することに職業的喜びを見出していたのですけどね……。


わたくしがいなくなった後、王太子殿下の臭いはどうなることやら。


試しに、わたくしの消臭機能を一時停止。


あ、殿下の横に立っていた側近とピンク頭の取り巻きたちが倒れました。

あ、殿下の背後の護衛兵が倒れました。

あ、夜会会場内に集まった使用人たち及び、貴族たちが次々に倒れました。

あ、殿下の真実の愛を語ったご令嬢がお逃げになりました。


皆、鼻を押さえて「く、臭い……」と言って、息絶えておりますね……。


わたくしがいれば、周囲の空気ごときれいにして差し上げるのに……。


無念です。

わたくしの『空気清浄機』としての誇りにかけて、これまできれいにしてきた城の空気が、あっという間に不快臭に変わりました。


ですが、これも王太子殿下のお選びになったこと。


わたくしは、王城ではない、別の場所の浄化に旅立とうと思います。

ええ、臭う場所は王城や王太子殿下だけではないのですから。

広範囲消臭機能付き令嬢として、わたくし、引く手あまたなのでございます。

わたくしの機能を発揮する場所はいくらでもある。


ということで、さっさと城から去ることにします。


それでは王太子殿下、ご機嫌よう。



終わり

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― 新着の感想 ―
ご令嬢いなくなった後は城中みなさん口で息することになってしまう…
いやあ・・・(笑) 色んな「ざまあ」は見ましたが「ワキガざまあ」は初めてでした (笑) でも中世ヨーロッパ(なろうのナーロッパは殆どがこれで構成されてますが)では 「体臭」はホントに大変な事だったと思…
花粉症の季節になったらこの国はさらに地獄を見そうですね
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